エストロゲンの骨髄造血調節作用に着目した閉経後骨粗鬆症の発症機構の解明

文献情報

文献番号
199800232A
報告書区分
総括
研究課題名
エストロゲンの骨髄造血調節作用に着目した閉経後骨粗鬆症の発症機構の解明
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
宮浦 千里(東京薬科大学薬学部第一生化学教室)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
4,200,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
高齢化社会への急激な移行に伴い、我が国でも骨粗鬆症患者の急増が大きな社会問題となっている。特に閉経後骨粗鬆症には女性ホルモン(エストロゲン)の分泌低下が関与し、エストロゲンが欠乏すると骨吸収が亢進して著しい骨量減少が起こる。骨代謝は破骨細胞による骨吸収と骨芽細胞による骨形成のバランスにより維持されている。また、
骨髄の造血環境は骨代謝と密接に関係し、骨髄細胞が産生するサイトカインは局所性の骨代謝調節因子として重要視される。1994年、我々は、閉経後、骨粗鬆症のモデル動物である卵巣摘出マウスを用い、骨量減少に先立って骨髄の造血が著しく促進され、未熟なBリンパ球が特異的に増加していることを報告した。また、昨年度、骨髄の造血微細環境と骨代謝の関係を明らかにすることを目的に、マウスにBリンパ球の増殖因子であるIL-7を投与して骨代謝の変動を観察したところ、卵巣摘出に類似した骨吸収亢進と骨量減少が起こることを見い出した。このマウスでは生殖器の変動は見られなかった。従って、エストロゲンの欠乏による骨代謝の変動は骨髄のBリンパ球造血と相関を示し、生殖器のエストロゲン依存性とは解離できることを明らかとした。しかし、どのような機構によって骨吸収亢進が発現するか、Bリンパ球造血と骨吸収の関係は明らかでない。最近、破骨細胞分化誘導因子(ODF) がクローニングされた。ODFは骨吸収因子が作用した骨芽細胞や骨髄ストローマ細胞の細胞膜に発現し、破骨細胞の分化を促す。本研究では、まず、骨髄環境とODFの関係に着目した検討を行なった。閉経後骨粗鬆症に対するホルモン補充療法にはエストロゲンが使用されているが、生殖器への作用に起因した副作用として子宮癌のリスクの増大などが問題となっている。そこで、最近、開発が進められている新規エストロゲン誘導体であるラロキシフェンに注目が集まっている。本研究では、卵巣摘出マウスにラロキシフェンを投与し、骨代謝と骨髄造血の変動を調べ、上記の検討とあわせて本症の発症機構の解明を目指した。
研究方法
マウスの骨髄細胞を採取し、Bリンパ球の特異抗体B220を用いた磁気ビーズカラムを用いて骨髄のBリンパ球を精製・分取することを試みた。精製効率はFITC標識したB220を用いたフローサイトメトリー解析により行なった。また、この操作を無菌的に行なうことにより、採取した骨髄Bリンパ球の培養を試みた。さらにマウス骨髄ストローマ細胞株 (ST2) と採取したBリンパ球を共培養し、Bリンパ球がストローマ細胞に接着する骨髄環境の解析に用いた。上記の骨髄Bリンパ球および骨髄ストローマ細胞との培養系より、total RNA を採取し、RT-PCR法によって、ODFのmRNA発現を検討した。その変動は、G3PDH mRNAの発現との比をとることにより、また、種々のサイクル数の比較により定量化した。さらに、ODFの抑制因子として同定されているOPG/ OCIFのmRNA発現についても調べた。8週齢ddy雌性マウスに卵巣摘出術(OVX)あるいは偽手術(sham)を施し、OVXマウスの一部にラロキシフェン(10-300 mg/kg/day)あるいは17b-エストラジオール(0.1-3 mg/kg/ day) を2-4週間、持続的に皮下投与した。屠殺後、子宮重量を計測すると共に、脛骨より骨髄細胞を採取した。採取した骨髄細胞はFITC標識したB220を用いたフローサイトメトリー解析によりBリンパ球の動向を解析した。また、大腿骨を用い、DEXA法により骨量(BMD)を計測した。さらに、mCTを用いた3次元解析を行ない、特に海綿骨の変動を詳細に調べた。
結果と考察
マウスの骨髄細胞を用い、Bリンパ球の特異抗体B220を用いた磁気ビーズカラムによる骨髄のBリンパ球の精製を試みたところ、98%以上の純度でBリンパ球を採取することが可能であった。その精製効率は実験ごとに、FITC標識したB220を用いたフローサイトメトリー解析により行なったが、常に98%以上の純度であった。この方法を用い、骨髄細胞をB220陽性のBリンパ球とその他のB220陰性細胞に分け、それぞれよりtotal RNA を採取し、RT-PCR法によって、ODFのmRNA発現を調べた。その結果、B220陽性のBリンパ球画分において構成的なODFmRNAの発現が認められた。B220陰性の骨髄細胞では極く弱い発現が認められた。一方、Bリンパ球画分では、OPG/ OCIFのmRNA発現は認められなかった。次に、マウス骨髄ストローマ細胞株 (ST2) と骨髄より採取したBリンパ球を共培養し、Bリンパ球がストローマ細胞に接着する骨髄環境を再構築し、RT-PCR法によって、ODFのmRNA発現を調べた。その結果、ST2はわずかにODFのmRNA
を発現しているが、Bリンパ球を接着させることによりODFのmRNA発現が著しく亢進した。Bリンパ球は構成的にODFを発現しているため、亢進したODFのmRNA発現がBリンパ球とST2細胞のいずれによるかが明らかでない。そこで、共培養の後、両細胞を分離し、それぞれにおけるODFのmRNA発現を比較した。その結果、共培養によって発現亢進しているのはBリンパ球ではなく、ST2細胞側であった。しなわち、Bリンパ球がストローマ細胞に接着すると、それが刺激となって、ストローマ細胞におけるODF発現が高まり、破骨細胞の分化促進に寄与している可能性が考えられるマウスにOVXを施すとshamマウスに比して著しい子宮萎縮が起こり、引き続いて骨髄のBリンパ球造血が亢進して骨髄にプレBリンパ球が蓄積し、その後、骨吸収亢進による骨量減少が起こった。OVXマウスに17b-エストラジオールを投与したところ、上記の変化はすべてshamマウスの状態に回復した。一方、OVXマウスにラロキシフェンを投与したところ、子宮重量がほとんど回復せず、子宮は萎縮したままであったが、骨髄のBリンパ球造血は正常化した。DEXA法により骨量(BMD)を計測したところ、OVXによる骨量減少はラロキシフェンによりほぼ完全に阻止され、正常化した。mCTを用いた3次元解析では、エストロゲン欠乏に感受性を示し、ラロキシフェンによって回復する部位は大腿骨遠位の海綿骨であった。また、卵巣機能が正常なマウスにラロキシフェンを投与したが、骨により髄造血および子宮重量のいずれも変動を示さなかった。以上の知見より、ラロキシフェンは骨および骨髄へ選択的に作用すること、エストロゲン欠乏による骨代謝の変動は骨髄造血と相関し、子宮への作用とは切り離すことが可能であることが示唆される。エストロゲンの骨吸収抑制作用のメカニズムは不明な点が多い。その要因として、エストロゲンが骨の培養系において骨吸収抑制作用を示さないことが挙げられる。頭頂骨や長管骨の器官培養系、骨髄細胞培養による破骨細胞分化誘導系のいずれの培養系においても、エストロゲンは破骨細胞の分化や骨吸収を抑制しない。しかし、in vivo では、卵巣摘出によって亢進した骨吸収を強力に抑制する。このin vivo と in vitroの解離の原因として、in vivo では骨髄の微細環境が骨代謝に大きな影響を及ぼしており、in vitroの培養系では骨髄細胞の新たな供給が起こらないためにエストロゲンの作用が発揮されない可能性が考えられる。本研究において、エストロゲン欠乏の際に骨髄において蓄積するBリンパ球が破骨細胞分化誘導因子(ODF)を発現していることが明らかとなった。ODFは破骨細胞の分化を決定する因子であり、骨吸収因子が骨芽細胞や骨髄ストローマ細胞に作用することによって、それらの細胞の細胞表面に発現して破骨細胞前駆細胞の成熟破骨細胞への分化を促すことが知られている。骨髄のBリンパ球はその増殖と分化の過程において、骨髄ストローマ細胞に接着することが必須である。そのストローマ細胞はBリンパ球の分化と破骨細胞の分化の双方に必要である。従って、Bリンパ球に発現しているODFが破骨細胞の分化の促進に寄与している可能性が考えられる。エストロゲンはストローマ細胞に作用し、Bリンパ球の増殖と分化を抑制する。以上の骨髄の微細環境の変化は培養系では構築されないため、エストロゲンの骨吸収抑制作用がin vitroで観察されないと考えられる。以上の知見は閉経後骨粗鬆症の発症機構の解明において、新しい糸口となる。最近、閉経後骨粗鬆症に対するエストロゲンの補充療法にかわる試みとして、SERMの臨床応用が検討されている。しかし、その作用選択性のメカニズムは不明な点も多い。本研究において、代表的なSERMであるラロキシフェンを用い、OVXマウスに投与すると、子宮は萎縮したままで骨髄のBリンパ球造血が正常化し、骨量減少も阻止して正常化させることが明らかとなった。従って、すなわち、エストロゲン欠乏による骨代謝の変動は骨髄造血と相関し、子宮への作用とは切り離すことが可能であることが示唆された。
結論
エストロゲンの欠乏によって骨髄に蓄積するBリンパ球は
破骨細胞分化誘導因子を発現しており、この骨髄環境は骨吸収亢進に寄与すると考えられる。また、代表的SERMであるラロキシフェンは骨のみならず骨髄Bリンパ球造血に選択的に作用する。すなわち、骨髄Bリンパ球造血の変動はエストロゲン欠乏時の骨吸収亢進に関与する。

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