加齢に伴う運動機能・認知機能の変化についての研究

文献情報

文献番号
199800213A
報告書区分
総括
研究課題名
加齢に伴う運動機能・認知機能の変化についての研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
進藤 政臣(信州大学)
研究分担者(所属機関)
  • 加知輝彦(国立療養所中部病院)
  • 橋本隆男(信州大学)
  • 林良一(信州大学医療短期大学部)
  • 丸山哲弘(厚生連リハビリテーションセンター鹿教湯病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
6,890,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
加齢に伴う神経系における機能変化は,運動機能と認知機能で顕著である.本研究は運動機能と認知機能の加齢変化の病態を明らかにすることを目的とした.本年度は,正常者および基底核の老化モデルと考えられるパーキンソン病患者を対象に,皮質脊髄路機能,淡蒼球破壊術の効果,認知速度を検討し,また正常者で加齢に伴う聴覚処理過程を検索した.具体的な研究課題と目的は以下の通りである.①パーキンソン病の皮質脊髄路機能:寡動は随意運動の緩慢さであり,基底核の機能障害による皮質の過剰抑制による可能性がある.運動開始時における皮質運動野の興奮性の変化を,大脳磁気刺激とヒラメ筋H反射を用いて検討した.②脳磁図を用いた認知機能:Mismatch field (MMF)は記憶痕跡と新たな異なる入力との自動的弁別の課程を反映する.聴覚刺激による脳内処理過程の加齢変化を検討した.③随意運動と歩行状態の変化:姿勢反射障害の著しい脊髄小脳変性症患者の歩行障害の特徴を明らかにする目的で,重症度と,立位姿勢におけるヒラメ筋H反射と歩行時の床反力・下肢筋筋活動の関係を明らかにし,歩行訓練の阻害因子を検討した.④パーキンソン病の運動障害に対する淡蒼球破壊術の効果:パーキンソン病の運動障害の責任病巣は大脳基底核にある.基底核の一部である淡蒼球破壊術によって運動障害がどのように変化するかを明らかにし,大脳基底核の運動における機能を明らかにすることを目的とした.⑤パーキンソン病の認知速度:皮質下痴呆の詳細は不明である.認知機能における皮質下の機能を解明する目的で,パーキンソン病患者の認知速度を検討した.
研究方法
①パーキンソン病の皮質脊髄路機能:対象はパーキンソン病患者12人と正常対照.ヒラメ筋H反射を用いて皮質刺激の効果を検討した.H反射の大きさは最大M波の20~25%にそろえた.大脳磁気刺激はMEP閾値の-2%の強度とした.抑制・促通は,大脳刺激効果のtime courseで検討した.②脳磁図を用いた認知機能:対象は正常成人8名(年齢28.8±6.2歳)と正常高齢者9名(69.4±4.9歳).聴覚刺激は純音を用いたodd ball課題とし,課題は計数またはボタン押し反応とした.記録はBti社製74チャンネル脳磁図計を用い,センサーは両側頭部にあてて側臥位で記録した.③随意運動と歩行状態の変化:対象は脊髄小脳変性症患者9名と正常対照健常者12名.平衡機能を評価するため,被験者に床反力計上で自然な立位姿勢をとらせ,足関節を軸にして身体を前屈させた.床反力,下腿三頭筋の筋電図とヒラメ筋H反射を記録した.歩行は最も楽な速度で歩いたときの床反力軌跡,各関節角度と下肢筋筋電図を記録した.歩行周期の各相における筋活動パターンを求めた.④パーキンソン病の運動障害に対する淡蒼球破壊術の効果:薬物療法の効果が不十分なパーキンソン病患者8例(年齢29~71歳,罹病期間2~18年)を対象に淡蒼球破壊術を施行し,運動障害に対する効果を検討した.手術では微小電極による単一神経活動記録とCTを併用して目的部位を決定した.運動障害の評価はUPDRS (then United Parkinson's Disease Rating Scale)とビデオ記録を用いて行い,術前と術後1ヶ月で比較した.⑤パーキンソン病の認知速度:痴呆のないパーキンソン病患者18例(68.3±8.4歳),年齢・教育年数を一致させた正常対照18例に対して,Sternberg paradigm課題を用いて認知速度を検討した.CRT画面上に2~7桁の数列を毎秒1数字の速さで提示し,テスト刺激として提示された数字が記憶セットにあるかどうか素速く反応キーを押させることで検査した.各桁について100試行を行わせた.MMSE, WCST,単純反応時間も合わせて
検査した.
結果と考察
①パーキンソン病の皮質脊髄路機能:正常者では安静時に刺激間隔が-2~0msの単潜時で抑制が見られ,随意運動ではさらに短い潜時で促通が出現し抑制は消失した.患者の多くでは安静時の抑制がなく,運動開始時にも促通はなかった.運動時に逆に抑制が見られた例もあった.一部運動時の促通がみられた例でも正常者より少なかった.淡蒼球破壊術を施行した2例では,運動障害の改善と共に安静時の抑制が出現し,運動時の促通も出現した.大脳磁気刺激のH反射に与える効果は運動野皮質から脊髄運動細胞への下行性出力を反映する.正常者でみられた運動時の促通は合目的的であり,円滑な運動遂行に役立つ.患者での異常は皮質からの興奮性入力が明らかに減弱していることを示す.淡蒼球破壊術で運動機能の改善と伴って皮質から脊髄への出力が正常化したことは,患者では基底核によって視床-皮質回路の活動が抑制されていたと考えられる.②脳磁図を用いた認知機能:刺激の純音として1000Hzと2000Hzの組合せを用いると,N100m,MMFの頂点潜時は若年者と高齢者間で有意差はなかったが,N100m-MMF頂点間潜時は高齢者で有意に遅延していた.弁別反応時間は有意差はなかった.なお刺激が1000Hzと1100Hzの組合せでは,いずれの指標も有意差はなかった.高齢者でN100m-MMF頂点間潜時が延長していたことから,音入力から認知・行動に到る一連の課程で,音が一時聴覚野で処理されてから記憶されるまでの時間が加齢によって最も影響されやすいことが示唆される.③随意運動と歩行状態の変化:患者では身体の前傾に伴う足圧中心は正常者よりも有意に少なかった.一方H反射の背景筋活動に対する変化分は有意に増大していた.歩行では,患者では健常者に比較して,歩隔は広く,歩幅は狭くなり,歩行速度は遅く,両足支持時間が延長していた.これらは臨床的重症度と相関した.また歩行時の足関節角度の変化は有意に減少し,角度変化に対する下肢の筋電図量が増大していた.正常者では下肢筋筋電図と体重心とは強い相関がある.脊髄小脳変性症患者では身体の前傾が不充分で,伸張反射亢進による下腿筋筋活動の増大によると考えられた.H反射は単シナプス性の伸張反射であることから,この増大はシナプス前抑制の減少によると推論できる.歩行中の筋活動パターンもこれによって説明が可能であり,昨年報告したパーキンソン病患者とは逆の所見である.④パーキンソン病の運動障害に対する淡蒼球破壊術の効果:手術によるUPDRSの変化は,知能・行動・気分について82%,ADLについて44%,運動全体では54%減少した.手術と同側でもほぼ同程度に改善が見られた.臨床徴候別スコアーでは,随意動作は上肢で36~52%,下肢で61%,歩行40%,寡動32%,筋固縮で50~68%減少し,上肢の動作,下肢の反復挙上が改善,すくみ・疲労感が軽減した.歩行は上肢の振りが回復し,歩幅が増大,起きあがり動作も円滑になった.淡蒼球内節後外側部の手術によって,寡動とともに筋固縮も改善し,寡動の一部は固縮による可能性がある.一方歩行時の上肢の振りやすくみ現象が明らかに改善したことは,寡動には固縮によらない原発性の機序があることを強く示唆する.手術にる症候の改善から,運動障害の要因として淡蒼球内節・黒質模様体から視床への過剰抑制があったと考えられる.⑤パーキンソン病の認知速度:Sternberg paradigmでは患者では桁数は6桁,7桁において反応時間が有意に延長していた.全般的知的能力を反映するMMSEや記憶スパンは正常と差がなかった.前頭葉機能検査であるWCSTでは有意に低下していた.保続エラーは有意に高値を示し,単純反応時間は有意に延長していた.記憶セットと反応時間との関係を単回帰分析すると,患者では反応時間がより長かった.基底核障害によって運動機能のみならず,認知機能についても処理速度の低下が明らかになった.臨床的な思考緩徐に相当するものと考えられる.用いた課題は複雑な認知操作を必要としないものであり,記憶セットが大きくなるに従って反応時間が延長したことは,処理資源容量の限界によって障害されると考察される.記憶セットと反応時間の関係から患者では照合速度すなわち認知速度の低下があることが明らかに
された.
結論
①パーキンソン病の皮質脊髄路機能:パーキンソン病では運動に際して運動皮質の活動性に異常がある.基底核から視床に対する過剰抑制によると考えられる.②脳磁図を用いた認知機能:高齢者では音が一時聴覚野で処理されてから記憶されるまでの時間が加齢によって延長する.③随意運動と歩行状態の変化:脊髄小脳変性症患者における立位・歩行障害は,シナプス前抑制の減少によって姿勢変化や歩行周期に一致した筋活動の制御が障害されていることによる.④パーキンソン病の運動障害に対する淡蒼球破壊術の効果:手術により運動障害は著明に改善した.症候の機序は基底核からの過剰抑制が考えられる.⑤パーキンソン病の認知速度:パーキンソン病患者では認知速度の低下がある.これは記憶容量としての処理資源の限界によると考えられる.

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