保健施設における養護老人の末梢循環障害と浮腫の成因と治療

文献情報

文献番号
199800217A
報告書区分
総括
研究課題名
保健施設における養護老人の末梢循環障害と浮腫の成因と治療
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
山本 章(箕面市立老人保健施設)
研究分担者(所属機関)
  • 河口明人(国立循環器病センター研究所)
  • 豊島博行(箕面市立病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
浮腫の中で、下肢末梢部の限局した浮腫はよくある現象で余り重要視されない傾向にある。しかしこの現象は明らかに加令に伴う末梢循環不全の一種である。老人保健施設に入所している人々の約半数は脳梗塞をもち、同時に何らかの心疾患(虚血性心疾患、心弁膜症、不整脈)をもっていることが多い。このような老人に対して負荷試験を行うことは危険であり、また実際に不可能であるし、心機能に関する検査も制約される。また病院医師の手を離れた場合、詳しい血液化学的検査の行われる機会も少なく、漫然と利尿薬の投与によって症候的治療が行われるのが現状である。しかし実際には自己免疫、心・腎機能、血液の浸透圧、代謝内分泌機能などに潜在的な原因があって廃用性浮腫が増悪していることが多いと考えられる。浮腫のほかに末梢循環障害として、下肢動脈の狭窄による血行障害をもつ人も多い。原因として動脈硬化があるが、必ずしも一般的な粥状動脈硬化のみではない。最近動脈硬化巣にアミロイド蛋白や急性期反応性蛋白質CRPが染め出されて居り、慢性疾患あるいは免疫現象に代謝異常が加わっての病理変化も示唆されている。本研究によって、看護、介護の上で一つの問題となっている下肢の循環障害と浮腫に対する診断と治療方針の設定に貢献出来ることを期待している。
研究方法
老人保健施設入所者(平均年齢女子84才、男子78才)のうち、下肢血流障害、下腿・足の浮腫あるものを対象とし、1)心電図および超音波検査によって心筋障害の有無を判定、心臓の収縮、拡張能を測定し、心筋梗塞や心筋症による異常の有無を診断する。2)超音波脈波計を用いて 下肢動・静脈の血流パターンを計測し、末梢循環、微小循環障害の有無を判定する。血液化学的検査法として、1)心不全の指標の一つとされるNa利尿ペプチドファミリー(ANP、BNP)を測定し、また2)血漿蛋白質(アルブミン、γ-グロブリン、フィブリノーゲン)量・甲状腺ホルモン(T3及びT4)、 甲状腺刺激ホルモンTSH、及びアミロイド蛋白質(血清アミロイドP成分:SAP)濃度を測定する。3)血漿リポ蛋白の分画を行い、高比重リポ蛋白(HDL)、超低比重リポ蛋白(VLDL)分画中に異常アポ蛋白として存在するアミロイド関連蛋白を測定(定性、定量)する。またLp(a)濃度と同位体の解析、アポリポ蛋白Eの同位体(E2、E3、E4)の分析を行う。最終的には浮腫をもつ症例を男女別、また疾患(脳血管障害、骨折後の回復不全、痴呆、心臓病など)に基づいて分類し、それぞれについて今回調べた代謝性因子、循環パラメーターの異常がどの程度存在するか、また治療に伴う改善効果がどの程度得られたかを解析する。これら老人保健施設の入所者と別に、一般高齢者における下肢循環障害の実態と原因を把握するため、国立循環器病センター、箕面市民病院受診患者を対象として、診断機器による病態検査と、リスクファクターの調査をも合せ行う。
結果と考察
【下腿・足の浮腫の原因について】3ヶ月以上の長期入所者女子246名、男子83名のうち、明らかな膝関節異常や、特別な代謝異常なく、一夜の睡眠のあとも消縮しない高度の持続性の浮腫をもつもの女子41名、男子5名について心電図(ECG)を調べた所、全体の87%に陳旧性心筋梗塞、QT延長、心房細動、房室あるいは脚ブロック、あるいはST-T異常(STの平坦な軽度の低下、T平低)のいずれかを認めた。特にST-T異常の頻度が極めて高かった。【Na利尿ペプチドファミリー:ANP、BNP】現在まで、著明な浮腫または心電図でST-T異常をもつもの66人とそのいずれもない28人について測定した。その結果ANP値については対照群16.4±6.0 pg/mgに対して、浮腫あるいは心電図異常
のいずれかのあるもの39.6±41.4、両者ともあるもの52.1±42.3、一方BNPについてはそれぞれ36.3±23.2、92.0±73.7、173.9±126.5であって、浮腫と心電図異常の両者のある群でBNPの上昇が著明であった。【超音波による心機能検査】BNP上昇例のうち8例について超音波検査を行い、すべての症例に程度の差こそあれ大動脈弁、僧帽弁、肺動脈弁、三尖弁のいずれか、あるいは複数の異常(閉鎖不全)、5例に左室の求心性肥大を検出した。これに対して60才以下で高脂血症のない虚血性心疾患患者では大動脈弁の異常は30例中1例しかなく、連合弁異常は1例もなかった。【アポE同位体の分析】微量の血清または血球を用いてアポEの同位体(現象型と遺伝子型)を解析する方法を確立した。これまで17例の分析結果では、本研究の対象者における同位体の分布頻度は一般人口の中のものと変わらずアルツハイマー病でなく血管性痴呆が主体をなしているという傍証が得られた。下肢動脈の血流について長期入所者のうち血流障害の疑われる者62例を適当に選択して下肢血圧と簡易超音波血流計による血流パターンの測定を行った。血圧に関しては上肢血圧よりも低いものが8例あり、うち4例は左右とも低く、いずれも脳梗塞で、うち1例は頚動脈の狭窄を伴っていた。経皮的Po2測定計を用い、これら下肢血流障害をもつ症例のうち8例とそれ以外の6例について血液酸素飽和度の測定を行った。高齢者、特に皮膚の乾燥した場合についての標準的なデータがないので、充分な結論には至らないが、下肢/胸部Po2比が2/3以下の例は重篤な下肢血流(リンパ流)障害がある可能性が示された。昨年度から今年度にかけての研究によって一般成人では臨床的意味不明とされる心電図上のST-Tの変化(平旦化あるいは軽度の低下)が下腿浮腫をもつ老人保健施設入所者の中に高頻度に見られ、心筋障害と心不全に関連する可能性が強く示唆された。心房性利尿ホルモンファミリーのうちANPが心房由来であるのに対してBNPは心室由来で、その上昇は心不全につながるものとして大きな診断的意義のあることが最近強調されている。今回測定対象で上昇を示した例のうち1例を除くすべてはBNPに対してANP上昇が少なく、心房機能の低下が静脈血ひいてはリンパ液の吸上げ力の低下・浮腫の発生につながっていると推測された。下腿浮腫と心電図異常の両者をもつものでBNP値が平均174、最高で440 pg/mgという高値が見られたことは、われわれが平均年齢84才という高齢の入所者を扱うのに際して、心臓の状態に特に気をつけねばならないという警告として受けとめられる。
これまでに超音波検査を行った人の数はまだ少なく、結論に達するのは早計であるが、大動脈弁と僧帽弁、また1例には肺動脈弁と三尖弁に異常が見られ、また5例に求心性の心室肥厚が見られたことは、弁の変化による心室への負荷、あるいは心筋症の存在がBNPの上昇の原因となっていることを示唆している。一般に高齢者では収縮よりも心室の拡張の障害があるとも云われるがこれら心室運動の異常を把握することは出来なかった。来年度に続く研究で非高齢の虚血性心疾患と対比しつつこの点を解明していきたい。
結論
高齢者の下腿・足浮腫に対して心機能低下が重要な潜在的要因として存在することが明らかになり、心室性利尿ペプチドBNPの分泌亢進がその証拠として把握された。一部症例の超音波検査では、大動脈弁、僧帽弁の異常(閉鎖不全)、心室の求心性肥大が検出された。BNPの上昇は心電図上のST-T異常と合わせて心不全の徴候として重視すべきである。

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