高齢者の運動による老化予防および体力向上に関する長期縦断的研究

文献情報

文献番号
199800227A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者の運動による老化予防および体力向上に関する長期縦断的研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
能勢 隆之(鳥取大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 中村好一(自治医科大学)
  • 藤田正一郎(財・放射線影響研究所)
  • 種田行男(財・明治生命厚生事業団体力医学研究所)
  • 佐々木英夫(広島原対協・健康管理センタ-)
  • 大城喜一郎(沖縄県総合健康センタ-)
  • 横山徹爾(東京医科歯科大学難治疾患研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成8(1996)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
9,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
人体の生理機能や体力は年齢とともに低下するが、継続的な運動を行うことは、生理機能や体力の低下を抑制して老化を防止すること、および心臓病、高血圧、糖尿病などの生活習慣病を予防し、自立した老後を過ごすのに必要なことであるといわれている。この研究の目的は、高齢者の継続的な運動習慣が、体力の維持増進および生命予後に与える影響を科学的に明らかにすることである。
研究方法
1)健康増進センタ-受診者の追跡調査鋿全国5か所の健康増進センタ-を1982年1月~1987年12月に訪れた 7,286名を、受診後の調査票郵送調査などにより追跡した。ベ-スライン情報は来所時の問診・検査結果、体力測定結果(反復横飛び、立位体前屈、上体おこし、握力、垂直飛び、上体そらしの6項目)である。追跡調査票では日常生活の状況、疾病罹患状況、死亡の場合には死亡原因を調査した。調査票を1度も回収されなかった 660名を除いて解析を行った。コックスの比例ハザ-ドモデルを用いて死亡をエンドポイントとしたハザ-ド比を計算し、相対危険度とした。体力測定結果は、センタ-ごとの性・年齢別測定値の中央値よりも高い者を高体力水準群とし、低体力水準群に対するハザ-ド比を計算した。錝広島市の健康管理増進センタ-の健康増進コ-スを複数回受診した者を対象として、初回とその後の受診時の運動量変化と体力の変化との関連を縦断的に比較・検討した。錂高血圧糖尿病の家族歴のある者に対して運動習慣がどのように影響するかを縦断的に検討した。対象者は、平成5~6年度の沖縄県総合健康増進センタ-全受診者(約 2,459人)で受診回数が7回以上の人とした。2)生活体力を指標とした運動による老化予防の評価鋿従来の体力測定法は高齢者にとって負荷が大きく不適である。そこで高齢者のための新しい体力測定法として「生活体力-起居能力、歩行能力、手腕作業能力、身辺作業能力-」を提唱してきた。この「生活体力」を用いて高齢者の体力を評価し、体操と歩行を中心にした運動処方の効果を調べた。対象者は小都市に在住する在宅高齢者 182名(男性:61名、1995年時点の平均年齢 75.8±4.8歳、女性:121名、平均年齢74.3±5.9歳)であった。運動習慣の継続と形成を目的に、「元気歩行」(速歩)および「長生き体操」(関節可動域および筋力の改善)を2ヵ月毎に3年間(1995~1998年)継続して指導した。その効果を生活体力によって評価した。非介入群として同市の在宅高齢者74名(男性33名 738±5.7、女性41名 74.4±5.9)を選び、同様の測定を行った。錝1997年-1998年に米子市の健康教室に参加した50歳以上の者58名(女性51名、男性7名、年齢51-77歳)を対象として、運動処方(歩行)による、体力指標の変化について調べた。1日の歩数は歩数計によって調べた。3)老化指標としての握力の意義これまで、老齢化指標としての握力の意義を検討してきた。今年度は握力検査時点から5年間、10年間、20年間のそれぞれの期間における死亡率と握力との関係を調べた。4)地域住民集団のコホ-ト研究地域住民を対象とした長期間追跡のコホ-ト研究(ベ-スライン調査は1977年)によって、身体活動度と循環器疾患との関連について高齢者と若年者で比較した。対象は新潟県S市A-1地区40歳以上の住民2,359人のうち、男性999人、女性1,360人とした。身体活動調査については、「簡易エネルギ-消費量推定法」を用い、その結果より日常生活の労作強度(生活活動指数)を算出した。脳卒中と虚血性心
疾患の新発生は発症登録制度、死亡票、病院のカルテ閲覧などにより把握した。労作強度を性・年齢別の三分位で分け、各群ごとに比例ハザ-ドモデルによる相対危険度の推定を行った。
結果と考察
1)健康増進センタ-受診者の追跡調査(a) 74,354人年(1人平均 11.2年)観察し、353 名の死亡を確認した。死亡原因は悪性新生物 137名、心疾患45名、脳卒中25名などであった。単変量解析(性・年齢で補正)の結果で、上体起こし、上体そらしで体力水準の高い者は死亡率が低い傾向を示し、立位体前屈、垂直飛びで体力水準の高い者は低い者に比べて死亡率が有意に低くかった。また、喫煙者、低コレステロ-ル者、生活活動強度の高いもので死亡率が高かった。単変量解析で有意であった項目を同時にモデルに組み込んだ多変量解析も併せて行ったが全体の傾向は変わらなかった。次に疾患別に解析を行った。生活活動強度が死亡確率に及ぼす影響は悪性新生物において一番大きかった。喫煙は何れの疾患の死亡確率をも上げ、特に心臓病において最も影響が強かった。低コレステロ-ル血症は悪性新生物、脳卒中の死亡確率を上げたが、心臓病の死亡確率を下げた。体力水準は動脈硬化が原因と考えられる脳卒中と心臓病においては体力水準の高い者に死亡確率が低い傾向を認めたが、悪性新生物においては死亡確率に大きい影響を与えなかった。さらに、男女別に全死因における解析を行った。女性で運動習慣のない者の死亡確率が高かった。喫煙は男女ともに死亡確率を上げた。女性で死亡した者は全員BMIが25以上の肥満者であった。コレステロ-ルと女性の死亡確率には関連がなかった。男性では高コレステロ-ル血症が死亡確率を下げ、低コレステロ-ル血症が死亡確率を上げた。体力水準の死亡に与える影響は女性より男性で大きかった。体力測定とその後の追跡調査により体力水準の高い群は低い群と比較して、死亡の相対危険度(死亡率)が低いことが明らかになった。持続的運動は動脈硬化のリスクファクタ-を軽減し、狭心症、心筋梗塞などの罹患率、死亡率を改善し、また、体力を増強する。したがって、体力の健康に与える影響は第一に持続的運動を介してのものだと考えられる。また、第二に死が近づくと体力が低下するために体力水準の低い者が死亡率が高くなり、体力水準の高い者が死亡率が低くなるとも考えられる。しかし、本研究では悪性新生物による死亡と体力水準にはあまり関連がなく、動脈硬化が原因で運動による予防効果の大きい脳卒中と心臓病で体力水準の高い者が死亡率が低くなる傾向が強かった。したがって、体力の死亡率に与える影響は持続的運動を介したものだと考えられる。また、女性では男性ほど体力と死亡の関連が見られなかった。体力と死亡の関連が持続的運動を介したものだとすれば、女性は男性に較べて一般的に運動量が少なく、また、持続的運動を行っている者も少ないため、体力水準が運動量を反映していないからだと考えられる。錝ジョギングでは心肺持久力が向上したが、この効果は50歳未満で明確であった。歩行、水泳でも心肺持久力の改善がみられたが、有意差はなかった。また、水泳によって瞬発力の向上が認められた。中高年においても適度な強度の運動が体力の改善に重要である。 錂糖尿病の家族歴群の非運動群は、血糖が加齢とともに上昇する傾向がみられるが、運動群は、抑制される傾向にあった。2)生活体力を指標とした運動による老化予防の評価在宅高齢者182名を対象に、運動を主体とした健康教育を3年間実施した。その結果、本プログラムの継続率は75.8%であった。地域活動に参加する者の割合が介入群において有意に増加した。生活体力の起居能力と身辺作業能力に有意な介入効果が認められた。男性では赤血球数とヘマトクリット値、および女性では血清アルブミン、血色素量、血清総蛋白においてそれぞれ有意な介入効果が認められた。以上の結果から、我々の考案した健康教育プログラムは、高齢者にとって長期に渡る継続が容易であること、対人交流や社会参加の状況を改善すること、生活体力を維持増進すること、および貧血発症の抑制および加齢による栄養状態
の悪化を防止することが明らかになった。錝 運動指導前後5ヵ月間の観察により、一日あたりの歩数の増加した群では減少群に比較して、VO2maxが有意に改善した。歩数の増加群は、生活体力でも起居能力に改善がみられた。骨強度や座位前屈などでも改善傾向がみられた。3)老化指標としての握力の意義握力が10kg高いと5年間、10年間、および20年間の累積死亡率の相対リスクはそれぞれ0.65、0.71、0.91、1.0 に近づくことが示唆された。更に、2時点での握力の変動と予後死亡率との関連について検討した結果、握力が増加した群は握力が減少した群と較べて予後死亡率が有意に低いことが示された。握力の変動と関連する要因としては、握力が大幅に減少した群で変動の初期における収縮期血圧が高いことが示唆された。4)地域住民集団のコホ-ト研究1997年 7月までの20年間の追跡期間中の全脳卒中213例(脳梗塞118例、脳出血41例)、虚血性心疾患81例(急性心筋梗塞46例、24時間以内の突然死35例)が把握された。70歳以上の高齢女性では生活活動指数が大きいほど、全脳卒中のリスクが低かった(p,trend= 0.009)。69歳以下でもほぼ同様だったが有意ではなかった(p,trend= 0.066)。男性では生活活動指数の最も大きい群が若年で高リスク(ハザ-ド比 HR=1.43)、高齢で低リスク(HR=0.53)という違いがあった。虚血性心疾患は、高齢女性で労作強度が強いほどリスクが低下する傾向があったが有意ではなかった(p=0.074)。
結論
①体力水準の高い群は、体力水準の低い群と比較してその後の死亡確率が低いことが示された。特に脳卒中、虚血性心疾患で低かった。②中高年者においても継続的な有酸素運動は心肺持久力の向上に有用であった。③糖尿病の家族歴有りの者には、比較的軽い運動のウォ-キングが有効であることが示唆された。④生活体力等により我々の実施した健康教育プログラムの効果を評価した。歩行は高齢者の生活機能の老化抑制に有効であると推察された。⑤握力が強い群では、低い群と比較してその後の死亡確率が低いことが示された。⑥適度な身体活動のある高齢者は血圧が低く、脳卒中のリスクも低いと考えられた。

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