骨粗鬆症の疫学的研究

文献情報

文献番号
199800235A
報告書区分
総括
研究課題名
骨粗鬆症の疫学的研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
井上 哲郎(総合青山病院)
研究分担者(所属機関)
  • 高橋栄明(新潟大学医学部整形外科学)
  • 原田征行(弘前大学医学部整形外科学)
  • 山本吉藏(鳥取大学医学部整形外科学)
  • 山崎薫(浜松医科大学医学部整形外科学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成8(1996)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
6,480,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究の目的は、脊椎椎体骨折や大腿骨頚部骨折、橈骨末端骨折や上腕骨近位端骨折などの高齢者の骨折症例ならびに高齢者の一般住民を対象とした疫学的研究から脊椎椎体骨折、大腿骨頚部骨折などの骨折発生率を把握すること、またこの発生率の地域差を検討すること、骨折発症に関与する因子特に高齢者における易転倒性について解析し臨床面や社会的啓蒙活動に応用すること、さらにこれらの骨折によって寝たきり状態となる要因を解析し骨折後の寝たきり予防法の確立に役立てることである。
研究方法
1. 大腿骨頚部骨折の疫学調査①青森県における大腿骨頚部骨折発生率の検討。青森県内の30病院・43診療所を対象に、1990年から1995年の6年間に発症した大腿骨頚部骨折の症例数、年齢、性別、骨粗鬆化度、骨折型、歩行能力などについて調査した。②新潟県ならびに東アジアにおける大腿骨頚部骨折発生率の検討。新潟県内の病院・診療所を対象に大腿骨頚部骨折患者に関する疫学調査を実施し、新潟県内で発生した大腿骨頚部骨折症例数を把握した。さらにこの調査結果を同一のプロトコールで実施したタイ・ウボンラチャタニー、中国・唐山市、ロシア・クラスノヤスク、中国内蒙古・Huhehot city、台湾・Kaohsiung cityで実施した同一の大腿骨頚部骨折に関する疫学調査と比較検討した。③両側骨折例の特性の検討。1994年度に新潟県内で発症した1468例の大腿骨頚部骨折患者のうちで反対側に大腿骨頚部骨折の既往をもつ両側罹患例62例を診療録から抽出しその特性を検討した。④大腿骨頚部骨折患者の特性に関する経年的比較検討。昭和30年代に発症した大腿骨頚部骨折症例50例と昭和60年以降に発症した大腿骨頚部骨折症例50例を対象に、その年齢、骨折型、骨萎縮度について比較検討した。2.脊椎椎体骨折の疫学調査。過去1年間に鳥取県内で発生し医療機関を受診した60歳以上の新鮮脊椎骨折患者を対象として、その性別、年齢、骨折部位、受傷機転、合併損傷、治療方法、医療費などについて調査した。3. 橈骨末端骨折・上腕骨近位端骨折の疫学調査。鳥取県内151の病院・診療所に調査用紙を配付し、1995年度における橈骨末端骨折・上腕骨近位端骨折発生頻度に関する調査を行った。さらにこの調査結果を1986-1988年に実施した同一調査と比較し発生頻度の経年的推移を検討した。4.高齢者一般住民を対象とした疫学調査。①転倒の危険因子に関する検討。浜松市に在住する60歳以上の女性413例、男性221例を対象に、踵骨超音波骨量測定を施行するとともに、骨折の既往、転倒経験に関する聞き取り調査を行った。同時に生活環境、生活習慣、合併症など60項目に関する情報を収集し、転倒頻度、骨折既往頻度、転倒をまねく因子について解析した。②重心動揺計による易転倒性の定量評価。65歳以上の一般女性住民750例を対象に重心動揺計による測定を行い、過去一年間の転倒経験症例と非転倒経験症例間でその計測値の比較対照を行った。③骨折から寝たきりに至る要因の検討。浜松市保健所に登録されている在宅寝たきり老人のうち骨折がその原因とされている106症例を対象に、既往骨折の種類、骨折前後の併発症の有無、日常生活活動度の変化、身体状況など20項目について訪問調査した。さらに調査時の日常生活活動能力により、屋内での生活はおおむね自立している経過良好群と床上生活を余儀なくされている経過不良群に分類し、骨折既往、併発症、身体状況などについて比較検討した。
結果と考察
1. 大腿骨頚部骨折の疫学調査。①1990年から1995年の6年間に青森県内で発生した大腿骨頚部骨折は2540症例
、男性652例、女性1888例であった。1200症例が転倒により受傷し、Singh indexで重度の骨萎縮を認める症例が83.2%を占めた。骨折型は内側骨折が34.2%、外側骨折が65.8%であり、96.8%で手術治療が施行され、3.2%が保存的に治療されていた。②タイ・ウボンラチャタニー、中国・唐山市、ロシア・クラスノヤスク、中国内蒙古・Huhehot city、台湾・Kaohsiung city、新潟県における大腿骨頚部骨折発生率は人口10万人当たりそれぞれ5.9例、12.2例、16.9例、19.5例、40.5例、59.1例であった。この結果を新潟県人口構成に補正して比較するとKaohsiung city(台湾)における大腿骨頚部骨折発生率が著明に高値であり、タイ・ウボンラチャタニーでの発生率が最も低値であった。③1994年度に新潟県内で発症した1468例の大腿骨頚部骨折患者の内で両側罹患例は62例であり、骨折症例のうち4.2%を占めていた。この両側罹患例の平均年齢は80.6歳と高齢で、骨粗鬆化の進行した例が大半を占めていた。④昭和30年代に大腿骨頚部骨折を発症した患者と昭和60年以降に発症した患者で比較すると、昭和60年以降に発症した患者の大腿骨頚部指数、大腿骨指数は有意に低く、安定型骨折が占める割合が高く、骨萎縮が有意に進行していた。2.脊椎椎体骨折の疫学調査。1996年度に鳥取県内で発症した脊椎骨折は 407例、平均年齢は75.3歳、男性症例は92例、女性症例は315例であった。また、外傷の既往がない症例が24.1%で、入院期間は平均42.3日であり、入院期間中における医療費は平均760170円であった。3. 橈骨末端骨折・上腕骨近位端骨折の疫学調査。1995年度に鳥取県内で発症した橈骨末端骨折は922例でうち女性は544例であった。この頻度を過去の調査と比較すると女性では1.3倍に増加していた。上腕骨近位端骨折は 179例であり、女性は128例であった。過去の調査と比較すると患者数は1.6倍に増加していた。4.高齢者一般住民を対象とした疫学調査。①視力障害の合併、聴力障害の合併、歩行時の杖使用、下肢退行性疾患の既往および合併、鎮静剤・催眠剤の内服、めまいの合併が有意な転倒の危険因子であった。②重心動揺計の各測定値は加齢変化し、転倒経験群と非転倒経験群の間で重心動揺計の各計測値は有意差を認め、高齢者の易転倒性を定量評価できると考えられた。③大腿骨頚部骨折が寝たきりの起因骨折として重要であるが、骨折発症のみが寝たきりの原因と考えられる症例は約40%であり、精神的・社会的要因が寝たきりの原因となっている症例が存在した。本研究では、大腿骨頚部骨折や橈骨末端骨折、上腕骨近位端骨折の発症頻度に関する全県規模の疫学調査を行い貴重な資料を収集した。この調査結果から青森県、新潟県ならびに東アジア地域で発生率に地域差が存在しさまざまな生活習慣、生活環境の相違が骨折発生に大きく関与していることをうかがわせ興味深い。また、国によっては男性患者の比率が高い地域が存在し、低骨量のみが骨折の危険因子でないことを示している。脊椎椎体骨折や橈骨末端骨折、上腕骨近位端骨折などその大半が外来で保存的に治療される骨折の発生頻度を正確に把握するにはかなりの労力を要する。特に脊椎椎体骨折に関してはレントゲン写真による評価を必須とすることからその疫学調査は煩雑であり、今回鳥取県で収集されたデータは貴重な資料である。これらの骨折も人口構成の高齢化にともない患者が経年的に増加していることが示されこれらの骨折の実態を明らかにすることも極めて重要である。また。浜松市で行なわれた寝たきり老人の調査からも大腿骨頚部骨折の重篤性が明らかとなった。しかし、この調査では骨折から寝たきりに至る過程には社会的要因、心理的要因も関係していることが明らかとなり、骨折からの寝たきりを予防するためには多角的な集学的アプローチが必要であることを示唆した。高齢者における転倒は、確かに偶発的な因子よって発生するが、その発生にはさまざまな環境因子や宿主因子が修飾して高齢者の易転倒性を規定する。この易転倒性が重心動揺計の測定によりそれを定量できることが示され、今後易転倒性の評価法として地域保健の場で
応用できるのではないかと考えられた。
結論
1. 過去6年間に青森県内で発生した大腿骨頚部骨折は2540症例でうち1200症例が転倒により受傷した。96.8%が手術的に、また3.2%が保存的に治療されていた。2.東アジア地域と新潟県では大腿骨頚部骨折発生率に地域差を認め、新潟県は人口の高齢化率、骨折発生率とも高率であった。3.新潟県内で発症した大腿骨頚部骨折患者の内で4.2%が両側罹患例であり、この症例は高齢で、骨粗鬆化の進行した例が大半を占めた。4.昭和30年代に大腿骨頚部骨折を発症した患者と昭和60年以降に発症した患者を比較すると、昭和60年以降に発症した患者の骨萎縮が有意に進行していることが明らかとなった。5.一年間に鳥取県内で発症した脊椎骨折は 407例で受傷機転として外傷の既往がない症例が24.1%にみられた。入院治療を受けた症例の入院期間は平均42.3日であり、入院期間中における医療費は平均760170円であった。6. 一年間に鳥取県内で発症した橈骨末端骨折は922例であり、うち女性は544例であった。また、上腕骨近位端骨折は 179例であり、女性は128例であった。いずれも過去の調査と比較すると患者数は増加していた。7.高齢者の生活習慣、生活環境には転倒の危険因子が存在し、その易転倒性を重心動揺計により定量できる可能性がある。
8.寝たきりをまねく骨折として大腿骨頚部骨折が重要であることが改めて明らかとなった。また、骨折から寝たきりに至る過程に社会的要因、心理的要因も関係していた。

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