高齢神経疾患のリハビリテーションと心理社会的要因

文献情報

文献番号
199800241A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢神経疾患のリハビリテーションと心理社会的要因
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
若山 吉弘(昭和大学藤が丘病院)
研究分担者(所属機関)
  • 加知輝彦(国立療養所中部病院)
  • 春原経彦(国立療養所箱根病院)
  • 前田真治(北里大学東病院)
  • 米山栄(川村病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成8(1996)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
6,300,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
近年の高齢神経疾患患者の治療法と介護の進歩による罹病期間の延長に、伴なってquality of life(QOL)の低下がみられるものも少なくない。本研究では高齢神経疾患の中で頻度の高い脳卒中後遺症(CVD)やパーキンソン病(PD)を対象に、どの側面でQOLが低下しているかを分析し、リハビリテーション(リハ)の立場から能力低下を防止し、患者のQOL向上に向けた研究を実施する。
研究方法
Ⅰ.プロジェクト研究 我々の作製した「高齢疾患QOL調査表」を用い、CVD142例(65才以上100例、未満42例)と、PD170例(65才以上116例、未満54例)を対象に、背景因子とPhysical health, Functional health, Psychological health, Social healthの各項目につきそれぞれ15項目計60項目を調査した。Functional healthではCVDとPDで疾患特異的項目を設定した。CVDとPDを65才以上の高齢者と未満の非高齢者に分けて集計し、それぞれ①CVDとPDの合計で、高齢者と非高齢者の比較、②CVD、PDそれぞれの疾患で高齢者と非高齢者を比較し、有意差をX2検定した。更に高齢神経疾患患者のリハ前後でQOLを調査し比較検討した。リハは入院例では、連日2~3ヶ月、通院例では週2~3度、2~3ヶ月行なったものと、2週ごとに1回で半年以上行なったものがある。CVDとPDを合わせたもの95例とCVD41例、PD54例それぞれでリハ前後でQOLをX2検定にて比較した。Ⅱ.各個研究1.PD患者16例を対象に、呼吸リハとして呼吸筋ストレッチ体操を取り入れ、4週間連日1回15分1日2回のリハ訓練を施行し、リハ前後で%肺活量、1秒率、ピークフロー値を、呼吸筋力計にて最大吸気時と最大呼気時の口腔内圧を測定し比較した。2.高齢PDにおけるQOLをPD70例(男29例、女41例、平均年齢64.2才)で検討した。Yahr分類がステージ2以下の軽症例と3以上の進行例に分け、それぞれの群で65才以上の高齢群と未満の非高齢群に分け、長谷川式痴呆スケール(HDS)、Barthel Index(BI)によるADL、客観的及び主観的QOL、Philadelphia Geriatric Center Scale (PGC)、Life satisfaction index A (LSIA)を調査し、統計的に比較検討した。3.高齢神経疾患の入出浴動作を、CVD11例(男7例、女4例、年齢44~67才)及び65才以上の高齢健常者(65~76才)11例と若年健常者(18~27才)6例を対象に3次元動作解析装置で分析した。4.高齢PDの症状に影響する因子の検討。5年以上症状がYahrⅢ度以下で安定している高齢PD患者25例について、年齢相応で憎悪を認めたPD患者25例を対照に、発症年齢、罹病期間、治療内容、長谷川式スケール、SDS、平均脳血流量、リハの有無につき検討した。5.痴呆のある大腿骨頸部骨折患者20例(男2例、女18例)平均年齢84.9±1.3才を、洋式(14例)と和式(6例)の療養群に分け、機能回復の差を機能的自立度評価尺度(FIM)用いて検討した。
結果と考察
Ⅰ.プロジェクト研究 65才以上の高齢のCVDとPDの合計216例と非高齢のCVDとPDの合計96例との比較では、65才以上の高齢神経疾患患者群で統計的に有意差のみられた項目は、背景因子では同居人数が少なくなり、介護人は妻に加え嫁が多くなり、家庭での役割のない者が多くなっていた。また高齢者で身障者手帳の所持者が少なくなっていた。更に高齢群で歩行がより障害され、歩行不能、要介助、車椅子使用者が多くなり、痴呆のある患者が多く、minimental scoreは20点以下の者が多かった。QOLが低下していた項目では、Physical healthでは嚥下、歩行、方向転換、転倒、坐位からの起立、排尿、排便が障害され、Functional healthでは高齢群でベッド(ふとん)への移動、起き上がり、ベッド(ふとん)からの移動の障害、50m以上の平地歩行
、階段の昇降、トイレへの移動と衣服着脱、後始末の障害、バス・電車を利用しての外出、炊事、洗濯、お金の支払いがより障害されていた。Psychological healthでは高齢群で物忘れが強くなり、加齢感を感ずる人が多く、 Social healthでは高齢群で旅行しなくなり、病気のため外出する事が少なくなり、家族や親戚の人の相談に乗ることが少なくなっていた。また高齢群で訪問看護や在宅ケアのシステムを利用する人が多くかった。次にCVD、PDそれぞれの疾患での高齢、非高齢の比較に関してはCVDで有意差のあるものは、背景因子では65才以上の高齢群で主たる介護人、家庭での役割、身障者手帳、minimental scoreについてはCVD+PDの結果と同じで、これに加えリハ無しが高齢群で多くなっていた。更に高齢群で出血より梗塞が多く、単発より多発が、片側より両側麻痺例が多くなり、下肢より上肢の麻痺が強いものが多かった。QOLでは次の項目が有意であった。歩行時の方向転換、坐位(椅子)からの立ち上がり、ベッド(ふとん)への移動、ベッド(ふとん)からの移動、平地歩行、階段の上り下りが高齢CVD患者で障害されていた。更に高齢CVD患者では加齢感を感ずる人が多く、病気による障害に立ち向かう気が弱くなり、将来に対して悲観的となってはいるものの高齢者の方が家族や周りの人とはうまくいっているという結果を得た。一方PDで有意差のあるものは、背景因子では65才以上の高齢群で同居人数が少なくなり、介護人は妻が多くなり、リハ無しと家庭での役割無しが多くなっていた。また高齢群でwearing off有りの割合や杖歩行や不安定歩行者が多くなっていた。QOLの項目に関しては高齢群では手足の不自由さ、歩行困難や足のすくみ、易転倒性、歩行時の方向転換や坐位(椅子)からの立ち上がりの難しさ、尿便失禁の頻度が高く、階段の上り下りが難しくなっていた。そして人に言葉で意志を伝えにくくなり、バス・電車を利用して一人で外出しにくくなり、一人で炊事・洗濯ができなくなっていた。更に物忘れが強くなり加齢感も強まり、病気のため以前より外出や旅行をしなくなり、子供や親戚の家を訪ねることが少なくなり、家族や親戚の人の相談にのることが少なくなり、病気のため家庭や社会での活動が制限されていると思う人が増えていた。次にリハ前後での高齢、非高齢を合わせたCVDとPDの総計95例とCVDのみの41例ではQOLに改善はみられなかった。PDのみの54例でリハ前後を比較したところ、いらいら感のみリハ後に統計的に有意に改善が認められた。Ⅱ.各個研究1.リハ前後で%肺活量がPD16例中14例で改善し、平均値91.6から102.0%に有意に増加した。呼吸筋力は最大吸気時及び呼気時口腔内圧ともにそれぞれリハ前の39.6と42.7cmH2Oからリハ後の53.3と54.7cmH2Oへと増加した。2.PDの軽症例では高齢群で、進行例では非高齢群でHDSが有意に低下し、LSIA、PGCはPDのすべての群で低下していた。生きがい、不安、ゆううつ感は軽症例の非高齢群で多かった。運動、地域活動、趣味、友人に関しては行動範囲の満足度ではPDの非高齢群で、進行例で軽症例より低下。家庭生活、家族との関係では、日常生活で介助を要するものや家族への不満度は進行例では非高齢群でより高率であった。3.片麻痺群では立位から板に座るまでと板上座位から立位への動作の危険性が高く、安全性への配慮が必要であった。4.症状が安定しているPD群では、抗パ剤のうち□-ドパの投与量が少なく、リハを規則的に実施している症例が多かった。5.ゴール時には洋式群ではFIMが骨折前に比し有意に低下し、和式群では有意差はなく和式群が療養環境として良好であった。
我々は平成8年度に高齢神経疾患のQOL調査表を作製した。この調査表の正当性、再現性につきクローンバックの係数を求めて解析した所、すべて0.6以上でこの調査表は再現性のある事が判明した。昨年度までの結果ではCVDとPDとで背景因子では高齢群、非高齢群間に差がみとめられたが、QOLの項目ではPDと異なりCVDでは両群間の差がみられなかった。しかし、さらに症例を追加した今年度の結果ではCVDのQOLの項目にも両群間に差が認められた。すなわち高齢神経疾患のQOLの項目のうち、日常生活活動ではCVD+PDやPDでは高齢者でCVDの高齢者よりやや障害項目が増えているものの、CVD+PDやPDで共通しているのは高齢者で移動に困難感や障害をもつ人が多かった。QOLの項目のうち主観的QOLの項目においてCVDよりPDのほうが高齢者ではより多面的に障害がみられた。従ってリハをかけるにあたりCVDとPDではQOLの向上のために異なったリハメニューを用意する必要があると考えられる。次に各個研究でも、PDの呼吸リハ後には呼吸機能が改善すること、症状の安定したPDではリハを規則的に実施している症例が多かったこと、PDの主観的QOLが多面的に調査されたこと、CVD片麻痺患者の入出浴動作や機能回復の和洋環境の差による違いが調べられた事など多面的な研究がなされ、プロジェクト研究を補足するdataが得られている。
結論
今年度の研究結果より、高齢神経疾患では家族の介護の負担が増え、移動の問題が日常生活の妨げになることが判明し、主観的には高齢群で物忘れが強くなり加齢感が強まり弱気となって周囲の人々とのかかわりが希薄となって行く様子が浮き彫りとなった。

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