高齢者の末梢神経障害における再生・修復関連因子の研究

文献情報

文献番号
199800274A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者の末梢神経障害における再生・修復関連因子の研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
祖父江 元(名大神経内科)
研究分担者(所属機関)
  • 山本正彦(名大神経内科)
  • 永松正明(名大神経内科)
  • 服部直樹(名大神経内科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
4,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
神経栄養因子(NTF)は胎生期に神経細胞の生存維持や分化誘導に働き,成熟期・老齢期でも神経突起の伸展やapoptosisの抑制に重要な役割を果たしている.特に末梢神経系では,神経修復・再生を促進しシナプス再形成を制御している.NTFには成長因子やcytokineなど多くがあるが,ここではneurotrophin,GDNFとneuropoietic cytokineのCNTF,IL-6,LIFについて触れる.近年のgene targetingなどの研究により感覚神経細胞,自律神経細胞,運動神経細胞に特異的なNTFがあり,さらに後根神経節ではmodality別の感覚細胞のsubsetsとNTFとの関係が明らかになっている.NGF-TrkA系は小型細胞に,BDNF-TrkB系は中型細胞に,NT-3-TrkC系は大型細胞を栄養している.また胎生期にNT-3からBDNFに,生後NGFからGDNFに反応性が変換することも知られている.一方,脊髄運動神経細胞には主としてBDNF,GDNFとCNTFが栄養作用を持っている.しかし,高齢者の末梢神経障害の病変局所でNTFとその受容体がどのような動態を示すのかは必ずしも十分に解明されてはいない.
研究方法
ニューロパチ-はChurg-Strauss症候群,多発性動脈炎などの血管炎32例,GBS(Guillain-Barre症候群)/CIDP(慢性炎症性脱髄性多発神経炎)27例,シェーグレン症候群,FAP(Familial amyloidotic polymeuropathy)を含むその他のニューロパチ-22例の計81例と対照は7例である.生検腓腹神経におけるNGF,BDNF,NT-3と受容体(p75,TrkA,TrkB,TrkC),GDNFと受容体(Ret,GDNFR-a),CNTF,IL-6,LIFと受容体(gp130,CNTFRa,LIFRb,IL-6Ra)それぞれのmRNAsの発現レベルをRT-PCR法により定量した.RT反応の後,PCRを[a-32P]dCTPのinternal labelingで行ないPCR産物をnondenaturing polyacrylamide gelにて電気泳動した.mRNAレベルはBAS2000を用いて測定しcyclophilin mRNAに対する相対比として発現量を求めた.RT-PCR法における定量性はPCRのcycle数とtotal RNA量について解析し,特異性についてはRT-PCR産物の制限酵素切断により得られる産物のサイズにより検討した.また,digoxigenin-labeled probeを用いてin situ hybridization (ISH)を行ないその局在を検討した.
結果と考察
ニューロパチ-では,NGF,BDNF,NT-3,GDNF,IL-6,LIF mRNAsはいずれも程度の差はあれ障害組織内で上昇を示したが,CNTFは減少した.疾患特異性は見られなかった.受容体mRNAではp75,GDNFR-a,CNTFRa,LIFRb,IL-6Ra,gp130は障害神経組織で一般的に増加したが,TrkB,TrkCは減少しTrkA,Retの発現は認めなかった.神経栄養因子mRNAsは軸索障害を主体とするChurg-Strauss症候群,多発性動脈炎などの血管炎,脱髄病変を主体とするGBS/CIDP,両者のニューロパチ-で上昇が見られたが,p75,GDNFR-a mRNAsは軸索障害型での増加が著明であった.p75,GDNFR-a mRNAsの発現量について,組織学的所見より得られた軸索変性,節性脱髄の程度と多変量解析を行なうとp75,GDNFR-a mRNAの発現レベルは軸索病変の程度と有意な正の相関を示した.またISHでは,p75,GDNFR-a mRNAは変性した軸索周囲のSchwann細胞に局在したが,NGF,GDNF mRNAsは検出限界以下であった.
比較的新しく発見された神経栄養因子のGDNFとその受容体GDNFR-aはニューロパチ-で増加し,GDNFR-aは軸索病変の程度と相関した.また,ニューロパチ-の病変局所において神経栄養因子NGF,BDNF,NT-3が増加し高親和性受容体trkB,trkCが減少し,さらに低親和性受容体p75の発現が軸索病変の程度と相関することを報告した.Schwann細胞にはtrkB,trkCのtruncated formは存在するが,tyrosine kinase domainを持つtrkB,trkC,trkAは見られない.GDNF-RET系でもGDNFの機能的受容体のRETは検出されなかった.Schwann細胞のp75と神経細胞のtrkA系との関係と同様に,損傷神経部でSchwann細胞のGDNFR-aが増加したGDNFを捕捉し再生軸索末端の機能的受容体RET-GDNFR-aに提供することによって,神経再生が促進されると考えられる.このようにGDNFR-aの発現には軸索-Schwann細胞 interactionが重要であるが,GDNFの発現誘導には他の因子の関与が考えられる.p75,GDNFR-aの発現はともに軸索-Schwann細胞 interactionに関係するが,両者の発現レベルの間に相関関係はなくそれぞれ独立した調節機構が働いているものと思われる.
近年のgene targetingなどの研究により,後根神経節の感覚神経細胞ではmodality別の感覚細胞のsubsetsと神経栄養因子との関係が明らかにされた.NGF-TrkA系,GDNF-RET系は小径線維を持つ小型細胞を,NT-3-TrkC系は大径線維を持つ大型細胞を栄養している.末梢神経障害を末梢神経の線維ごとに詳細に検討することにより,個々の神経栄養因子の特異的な機能が解明される可能性がある.
また,これらの発現動態はラット軸索切断モデルの結果と類似していたが,発現調節機序はそれぞれ異なっていると思われた.神経栄養因子により神経細胞体や神経突起,Schwann細胞に存在する特異的受容体を介して末梢神経の修復・再生が促進されることが期待できる.病変局所に充分量の外因性の神経栄養因子を補充することに神経栄養因子治療の意義があると考えられる.
結論
神経栄養因子mRNAは末梢神経障害の病変局所で増加した.神経栄養因子は軸索障害型,脱髄型障害それぞれのニューロパチ-で増加し,また特にp75,GDNFR-aは軸索障害の程度とよく相関した.この疾患での発現レベルの変化は病態と強く関連していると考えられ,神経栄養因子の臨床応用に際して基礎となるものと思われた.

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