高齢者閉塞性肺疾患における総合的ケアのあり方に関する研究

文献情報

文献番号
199800214A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者閉塞性肺疾患における総合的ケアのあり方に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
木田 厚瑞(東京都老人医療センター)
研究分担者(所属機関)
  • 高崎雄司(日本医科大学)
  • 西村浩一(京都大学)
  • 赤柴恒人(日本大学)
  • 岩崎郁美(長崎県離島医療圏組合上対馬病院)
  • 岡村樹(都立駒込病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
7,480,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
高齢者の疾患は一般に慢性化をたどり、この経過中に急性増悪がある。また、合併症、続発症により全身状態が低下し自立性が失われていく。慢性閉塞性肺疾患(COPD)、気管支喘息はいずれも高齢者に頻度が高い疾患である。いずれも高齢化とともに症状は非定型となり、また他臓器の障害を伴うなど、病態はより複雑なものとなることが多い。両疾患は労作性の呼吸困難が主訴であり、高齢化により次第にADLの低下を来たす。COPDは重症化すれば慢性呼吸不全となり在宅酸素療法や在宅人工呼吸法の導入が必要とされる。これらの疾患の治療方針では成人の場合にガイドラインにより実施されているような画一的な治療が奏効しないことが多い。
高齢者の慢性呼吸不全患者の問題点は多岐にわたり、少なくとも疾患、機能障害、能力障害、社会的不利、心的障害が共存していることが多い。しかもそれらが相互に関連しあった複雑な構造をなしており、総合的な治療方針を立てる場合は「チーム」として「包括的」に対応していくことが必要である。このような包括的な治療方針を持ち、かつチームとして実施される医療は、急増する高齢人口および高齢者にQOL(Quality of life)の向上をもたらす方策であるが、特にCOPDに対し有用なものである。更に、医療の内容を効率の良いものに再構築することにより、高齢患者の医療費の節減効果をもたらすことも期待される。
慢性閉塞性肺疾患(COPD)は米国では死因の第4位に挙げられる主要な疾患である。本邦では男性の死因の第8位である。本邦では、在宅酸素療法患者の約40%がCOPDであり、また在宅酸素療法を受けている患者の90%以上が65歳以上の高齢者で占められている(平成7年度厚生省特定疾患、呼吸不全研究班)。また気管支喘息に依る死亡、すなわち喘息死は圧倒的に高齢者層に多いことも特徴であるが、この死因統計においてもCOPDが少なからず混じっていることは容易に推定できることである。
本研究では、高齢者の慢性閉塞性肺疾患、気管支喘息の両疾患の問題点を以下の点に区分して検討した。
1)高齢者特有の病態に関する研究。2)outcome studyに関する研究。3)治療、管理のありかたに関する研究。
研究方法
1.高齢者特有の病態に関する研究
1)連続剖検例における肺気腫の頻度と臨床診断
約5,000例の連続した剖検症例の検討により中等度以上の肺気腫が約30%であることを明らかにした。またこのような重症度であっても臨床診断率は約14%に過ぎなかった。
2)呼吸困難感の客観評価としてOxygen cost diagram(OCD)が有用であることを実証した。健常高齢者 計 818人を対象とした成績をまとめた。
3)COPD、気管支喘息 計 322例を対象とし、血清IgE高値、喫煙が病態を増悪させることを明らかにした。また、この研究により高齢者といえどもCOPD、気管支喘息の病態はかなり区別しうることを明らかにした。
4)高齢女性のCOPD 7例、気管支喘息 17例を対比した結果、COPDで骨粗鬆症の発生頻度が高値であることを初めて明らかにした。今後、症例数を増加させること、その機序の解明について研究をさらに進めたい。
5)ActivetracerによりCOPD、気管支喘息(計 60例)について日中の体動、夜間の睡眠障害が及ぼす因子を明らかにした。夜間の睡眠ではCOPDの高二酸化炭素血症、日中の体動では気管支喘息でのピークフロー値低下が要因となっていることが示唆された。
2.Outcome study
1)高齢者COPDに対する在宅酸素療法の5年生存率は約20%であることを明らかにした。
2)194名のCOPDについてSF-36を用いて高齢者のHealth related QOLを検討した。呼吸困難が増強すると健康関連QOLが低下することが判明した。
3.治療、管理のあり方に関する研究
COPDの治療という点から包括的呼吸リハビリテーションを班員の5施設で試行し問題点を明らかにした。本研究の前向き研究では、現時点での各施設の研究成績はまだ初期段階といえるものにとどまっている。しかし本研究の主目的である「在宅呼吸療法のマニュアル」を作成するという点では参考となる多くの成績が得られたことを記しておきたい。
4.その他
医療者以外の一般に対する啓蒙活動として岩波新書「肺の話」を出版した(1998)。
結果と考察
慢性閉塞性肺疾患(COPD)は米国では死因の第4位に挙げられる主要な疾患であるが、本邦では男性が死因の8位を占めている。本邦で第4位に相当するのは肺炎であり、死因統計上、肺炎で死亡したとされる中にかなりの割合でCOPDが基礎疾患にある可能性が高いが、その実態は不明である。
他方、本邦では、在宅酸素療法患者の約40%がCOPDであり、また全体の90%以上が65歳で占められている。
本研究では連続剖検例において病理解剖学的に判定される肺気腫の頻度を明らかにした。また臨床診断は中等度以上の肺気腫で約14%にすぎないことを明らかにした。
肺機能検査は高齢者にとっては侵襲度は必ずしも少ない検査方法とはいえないが、実施できないことも多い。そこで非侵襲的に評価した値を外挿する方法を検討する目的でMcGavanが1978年に開発したOxygen cost diagram(OCD)の意義につき検討した。健常高齢女性におけるOCDの加齢変化はFEV1.0の低下とほぼ一致して、ほぼ直線的に低下することが判明した。OCDが必ずしも平行して低下しないが、この理由として代償機転あるいは高齢化によって呼吸困難感が鈍麻する可能性が考えられ、今後、検討する必要がある。
COPDの合併症として骨粗鬆症があり、また腰痛など身体疼痛がきっかけとなり急性増悪を起こすことは臨床的にしばしば経験されることである。そこで高齢女性のCOPD 17例、気管支喘息11例について、骨粗鬆症の有意につき比較した。
骨代謝パラメーター(血清25-hydroxy vitamin D、PTH、osteocaring、尿中 deoxypyridinoline)には両者に差は認められなかった。しかし、腰椎における骨密度はbody mean index(BMI)と密接に相関し、BMIが低値となる程、骨密度が低下した。このように比較しやすい高齢女性でCOPDと気管支喘息の病態を比較するとCOPDは気管支喘息よりも明らかに骨粗鬆症が強いことが判明した。両疾患の病態がこのように違っていることから、治療、予後をみるという点では両者を厳密に鑑別診断していくことが必要である。
近年、欧米ではoutcome researchが広く実施されている。outcome researchとは、1)患者個人の指導などの内容よりもその臨床病態に対しての全体治療が適切であるかを検討するものであること、2)医療内容を系統的に評価し、患者を取り巻く全人的な内容をみるものであること、3)これらの情報を総合して医療内容の改善策を目的とするものであること、を意味するものである。
呼吸器疾患におけるoutcome researchは臨床的事項、患者の評価、医療経済から見た評価など幅広い領域について、従来の治療内容が適切であるかどうかを検証する目的で実施されている。
高齢者では、これらに加えて老年総合機能評価(comprehensive geriatric assessment; CGA)の利用が試みられている。これらにはADL評価、認知能力、心理的異常としてうつ化傾向の評価などが含まれている。ADLの評価という点では厚生省が作成した要介護区分認定における基準は、慢性呼吸不全が原因でADLが著しく落ちている患者の評価基準としては不十分であると指摘せざるを得ない。
高齢者の呼吸器疾患におけるQOLを評価するには、まず健康状態および、経済状態、生活環境に大別して考えることが必要である。また、健康状態に影響を与えるものは、呼吸器疾患の病態であり、また、これに基づく機能状態に分けることができる。これらに関わる各項目を個別的に改善し、全体を積み上げていくことにより、高齢者の慢性呼吸器疾患におけるQOLの向上を図ることができるものと考えられる。
高齢者における医療費の増大が大きな社会的な問題になりつつある。一方、これに対する医療費抑制策の一環として医療費の定額制の導入が計画されている。安定期にある高齢者の閉塞性疾患(n=342)を6施設で診療報酬明細書を元に1ヶ月あたりの医療費の総額を算出した。それによると、安定期では約3万円程度であることが判明した。ADLの低下した症例に対し往診、訪問看護を実施している医療機関では倍額となっている。しかし、より重症化し在宅酸素療法が導入されるようになると、平均12万円と一挙に4倍の増額となる。また急性増悪により入院が必要となると、その医療費は在宅酸素療法の実施例では1ヶ月当たり80万円に増額し、また非在宅酸素療法実施例でも約50万円に達する。このように医療費という観点から見ると、まずCOPDの発症予防が大切であり、またADLをなるべく低下させず、病態の増悪から慢性呼吸不全に陥らせないという視点が重要である。また、一旦、急性増悪に至れば在宅酸素療法の実施例では一挙に外来医療費の半年分が必要となる。また、非在宅酸素療法例では1年分以上の医療費が使われることになり、急性増悪をさせないための教育、指導が大切である。
地域において限られた医療資源を効果的に活用することと平行して、qualityを保証した地域医療の確保が必要である。このような地域医療連携の進め方は、段階的に進めていくことが必要である。
従来、医療は基幹病院あるいは診療所を中心とする「点」としての医療として展開されてきた。点と点を結ぶ「線」は患者自身により選択されるがこれが一部では大病院志向を生み、重複受診の弊害をもたらし医療費の高額化につながってきた。しかし今後は患者との信頼関係を構築しつつこれを「面」としての医療に転換する必要がある。医療機関相互の連絡を緊密にし、無駄を省き能率を上げ、他方、住み慣れた地域において医療チームを構築し、高齢者を支えていくという医療にしていかなければならない。
結論
平成12年度より公的介護保険の導入が計画されている。ここでは介護を重視するあまり医療が軽視される危険が懸念されている。高齢者のCOPD、気管支喘息の長期管理における基本的な考え方はまず、医療レベルの向上が不可欠であり、これによって医療費を無駄のない適切なものに転換することができ、患者のQOLを向上させ得る。特にCOPDは現状では一般の認識も低く、その実態すらも不明である。高齢者の呼吸器疾患の中では対応策が最も遅れているものの一つである。広範な情報収集に基づきその対応策を急がねばならない。

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