高齢者の身体的自立に必要な体力レベルとライフスタイルに関する研究

文献情報

文献番号
199800255A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者の身体的自立に必要な体力レベルとライフスタイルに関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
松村 康弘(国立健康・栄養研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 国吉幹夫(南勢町立病院)
  • 岩岡研典(東京女子大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
脚筋力の低下は高齢者の日常生活の活動量を著しく減少させることから、下肢筋群の筋出力の重要性に着目して、自立した生活を営むための下限となる体力レベルを脚筋力あるいは脚伸展パワーで示すことは重要である。しかし、高齢者が自立した生活を営むために必要な体力の維持・向上に必要な身体活動レベルやライフスタイルについては明らかにされていない。本研究班では、昨年度の研究報告において、高齢者の体力レベルを反映する指標として脚伸展パワーが有用であり、自立した日常生活を営むのに必要な脚伸展パワーの水準の1つを提示した(女性・両足:約9W/kg)。
さらに、都市部に居住する比較的活動的な60歳から76歳の高齢女性を対象に、脚伸展パワーと動的姿勢調整能力の測定と日常身体活動状況の調査を行い、これらの活動的な高齢女性の脚伸展パワーは全般に高い傾向にあること、これらの高齢女性の転倒には下肢筋力以外の要因が関与している可能性が考えられることを報告した。また、脚伸展パワーや脚伸展筋力の成績が階段の昇降や椅子からの立ち上がり、小さな水たまりの跳び越しなどの日常生活動作の主観的困難度と関係している可能性を示唆した。
椅子や正座からの立ち上がり動作や階段の昇降動作、臥位からの起き上がり動作などは、日常生活において頻繁に繰り返される動作であり、これらの高齢者の日常生活動作パターンの特性について検討することは、高齢者の身体的自立に必要な体力レベルを検討する上で、きわめて意義深いものと考えられる。また、中高年齢女性の骨密度の減少は、閉経を契機にその減少率が高くなることが明らかとなっている。Etheringtonらは、閉経前にスポーツや労働で高い強度の身体活動を経験し、閉経後も週1回以上の頻度で運動習慣を有する中高年齢女性では、腰椎および大腿骨頸部の骨密度が、同年代の身体的に不活発な一般女性より有意に高いことを報告している。大腿骨の骨折は高齢者の身体的自立を損なうリスクファクターのひとつであり、身体活動の習慣と骨密度の関係を明らかにすることは、高齢者の身体的自立におよぼすライフスタイルの影響を考える上で有用な情報であると思われる。
そこで本年度は、①農漁村部の高齢住民の体力レベルとライフスタイルの経年変化に関する検討、②定期的に身体活動を実施している中高年齢女性と同年代の一般女性の運動習慣と骨密度の関係についての検討、③体力レベルの高い高齢者における椅子からの立ち上がり動作パターンの分析・検討を中心に行った。
研究方法
①3年前に行った農漁村部の60歳以上住民の体力測定および生活習慣調査と同じ測定・調査を行い、縦断的データの蓄積を行っている(3年計画)。来年度にそれらの総合的まとめを行う予定である。②被験者はクラシックバレエの動作を中心とした身体活動を10年以上継続して実施している女性7名(57.0±7.0歳)と、同年代で特に運動習慣のない女性6名(60.0±7.0歳)である。これらの対象者に対して、DEXA法による骨量、骨密度測定(第2腰椎から第4腰椎、左側大腿骨頸部)および膝伸展筋力測定を行い、それらの関連を検討した。③被検者は週に1回、1時間半から2時間行われる運動教室に5年間以上継続して参加しており、その他、水泳などを含めて、週に2、3度以上の定期的な身体活動を行っている女性5名(63.0±4.5歳)である。これらの対象者の膝伸展筋力測定と椅子からの立ち上がり動作解析を行った。
結果と考察
①昨年度同様、3年前に行った体力測定の対象者である農漁村部の高齢者(ベースライン時60歳以上)の対象数を増やし、現在約1086名を対象として同様の測定を行った。脚伸展パワーは3年の間に有意な低下を示していたが、脚伸展力、握力、開眼片足立ちの低下は認められなかった。その他の項目との関連については、さらに対象者数を増やし、最終年度である来年度に総括検討を行う予定である。②バレエ実施群の最大等尺性膝関節伸展筋力は対照群より有意に大きく、腰椎および大腿骨頸部の骨密度も有意に高かった。すなわち、運動実施群の方が下肢筋力に優れ、腰椎および大腿骨頸部の骨密度も有意に高い結果が得られた。このことは、定期的な身体運動の実施が閉経後の女性において骨密度の維持にポジティブな影響を及ぼしている可能性を示唆している。しかし、閉経後の女性に高強度・低頻度のレジスタンストレーニングと中強度・高頻度のレジスタンストレーニングを1年間実施した場合、筋力の増加はどちらのトレーニングを実施しても認められたのに対し、骨密度の増加は高強度のトレーニングを行った群にのみ認められたという報告(Kerrら)もあり、身体運動の実施が筋力と骨密度に及ぼす影響が異なる可能性が示唆されている。高齢者の身体的自立と体力要素、身体活動(トレーニング)の関係について明らかにする際に考慮すべき要因であると考えられた。③本研究では、高齢者の体力レベルと日常生活動作の動作パターンとの関係を検討する第一段階として、体力レベルの高い中高年齢女性を対象に、4種類の高さの椅子からの立ち上がり動作について測定・分析を行った。その結果、体幹前傾角度は50%条件の高さでの試行時に最も大きく、高さが増すにつれて減少する傾向にあった。各条件での値はいずれも100%条件時と比べて統計的に有意な差が認められた。股関節の屈曲角度と膝関節の屈曲角度も50%条件のときが最も大きく、椅子の高さが増すにつれて減少する傾向にあった。各条件での値はいずれも100%条件時と比べて統計的に有意な差が観察された。すなわち、立ち上がり動作時の体幹前傾角度と股関節屈曲角度、膝関節屈曲角度の最大値は椅子が低くなるほど、増大した。本研究では100%条件での体幹前傾角度は平均24.3度であり、若年女性を対象とした場合(臼田・山路)より小さかった。また、50%条件での動作においても膝に手掌をあてる被検者はいなかった。これらの差異が測定条件の違いによるものなのか、体力レベルの影響も含まれているものなのかについては、いずれの研究にも被検者の下肢筋力レベルについて記されていないため、現状では不明である。筋力レベルが低下した場合に、身体各部位の移動、特に頭部の姿勢の取り方が動作全体におよぼす影響は、老人福祉施設等での日常生活動作を維持向上させようとする取り組みにとっては検討すべき課題であると考えられた。
結論

齢者の体力レベルを反映する指標として脚伸展パワーが有用であるが、農漁村部の60歳以上の住民の場合、そのパワーは3年の間で低下していた。その間の身体的自立の程度やその他のライフスタイルとの関連については、さらに対象者数を増やし、来年度にまとめを行う。
定期的な身体活動の実施が高齢者の身体的自立におよぼす影響について、都市部に居住する体力レベルの高い閉経後の中高年齢女性を対象に、下肢筋力、骨密度と椅子からの立ち上がり動作の特性について測定を行った。定期的に身体活動を実施している群の膝伸展筋力は同年代の対照群より有意に大きく、腰椎および大腿骨頸部の骨密度も有意に高かった。また、4種類の高さの条件で椅子からの立ち上がり動作を行った結果、動作時の体幹前傾角度、股関節屈曲角度、膝関節屈曲角度などの動作特性は文献的に比較した若年者のデータと比べて、加齢による特徴的な差異は認められなかった。日常生活動作の遂行に関連した高齢者の身体的自立におよぼす体力レベルの影響について明らかにするためにはこれまでの被験者に加えて、老人保健施設等に居住する体力レベルの低い高齢者を対象にした測定・調査が必要であり、今後検討していく予定である。

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