高齢者および高齢障害者の歩行異常と転倒に対する対策

文献情報

文献番号
199800242A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者および高齢障害者の歩行異常と転倒に対する対策
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
眞野 行生(北海道大学)
研究分担者(所属機関)
  • 江藤文夫(東京大学)
  • 森本茂(奈良県心身障害者リハビリテーションセンター)
  • 安東範明(国立療養所西奈良病院)
  • 田村拓久(国立療養所東埼玉病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成8(1996)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
7,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
過去2年間の研究において、高齢者および高齢障害者の転倒での、内因と外因について分類し、転倒防止への介入(インターベンション)の方法の研究を試みた。今年度は高齢障害者の中で、特に多い疾患である、パーキンソン病を取り上げ、転倒についての全国的なアンケート調査を行った。さらに高齢者および脳卒中片麻痺に対する転倒に関する研究を報告し、高齢者および高齢障害者の転倒に伴う活動性の低下への予防対策の作成を本研究の目的とした。これらの研究発表は本報告書の他に、転倒予防の啓発のため、単行本としてまとめて出版(医歯薬出版1999年)することとした。
研究方法
1.プロジェクト研究
パーキンソン病の転倒要因とその対策を検討することを目的とし、約30項目の調査項目からなる個人調査票を作成し、パーキンソン病の症状、生活状況、転倒状況について、北海道在住パーキンソン病(北海道群)325名、本州、九州、四国在住パーキンソン病(本州群)490名の計815名(平均年齢68.2歳)を対象に、アンケート調査を行った。北海道群と本州群では平均年齢、罹病期間、重症度には差はなかった。
2.各個研究
a.高齢者の転倒へ睡眠薬常用の影響の研究:ベンゾジアゼビン服用者22名(平均年齢78.5歳)と非服用者21名(平均年齢80.9歳)とを対象に、10m歩行テストを施行し検討した。
b.高齢者の体位変換に伴う循環動態の変化の研究:9名(平均年齢75.8歳)を対象に、24時間心電図および血圧計を装着後、臥位・立位での血圧、ドップラー法による両側の総頸動脈内径および収縮期?流速度を測定した。またブルズ・アイ法の心筋シンチによる洗い出し率を測定し、体位変換による変化と心臓交感神経機能との関連を解析した。
c.パーキンソン病の歩行障害への新しい靴型装具の開発:パーキンソン病を対象に靴型装具の前足部の甲にレーザーポインターを装着し、床面を照射させ、視覚刺激により歩行が活性化されるかを歩行分析で解析した。
d.脳卒中片麻痺での歩行障害の定量的解析:脳卒中片麻痺で10m以上の杖歩行可能な145例を対象に、大型床反力波形処理より得られた対称指数、再現指数、円滑指数、動揺指数、制動指数、駆動指数、支持指数の各波形指数について、主成分分析を行った。
e.脳卒中片麻痺で使用する下肢装具の重量の歩行への影響の研究:種々な重量を靴に負荷し、床反力計にて、垂直床反力、前後床反力を測定し検討した。
結果と考察
1.プロジェクト研究
ADLの介助状況ではYahr Ⅳでは、入浴、着替え、歩行で50%以上のものに介助が必要であった。歩行の頻度では普通に歩いているのはYahr重症度が軽いのに多く、あまり歩いていないのは重症度が高いのに多く、活動度は重症度と逆相関していた。
歩行状況では、Yahr Ⅲで杖などを使用しているのは北海道群29.1%、本州群41.4%であった。Yahr Ⅳでも杖以外に伝い歩き、手摺り使用して歩行している比率は高かった。
家族構成は、北海道群、本州群共にYahr Ⅰ& ⅡよりYahr Ⅳの方が、若い世代との同居が減少し、夫婦のみおよび一人暮らしの率が増加していた。この傾向は北海道群でより著明であった。
家屋の改造では、トイレ、浴槽、手摺りの改造が多く、ベット、階段、段差の改造が続いていた。
過去1年間の転倒回数は、重症度が軽いと転倒回数は少ないのは当然であった。しかし、数回転倒(1~3回)するのも北海道群では軽症例で多く、比較的障害の少ない人でも転倒しやすい北海道の冬の環境との関連が推測された。5回以上の転倒ではYahr Ⅲ、Ⅳで圧倒的に多かった。特にYahr Ⅳの30~40%では10回以上の転倒をしていた。
転倒時の状況では、動作の転換時に多く、歩行時で方向を変える時が最も高頻度であり、立ち上がる時や、歩き始める時にも転倒を多くみた。
転倒時の心理状況では、特に問題がないものは半数を占めたが、疲れていたとか意識がボーっとなっていた時での転倒はYahr Ⅳでは高かった。
転倒時の骨折は、Yahr Ⅰ& Ⅱでは少ないが、Yahr Ⅳでは北海道群で36.1%,本州群28.5%と転倒の程度は増悪していた。北海道群で骨折の頻度が高かった。
転倒の場所は、自宅では居間が最も多く、次いで寝室、台所、玄関、浴室で多い。
2.各個研究
a.高齢者の転倒へ睡眠薬常用の影響の研究:歩行分析では、睡眠薬服用群で歩行速度の低下および歩幅の縮小が認められ、転倒頻度は有意に多かった。睡眠剤の慢性使用により歩行や活動性の低下が生ずることが示唆された。
b.高齢者の体位変換に伴う循環動態の変化の研究:立位で利き腕と同側の収縮期?流速度が有意に低下した。心臓交感神経機能障害が高度な症例ほど体位変換による収縮期?圧の低下が著明であった。
c.パーキンソン病の歩行障害への新しい靴型装具の開発:前足部にレーザーポインターを装着した靴型装具装着時には、その視覚的刺激により、著明な歩幅の拡大が得られ、歩容が改善した。
d.脳卒中片麻痺での歩行障害の定量的解析:主成分分析の結果、第一主成分と第二主成分は臨床の歩行の行動範囲の評価と密接な関連を呈し、片麻痺歩行の行動範囲を定量的に評価できると考えられた。
e.脳卒中片麻痺で使用する下肢装具の重量の歩行への影響の研究:歩行分析の結果、重量負荷側では、初期接地時の垂直成分が大きくなり、足の位置決めに不安定性が生じた。
結論
高齢者および高齢障害者で大変問題になるのは歩行時の転倒である。重い転倒では骨折や痛みのために歩行が行えなくなり、活動性が低下し、いわゆる寝たきりとなる。今回高齢者で多い疾患であるパーキンソン病を取り上げ、転倒について検討した。
パーキンソン病の重症度が軽いものでは活動性は高く、また数回の転倒はしているが、転倒の程度は軽い。一方パーキンソン病の重症度が増すと活動量は減るにも関わらず、抗パーキンソン病薬の効果は減弱し、転倒の回数は増加し、しかも転倒の程度は重く骨折を伴うことが多い。
昨年までの比較的健康の高齢者での転倒とは異なり、パーキンソン病の転倒を考える時には、疾患の重症度を考慮する必要がある。転倒の原因には家屋や家族の問題や投薬の問題によるところもあり、その予防には、病気より派生する生活上の問題点を認識し、患者や家族への教育、指導の徹底化を図ることが重要と考えられた。このため、研究の成果を出版を通じて広く啓発する必要があり、単行本「高齢者の転倒とその対策」(医歯薬出版1999年)を出版することとした。

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