高齢者の嚥下に及ぼす影響とその障害に関する研究

文献情報

文献番号
199800239A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者の嚥下に及ぼす影響とその障害に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
明石 謙(川崎医科大学リハビリテーション科)
研究分担者(所属機関)
  • 山本尚武(岡山大学工学部電気電子工学科)
  • 岡島康友(慶應義塾大学月が瀬リハビリテーションセンター)
  • 長屋政博(国立療養所中部病院リハビリテーション科)
  • 藤島一郎(聖隷三方原病院リハビリテーション科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成8(1996)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
嚥下はヒトが生命維持のために行う生物学的な意義の他に、咀嚼し味わった食
物を飲み込み空腹感を満たす「幸福感」、会食により仲間と幸福感を共有する「安心感」
も得る。より良いQOLをもたらす重要な行為の基本でもある。嚥下障害はその原因となる
諸障害が高齢者に多発し、しかも潜在的に嚥下障害を持つ「嚥下障害予備群」も存在し、
その対策は急を要する。この研究班の目的はそれらのより効果的な診断法や治療法を見出
すことである。本年度は診断法として質問紙法(藤島)、嚥下インピーダンス(IMP)お
よび嚥下音による研究(山本)、ビデオ内視鏡検査法(VEE)(石井・明石)、治療法と
してバイオフィードバック(BF)パラメータとしての嚥下圧の研究(岡島)、神経難病の
誤嚥予防法(長屋)等を研究し、有意義な成果を得た。
研究方法
1)藤島らは昨年度までに15項目の問診表を作成した。肺炎の既往、嚥下各期、
声門防御機構等が反映され、今回はA:重い症状、B:軽い症状、C:症状なしの3段階で
回答する。同一被験者86名について1週以上間隔を置き、2回同じ質問紙に回答を求め
Cronbachのα係数を求め信頼性の検討を、また特異度・敏感度の検討を嚥下障害のある脳
血管障害(CVA)患者50名、嚥下障害のないCVA患者145名、健常者170名について回答を
求め因子分析を行い妥当性を検討した。
2)山本らは嚥下IMP波形と嚥下音を同時に記録し比較した。嚥下音用のマイクは先端に長
さ3cmの筒を取付け咽頭部に密着させる。10mlの水の嚥下で採取した音は30Hzのローパス
フィルタとハイパスフィルタにより低周波成分と高周波成分に分離しデジタルレコーダに
記録した。
3)石井・明石らは軟性喉頭ファイバースコープ(OLYMPUS ENF TYPE P3)を使用し、
嚥下障害が疑われる男性のCVA患者10名(70±5歳)について検査した。座位で鼻腔・咽
頭部をスプレーにより表面麻酔を行い、画像はデジタルビデオに録画した。声帯・披裂喉
頭蓋皺襞、梨状陥凹等について位置や分泌物貯留の有無等を観察した。
4)岡島らは嚥下圧を直径1.5mmの心臓カテーテル用センサ(Miller社製MPC-500)により
測定、これをBFのパラメータとしての検討を行った。センサは経鼻的に挿入し口蓋帆下端、
喉頭蓋谷、食道入口部の圧波形を測定し、さらに局所麻酔薬リドカイン40mgを咽頭に噴霧
後に圧波形を記録した。嚥下物は空嚥下、水、5%クエン酸溶液さらに増粘剤を加えたそれ
らの嚥下により測定した。
5)長屋らはパーキンソン病(パ病)患者25名、脊髄小脳変性症(SCD)患者23名につい
てビデオ嚥下レントゲン検査(VF検査)を行い、造影剤量を3~15mlと増量し誤嚥が生じ
たときに検査を中止した。誤嚥例にはchin down postureとsupraglottic swallowを指導し誤嚥
消失の有無を調査した。
結果と考察
1)藤島の質問紙の信頼性の検討ではCronbachのα係数が0.8473で高い信頼性
示した。CVAで嚥下障害あり群となし群、健常群の3群について15項目に対する回答を各
項について比較すると、A回答はCVA嚥下障害あり群92.0%、CVAなし群15.2%、健常群
5.3%でかなり高率に嚥下障害の識別可能といえる。因子分析は第一因子:咽頭、第二因子:
口腔内処理、第三因子:取り込み,、第四因子:残留感、第五因子:肺炎で累積寄与率は
64.0%であった。昨年度の回答法が「はい・いいえ」のため特異性が低くなる欠点があっ
たが3段階回答により嚥下障害患者がAと回答する率が極めて高くその欠点はほぼ克服され
たと思われる。
2)山本らの研究はまず嚥下音の解析で、正常人の水10mlの嚥下音は嚥下物がマイクを取
付けている部分を通過する1秒弱の間に2~3群に分かれる振幅の大きい波形が見られる。
周波数分析を行うと周波数約20Hz以下の低周波成分と約40Hz以上の高周波成分に分かれる。
各々の成分波形の再現性があり、試行により高周波成分の大きさは空嚥下、米飯、ゼリー、
水の順に大きくなり、低周波成分は空嚥下、水、ゼリー、米飯の順に波形が不鮮明になる
ことがわかった。これらをIMP曲線と比較すると、低周波成分が食塊の通過に伴う咽頭部
分の運動が反映されており、高周波成分は食塊が咽頭を通過するときに発生する流動音が
反映する。嚥下音の低周波成分と高周波成分の形成する波形の再現性が良いことが分かり、
嚥下物の種類と嚥下音の成分、IMP波形から嚥下障害診断の手掛りが得られることが期待
できる。
3)石井・明石らはVEEをCVA嚥下障害患者10名に施行した。結果は発声時・呼吸時の声
帯の動きの低下が5名に見られ、発声時の声帯の閉鎖状態は4名が不完全、梨状陥凹の麻痺
側閉鎖4名等、また喉頭全体が麻痺側方向に回旋する傾向があった。10名中6名に喉頭内流
入と咽頭内残留を認めこれらのうちVF検査で誤嚥は5名、それのうち「むせ」のない誤嚥
は2名等が観察された。VEEは咽頭・喉頭の状態を実際に見ると同時に記録も可能である。
実際の嚥下状態は内視鏡で見ることは不可能だが、嚥下前後の状態、発声時等の声帯の動
き、喉頭内部の誤嚥物も見ることができる。しかし、熟練を要し熟練者には非常に有用な
検査手段である。
4)岡島らの研究は嚥下訓練へのBFの応用で、パラメータとして嚥下圧に加えてクエン酸
による味覚刺激が加えた。嚥下圧は口蓋帆下端、喉頭蓋谷、食道入口部の3カ所で測定、
それぞれ特徴のある波型曲線が得られた。しかし同時に3カ所は測定できない。口蓋帆で
は急峻なspike波形、喉頭蓋谷では漸増する小さなspike波形、食道入口部では中程度のspike
波形とゆるやかな山状の波からなる。喉頭蓋谷部と食道入口部のspikeはそれぞれセンサと
喉頭蓋谷との衝突、食道入口部での空気の混入による。実験結果から麻酔により咽頭通過
時間は延長するがクエン酸で味をつけると正常化する。健常者の嚥下で随意的に圧を変動
できるのは口蓋帆下端のみである。球麻痺患者では増粘剤とクエン酸添加により正常に近
いパターンとなった。味覚刺激の重要性を示唆するものと思われる。
5)長屋らの研究ではパ病25例、SCD23例のVF検査を行い、パ病の口腔期異常:造影剤口
腔内保持不良14例等、咽頭期異常:造影剤の喉頭蓋谷貯留17例、誤嚥12例等を見た。誤嚥
例は全てゼリーでは誤嚥が消失した。誤嚥防止法では1例にのみ誤嚥が消失した。SCD例
では口腔期異常:造影剤の口腔内保持不良9名等、咽頭期の異常:喉頭蓋谷貯留8例、誤嚥
7例等で、頚部コントロール等の良いもの6例に誤嚥防止法を行い、chinn down posture4例、
supraepiglottic swallowで3例の誤嚥が消失した。パ病、SCDでは誤嚥の頻度が高いことが知
られており、防止法も実行が困難な症例が多いが、食物形態を変えることや実行可能な場
合では防止法も効果があることが分かった。
結論
ほぼ完成を見た質問紙はCVAに対するもので他の疾患への質問紙の完成が待たれる。
嚥下音の研究は有望でこれからさらに発展が期待される。VEEは習熟すれば大きな可能性
があり、多く症例研究が期待できる。嚥下圧の研究はさらに掘り下げるべきで、圧測定の
検査器具の開発が望まれる。神経難病は生命維持が困難な例も少なくない。疾患そのもの
の治療研究に加え嚥下障害の対策も追求されるべきである。

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