百寿者のライフスタイルと社会医学的背景

文献情報

文献番号
199800230A
報告書区分
総括
研究課題名
百寿者のライフスタイルと社会医学的背景
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
田内 久(愛知医科大学加齢医科学研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 稲垣俊明(名古屋市厚生院診療科)
  • 脇田康志(愛知医科大学第三内科学教室)
  • 広瀬信義(慶応義塾大学医学部老年科)
  • 鈴木信(沖縄大学医学部附属沖縄・アジア医学研究センタ-)
  • 吉田眞理(愛知医科大学加齢医科学研究所老化形態部門)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成8(1996)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
6,300,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
不老長寿は人類始まって以来の見果てぬ夢であり、ヒトの最長寿命近くまで生きた百寿者の調査研究には多くの問題・期待がこめられている。わが国の百寿者は1998年9月に10,158人となり、21世紀を待たず1万人を超え、1963年の153人に対し、35年間で66.4倍と増加した。さらに老年人口(65歳以上)は今世紀末には15%を超え、2020年には25%を超えると予想され、高齢化水準で世界一の高齢化国となるとともに、高齢化のスピ-ドが極めて速いこともまた、それらへの対策が急がれる所以でもある。百寿者の調査研究の目的は、これまでは“生命の医学的究極像を探る"というところにおかれていた。近年の百寿者集団の内容は急速な増加とともにさま変りし、私どもの調査研究によっても、また1993年の前田によるわが国の550例のアンケ-ト調査によっても、日常生活動作能力(ADL)の年次的低下がみとめられている。これは日本一の長寿県沖縄県においても同様の傾向である。昔ながらの矍鑠とした生理的老化の究極像を示す真の長寿者と、要介助の単なる長命者との差を浮かびあがらせながら健やかな百寿達成を科学的に究明することを最終目標とする。
研究方法
これまでにかなり大局的な傾向が把握出来ているので、それぞれ目標を絞って検討した。a)愛知県在住の97例の百寿者を対象にし、さらに70-79 歳(自立94, 介助71例)、80-89歳(自立86,介助93例、90-99歳(自立12, 介助38例) 、100 歳以上(自立13, 介助46例)を対象とし、社会医学的な面(性別、生活場所)性格、既往疾患の数、ADL,教育歴、臨床医学的な面では、収縮期・拡張期血圧、脈拍、HDS, HDSR、各種の血清生化学的検査を行い、生活自立例と要介助例との差を求め、百寿者のみにみられる変化か、生活自立・介助の実態に関連するかをたしかめようとした。b)正常の20-79歳までの男性例(健康なボランティア)65例、100~101歳( 男1,女6例)を対象として心拍変動のスペクトル解析を行った。c)百寿者を対象として、末梢血液細胞よりDNA を抽出し対照群とテロメア長を検討し、男女性、身長、ADLレベル、痴呆の有無などとの関連を検討した。d)Glutathione S-transferase(GST)の欠損症の頻度を対照と比較した。e)百寿者を栄養状態により栄養良好群と不良群とに分けADL,認知機能との関連も求めた。f)沖縄在住の百寿者71例(男15,女56例)を対象として、肘静脈より採血し、TSH, T3 、 T4 を測定し、同時にADL,心電図、末梢血、血清生化学検査を行い、TSHと甲状腺ホルモンおよびそれらの制御とfeedback状態と、身体的機能、認知機能、感覚器機能などとの関連を検討した。g)平成4年から8年にいたる間に死亡した百寿者について、総務庁死亡小票閲覧により、死亡状況、原因などを中心に検討し、死亡状況別に追跡開始時におけるADLと対比させ、これらの成績から百寿者の予後関連要因(死亡例について)を求め、Cox's Proportional Hazard Modelにより有意差を検定した。h)名古屋市厚生院剖検例の百寿者19例を対象とし、比較的新しい概念とされ、痴呆とも関連がある大脳辺縁系にみられる嗜銀性顆粒(argyrophilic grain)の組織学的検討を行った。またH-E,Kluver- Barrera, Bodian, Holzer, Gallyas- Braak染色、免疫組織学的にTau,Ubiquitin, Neurofilament, GFAPの抗体を用いて検討した。
結果と考察
a)百寿者の生活自立例で生活要介助例に比し有意差を示したのは、性別は男、生活場所は在宅であった。また疾患の個数は少なく、脳出血、脳梗塞、心臓病、痴
呆に罹患していないこと、性格は執着性、粘着性、内閉性であった。臨床医学的な面では、収縮期血圧は高値で、生化学的検査値はAlbが有意に高値、TP,HDL-C, Naが高い傾向を示した。100歳未満の高齢者では、生活自立例のAlb, TP,HDL-C,Naは生活介助例のそれぞれに比してAlbが有意に高値、TP,HDL-C,Naが高い傾向であり、百寿者におけるとほぼ同様の傾向を示した。b)百寿者の心拍変動には症例によるバラツキが大きく、昼夜の変動が比較的少ない。身体機能との関連も一様ではなかった。c)百寿者の血液細胞 DNAのテロメア長は有意に短縮していた。テロメア長は女性に長く、身長と有意の逆相関を示した。しかし、ADLレベル、痴呆の有無などQOLに関与する因子とは関連しなかった。また血清脂質値、食事摂取量、血中抗酸化物質、apoE alleleとも無関係であった。d)GSTの欠損症の頻度は百寿者では1/3であったが、対照群では1/2であり、欠損症の頻度が低いことが示された。e)百寿者は、栄養指標からみると低栄養であり栄養摂取量は対照群に比して、80歳代は75%,百寿者では60%と低値であった。しかし百寿者でも栄養良好群は80歳代と同等であり、単位体重あたりの栄養摂取量も高かった。ADL,認知機能も栄養摂取量に影響することが示された。f) T3 , T4 は成人に比して70歳老人で低下傾向、百寿者では著明に低下していた。TSHは有意に高値であった。百寿者を T3 とTSHの高低によって6分割した。1群( T3 高、TSH正),2群( T3 正, TSH正),3群( T3 正、TSH低)、4群( T3 低,TSH高)、5群( T3 低、TSH正)、6群( T3 低,TSH低 )。ADLは身体的認知、感覚器ともに1,2群に比して4,5,6群で低く、 T3 はADLと相関した。3群は0例、6群は2例であった。TSHの高低はADLと相関しなかった。TSH甲状腺系はLH-エストラジオ-ル系、LH-テストステロン系に比して生理的老化への関与は低いと思われる所見を示した。g)百寿者の有意な死亡予後関連要因としてはADL の低下、とくに独りで着替えが出来ない、身体機能では視力支障あり、などがあげられた。h)検討した19例の百寿者脳の2例に嗜銀製顆粒の発現がみとめられた。1例にはAlzheimer型老年痴呆の病理所見が見られ、102歳の1例には死亡1年前から痴呆が指摘されているが,組織学的にはAlzheimer型、血管性痴呆とする組織学的所見はなく、顆粒の沈着、各種染色の様相も複雑で、既存の痴呆疾患にあてはまらない所見であった。生活自立例と要介助例との間に見られる社会的、医学的諸所見の差は百寿者相互の間でも70-99歳の間でも殆ど変わらず、生化学的検査値の特徴も百寿者に特徴的なものではなく、100歳以下の高齢者でも自立例か要介助例かで同様な差がみられていた。栄養状態についても、百寿者に一般にみとめられる低栄養状態は百寿者であるゆえのみではなく、他の病的要因が関与している可能性が考えられた。生理的老化の究極状態にある健やかな自立し得るエリ-ト百寿者の示す所見は、一般高齢者の示す所見の単なる延長線上にはなく、とくに自立的な健康老人と大差はなかった。。環境の改善、医療の進歩、介護により、有病者でも100歳を超える長命が可能となり、近年ではこの有病百寿者の増加により、諸検査値にはバラツキが多く、ADLは年々低下してきたのであろうと考えられる。
結論
一般的に高齢者の示す諸所見として、低栄養状、強い身体諸機能の低下、ADLの低下、などがあげられるが、生理的な生命の究極状態にある健やかな百寿者はエリ-ト的存在であって、一般の高齢者にみられる上述のような所見の平均の延長線上にはないと考えられる。近年増加した百寿者には、このエリ-ト的な百寿者のほかに、病的状態を抱え要介護の状態にありながら、環境・医療・介護の助けにより、100歳を超え得た単なる長命者があり、このような点は百寿者の医学的所見を理解するためにもさらに社会問題としても一層詳細に検討すべきことであろう。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-