高齢者の認知と行動に関する神経心理学的研究

文献情報

文献番号
199800216A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者の認知と行動に関する神経心理学的研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
山鳥 重(東北大学大学院医学系研究科高次機能障害学)
研究分担者(所属機関)
  • 濱中淑彦他(名古屋市立大学医学部精神科)
  • 森悦朗他(兵庫県立脳機能研究センタ-)
  • 武田明夫(国立療養所中部病院)
  • 西川隆他(大阪大学医学部精神科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
加齢と知的機能の問題について古くは結晶性知能と流動性知能の問題が言われているが、Wechsler の知能検査で測定される言語性知能が教育歴の影響、動作性知能は年齢の影響を受けることは確立されている。記憶の問題については加齢に伴う記憶能力の低下を痴呆との鑑別を問題とする立場から ARCD (Age Related Cognitive Decline) や、主観的な記憶力低下の訴えに着目し AAMI (Age-Associated Memory Impairment)という概念が提唱されている。しかし正常加齢においては明らかな痴呆とは異なり軽度の知的機能低下が問題になるため、サンプリングによって異なる結果が得られる危険性がある。また施行する心理検査によっても影響を受ける。そこで、軽度の認知機能障害を除外した高齢者において、年齢に伴う知的機能障害は認められるか、教育歴の影響はどうであるかを地域在住の高齢者から抽出したバイアスの少ない集団において検討した。
研究方法
1.対象地域
東北大学と宮城県田尻町が共同で開始したプロジェクトの下、91年に当時の在宅高齢者 2516人に対し大規模悉皆調査を施行、93%に相当する 2352人から回答を得、本邦初の Mini-Mental State (以下 MMS) の標準化デ-タを報告した。92年には大規模調査の対象者に年齢・性を合わせた脳の MRI 検診対象者リストを作成、そのうちの170名に対して今回、 2回目の MMS を含む神経心理学的検査を施行した。
2.対象者
170名中、DSM-IIIR により痴呆と診断されたのは 17名、痴呆疑い (Clinical Dementia Rating 以下 CDR の 0.5) は 54名、正常老人 (CDR 0) は 99名であった。この CDR 0 群は神経心理検査結果及び介護者・保健婦の情報を参考に複数の医師が判定、心理検査結果を知らされていない精神科医も独立に判定し最終的に決定するという基準の厳しいものである。
3.施行した神経心理検査
1) 2回目のスクリ-ニング検査
大規模悉皆調査の時と同様、MMS を施行し経時変化を検討した。2) 認知機能検査
本間・長谷川らによる Cognitive Ability Screening Instrument (以下 CASI) 9項目、言語性機能として Alzheimer's Disease Assessment Scale (以下 ADAS) の 10単語の再生、12単語の再認課題、田中ビネ-式知能検査の話の記憶、及び諺の解釈、非言語性機能として Rey-Osterrith の複雑図形の模写・再生課題、WAIS-R の符号問題を施行した。前頭葉機能検査として語想起、working memory 課題として n-1、並びに Trail Make Test を施行した。施行時間は 40分程度である。
4.分析
対象者を年齢に基づき 65-69才、70-74才、75-79才、及び 80才以上の 4群に分類しMMS の経時変化、並びに今回施行した神経心理検査結果について、教育年数を共変量とした多変量分散分析(MANOVA) を用いて年齢群効果、教育年数の効果を検討した。
結果と考察
結果
1.MMS の経時変化
大規模悉皆調査時と、5年後の今回の調査時点における各年齢群の MMS の変化を検討した結果、年齢によらず正常老人(CDR 0)で MMS 点数がほぼ横這いであり、年齢群効果、時間効果はいずれも有意ではなかった。
2.認知機能検査結果
正常老人において有意な年齢群効果を認めたのは非言語性機能の WAIS-R の符号問題のみであった。一方、有意な教育年数効果を、CASI の総得点及び流暢さ、言語、短期記憶、抽象的思考と判断力の下位項目、語想起課題、Trail Make Test-B の各課題に認めた。非言語性課題に有意な教育年数効果は認めなかった。
考察
1.正常加齢と知的機能
今回、正常老人(CDR 0)で年齢の有意な影響 を認めたのは動作性知能のみであった。加齢に伴う知的機能低下に関する従来の知見は軽度の認知機能障害(CDR 0.5)を除外していないため、結果に contamination が生じている可能性が否定できない。今後正常加齢の研究については、対象者の特異度(specificity)を上げる必要があると考えられる。また、正常老人(CDR 0)で教育年数の有意な影響 は Wechsler の言う言語性機能を加えて非言語性機能以外に広く認められた。Valdois らは、心理検査の因子分析結果に基づき正常老人を 6群に分類、教育歴は言語性機能のみならず全般的な知的機能の程度に関連したと報告している。 教育年数の影響については今後の検討が必要である。
2.痴呆との関係
高齢ほど高い痴呆の有病率は、2つの考え方を導くことが可能である。即ち痴呆を正常加齢の延長に位置づける考え方と、病気である痴呆は高齢層ほど発症しやすいものの正常加齢とは質的に異なるという考え方である。前者の考えは Cambridge group によって提唱され、後者は Washington group の知見、即ち痴呆疑い(CDR 0.5)は明らかに正常(CDR 0)とは異なり病理学的に Alzheimer 病の所見が認められることによって支持される。今回の結果は、脳の病気である痴呆は正常加齢とは質的に異なるものであることを示している。また教育歴の影響であるが、Caramelli らは、Alzheimer 病の多様性は病前の教育レベルに影響を受けると報告している。教育年数の影響については今後の検討が必要である。
結論
正常加齢それ自体は、動作性知能以外は知的機能に影響を有意に与えず、教育歴の影響の方が大きいことが示された。今後教育歴の影響について詳細な検討が必要である。

公開日・更新日

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