高齢者の高次中枢機能の低下に対する漢方薬の効果に関する研究

文献情報

文献番号
199800262A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者の高次中枢機能の低下に対する漢方薬の効果に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
鳥居塚 和生(北里研究所東洋医学総合研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 佐竹元吉(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 渡邊裕司(富山医科薬科大学和漢薬研究所)
  • 丸山悠司(群馬大学医学部)
  • 嶋田豊(富山医科薬科大学医学部)
  • 木村通郎(関西鍼灸短期大学)
  • 石毛敦(ツムラ中央研究所漢方生薬研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成8(1996)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
8,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
老化に伴い記憶学習障害、睡眠障害、不安などの高次中枢機能の低下がみられ、その一因として動脈硬化の進行による末梢循環障害が考えられ、これらに対処する薬物の開発は急務の課題と思われる。本研究は高齢者の知的能力の低下をはじめ睡眠障害、不安、感情障害などの中枢機能に対する漢方薬の作用や脳血液循環系の障害に対する漢方薬の作用、及びそれらの作用機序を解明することを目的として研究を行なった。この目的達成のために本研究班では以下の点について、初年度は老齢動物あるいは病態モデル動物を用いて薬理作用を明かにし、2年度、3年度には活性成分と作用機構を明かにすることに焦点を絞り検討した。(1)動脈硬化症、高血圧症に用いられる漢方方剤とその構成生薬についての中枢神経系に対する薬理効果と作用機序の解明。(2)睡眠障害モデル動物、記憶学習障害動物を用いた漢方方剤の薬理効果とその作用機序の解明および漢方方剤中の抗不安作用物質の解明。
初年度、2年度の研究から漢方方剤(四物湯・当帰芍薬散・七物降下湯)の血液循環改善作用や抗痴呆・睡眠障害改善などの精神神経症状の改善作用を報告した。また抗不安作用を有する漢方方剤・柴朴湯を見いだすことが出来た。構成生薬では芍薬・川キュウの記憶学習能改善作用や血管内皮細胞に対する作用が示され薬効発現に寄与していること、厚朴の抗不安作用発現への寄与を報告した。最終年度にあたる本年度は虚血性脳循環障害モデル動物を用いた系で七物降下湯の作用を組織化学的に評価した。当帰芍薬散の作用機序を薬理学的および培養神経細胞を用いた系で検討し、柴朴湯の抗不安作用成分honokiolの作用機構と行動薬理学的特徴を現代薬と比較した。また培養小脳顆粒細胞を用いて生薬の神経細胞死防御効果を明かにした。
研究方法
血液循環に関しては(i)雄性脳卒中易発性高血圧自然発症ラット(SHRSP/Izm)を用い8週齢時より七物降下湯投与を自由摂取させ脳卒中の症状、血圧を観察し、23週齢時に脳を取りだしホルマリン固定後病理組織化学的検討を行なった。(佐竹)(ii)脳血管性痴呆モデルラットを両側総頚動脈の永久結紮(2VO)により作成し、この動物にみられる空間認知障害、脳組織障害に対する七物降下湯の影響を検討した。(渡辺)(iii)虚血性脳循環障害モデル(高コレステロール摂食ラット/脳卒中易発症高血圧自然発症ラットSHRSP)にみられる脳血管障害発生初期過程における動脈病変を指標として、漢方処方投与による抑制効果を走査電子顕微鏡法で形態的に検討し、動脈内皮での接着因子ICAM-1, VCAM-1の発現やCD4/CD8陽性Tリンパ球接着の細胞動態を検索した。(木村)
高次中枢機能に対しては(iv)培養ラット小脳顆粒細胞を用いて、グルタミン酸誘導神経細胞死に対する釣藤散およびその構成生薬エキスの効果を検討した。(嶋田)(v)培養神経細胞株を用い当帰芍薬散の中枢コリン作動性神経への作用についてエストロゲンとの関連から検討した。また感覚器異常による高次機能の変化と当帰芍薬散の記憶学習能への作用を嗅覚障害(OL)マウスを用いて検討した。(鳥居塚)(vi)ラットを用いストレスにより誘導されるペントバルビタール誘発睡眠時間の短縮および自発運動量の亢進を指標として、卵巣摘出がCRF感受性に与える影響と、CRF脳室内投与によって誘導されるこれらの反応に対する当帰芍薬散の作用を検討した。またレポーター遺伝子アッセイ法を用い当帰芍薬散のestrogen活性を測定した。(石毛)(vii)柴朴湯の構成生薬「厚朴」成分honokiolについて高架式十字迷路装置を用い抗不安作用発現に関する作用機構ならびに不安誘発物質との併用効果をdiazepamの効果と比較検討した。(丸山)
結果と考察
(i, ii, iii):実験期間中にSHRSP/Izm血圧上昇に対する七物降下湯投与の抑制作用は認められなかったが、18週齢以降脳卒中の発症率は対照群に比べ投与群で有意に低下した。対照群では23週齢以降に脳で重度の出血巣、梗塞巣が認められるが、これに対し七物降下湯投与群では出血巣の数の有意な低下、梗塞巣の面積の有意な減少が観察され、その結果、延命効果を発揮すると考えられた。両側総頸動脈永久結紮(2VO)ラットにみられる空間学習行動障害は七物降下湯投与では改善しなかった。しかしながら2VOラットでは大脳皮質、線状体、海馬などの灰白質、脳梁の白質において顕著な変性が認められたが、七物降下湯投与群では変性の抑制傾向が認められた。形態学的、免疫組織学的にはSHRSPの10週齢の大動脈ではマクロファージの血管内皮細胞への付着が目立ち、CD8リンパ球の浸潤が観察された。脳動脈では中大脳動脈、脳底動脈内皮細胞にCD8リンパ球が多く付着し、少数のCD4リンパ球の付着がみられた。これに対し、七物降下湯、桂枝茯苓丸、芍薬エキスの投与は脳動脈でのCD4リンパ球の付着がほとんど消失した。
初年度、2年度には芍薬および芍薬タンニンにNOの関与による内皮依存性血管弛緩作用を確認し、経口投与で末梢循環の改善、動脈硬化の抑制に作用すると報告し、芍薬含有の漢方薬(当帰芍薬散や七物降下湯)は血管の保護という観点に寄与することを推測した。本年度に七物降下湯が梗塞巣の減少や脳組織の変性、脱落を抑制したことや、内皮細胞付着細胞を減少させたことは虚血性脳循環障害の病態進行に抑制的に作用することが予測され、脳循環改善、内皮機能保護に作用すると考えられた。
(iv):培養ラット小脳顆粒細胞のグルタミン酸誘導神経細胞死に対する生薬の効果を検討したところ、釣藤散エキス、釣藤鈎エキスが強い保護作用を示した。この作用は濃度依存的であり、また釣藤鈎エキスは濃度依存的にグルタミン酸による45Ca2+の細胞内流入を有意に阻害した。このことは釣藤散の虚血性の中枢神経障害に対する有効性の一部を説明するばかりでなく、七物降下湯の構成生薬であることから薬効への関与が考えられた。
(v)(vi):更年期以降の不定愁訴症候群では不眠、不安症状などの精神神経症状が見られる。初年度、2年度で卵巣摘出動物やメス老齢動物で記憶学習能の低下や大脳皮質や海馬でのアセチルコリン合成酵素(ChAT)活性の減少がおこり、当帰芍薬散の投与で改善することや、Elマウスと卵巣摘出更年期モデルマウスでの検討から当帰芍薬散は脳の易感受性、易興奮性を改善することを示した。本年度の成果から当帰芍薬散の脳の興奮状態を緩和させる作用機序には単回ストレス時のCRF放出以降の反応は関与しないことが示された。当帰芍薬散のこのような作用の発現にはステロイドホルモンを介した機構も推定された。そこで当帰芍薬散由来のestrogen様物質をレポーター遺伝子アッセイ法で検討したが当帰芍薬散自身には植物由来のestrogen様物質を含まないと考えられ、外因性のステロイド性物質によるものではないと考えられた。また当帰芍薬散はコリン作動性神経賦活作用により、特に記憶の形成過程に効果を示すことが示された。更に当帰芍薬散エキスは培養コリン作動性神経細胞株のアセチルコリン合成酵素(ChAT)活性を増強するが、その増強作用は生薬単独ではみられず処方としての複合作用が示唆された。(vii):厚朴成分honokiolの抗不安作用の有効量は一般的中枢抑制作用のおよそ1/500程度で認められた。Honoki-olの抗不安作用はflumazenilとbicuculineおよび不安誘発作用を有するCCK-4, caffeineとの併用によって抑制された。Diazepamの効果は同じくflumazenil, bicuculineで減少したが、caffeineによって助長され、CCK-4の作用を完全に抑制し、honokiolとの作用機構の相違を示唆した。
結論
高齢者の記憶学習などの高次中枢機能低下や中枢神経系の維持に関わる脳血液循環系の障害に対する漢方薬の作用を解明することを目的として四物湯・当帰芍薬散・七物降下湯という共通する生薬を含有する漢方方剤の検討を行なった。その結果、血液循環改善作用や抗痴呆・睡眠障害改善、抗不安作用などの精神神経症状の改善作用と作用機序の一部を明かにした。また芍薬中タンニン類、厚朴のhinokiolなどの活性成分を明らかにした。当帰芍薬散は脳の興奮性を抑制すること、コリン作動性神経に作用し記憶の形成過程に影響するものと考えられた。当帰、芍薬、川キュウなどを含むこれらの漢方薬は高血圧や老化による血管機能低下の抑制が期待でき、高齢者の高次中枢機能低下、痴呆の予防や治療薬としての臨床利用の妥当性の根拠を与えるものと考えられる。

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