高齢者のストレスと不安に関する研究

文献情報

文献番号
199800260A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者のストレスと不安に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
藤井 滋樹(公立学校共済組合東海中央病院神経内科)
研究分担者(所属機関)
  • 久保木富房(東京大学医学部)
  • 早野順一郎(名古屋市立大学医学部)
  • 水野信義(日本福祉大学社会福祉学部)
  • 榊原雅人(公立学校共済組合東海中央病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成8(1996)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
7,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
高齢者におけるストレスと不安を理解するにあたっては、高齢者に対応したストレス測定法が必要である。ストレスや不安の測定にはおもに質問紙法が用いられてきた。しかしこれまで高齢者を対象にしたストレスチェックリストは開発されていない。そこで、本研究では高齢者用のストレス評価質問紙を作成することをめざした。一方、より客観性を高めるには質問紙のみでは不十分である。我々は、ストレスの生理指標として心拍変動分析法が最も有用であると考えている。この方法は簡便さが大きな長所である上にスペクトル法を適用することによって信頼性のある自律神経機能検査となった。これらの測定法を用い高齢者のストレスと不安を様々な角度から検討することが目的である。
研究方法
高齢者のストレスと不安を検討するために、本研究では高齢者用ストレス評価質問紙(「健康調査票アンケート」、以下、ストレスチェックリスト98、SCL98)を作成しこれによる調査を行った。また、ストレス測定の生理指標として心拍変動分析法の有効性を確めた。さらに、高齢者のストレス反応と認知スタイルの関連を検討した。研究1)高齢者用ストレス評価質問紙(SCL98)の作成と調査。これまでに勤労者用のストレスチェックリスト(SCL86)を開発している。このチェックリストの特徴は,個体をブラックボックスに置き換えてストレッサーをインプット,ストレス反応をアウトプットとみなしその両者を同時に評価し、さらにアウトプットを身体、心理、行動という三つの面から評定する点にある。この質問紙は個人だけでなく集団のストレス度やその特徴をも把握できる。今回はこのSCL86を土台に、高齢者用ストレス評価質問紙(SCL98)を作成した。さらに新しく作成したSCL98を用いて、高齢者300人に対して実際に調査を行った。研究2)心拍変動分析による高齢者の自律神経機能の測定。昨年までに、有酸素運動と無酸素運動を組み合わせた well rounded exerciseがメンタルマネージメントに有効であることを報告した。今回は高齢者運動療法としてprogressive aerobic circuit exercise(PACE) を採用し、これによる自律神経機能の変化を心拍変動の分析から検討した。研究3)高齢者の認知スタイルとストレス反応の関連性。高齢者のストレス反応として不安と抑うつを取り上げ、認知スタイルとしての「不合理な信念」とどの様に関連しているかを若年者と比較した。不安と抑うつの測定には各々STAI-Ⅱ(state-trait anxiety inventory)とSDS(self-rating depression scale)を、「不合理な信念」は日本語版irratioal belief testを用いた。
結果と考察
研究1)高齢者用のストレス評価質問紙(SCL98)の作成と調査。今回作成したSCL98が勤労者用SCL86と異なる点は高齢者に回答しやすいように質問項目を86に減らしたこと、以前の研究結果から因子負荷量の高い質問項目のみにしたこと、ストレッサー尺度をライフイベント尺度と日常いらだち事尺度に分けたこと、ストレス反応尺度を心理反応と身体反応の2つにしたこと、ソーシャルサポート尺度、生活満足度(QOL尺度)を付加したことである。今回の調査の対象は老人クラブに所属する60歳以上の高齢者300名で、回収できた248名(回収率82.7%)を分析した。男109名、女122名、不明17名で、平均年齢70.0 ± 6.7歳であった。男女間で有意差がみられたものは「耐えられるストレス度」が男性で高く、ソーシャルサポートは女性で高かった。研究2)心拍変動分析による高齢者自律神経機能の測定。Progressive aerobic circuit exercise (PACE)の運動療法の前
後で心拍変動分析による自律神経機能には変化がみられなかった。このことは、運動療法による状態不安(STAI)や抑うつ状態(profile of mood state , POMS)の改善が自律神経活動の変化によるものではなく、運動耐容能増加に起因するものであることを示唆した。研究3)高齢者の認知スタイルとストレス反応の関連性。高齢者におけるSTAIとSDSの平均値は、若年者に比べて有意に低値であった。日本語版 irrational belief test では、倫理的非難の項目が若年者に比して高値であり、内的無力感、外的無力感が若年者より低値を示した。STAI・SDSとirrational belief test との関連性は、外的無力感の信念(他人や社会、過去の出来事によってうけた影響に対するコントロール不能感)が強い場合に不安や抑うつが高まっており、これは高齢者と若年者で同様の傾向を示した。
高齢者のストレスと不安を理解するためには、高齢者の心理社会的な特徴を考慮した上でより総合的に評価しうる検査法が必要である。今回開発した高齢者用ストレス評価質問紙(SCL98)は十分それに耐えるものである。前述したように、このチェックリストの特徴はその構造にある。個体をブラックボックスに置き換えて,ストレッサーをインプット,ストレス反応をアウトプットとみなしその両者を評価するものである。今回、日常のいらだち度尺度とソーシャルサポート、QOL尺度(生活満足度)を加えることによってホームズらの社会再適応スケールとの関連づけも可能になり、さらに妥当性を検討しうる ライ・スケール も備え、その完成度は高い。この質問紙は個人だけでなく集団のストレス度やその特徴も把握できる機能的な質問紙法である。今回は半田市の高齢者に対してこの質問紙法を実施し男女間の比較を行った。対象や方法を変えることによって、今後様々な調査研究が可能である。高齢者の所属する施設間でのストレスの差、あるサービスを実施した前後のストレスの変化なども把握できる。「ストレス評価質問紙(SCL98)」は、高齢者のストレスと不安を測定するために重要な役割を果たすものである。ストレスの測定に質問紙法は欠かせないものであるが、より客観的なものにするためにはストレスに関する生理指標を測定することである。心拍変動分析はストレスの測定に有用な手法である。この検査法では、ストレス反応における交感神経と副交感神経の作用をリアルタイムに知ることができる。今回は運動療法の持つストレス軽減効果に自律神経系が果たす役割を検討した。その結果は negative data であったが、この研究を通じて心拍変動の分析(スペクトル解析)が、その簡便さと測定の信頼性の両面からストレスの測定に有用なものであることが確かめられた。
結論
高齢者のストレスと不安を理解する上で信頼性のあるストレスの測定法が必要である。我々は、質問紙法として高齢者用にストレス評価質問紙(ストレスチェックリスト98、SCL98)を開発した。この質問紙は、ストレスをストレッサーとストレス反応の両面から把握し、その中に、ライフイベントや日常いらだち度、心身両面の反応、QOLの測定など、多面的な内容を包含している。一方、ストレスの生理指標の測定において心拍変動のスペクトル分析がその簡便さと信頼性の両面から極めて有用であることを示した。高齢者のストレスを把握する上で、ストレス評価質問紙 SCL98 と心拍変動のスペクトル分析を組み合わせることでより総合的な客観性のあるストレス測定が可能であることが示唆された。

公開日・更新日

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