軟骨・骨の加齢変化とホルモン・サイトカインによる組織修復能の再活性化

文献情報

文献番号
199800231A
報告書区分
総括
研究課題名
軟骨・骨の加齢変化とホルモン・サイトカインによる組織修復能の再活性化
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
池田 恭治(長寿医療研究センター)
研究分担者(所属機関)
  • 開祐司(京都大学再生医学研究所)
  • 加藤茂明(東京大学細胞分子生物研究所)
  • 川口浩(東京大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
-
研究費
12,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
軟骨・骨の退行性変化を基盤として発病する変形性関節症・骨粗鬆症は、高齢者の日常生活を制限し、寝たきりにつながる重要な疾患であるが、薬物治療は未だ確立されていない。本研究では、これらの疾病が、軟骨・骨の修復能の低下に起因するという発想に基づき、ホルモン・サイトカインによって自己の再生・修復能力を活性化することによって独自の予防・治療法の開発を企図した。
初年度は、サイトカインによる関節軟骨の修復、加齢に伴う過剰な骨吸収を抑制する全身性因子OPG/OCIF、閉経後女性のみならず男性の骨維持にも中心的な役割を担うエストロゲンの第二の受容体、多様な老年病症候群を呈するモデル動物klothoにおける老人性骨粗鬆症の病態解明など大きな研究成果を挙げた。
本年度はこれらの成果をさらに推し進める形で、より質の高い関節軟骨再生方法の開発をめざして、in vitroおよびin vivoの実験系を用い、副甲状腺ホルモンとBMPによる軟骨分化の制御機構を解析した。また、骨組織修復能の活性化を図るために、エストロゲンとホルモン型ビタミンDに焦点を絞り、骨リモデリングに及ぼす影響と骨作用の分子メカニズムについて検討した。老化のモデルとして注目されるklothoマウスの骨粗鬆化のメカニズムをさらに掘り下げるとともに、ヒトklotho遺伝子多型と骨粗鬆症との関連についても臨床的調査研究を行った。
研究方法
1.ホルモンによる骨組織修復能の活性化
ビタミンDの骨作用と血清カルシウム上昇作用との関連を詳細に解析するために、閉経後骨粗鬆症の実験モデルである卵巣摘除ラットに、ビタミンDそのもの(cholecalciferol)あるいは体内でホルモン型ビタミンDに変換されるalfacalcidolを3カ月間経口投与し、血清カルシウム、尿中カルシウム排泄、腰椎および大腿骨における骨密度(BMD)、腰椎(海綿骨優位)および大腿骨骨幹部(皮質骨優位)における骨強度を測定した。
同じく卵巣摘除したラットに、alfacalcidolあるいは17_-estadiolを3カ月投与し、骨吸収および骨形成過程に及ぼす作用を、それぞれの生化学マーカーである尿中デオキシピリジノリン排泄と血清オステオカルシン、さらには骨形態計測法を用いて解析した。
閉経後骨粗鬆症患者において、我々がすでに同定しているTGF-_1の多型と活性型ビタミンDあるいはホルモン補充療法の治療効果との相関を解析した。
エストロゲン受容体(ER)_, ER_の全長および各種欠失変異体をコードする発現ベクターを培養動物細胞にCa-Pi法にて導入し、CATや_-gal遺伝子をreporterとして、レセプターの転写促進能を評価した。また転写共役因子の効果も同様な手法で調べた。In vitroでの転写共役因子との結合は大腸菌内で発現させた組み換えタンパクをプローブにしたGST-pull down assayで行った。
2.ホルモン・サイトカインによる軟骨分化の制御機構
マウス胚性腫瘍由来ATDC5細胞培養系を用いて、軟骨分化を制御する増殖分化因子シグナルネットワークを解析するために、Bone Morphogenetic Protein-2 (BMP-2)、Transforming Growth Factor-_ (TGF-_)、Fibroblast Growth Factor-2 (FGF-2)、Parathyroid Hormone(1-34) (PTH(1-34))などの増殖分化因子を添加して、細胞増殖に対する作用と軟骨初期分化誘導に対する作用を評価した。さらに、同様の条件にて軟骨結節の増殖が停止するまで21日間培養した後に、上記の各種増殖分化因子を添加して、軟骨後期分化誘導に対する作用も検討した。  
成熟ウサギの大腿骨膝蓋窩に軟骨下骨に達する関節軟骨全層欠損を作成して、軟骨初期分化に対するPTH/PTHrPシグナルの作用を検討した。成熟家兎の大腿骨膝蓋窩表面から電気ドリルで深さ4 mmの円柱状の穴を開けて軟骨下骨に達する関節軟骨全層欠損を作成した。直径が3 mm以下の欠損では、欠損内に遊走した未分化細胞は2週間ほどで軟骨細胞に分化して、欠損深部から骨に置換されていく。ところが直径が5 mmを超える欠損では軟骨分化が誘導されない。従って、欠損部は線維性組織で充填されるが、軟骨形成はおこらない。本研究では、オスモティックポンプを使って欠損部中央からrecombinant human PTH(1-84) (25 ng/hr)を持続的に注入した。欠損部の組織修復をsafranin-O染色により組織化学的に検索した。欠損部内に遊走する未分化細胞の細胞増殖動態を免疫組織学的にProliferating Cell Nuclear Antigen (PCNA)を経時的に検出することにより評価した。また、修復組織に遊走した細胞のPTH応答能を抗PTH/PTHrP受容体抗体を用いた免疫組織染色により評価した。
3.Klotho遺伝子と骨・軟骨の老化
5-7週齢のklothoマウスと野生型マウスで骨髄、末梢血、脾臓での有核細胞数を計測後、特異的表面抗原としてB220(Bリンパ球)、Gr-1(顆粒球)、CD3(Tリンパ球)、TER119(赤芽球)、F4/80(マクロファージ)の抗体を用いフローサイトメトリーで細胞分画を調べた。さらにB220陽性細胞の分化程度を検討するため細胞膜上IgM μ鎖の抗体を用いた2カラー分析を行った。
閉経後非血縁日本人女性377例 (41~91歳、平均年齢65.6歳) を対象に、マイクロサテライト法によってCA反復配列数の解析を行い、末梢白血球から抽出したDNA遺伝子型と、閉経後年代別での骨密度(腰椎L2-4および全身骨密度のZ-score)との関連につき解析した。
結果と考察
1.エストロゲンとホルモン型ビタミンDによる骨組織修復能の活性化
卵巣摘除によって減少した骨量(BMD)を、高カルシウム血症を惹起しない量の活性型ビタミンDは、用量依存的に回復させた。一方、ビタミンDそのものは、高カルシウム血症を起こすほど高用量を投与した場合にのみ、有意なBMD増加作用が観察された。以上の結果を、横軸に血清カルシウム、縦軸にBMDの二次元プロットを行って解析すると、同程度の血清カルシウム上昇効果において、活性型ビタミンDはビタミンDよりも有意に強いBMD増加作用を示すことが明らかになった。すなわち、活性型ビタミンDの骨粗鬆症治療作用の少なくとも一部は血清カルシウムの上昇とは独立に発揮されることが示された。
活性型ビタミンDは尿中デオキシピリジノリン排泄を抑制し、この骨吸収抑制作用は、骨形態計測法による骨吸収面および破骨細胞数の低下によっても確認された。活性型ビタミンDの骨吸収抑制作用は、同じ血清カルシウム値で比較した場合、ビタミンDよりも有意に強かった。
代表的な骨吸収抑制薬であるエストロゲンと比較したところ、エストロゲンが骨吸収とともに骨形成をも用量依存的にかつ著名に抑制したのに対して、活性型ビタミンDは、血清オステオカルシン濃度および骨形態計測における骨形成速度(BFR)などの骨形成の指標を維持もしくは促進した。
閉経後骨粗鬆症患者のなかでも、TGF-_1遺伝子のCC genotypeを有するグループがTT、TC群より有意に活性型ビタミンDに対してBMDが増加することが明らかとなった。
転写共役因子群のエストロゲン受容体AF-1に対する関与を調べたところ、SRC-1(ERAP 160)、TIFは関係無く、CBP/P300が効率よく転写促進能を亢進することがわかった。しかしAF-1機能のMAP kinase によるリン酸化により調節にはCBP/P300は関与しなかった。そこでリン酸化依存的に結合する核内因子を検索したところ、分子量約68000の蛋白を見い出した。この因子(p68)の性状と、AF-1及びAF-2に対する効果を調べていろところである。今後骨組織での機能、および病態との関連を探る予定である。
2.ホルモン・サイトカインによる軟骨分化の制御機構
コンフルエントに達して増殖を停止した未分化ATDC5細胞培養系のDNA合成は、FGF-2によって促進された。これに対応して培養系のsaturation cell densityは上昇したが、軟骨初期分化の「場」となる細胞凝集領域の形成は認められなかった。また、type II collagen mRNAの発現誘導も認められなかった。IGF-Iは、DNA合成をFGF-2よりは弱いものの有意に促進した。IGF-Iの添加により培養系内に細胞凝集領域の形成が認められた。しかし、type II collagen mRNAの発現誘導は直接には促進されず、IGF-Iは軟骨前駆細胞に対する直接の分化促進因子として作用しているのでなく、細胞凝集領域の形成に作用していることが明らかとなった。
これに対して、BMP-2は培養系のDNA合成には促進的にも抑制的にも作用しなかった。しかし、type II collagen mRNAの発現は特異的に誘導され、培養系に軟骨分化が誘導されたことは細胞形態からも確認できた。すなわち、至適濃度のBMP-2は、細胞凝集領域の形成を経ることなく軟骨前駆細胞の初期分化を促進する分化因子の作用を発現した。ATDC5細胞は内因性のBMP-4を未分化段階から発現しているので、BMP-2/-4がautocrine/paracrine形式の分化シグナルとなっていることが示唆された。TGF-_も、培養系のDNA合成に影響を及ぼすことがなく、type II collagen mRNAの発現も誘導した。しかし、細胞形態は紡錘形の線維芽細胞様に変化して、特異的な軟骨基質形成は認められなかった。このことは、TGF-_がBMPとは異なり軟骨初期分化因子として機能していないことを示していた。一方、TGF-_とFGF-2は相乗的に軟骨前駆細胞の増殖を促進した。
PTH(1-34)は、細胞凝集領域の形成と共に発現するPTH/PTHrP受容体を介して、軟骨分化に負のシグナルを伝達すると推測されている。これに対応して、PTH(1-34)は未分化ATDC5細胞の増殖ならびに細胞形態に影響を与えなかった。
初期軟骨分化により形成された軟骨結節の成長が終了する培養21日目のATDC5細胞培養系に対する各増殖分化因子の作用を検討したところ、BMP-2は、軟骨後期分化マーカーであるtype X collagen mRNAの発現、ALP活性の亢進のみならず、形成された軟骨基質の石灰化をも強力に促進した。これに対して、TGF-_はそのいずれの指標によっても抑制的に作用することが判明した。すなわち、BMPは軟骨後期分化の促進シグナルとなっているのに対してTGF-_は抑制シグナルとなっていた。一方、PTH(1-34)は評価した全ての後期分化マーカーの発現を阻害した。IGF-Iは、ATDC5細胞の軟骨後期分化の進展には作用を及ぼさなかった。
ウサギ大腿骨膝蓋窩に作成した関節軟骨全層欠損は、関節軟骨の自然治癒が誘導される直径3 mmの系における修復組織のPCNA陽性細胞率は58.8±10.6%と高値を示したのに対して、軟骨修復が誘導されない直径5 mmの欠損においては14.8±3.0%と有意に低値を示した。直径5 mmの欠損においてもFGF-2の投与により軟骨修復が誘導される実験条件では、PCNA陽性細胞率は直径3 mmの欠損と同様の高値を示した。すなわち、関節軟骨全層欠損における軟骨組織修復能は、欠損分に遊走する軟骨組織幹細胞の旺盛な増殖能の維持と相関することが明らかとなった。
これに対して、軟骨の自然修復が誘導されるはずの直径3 mmの欠損であっても、PTHを投与すると修復組織内における軟骨分化誘導が著明に阻害されることが明らかとなった。このとき、修復組織のPCNA陽性細胞率は60.3±4.9%と高値を示し、修復組織の細胞密度もコントロール群のそれと同様であった。これらの結果は、PTH/PTHrPシグナルがin vivoにおいても軟骨初期分化に対して負の制御作用を表すことを示唆している。また、その作用機序は、軟骨幹細胞の増殖抑制ではなく幹細胞の初期分化誘導そのものの抑制に基づいていることを示していた。
さらに、PTH/PTHrP受容体の免疫組織学的検索により、修復組織内に遊走した未分化細胞は明らかにPTH/PTHrP受容体を発現していた。このことは、胎生期にみられる軟骨多段階分化モデルの上では、細胞凝集領域の形成に伴って出現するPTH/PTHrP応答性の軟骨前駆細胞が欠損分の修復組織を構成していることを示唆している。PTH投与により軟骨分化が阻害されると欠損部は、4週後までににPTH/PTHrP受容体陰性の繊維組織により充填された。
3.Klotho遺伝子と骨・軟骨の老化
Klothoマウスの骨髄においては野生型マウスに比べて全有核細胞数が約1/2、末梢血、脾臓において約1/6に減少していた。Klothoマウスの骨髄での全有核細胞にしめる各細胞の割合は野生型マウスに比べて、B220陽性細胞が約1/3に減少(P<0.001)、Gr-1陽性細胞は軽度増加、CD3陽性細胞、TER119陽性細胞は共に増加 (P<0.05)、F4/80陽性細胞には変化なかった。さらにB220陽性細胞の分化程度を検討するため細胞膜上IgM μ鎖の抗体を用いた2カラー分析を行ったところ、Bリンパ球のうち特に未分化なpre-Bリンパ球の割合が減少していることが分かった。末梢血、脾臓でも同様にklothoマウスではBリンパ球の減少と顆粒球の軽度の増加が認められた。
閉経後女性377例におけるklotho遺伝子座マイクロサテライト多型によってCA反復配列数の解析を行い、末梢白血球から抽出したDNA遺伝子型と、閉経後年代別での骨密度 (腰椎L2-4および全身骨密度のZ-score)との関連につき解析した。CA 反復配列数は10種類認められ、各反復配列数の頻度は、2が143例 (25%), 4が261例 (45%), 5が40例 (7%), 7が7例 (1%), 10が16例 (3%), 11が39例 (7%), 12が23例 (4%), 13が30例 (5%), 14が13例 (2%), 15が3例(0.7%) であった。閉経後5年未満の症例 (61例) および閉経後10年未満の症例 (131例) においてはklotho遺伝子座多型と骨密度の間には有意な相関は認められなかった。しかしながら、閉経後10年以上経過した症例 (246例) では、CA反復配列数 10のallele を有する群で腰椎骨密度 (L2-4 Z score) が他の群に対して有意に低かった (+; -0.607, -; 0.250, p=0.048)。また、閉経後20年以上経過した対象群 (102例)では、同alleleを有する群で、L2-4 Z scoreは有意に低く (+; -868, -; 0.355, p=0.029)、12を有する遺伝子型でも骨密度との相関が見られ、同遺伝子型を有する群のL2-4 Z scoreおよび全身骨密度 (total Z score) ともに有意に他の群よりも高値を示した (L2-4 Z score; +: 1.146, -: 0.220, p=0.048 および total Z score; +: 1.04, -: 0.201, p=0.026)。以上より、老化に伴う骨密度減少の背景に、老化関連遺伝子klothoの関与が存在する可能性が示唆された。
結論
In vitroの多段階軟骨分化系およびウサギの関節軟骨全層欠損モデルを駆使して、軟骨の初期および後期分化の進行が、BMPとPTH/PTHrPシグナルの正負のバランスによって制御されていることを明らかにした。軟骨分化制御の実体解明に一歩近づき、従来不可能とされてきた軟骨再生能力の再活性化への道が開かれた。エストロゲン受容体のAF-1領域にリン酸化依存的に結合する転写共役因子の同定に成功し、骨特異的なエストロゲン作用の分子メカニズムを解明する大きな手がかりが得られた。ホルモン型ビタミンDが、閉経後骨粗鬆症など骨代謝回転が高まった病態では、骨吸収を抑制し骨形成を促進するとの、修復能力賦活化に適した薬効を発揮することを明らかにした。Klothoマウスの骨髄の解析から、骨の粗鬆化にプレB細胞の減少が関与すること、ヒトklotho遺伝子の多型が老人性骨粗鬆症の遺伝的マーカーになる可能性を見いだした。
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