一過性骨髄異常増殖症の病態解明と診断・治療法の確立に関する研究

文献情報

文献番号
201324122A
報告書区分
総括
研究課題名
一過性骨髄異常増殖症の病態解明と診断・治療法の確立に関する研究
課題番号
H25-難治等(難)-一般-006
研究年度
平成25(2013)年度
研究代表者(所属機関)
林 泰秀(群馬県立小児医療センター 血液腫瘍科)
研究分担者(所属機関)
  • 伊藤 悦朗(弘前大学医学部 小児科)
  • 渡邉 健一郎(京都大学大学院医学研究科 発達小児科学)
  • 小川 誠司(京都大学大学院医学研究科 腫瘍生物学講座)
  • 大喜多 肇(国立成育医療研究センター研究所 小児血液・腫瘍研究部)
  • 望月 慎史(東京大学医科学研究所・再生医学)
  • 田村 正徳(埼玉医科大学総合周産期センター 小児科)
  • 齋藤 明子(独立行政法人国立病院機構 名古屋医療センター臨床研究センター臨床研究企画部臨床疫学研究室)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 疾病・障害対策研究分野 難治性疾患等克服研究(難治性疾患克服研究)
研究開始年度
平成25(2013)年度
研究終了予定年度
平成25(2013)年度
研究費
8,550,000円
研究者交替、所属機関変更
研究分担者交替 菊地陽(平成25年4月1日から平成25年8月5日)→渡邉健一郎(平成25年8月5日以降) 所属機関移動 研究分担者 小川誠司 東京大学・分子遺伝学(Cancer Board)特任教授(平成25年4月1日から平成25年9月1日)→京都大学大学院医学研究科腫瘍生物学教授(平成25年9月2日以降)

研究報告書(概要版)

研究目的
ダウン症候群(DS)の新生児期に一過性に白血病様芽球が末梢血中に増加する一過性骨髄異常増殖症(transient abnormal myelopoiesis, TAM)の頻度は約10%(100人/年)とされている。近年の多数例の検討で、死亡例が20~30%みられることが判明し、重症例を診断するための診断基準や標準的治療もまだ確立していなかった。これまで日本小児血液学会の疾患登録システムの中でTAMの登録システムを立ち上げ、重症例の診断基準を確立し、観察研究により少量シタラビン療法等の標準的治療の確立を目指し、予後の改善と生存の質を向上させる。今年度はさらに次世代シーケンサーによる全エクソン解析とiPS細胞の樹立やNOGマウスにより病態解析を行う。
研究方法
GATA1変異、表面マーカー、血球形態を中央診断として行い、末梢血中の微小残存腫瘍とサイトカインを中央検査としたTAMの観察研究計画を実施、国立病院機構名古屋医療センターにデータセンターを設置した。実際の研究は、
① GATA1遺伝子等の解析
これまでに集めた200例以上の症例のGATA1遺伝子の解析から、GATA1sとIDsに共通して欠損しているGATA1の領域には正常な赤血球造血に不可欠なGATA1のRB結合モチーフを含み、その結合が失われることがTAMの発症に重要であることが示唆された。
②全エクソン解析
TAM および急性巨核芽球性白血病(AMKL)で次世代シ―ケンサーで全エクソン解析を行った。
③マーカー解析
TAM10登録例の白血球のマーカー解析を蛍光3~10重染色し、フローサイトメトリーで解析した。
④NOGマウス
TAMの病態、AMKLへの移行のメカニズムを解明し治療法を開発するため、高度免疫不全マウス(NOGマウス)を用いた。
⑤iPS細胞
ダウン症・TAM患者の血液/骨髄細胞からのiPS細胞を樹立し、造血/血液細胞への分化の解析を行った。
⑥サイトカイン測定
 Bio-Prex Cytokine Assayにより27種類の血清サイトカインの測定を行った。
結果と考察
①登録システムとTAMの観察研究
TAMの観察研究(TAM10)の問題点を討議した。
②病態解析と重症例の抽出
A. 全エクソン解析
次世代シークエンサーを用いて、15例のTAM症例と14例のDS-AMKL症例について、全エクソン解析を行った。1症例あたりの体細胞遺伝子変異数は、TAMでは1.7個と少なく、DS-AMKLでは5.8個と多く変異が認められた。
B. DS-AMKLの新規遺伝子変異
DS-AMKLではGATA1以外の8個の遺伝子の高頻度の変異が認められた。さらに41例のTAM、49例のDS-AMKL、19例の非ダウン症(non-DS)AMKLについて、これらを含む種々の遺伝子を詳細に検索したところ、TAMではGATA1以外の遺伝子変異はきわめて稀であるが、DS-AMKLではコヒーシン複合体が53%、CTCFが20%、EZH2などのエピゲノムの制御因子が45%、およびRAS/チロシンキナーゼ(以下TK)などのシグナル伝達系分子をコードする遺伝子群が47%に変異がみられた。特に、コヒーシン複合体にみられた遺伝子変異は完全に相互排他的であり、DS-AMKLの発症に重要な役割を果たしていることが示唆された。
 一方、non-DS-AMKLでは、コヒーシン、EZH2、GATA1などの変異はDS-AMKLより少なく、CBFA2T3/GLIS2やOTT/MALキメラ遺伝子は、TAMとDS-AMKLには1例も検出されなかった。この結果より、DSとnon-DS-AMKLは遺伝学的に異なった疾患群であることが示唆された。
③NOGマウス
11例のTAM患者検体を移植し3例で生着を確認し、生着したヒト細胞は患者検体と同一の特徴を示し、TAMの異種移植モデルを確立した。
④健常人DSと由来iPS細胞から造血/血液細胞への分化過程における遺伝子発現の解析で21番染色体上のRUNX1の発現が亢進していた。ダウン症候群患者の造血障害には、トリソミーによるRUNX1の発現亢進が深く関与している可能性が示唆された。
⑤サイトカイン
126検体で27種類のサイトカインの検索を行い、IL-8、IL-12、IL-17、GM-CDF、MCP-1、MIP-1β等が高値であり、IL-4が低値であった。これらのことより、IL-17の増加が種々の因子を誘導して炎症が誘導されている可能性が示唆された。
結論
 登録システムの確立によりほとんどの登録が可能となり、質の高い観察研究が開始され、今後多大な成果が期待される。病態解析も全エクソン解析により世界に先駆けた成果をあげることができた(Nature Genet 2013)。

公開日・更新日

公開日
2015-06-30
更新日
-

研究報告書(PDF)

行政効果報告

文献番号
201324122C

成果

専門的・学術的観点からの成果
15例のTAM症例と14例のDS-AMKL症例について、全エクソン解析と41例のTAM、49例のDS-AMKL、19例の非ダウン症(non-DS)AMKLのターゲットリシーケンスを行いTAMではGATA1以外の遺伝子変異はきわめて稀であるが、DS-AMKLではコヒーシン複合体が53%、CTCFが20%、EZH2などが45%、およびRAS/TKの遺伝子群が47%に変異がみられ、コヒーシン複合体の遺伝子変異は完全に相互排他的であり、DS-AMKLの発症に重要な役割を果たしていることが示唆された。27種類の網羅的サイトカインの解析ではTAM 126 例で解析を行い、IL1B, IL-2, IL7 をはじめとする多数のサイトカインが高値であった。
臨床的観点からの成果
日本におけるTAMの実態の把握のために、日本小児血液学会の登録システムを用い、前方視的登録による観察研究を行った。また、これまで日本小児血液学会の疾患登録システムの中でTAMの登録システムを立ち上げた。重症例の診断基準を確立し、少量シタラビン療法等の標準的治療の確立を目指し、GATA1変異、表面マーカー、血球形態を中央診断として行い、末梢血中の微小残存腫瘍とサイトカインを中央検査としたTAMの観察研究計画を開始し、これまでに200例以上が登録されている。
ガイドライン等の開発
一過性骨髄異常増殖症(TAM)はダウン症候群の患者で日齢90日未満に末梢血中に芽球が出現した症例であり、TAMの診断日は、生後初めて末梢血中に芽球の存在を確認した検体の採取日とする。TAMの芽球消失及び消失日は末梢血中の芽球消失が確認できた最初の日である。白血球数10万以上かつ在胎週数37週未満の重症例に少量シタラビン(1㎎/㎏) 5~7日投与を推奨する。このようなガイドラインを作整し、観察研究(TAM-10)を開始した。
その他行政的観点からの成果
これまで日本小児血液学会の疾患登録システムの中でTAMの登録システムを立ち上げ、重症例の診断基準を確立し、少量シタラビン療法等の標準的治療の確立を目指し観察研究を開始した。新生児・未熟児の先生方のTAMへの認識が深まり、診断の精度が向上し、早期診断が行われ、治療成績の改善が期待された。日本小児科学会、日本新生児未熟児学会等でも学会のシンポジウムを行い啓蒙した。これらによりTAMの診断、治療のレベルアップがはかられ、患者の生活の質の向上がはかられた。
その他のインパクト
平成21年4月から立ち上がったこの班会議や同時期に立ち上がった日本小児白血病研究グループのTAM委員会の啓蒙活動により、TAMの認識が深まってきた。平成23年4月の日本小児科学会、平成24年7月の日本周産期学会でシンポジウムを開催し、小児科医と産科医に情報を流し啓蒙を続けてTAMの治療成績の向上をはかった。TAMの観察治療が今年の3月末で終了し、これまでの成果をまとめて、新たな標準的治療研究を開始する予定である。

発表件数

原著論文(和文)
0件
原著論文(英文等)
40件
その他論文(和文)
1件
その他論文(英文等)
0件
学会発表(国内学会)
38件
学会発表(国際学会等)
13件
その他成果(特許の出願)
0件
その他成果(特許の取得)
0件
その他成果(施策への反映)
0件
その他成果(普及・啓発活動)
0件

特許

主な原著論文20編(論文に厚生労働科学研究費の補助を受けたことが明記された論文に限る)

論文に厚生労働科学研究費の補助を受けたことが明記された論文に限ります。

原著論文1
Park MJ, Sotomatsu M, Ohki K, et al.
Liver disease is frequently observed in Down syndrome patients with transient abnormal myelopoiesis.
Int J Hematol , 99 (2) , 154-161  (2014)
10.1007/s12185-013-1487-5
原著論文2
Shiba N, Ohki K, Park MJ, et al.
SETBP1 mutations in juvenile myelomonocytic leukaemia and myelodysplastic syndrome but not in paediatric acute myeloid leukaemia.
Br J Haematol , 164 (1) , 156-159  (2014)
10.1111/bjh.12595
原著論文3
Yoshida K, Toki T, Okuno Y, et al.
The landscape of somatic mutations in Down syndrome-related myeloid disorders.
Nat Genet. , 45 (11) , 1293-1299  (2013)
10.1038/ng.2759
原著論文4
Sano H, Shimada A, Tabuchi K, et al.
WT1 mutation in pediatric patients with acute myeloid leukemia: a report from the Japanese Childhood AML Cooperative Study Group.
Int J Hematol , 98 (4) , 437-445  (2013)
10.1007/s12185-013-1409-6
原著論文5
Shiba N, Funato M, Ohki K,
Mutations of the GATA2 and CEBPA genes in paediatric acute myeloid leukaemia.
Br J Haematol , 164 (1) , 142-159  (2014)
10.1111/bjh.12559
原著論文6
Shiba N, Ichikawa H, Taki T,
NUP98-NSD1 gene fusion and its related gene expression signature are strongly associated with a poor prognosis in pediatric acute myeloid leukemia.
Genes Chromosomes Cancer , 52 (7) , 683-693  (2013)
10.1002/gcc.22064
原著論文7
Shiraishi Y, Sato Y, Chiba K, et al.
An empirical Bayesian framework for somatic mutation detection from cancer genome sequencing data.
Nucleic Acids Res. , 41 (7) , e89-  (2013)
10.1093/nar/gkt126
原著論文8
Toki T, Kanezaki R, Kobayashi E, et al.
Naturally occurring oncogenic GATA1 mutants with internal deletions in transient abnormal myelopoiesis in Down syndrome.
Blood , 121 (16) , 3181-3184  (2013)
10.1182/blood-2012-01-405746
原著論文9
Saida S, Watanabe K, Sato-Otsubo A, et al.
Clonal selection in xenografted TAM recapitulates the evolutionary process of myeloid leukemia in Down syndrome.
Blood , 121 (21) , 4377-4387  (2013)
10.1182/blood-2012-12-474387
原著論文10
Makishima H, Yoshida K, Nguyen N, et al.
Somatic SETBP1 mutations in myeloid malignancies.
Nat Genet. , 45 (8) , 942-946  (2013)
10.1038/ng.2696.
原著論文11
Hiramoto T, Ebihara Y, Mizoguchi Y, et al.
Wnt3a stimulates maturation of impaired neutrophils developed from severe congenital neutropenia patient-derived pluripotent stem cells.
PNAS USA , 110 (8) , 3023-3028  (2013)
10.1073/pnas.1217039110.

公開日・更新日

公開日
2015-05-21
更新日
2015-06-30

収支報告書

文献番号
201324122Z