高齢者の中枢神経機能の改善と鍼灸刺激

文献情報

文献番号
199800261A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者の中枢神経機能の改善と鍼灸刺激
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
丁 宗鉄(東京大学医学部助教授)
研究分担者(所属機関)
  • 八瀬善郎(関西鍼灸短期大学教授)
  • 吉田章(大蔵省印刷局東京病院大蔵技官)
  • 春山克郎(順天堂大学講師)
  • 丹沢章八(明治鍼灸大学大学院教授)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成8(1996)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
8,100,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
高齢者の中枢神経系の機能と循環に焦点をあて以下の基礎的、臨床的研究を行った。
1)パーキンソン病など高齢者の中枢神経の鍼灸治療
2)高齢者脳血管後遺症の知的評価スケール、老人行動評価スケール、皮質脳血流へのツボ刺激の効果
3)近赤外分光法などによる脳血流への鍼灸刺激の影響
4)自然発症高血圧モデルラットの予後と全身状態に及ぼす鍼刺激の影響
5)骨代謝に及ぼす鍼灸の影響
研究方法
(中枢神経障害への臨床効果)パーキンソン病、錐体外路系疾患、脳血管障害について週1回または2週に1回鍼灸治療を行い、経過を追って臨床ならびに筋電図所見を検討した。(中枢神経機能への影響)70才以上の高齢者を対象に運動療法単独群とTranscutaneous Electrical Acupuncturepoint Stimulation (TEAS)併用群を対象に痴呆スケール、HDS-Rを指標にして効果を検討した。さらにデイケアに通院する脳血管障害後遺症患者10名を対象(通常のケア群とTEAS併用群)にキセノンCTによる脳血流量を検討した。(大脳血流測定)脳血流の変化を直接観察できる近赤外分光法を用いて脳血流の変化を検討した。
結果と考察
(中枢神経障害への臨床効果) 
1)パーキンソン病について、週1回の鍼治療治療前安静時には高振幅の異常放電を認めたが抜鍼後、振幅の減少を認めた。攣縮性斜頚では局所への鍼刺激のみならず、遠隔刺激でも経絡上のツボ刺激により効果がみられた。
2)全体として運動療法群及びTEAS併用群ともに8週間の治療でHDS-Rおよび老人生活スケールのスコアが増加し、改善する傾向を示した。改善した項目はHDS-R項目では日時の見当識、言葉の遅延再生、5つの物品銘といった項目であり、老人生活スケールでは聴覚と摂食以外のすべての項目であった。しかも傾向としてはTEAS併用群のほうが改善した症例が多かった。更にHDS-Rと老人生活スケールのスコアの変化の関連性を検討したところ、両方ともに改善する症例はTEAS併用群で多く見られた。身体的愁訴の改善もTEAS群でみられたが、うつ状態については改善は見られなかった。TEASの作用機序の一端を解明するために対象に局所脳血流量の測定を行った。老年痴呆やアルツハイマー型痴呆では一般的には皮質血流量の測定をキセノンCTを用いて行った。その結果、治療8週間目で皮質血流量は概ね増加傾向を示した。
(大脳血流測定)
老年患者15例に鍼刺激を行い、その前後の脳血流量の変化を近赤外分光法を用いて計測した。その結果、脳血流量を表わす総ヘモグロビン量は、鍼刺激で、増加し、その最大値は鍼刺激中であり、抜鍼後漸次、減少していくことがわかった。
(動物実験)SHRの生存期間は対照群528±45.6日、皮内鍼群619±49.2日であった。体重10週目頃より皮内鍼群の方が体重の増加が多く、その傾向は全経過を通じてみとめらた。灸刺激は水分排泄を有意に抑制した。鍼治療は緊張を緩和するような自律神経系への影響が認められるが、SHRに対してストレスとなるようなブラケットケージを用いており、このようなストレスに対して鍼治療は緩和作用があり、その結果として飼料消費量が増え、体重が増加し、生存期間を延長させている可能性がある。灸刺激の Ca および NTx 値に対する影響は明らかではなかったが、P の尿中への排泄は灸刺激により著明に抑制された。鍼灸治療が神経変性に対してどの程度有用かその適応と限界を検討することは極めて重要なことである。パーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症、アルツハイマー病など神経変性疾患は加齢により出現頻度が直線的に増大する。その病因はなお不明であるが、高齢化社会におけるこうした疾患の患者の看護・ケアは一層重要である。 パーキンソン病では、鍼刺激、刺激時間を変えて置鍼し3分置鍼でも10分置鍼と同じ効果を示した。一般に萎縮筋に鍼は不適応で、ごく早期にのみ浅刺入または灸で効果のあることがある。TEASを高齢者の痴呆予防あるいは軽度痴呆患者の治療法として取り入れた理由は、安全性・簡便性・操作性の観点からである。運動療法あるいいはTEASの併用は正常な高齢患者の知的活動および日常生活活動を活発化させる効果、すなわち"痴呆予防"としての有用性を示唆するものである。一般に体重の増加は高血圧症に対しては悪影響を与えると考えられるが、今回の検討では飼料の消費量が多く、体重の増加の多い鍼治療群が反て生存期間の延長傾向がしめされたことは非常に興味深い。鍼治療は緊張を緩和するような自律神経系への影響が認められるが、SHRに対してストレスとなるようなブラケットケージを用いており、このようなストレスに対して鍼治療は緩和作用があり、その結果として飼料消費量が増え、体重が増加し、生存期間を延長させている可能性があり、今後更に検討を要すると考えている。鍼刺激が骨代謝パラメータに対し明らかな作用を示さなかったにもかかわらず、灸刺激は尿中に排泄されるリンを減少させる傾向がみられた。老化による骨強度の低下は深刻な問題であることからも、高齢者の骨のミネラル減少に対し鍼灸治療が有効である可能性が示唆された。  
結論
1)鍼治療によりパーキンソン病の筋緊張の緩和、振戦の改善がみられた。攣縮性斜頸の治療に鍼治療を継続することで、筋緊張の緩和、姿勢の改善を認め、併用薬剤の減少が可能となった。
2)既存の療法にTEASを併用させることによってHDS-Rのスコアは増加する傾向補を示した。このことからTEAS併用療法は高齢者の痴呆予防あるいは軽度痴呆に対する治療法としての可能性が示唆された。
3)同様にTEASの併用によって老人生活スケールのスコアは増加する傾向を示した。このことからTEAS併用療法は高齢者の日常生活動作を改善する効果が示された。
4)鍼刺激は、皮質脳血流量を増加させる効果があることが示唆された。
5)鍼刺激は自然発症高血圧ラットの寿命を延ばし全身状態も改善させた。
6)灸刺激はマウスの水分代謝と骨代謝を改善した。

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