沖縄における長寿背景要因に関する研究-特に長寿者の疾病構造とライフスタイル

文献情報

文献番号
199800229A
報告書区分
総括
研究課題名
沖縄における長寿背景要因に関する研究-特に長寿者の疾病構造とライフスタイル
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
佐藤 秩子(愛知医科大学加齢医科学研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 稲福徹也(琉球大学医学部附属病院地域医療部)
  • 伊藤悦男(琉球大学医学部病理学第一教室)
  • 石井壽晴(東邦大学医学部第二病理学教室)
  • 渡辺務(愛知医科大学第三内科学教室)
  • 道勇学(名古屋大学医学部神経内科学教室)
  • 伊藤隆(愛知医科大学公衆衛生学教室)
  • 伊藤美武(愛知医科大学加齢医科学研究所老化動物育成部門)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成8(1996)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
13,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
現在沖縄県は日本一の長寿県である。この実態を各方面から調査・解明することは、わが国、いや人類全体における“長寿への道"への指針になる筈である。本土と地理的にも離れ、また地質的にも異なる島嶼地域であり、さらに沖縄県内においても各島々によって気候的にも風俗習慣的にも異なった環境のもとにあり、要因は複雑である。また沖縄県から多くの移民が行っているハワイ、ブラジルで、異なった環境で同じように長寿であるか否かの検討成績もこの問題解明の一役を担っていると思われる。これらの点を踏まえ、長寿に最も支配的に関与すると思われる疾病について、その疾病発生機序の基本的究明、発現様相の特徴を分析するとともに、本土との環境・栄養・ライフスタイルなどの背景要因と疾病とのかかわりについての差の究明に焦点をあてる。一方沖縄に特異的な疾病、その発生に本土との差のない疾病もある筈で、沖縄では脳・血管の疾患が少ないことと対照的に、子宮癌、肺癌が本土に比して多いという現実がある。子宮癌は復帰後15年でほぼ本土並になったが、肺癌は喫煙率が低いにも拘らず発生率は本土に比して高く、また高齢者に閉塞性肺疾患の多いことが問題になっている。これらの多様な疾病の発現様相解明を、地理病理学的、臨床医学的、疫学的に進めることにより、長寿への道に大きな指針を与えようとするものである。
研究方法
a)沖縄に特異的な疾病について:沖縄土壌粒子の肺への沈着様相の検討のため、琉球大学剖検例100例について、光学顕微鏡的、電子顕微鏡的に粒子の沈着状態、これに伴う肺の病変を観察するとともに、粒子そのものの性格を検討するために、X線回析、原子吸光分析など物理化学分析を行った。 b)沖縄に少ないとされる疾病について:寿命の長短に強い影響を与えるのは、成人期にみられる致命的疾患であろうことは論を俟たない。栄養環境などは、直接寿命に影響するというよりは、これら成熟後の致命的な疾病の発生に影響すると考えるべきで、血管系の疾患をとくに問題にした。臨床的に愛知県と沖縄県の健康高齢者・百寿者の循環器機能検査の成績を比較した。動脈硬化発生要因の基本的検討のため、アテロ-ム硬化性変化の形態像についてコンピユ-タ-画像解析と組織像観察を行った。また剖検例の腎組織の組織学的検討により、腎内動脈硬化度、動脈硬化と関連の有無の検討を含めた、腎糸球体・尿細管病変について、琉球大学剖検例と在ハワイ日本人例(この中には沖縄県人もかなり含まれている)を比較し、地理病理学的考察を行った。c)本土との間に発現様相にあまり差がないもの:加齢とともに脳内沈着が増加するというAGE=advanced glycation end productsおよびその受容体の発現様相を沖縄地方(11例)と東海地方(13例)の剖検脳について、抗CML抗体、抗RAGE抗体を用い免疫組織化学的手法により光顕的に観察した。d)ライフスタイル、長寿関連要因についての縦断的研究として、沖縄県では離島(久米島、14年間、653名)、本土では、愛知県三好町(15年間、493名)について、沖縄県群では、早期死亡者、晩期死亡者における生存曲線に影響する、医学的身体機能検査成績、喫煙・飲酒習慣など、愛知県群については、死亡原因、健康状態、ADL,喫煙・飲酒習慣、運動習慣などの関連要因について、両者ともCox's proportional h
azard model を用いて有意性を検討した。e)愛知県の百寿者の循環器機能検査成績をこれまでに発表された沖縄における成績(鈴木)と比較した。f)栄養環境と寿命・疾病発生の関連に焦点を合わせ、60% にカロリ-制限されたラットの長期飼育実験を行い、12,24,29,33か月齢で屠殺検討した。
結果と考察
a)琉球大学剖検肺100例の検討により、全症例にシルト岩粒子の沈着が認められた。中等度以上の沈着を示すものが49%と約半数を占めた。組織反応は、瀰漫性肺胞障害(DAD)で91%に認められ、肺胞壁の線維化と肥厚がこれについで68% に認められた。この他肺水腫63%.肺胞上皮脱落61%,気管支拡張54%,硝子膜症53%,無気肺50%,肺出血43%などがみられたが、やや特異的なものとして、肺胞上皮の化生性増殖が33% にも認められ、気管支癌との鑑別に迷うものさえみられた。肺の基本構造は破壊され、組織の改築・変形の進行しているものが多かった。偏光顕微鏡による検討で、沈着物質がシルト岩粒子であることはほぼ確かめられた。b)アテロ-ム硬化の形態像のコンピユ-タ解析により、動脈中を血液が流れる時、その境界で血管壁に血行力学的負荷が与えられ動脈に傷害としてのアテロ-ム硬化が生じる、動脈壁の組織反応は負荷の種類により異なった反応を示すが、壁の主成分である平滑筋細胞はこれに抗する潜在的能力を持つ、などが確かめられた。琉球大と在ハワイ日本人剖検例の腎の組織学的検討で、腎内動脈硬化の程度は琉球大例に特に軽微であった。糸球体・尿細管の病変は、細動脈硬化につづいて進むようであったが、琉球大例においてのみ、僅かな例ではあるが、糸球体病変と関連しない尿細管病変のあることが認められた。c)脳内のAGE,およびその受容体RAGEの発現は加齢にともなって増加はするが、沖縄地域と東海地域の例との間に差は認められなかった。d)14-15年間の縦断的検討による長寿達成要因の疫学的分析は、生存曲線におよぼす因子として沖縄では中性脂肪、BMI,Hb,GPT, 喫煙習慣、愛知県においては、ADL,喫煙習慣が有意に関連し、愛知県群での死亡原因は悪性新生物(23.0%),心疾患(26.1%),脳血管疾患(10.3%),その他の疾患(27.3%)という結果であった。e)循環機能検査成績については愛知県の百寿者とこれまでの鈴木の発表した沖縄百寿者の成績とを比較検討したが、百寿を達成した人々においての両者間の差は認められなかった。f)栄養環境・疾病発生の関連に焦点を合わせ、カロリ-制限されたラットの長期飼育実験では(ドンリュウ雄ラット135匹)、自由摂取群(AD群)では、慢性腎症が主要な病変となるが、制限群(DR群)では29か月齢でも病変は認められなかった。BUN,UA,Creatinine値は加齢とともに大となったが、DR群に少なく、AD群では11か月以後尿蛋白も認められ、血清過酸化脂質はAD群に比してDR群に有意に低かったが、腎組織内の比較では差がなかった。下垂体腺腫はAD群で18か月頃から出現し、DR群では24か月頃から現れ始める。また加齢とともに心筋症がみられるようになるが、両群間に差はなかった。最高・最低血圧にも差はなかった。動脈硬化と栄養環境の関連については、多くの報告があるが、必ずしも直線的に結びついてもいない。異なるカロリ-、異なる栄養配分の餌を長期与えた動物実験によれば、高カロリ-長期飼育で殆どのラットは重篤な腎症にかかり高齢に達することなく死亡し、制限給餌により腎症を防ぎ、また下垂体腫瘍の発生を遅延させることが出来る。しかし疾病によっては、臓器によってその発現様相が必ずしも同様ではなく、給餌とは全く関係のない変化もある。ラットに動脈硬化という病変のないのも栄養環境と疾病と単純に関連させ得ない一つの問題点となっている。血管のアテロ-ム硬化という点からみれば、これを一つの指標としてこれに対する危険因子と栄養環境(食事内容)について考えることもできるが、単純ではなく、琉球大剖検例腎における動脈の変化とはあまり関係しないような尿細管の病変のみられる点はやや不気味でもある。いずれにしても本質的な形態学的老化像には沖縄と本土との間に差はなく、一方では特異な沖縄の土壌による呼吸器の病変が汎く基礎
にあって、なお日本一の長寿を保つその要因は単一のものとは考えられない。
結論
沖縄長寿に支配的といわれる疾病のいくつかを対象にして、その発生に関連するとされる、栄養環境、疫学的要因などを動物実験の成績も加えて検討したが、必ずしも直線的な関連性を示すものに乏しく、要因は複雑で、一層多角的な検討の必要性が認められた。

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