加齢による脳血管病変の進展とその臨床的意義に関する研究

文献情報

文献番号
199800219A
報告書区分
総括
研究課題名
加齢による脳血管病変の進展とその臨床的意義に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
藤島 正敏(九州大学医学部第二内科)
研究分担者(所属機関)
  • 藤島正敏(九州大学医学部第二内科)
  • 内村英幸(国立肥前療養所)
  • 岡田靖(国立病院九州医療センター)
  • 小林祥泰(島根医科大学第三内科)
  • 福内靖男(慶應義塾大学神経内科)
  • 峰松一夫(国立循環器病センター)
  • 山之内博(東京都老人医療センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
15,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
頭部CTやMRIなどの画像上、大脳深部白質に認められる病変(深部白質病変)は、加齢とともに増加することが知られているが、その病態生理学的意義の解明は未だ十分でない。深部白質病変は加齢の他にも、高血圧やアルツハイマー病などと関連を有するとされ、その成立機序は多様である。しかしながら、高血圧性脳血管病変を基盤とした脳虚血の関与が示唆される症例に遭遇する機会は少なくない。かかる症例では、深部白質病変と知的機能障害との間に密接な関連が存在することも指摘されている。以上のような背景から、高齢者における大脳白質病変の成り立ちや臨床的意義を明らかにすることは、老年医学が解明すべき重要な課題の一つである。本研究は高齢者大脳深部白質病変の成り立ちを明らかにするとともに、成立機序に応じて、その臨床的意義、予後、予防や治療法などを検討することを目的としている。
研究方法
まず第一に、大脳深部白質病変発生ならびに進展に寄与する因子を、危険因子などの臨床的背景の解析から明らかにすることを試みた。すなわち、脳ドックを受診した健常高齢者、ならびにラクナ梗塞を中心とした脳梗塞患者を対象に、無症候性脳血管障害ならびに深部白質病変と危険因子などの臨床的背景の関連ついて、断面調査を行った。また、一部の患者を対象に前向き調査による検討も行った。
第二のアプローチとして、深部白質病変に関しての病理学的ならびに遺伝学的検討を進めた。生前に撮影した fast FLAIR 法による頭部MRIの白質病変を剖検脳のスライスと対応させ、神経放射線学的所見と神経病理学的所見との詳細な対比を行った。また、深部白質病変の出現を遺伝子レベルから検討するため、アンジオテンシン変換酵素の遺伝子多型に注目して、脳内の主幹動脈の硬化病変との関係や脳血管障害の発症率との関連を多数例の剖検脳で解析した。
第三のアプローチとして、大脳深部白質病変を有する健常高齢者や患者の脳における脳循環代謝諸量と認知機能の関係について検討を行った。深部白質病変を有する例を対象に、脳血流シンチやXe/CT法などを用いた脳血流測定やmagnetic resonance spectroscopy (MRS)検査による乳酸値の測定を施行するとともに、詳細な認知機能検査を行い、大脳深部白質病変の脳循環代謝と認知機能の関係ついて検討を加えた。また、主幹脳動脈病変が深部白質病変の原因になり得るとの仮説のもとに、頸動脈病変を有する患者で内膜剥離術を(CEA)施行した例を対象にして、その認知機能の術前後の変化を追跡調査した。
結果と考察
(1)無症候性病変を含む脳血管性病変に対する危険因子の意義について、脳ドック受診健常成人1,627名 (平均56.9±8.5歳)、地域脳検診受診健常高齢者242名(均74.9±6.3歳)および脳卒中入院患者225名(平均81.0±4.2歳)を対象として検討した。無症候性脳梗塞や側脳質周囲高信号域(PVH)などの無症候性脳血管病変は、加齢とともに増加し、65歳未満の10%程度に比し、65歳以上では30%強と、健常成人における頻度は65歳頃から急激に増加していた。無症候性脳梗塞には高血圧と年齢の関与が、PVHには加齢の関与が重要であった。脳卒中の発症年齢毎にみた危険因子の検討では、高齢になるに従ってその保有率は低下し、健常高齢者群でも、75歳以上、85歳以上と年齢が進むにつれて減少していた。無症候性脳梗塞に対する危険因子は、症候を呈する脳梗塞の危険因子と比較して、その重みは一様ではないと思われる。大規模疫学調査に共通して挙げられる因子は、高血圧と加齢であり、我々の検討でも、高血圧の既往と加齢が無症候性脳梗塞に対する独立した危険因子と考えられた。また、PVHに関しても、高齢者では加齢のみが寄与因子であった。高血圧、糖尿病、喫煙などの危険因子は、壮年から初老期において意義が高く、75歳以上の高齢者では、これらの危険因子としての意義は異なっていると考えられた。
(2)ラクナ梗塞159例を対象としたretrospective studyにおいて、白質病変の重症度に関連する有意の危険因子は、加齢と高血圧であった。年齢が60~69歳で、高血圧を有し明らかな痴呆のない例を対象に、認知機能(SKT)と定量的 SPECT 検査による脳循環予備能の評価をprospectiveに行い、白質病変の重症度との関連を検討した。重症白質病変例では、白質の局所脳血流量は低下し、軽度の認知機能障害を伴っていた。しかし、白質病変の重症度とacetazolamide (ACZ) 負荷SPECT検査でみた脳循環予備能との間には有意の関連を認めなかった。ラクナ梗塞患者の白質病変の重症度に対する有意な危険因子が加齢と高血圧であったことは、これまでの他の研究と一致した。また、同患者の重症白質病変例では、明らかな痴呆がなくても、軽度の認知機能障害が存在することが明らかとなった。今回用いた SKT は比較的短時間で行えるにもかかわらず、白質病変の影響を明瞭に捉えることが可能であった。一方、白質病変における血管反応性については、ACZ 反応性は保たれていてもPET 検査の酸素摂取率が上昇する例もあることから、今後症例を重ね、また PET による評価を追加して明らかにすべきと考えられた。
(3)佐賀県神埼郡在住の60歳以上の健常高齢者178名(男性37名、女性141名、平均年齢77歳)を対象に、MRI 検査を行い、深部白質病変を判定した。Fazekas分類Grade 3 に相当する広汎な白質病変を有する症例は、全体の4%(6例)に認められた。これら広汎病変例と深部白質病変を認めなかった5例(対照群)に対して、Xe/CT法により脳血流測定を行った。広汎病変群の深部白質の脳血流は、対照群と比較して平均値で15%低い値であったが、その差は有意差には至らなかった。また、皮質血流は、両群間に差を認めなかった。しかし、多変量解析の結果では、深部白質病変は簡易知的機能検査に対して、独立した因子として影響していた。健常高齢者に大脳深部白質病変のみがみられた場合、白質病変が広汎でも知的機能や脳血流に及ぼす影響は軽度で、長期間の高血圧や多発性ラクナ梗塞を合併した場合に、ビンスワンガー型脳血管痴呆を発症する可能性が高いのではないかと考えられた。
(4)深部大脳白質病変の形成には白質の循環障害が関与するとの見方が有力である。虚血組織では乳酸の産生が増加していると予想されるため、深部大脳白質病変を呈する領域において、組織乳酸レベルをMRSを用いて検討した。深部白質病変のない白質(放線冠または半卵円中心)において、lactate/ choline比の平均は約0.3であり、0-0.7の範囲に分布した(平均±2SD)。明らかな部位差は認めなかった。一方、深部大脳白質病変を有する白質において、 lactate/choline比は特に高値を示すことはなく、組織乳酸濃度が上昇していることを示唆する所見は得られなかった。この結果は、少なくとも乳酸濃度の上昇を伴うようなレベルの虚血は、高血圧患者にみられる深部白質病変の成因として考えにくいことを示唆している。しかし、もっと早い段階の循環障害を反映している可能性もあり、さらに循環障害が進行すると知的機能障害が顕在化するものと予想される。今後、症例数を増やして、様々な病期・病態の白質病変を検討することが必要と考えられる。
(5)頸動脈内膜剥離術(CEA)を施行した13例について、術後の高次脳機能の変化を明らかにする目的で、手術前後でミニメンタルテスト(MMSE)、Kohrs立方体テスト、三宅式言語記銘テストおよびBenton視覚記銘テストを行い、比較検討した。MMSEでは、平均で術前27.8から術後26.3と低下の傾向を認めた。Kohrs、言語記銘には有意な変化は認められなかった。視覚記銘で即時再生において改善が認められた。個々の症例についてみると改善、悪化がいずれもみられた。CEAの手術の悪影響については、術中低血圧や微小塞栓が悪化の原因として考えられ、一方、好影響の要因としては、狭窄解除による血流増加と循環改善が予測される。今後さらに症例を増やしてMRI像の変化および脳血流量の変化とともに検討を続ける必要がある。
(6)ACE遺伝子多型と脳動脈硬化、脳血管障害との関係を422剖検例を対象に検討した。中大脳動脈硬化度は、DD型が他の2型(ID型、II型)に比し有意に高度であったが、脳底動脈では遺伝子多型による有意差はみられなかった。脳血管障害全体の頻度、出血や梗塞の頻度は遺伝子多型との間に有意な関連はみられなかった。ACE遺伝子多型と動脈硬化性疾患との関連については、血圧を介した作用、局所循環調節作用を介した作用、線溶系抑制作用を介した作用などが考えられ、D型が動脈硬化促進、血栓形成傾向を有する可能性が指摘されている。ACE遺伝子多型と脳血管障害との関係についての剖検例を対象とした報告は、Rasmussenらのもの以外は見当たらないが、それによればDD型がID型、II型より動脈硬化が高度であったと述べている。我々の検討でも中大脳動脈において同様な結果が得られたが、脳底動脈では有意な関連はみられなかった。このことは動脈硬化の危険因子が動脈により異なっている可能性を示唆している。また、ACE遺伝子多型と中大脳動脈との関係は性別や高血圧の有無別に検討すると不明瞭化し、ACE遺伝子多型の脳動脈硬化に及ぼす影響は弱い可能性がある。
(7)fast FLAIR法で無症候性脳梗塞と考えられる病変の病理学的所見に関して検討した。対象は明らかな神経疾患を有さず、生前に施行された頭部MRI fast FLAIRで無症候の虚血性病変と考えられる白質高信号を呈する患者とした。その結果、本法で高信号を呈した部位に一致して、大脳白質の髄鞘の淡明化、グリオーシス、血管周囲腔の拡大を認めた。またT2強調画像と比較してもより明瞭な画像を得ることができた。さらにこの病変に隠れた小梗塞も本法を用いれば検出できる場合があった。最近施行されることの多いfast FLAIR法は脳脊髄液の信号を抑制することで、T2強調画像ではともに高信号を呈するラクナ梗塞と血管周囲腔拡大を鑑別するのに有用であるとされている。本研究では、基底核および深部白質の小梗塞をfast FLAIR法で識別することができ、特にT2強調画像では明確ではない病変を描出できたことは価値あるものと考えられる。しかし深部白質の彌慢性高信号域に隠れた小梗塞はfast FLAIR法でも描出は困難である可能性もある。また基底核に認められた多数の血管周囲腔拡大は、小梗塞がないにもかかわらずfast FLAIR法で高信号が混在した画像を呈した。その原因は明らかではないが、少なくとも基底核病変に関してはさらに解析を要するであろう。側脳室周囲のcapsやrimsはfast FLAIR法を用いることで、T2強調画像以上に病変を明瞭にとらえることができると考えられる。
結論
・脳卒中の危険因子は壮年から初老期において意義が高く、75歳以上の高齢者では危険因子としての意義は異なっている。・ラクナ梗塞患者の重症白質病変例では、明らかな痴呆がなくても白質の局所脳血流量は低下し、軽度の認知機能障害が存在した。白質病変の重症度と脳循環予備能との関連はなかった。・健常高齢者では、大脳深部白質病変が広汎であっても必ずしも脳血流量の明らかな減少はないが、ごく軽度の知的機能障害を引き起こしている可能性が示唆された。・高血圧患者にみられる大脳深部白質病変は、乳酸の上昇を伴うような循環障害と関連しているとは言いがたい。・CEA患者では、個々の症例で術後の高次脳機能の変化に差異がみられ、術後早期に簡易知的機能の軽度悪化例が経験されたが、動作性試験や視覚記銘テストに改善例もある。・ACE遺伝子多型は一部の脳動脈硬化に影響を与える可能性があるが、脳血管障害の発症とは直接関係しない。・fast FLAIR法は、T2強調画像と比較して大脳白質の病変をより明瞭に描出することができ、彌慢性の白質病変に隠れた小梗塞を検出できる可能性がある。

公開日・更新日

公開日
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更新日
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