高齢者の多臓器障害の評価と治療に関する研究

文献情報

文献番号
199800276A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者の多臓器障害の評価と治療に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
徳田 治彦(国立療養所中部病院)
研究分担者(所属機関)
  • 後藤純規(国立療養所中部病院)
  • 矢守貞昭(国立療養所中部病院)
  • 松浦俊博(国立療養所中部病院)
  • 安井章裕(国立療養所中部病院)
  • 角保徳(国立療養所中部病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
-
研究費
14,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
高齢者は同時に複数の臓器障害(多臓器障害)を惹起することが多く、その発症予防及び治療法の確立は本格的高齢化社会を迎えた我が国における急務と考えられる。本研究は、高齢者に頻度が高く、多臓器障害への進展を助長する危険の高い病態である骨粗鬆症、心機能障害、MRSA感染症、消化性潰瘍、嚥下障害及び義歯長期使用について、これまで各科別に行われてきたこれらの発症機序及び評価・治療に関する検討を、多臓器障害の防止の観点からさらに進めることにより、その治療・予防法開発の一助とすることを目的とする。
研究方法
骨粗鬆症の発症機序及びその治療・予防法に関して、骨芽細胞培養系における骨吸収性サイトカインIL-6の産生機序を、p42/p44MAPK活性化及びPKC活性化との関連において解析した。また、65歳以上の女性において、体重移動時の動的重心動揺及び大腿四頭筋の反応時間を解析した。心機能に関して、高齢心疾患患者における血中hANP、BNP測定及びB/Mモード心臓超音波検査を施行し、非侵襲的な心機能評価法につき検討した。MRSA感染症の感染機序に関して、特別養護老人ホーム入所者及び中部病院入院患者より得られたMRSAにつきゲノタイピングを行い、菌の識別を行った。消化性潰瘍患者(高齢者・非高齢者)及び高齢対照者において血中消化管ホルモン値を測定し、高齢者消化性潰瘍の発症機序につき検討した。嚥下障害治療に関して、過去に遡って咽頭食道透視像及び咽頭食道内圧測定を解析し、病因分析及び治療的介入状況を検討した。義歯長期使用の問題に関して、義歯床裏装用レジンに含まれる内分泌攪乱化学物質であるフタル酸エステルの加齢動物における影響につき解析した。
結果と考察
骨芽細胞様MC3T3-E1細胞において、MAPKキナーゼの阻害剤であるPD98059がPGF2α、ET-1、三量体型GTP結合蛋白質の活性化物質であるNaF及びPKCの活性化物質であるTPAにより惹起されるp42/p44MAPKの活性化及びIL-6産生を抑制すること、及びPKCの阻害剤であるカルフォスチンCがPGF2α及びET-1によるp42/p44MAPKの活性化を抑制することが示された。これらの結果よりPGF2α及びET-1はPKC依存性にp42/p44MAPKを活性化し、IL-6産生を促進することが明らかとなった。この経路の病態生理的意義及びその制御機構をさらに解明することにより、有効な骨粗鬆症の予防・治療法の開発が可能になると考えられる。また、高齢女性の易転倒性には重心制御及び大腿四頭筋制御の障害が関与することが明らかとなった。大腿四頭筋のトレーニングにより骨折の機会を減ずることが可能と考えられ、本質的な骨粗鬆症の予防・治療と同様、有用と思われる。
高齢者心疾患患者において、血漿hANP及びBNP濃度の間に正の相関があり、超音波検査より求められた左室駆出率はこれらの値と負の相関を示した。また、左室急速流入速度と左房収縮による流入速度の比とBNP濃度は負の相関を示した。これらの結果より、血漿hANP及びBNP濃度は心収縮力を反映することが明らかとなった。これらの測定は侵襲もほとんどなく、輸液の過剰等の不適切な治療的介入の防止に有用と考えられる。
特別養護老人ホーム入所者より得られたMRSAのゲノタイピングにより、同一病棟に入院既往のある3例のゲノタイプの一致及び同病棟内での同一ゲノタイプの存在が確認され、病院から施設へのMRSAの持ち込みが明らかとなった。また、施設内で同一時期に検出されたMRSAのゲノタイプはそれぞれ異なり、施設内での感染は否定的であった。MRSA感染症に関して、施設間での人的移動の増加が見込まれる向後、改めて医療的環境への留意が必要と考えられる。
血中ガストリン値は高齢消化性潰瘍患者においては正常範囲内にあった。血中ソマトスタチン値は高齢者において高値であった。血中ペプシノーゲンIは非高齢者において高値であった。これらの結果から、高齢者消化性潰瘍患者は胃粘膜の萎縮及び低酸傾向にあり、胃酸の寄与は少ないことが明らかとなった。消化性潰瘍は種々の病態に併発し、臨床経過に悪影響を及ぼす重要疾患であるが、高齢者では、胃粘膜防御因子の低下やHelicobacter pylori等への対策が必要と考えられる。
過去5年間の咽頭食道透視像解析及び咽頭食道内圧測定から、高齢者嚥下障害は喉頭下降障害、喉頭閉鎖障害、喉頭挙上障害、輪状咽頭筋弛緩不全及び混合型に分類され、治療的介入状況の検討から、60%の症例に生活指導を、10%に嚥下リハビリテーションを施行し良好な結果を得たことが明らかとなった。外科的介入は2例のみであった。以上の結果より、高齢者の嚥下障害においては、嚥下反射および食道括約筋緊張の低下が関与しており、体系的リハビリテーションが有効とされた。嚥下障害については、透視像解析と内圧測定を組み合わせた病態把握により、適切な治療的介入が可能となり、栄養不良や誤嚥性肺炎等嚥下障害に起因する諸疾患の経過を悪化させる重要な病態の防止がはかれると考えられる。
免疫学的手法により、若齢期から加齢期(720日齢以降)までのマウスの子宮においてエストロゲン受容体の存在が確認された。レジン埋入後10週のマウスにおいて主要臓器の異常及び腫瘍性疾患の発生は認められなかった。以上から、歯科用材料の急性毒性は否定されたが、加齢動物においてもエストロゲン受容体は存在し、その影響が否定できないとされた。義歯の使用は高齢者にとって不可欠の歯科的介入であるが、急性毒性が否定されたものの義歯床裏装用レジンに内分泌攪乱物質が含まれる可能性があることは重要であり、義歯使用者のみならず世代間の影響を含め検討される必要があると考えられた。
結論
高齢者に頻度が高く、多臓器障害への進展を助長する危険の高い病態である骨粗鬆症、心機能障害、MRSA感染症、消化性潰瘍、嚥下障害及び義歯長期使用について検討した結果、高齢者の多臓器障害の評価・治療に当たっては、臨床各科が高齢者における疾患特性を十分に理解し、全身状態への影響を最小限にとどめるべく努力することが重要であると考えられた。

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