高齢者における廃用症候群・過用症候・誤用症候の本態・予防・リハビリテ-ション

文献情報

文献番号
199800246A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者における廃用症候群・過用症候・誤用症候の本態・予防・リハビリテ-ション
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
上田 敏(帝京平成大学)
研究分担者(所属機関)
  • 緒方甫(産業医科大学)
  • 間島満(埼玉医科大学)
  • 竹内孝仁(日本医科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成8(1996)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
7,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
心身の機能を適切に使用しないこと(廃用)による機能の低下は、共通の原因のもとに全身にわたる多数の臓器系に同時に生ずることから「廃用症候群」と呼ばれる。これは高齢者では若年者よりも起りやすく、一旦起れば回復は若年者にくらべ一層困難である。またこれは廃用症候群→機能低下(易疲労性、能力低下、等)→ADL能力低下→生活の不活発化→一層の廃用症候群の進展という悪循環を作り、最終的に「寝たきり老人」を作る大きな原因となっている。したがって健康な長寿社会を作るためには廃用症候群の本態を究明し、これを予防・改善することが極めて重要である。一方廃用の害を強調することは決して「スパルタ的」な訓練を是とするものではなく、過用症候、誤用症候の危険もまた同じく強調されなければならない。以上の点の解明が本研究の目的である。
研究方法
(1)下肢血流の廃用性低下に関する研究(上田):脳卒中片麻痺患者で血行障害の合併及び既往のない41名(65才以上の高齢者23名、非高齢者18名)を対象とし、対照として65才以上の健常人39名(高齢者18名、非高齢者21名)をとり、次の測定を行なった。すなわち、ストレインゲージ・プレスチモグラフを用い、30分の仰臥位安静後両下肢同時に、動脈流入量(両大腿カフに50mmHgの15秒の加圧と除去を繰り返し計10回測定を2クール)と静脈容量(両大腿カフに30mmHgの加圧を2分間行なっての測定を計2回)を測定した。一部の例では継時的変化をみた。
(2)高齢ラットの廃用性筋萎縮とカルシウム依存性中性プロテアーゼに関する研究(緒方):ラットの廃用性筋萎縮におけるcalpainの関与を証明するために高齢ラット5匹に2週間の後肢懸垂を加えて廃用性筋萎縮を作製し廃用群とした。また、後肢懸垂を加えないラット5匹を対照群とした。外側広筋、大腿直筋、内側腓腹筋、ヒラメ筋についてHE染色、calpain染色を行った。
(3)運動障害患者におけるインスリン抵抗性(間嶋):運動障害者におけるインスリン抵抗性と、インスリン抵抗性を反映する指標として有用と考えられているHOMA-Rとの関連を検討するために、運動障害者45例(男性33例、女性12例)を対象として次の方法でHOMA-Rを測定した。すなわち、空腹時血糖値(FPG)と空腹時インスリン値(IRI)から、HOMA-R=FPG(mmol/L)×IRI(μU/ml)/22.5として計算した。
(4)特別養護老人ホーム入居者の経年的ADL変化(竹内):東京都下の特養入居者で平成8年度から10年度まで存命していた90名(男性26名、女性64名)について、移動・排泄・入浴・食事・更衣・整容の6行為を自立を5点、全介助を1点とする5段皆評価で合計30点満点で評価した。痴呆度は柿沢式「老人知能の臨床的判定」を用い、正常をAとし、以下Fまでの6段階をそれぞれ6点から1点の段階評価とし得点化した。
結果と考察
(1)下肢血流の廃用性低下に関する研究:a) 下肢動脈流入量 1)男性高齢者群において健常者に比べて(以下略)片麻痺患者の健側、患側共に有意に低下していた。
2)男性非高齢者群においては患側で有意に低下していた。3)女性高齢者群においては患側が有意に低下していた。4)女性非高齢者群では低下傾向はあったが有意ではなかった。b) 静脈容量 1)男性高齢者群では患側は健側に比べて有意に低下していた。2)男性非高齢者群では有意差はなかった。 3)女性では高齢者群、非高齢者群ともに有意差は見られなかった。 c) 移動レベルによる差 1)動脈流入量:高齢女性では片麻痺患者の車椅子自立(歩行非自立、全体としての生活活動性が低い群)の健側と患側では有意に低下し、また、歩行自立群に比べても低下傾向があった。男性高齢群でも車椅子自立群の健側、患側は共に有意に低下していた。 非高齢者群では男性で車椅子自立群の患側において有意に低下していた。女性では車椅子自立群で低下傾向があったが有意ではなかった。 d)経時的観察 1)歩行自立群4名、2)車椅子乗車開始直後群7名、3)車椅子乗車継続群9名、のように分類し、1回目の動脈流入量の値を100%として4週間後の健側の動脈流入量の変化を各群で比較した。歩行自立群では170±37.3%、車椅子乗車開始直後群では139±47.8%、車椅子乗車継続群83.3±29.1%と歩行自立群、車椅子乗車開始直後群においては車椅子乗車継続群より共に有意に増加していた。以上の結果は健常人に比し、脳卒中健側及び患側ともに動脈流入量、静脈容量は有意に低下していることを示している。これらは筋血流と静脈コンプライアンスの低下を示唆するものであり、その原因としては筋、血管系における廃用がもっとも可能性が高いと考えられる。
(2)高齢ラットの廃用性筋萎縮とカルシウム依存性中性プロテアーゼに関する研究:対照群では外側広筋に1カ所壊死線維を認めたが、その他の筋には異常はなく、またcalpainの発現も認めなかった。廃用群では、外側広筋、大腿直筋、内側腓腹筋、ヒラメ筋にそれぞれ11.6±23.2、7.8±11.7、1.3±1.3、4.0±8.0の壊死線維が出現し、そのうちおよそ1/4の筋線維がcalpain陽性であった。上記の結果から、廃用性筋萎縮に出現する筋線維壊死の発生過程の一部にはcalpainが関与していることが明らかとなった。
(3)運動障害患者におけるインスリン抵抗性:インスリン抵抗性有り群のHOMA-Rは2.6±1.4であったのに対して、インスリン無し群では1.5±0.9であり、統計学的に有意な差を示した(P=.0406)。この結果から、HOMA-Rはインスリン抵抗性を評価する簡便な指標として運動障害者においても適用可能であると考えられた。
(4)特別養護老人ホーム入居者の経年的ADLの変化:3年間の変化をみるとADLは経年的に低下を示しているが、各年代別比較、年度別比較とも統計的差異は認めなかった。痴呆度は各年代とも低下傾向を示しているが特に60代、70代での平成10年度値に比較的低下度合いが高く、90年代に低い傾向を示しているが統計学的差異は認めなかった。各段階を3クラスにまとめ経年変化を一元配置分散分析にて検出した結果、クラス1は他群に比較し有意に機能が維持されていた。(P<0.001)移動項目の段階別評価を痴呆と同様に3クラスにまとめ各群の経年変化を一元配置分散分析にて検出した。結果、各群間とも有意差を認め、移動能力が高い程機能が維持されている事を示した。(P<0.001)その他のADLにおいても同様の傾向がみられた。以上から痴呆のない(または軽い)ほど、また移動をはじめとするADL能力が高いほどその後の痴呆の進行、ADLの能力の低下が少ないということがいえる。
結論
以上の研究は臨床的および基礎的に廃用症候群のうち代表的なものを選んで対象としたものであり、広い範囲にわたる廃用症候群全体を網羅したものではない。しかし廃用症候群のうち従来知られていなかった新しい症候の手がかりをつかむことができたり(下肢血流低下、インシュリン抵抗性)、従来知られていた症候の発症機序に関する知見を深めたり(筋萎縮とcalpain)、予防についての示唆を与えたり(ADLと痴呆)等、種々の点で意義深いものであり、「寝たきり」の原因として極めて重要な廃用症候群の予防と治療・リハビリテーションにとっての大きな貢献と考えられる。

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