悪性中皮腫の増殖、分化に係る細胞特性に基づく新規治療法の開発

文献情報

文献番号
201313048A
報告書区分
総括
研究課題名
悪性中皮腫の増殖、分化に係る細胞特性に基づく新規治療法の開発
課題番号
H24-3次がん-一般-007
研究年度
平成25(2013)年度
研究代表者(所属機関)
関戸 好孝(愛知県がんセンター研究所 分子腫瘍学部)
研究分担者(所属機関)
  • 中西 速夫(愛知県がんセンター研究所 腫瘍病理学部)
  • 稲垣 昌樹(愛知県がんセンター研究所 発がん制御研究部)
  • 瀬戸 加大(愛知県がんセンター研究所 遺伝子医療研究部)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 疾病・障害対策研究分野 第3次対がん総合戦略研究
研究開始年度
平成24(2012)年度
研究終了予定年度
平成25(2013)年度
研究費
13,385,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
悪性中皮腫において高頻度に不活性化しているNF2-Hippo細胞内シグナル伝達系についてその原因となる分子異常を明らかにし、中皮腫に対する新たな治療戦略を構築するための知見を得ることを目的とする。さらに本シグナル伝達経路の不活性化によって恒常的活性化が引き起こされているがん遺伝子産物YAPを制御する新規戦略を見出すことを目的とする。
昨年度樹立した不死化正常中皮細胞株を用い、サイトカイン刺激等により上皮間葉移行(EMT)が誘導されるか否かを検討し、中皮腫の病理組織型の多様性の本体を明らかにする。さらに、悪性中皮腫に関わるがん関連遺伝子を導入またはノックダウンし、増殖様式や形態変化を検討すると共に、マウスへの移植実験により造腫瘍性を明らかにする。これらの実験により悪性中皮腫の腫瘍化に関わる分子機構を解明することを目的とする。
研究方法
当センターで樹立に成功した細胞株18株を含む、悪性中皮腫細胞株24株を使用して解析を行った。培養細胞よりRNAおよびセルライセートを抽出し発現解析を行った。ウエスタンブロット法、 RT-PCR法にて発現レベルの解析を検討した。一方、RNA干渉法を用いて遺伝子のノックダウンを行った。
昨年度樹立した不死化正常中皮細胞HOMC-B1株(上皮型)、HOMC-D4株(中間型)、およびHOMC-A4 (肉腫型)を用いた。ヒトTGF-β、IL-1β、TNF-α、及びそれらの併用により刺激しEMT誘導の有無を検討した。野生型YAP1もしくは活性型YAP1 (S127A)を導入した正常中皮細胞をヌードマウスへ皮下移植し、造腫瘍能を検討した。
結果と考察
Ajuba遺伝子ファミリーの他のメンバーであるLIMD1およびWTIP1に関して検討を進めた。AjubaのノックダウンはYAPを活性化(低リン酸化)する一方、LIMD1あるいはWTIP1のノックダウンはYAPを不活性化(高リン酸化)した。YAPの下流遺伝子であるサイクリンD1 および結合組織成長因子(CTGF)の遺伝子発現もAjubaは転写亢進、LIMD1およびWTIP1は転写抑制した。これらの結果は、Ajubaが悪性中皮腫細胞に対して腫瘍抑制性に機能する一方、LIMD1およびWTIP1は逆にAjuba機能を抑制する方向に機能することを示唆した。
不死化正常中皮細胞株を用い、サイトカイン刺激により中皮細胞の上皮間葉移行(EMT)について検討した。その結果、中間型D4株ではTGF-βなどの刺激によりEMTを誘導可能であることが明らかとなった。一方、D4細胞株のCTGF発現をsiRNAでノックダウンしたところ、敷石状の上皮細胞様配列の促進が認められた。このように、正常の中皮細胞では炎症性サイトカインによりEMTが誘導されること、またこのEMT誘導にはTGF-β/CTGF経路が関与し、この経路をブロックすることにより正常中皮のEMTの抑制のみならず、中皮腫細胞の肉腫型への悪性進展を抑制できる可能性が明らかとなった。
不死化正常中皮細胞株3株にYAPに代わり各種の細胞周期を促進する関連遺伝子の導入を行いその効果を検討した。しかし、YAPに比べ、細胞周期関連遺伝子の単独の導入では不死化正常中皮細胞の増殖能・造腫瘍能の亢進には不十分であった。
結論
悪性中皮腫細胞においてNF2-Hippoシグナル伝達系の高頻度の不活性化が認められる。その経路においてLIM-ドメイン蛋白であるAjubaが腫瘍抑制性に機能する一方、ファミリー分子であるLIMD1、WTIP1は腫瘍促進性に機能することが示唆された。悪性中皮腫におけるYAPがん遺伝子の恒常的活性化は上流の分子の様々な不活性化異常が原因と考えられるが、本研究によりAjubaファミリーを制御することが中皮腫に対する新たな分子治療戦略となり得ることが強く示唆された。
正常不死化中皮細胞を用いてTGF-βなどのサイトカインの作用によりEMTが誘導されることを明らかにした。またこのEMT誘導にはTGF-β/CTGF経路が関与し、この経路をブロックすることにより肉腫型への悪性進展を抑制できる可能性を明らかにした。今後、これらのモデルを組み合わせることにより、中皮腫の組織多様性やEMTのメカニズム解明、また中皮腫の各組織型に対する新しい治療法の開発につなげるべくモデルをさらに発展させることが重要と考えられた。
正常中皮細胞に対して遺伝子導入をすることによりin vivoにおける造腫瘍能を付与するにはE6/E7-hTERT に加えYAP1の機能が必須であることが明らかとなった。特に、サイクリンD1等の細胞周期を促進する遺伝子の単独導入では造腫瘍能の賦与には極めて不十分であり、YAP1の機能が重要であることが明らかとなった。

公開日・更新日

公開日
2015-09-02
更新日
-

研究報告書(PDF)

公開日・更新日

公開日
2015-09-02
更新日
-

文献情報

文献番号
201313048B
報告書区分
総合
研究課題名
悪性中皮腫の増殖、分化に係る細胞特性に基づく新規治療法の開発
課題番号
H24-3次がん-一般-007
研究年度
平成25(2013)年度
研究代表者(所属機関)
関戸 好孝(愛知県がんセンター研究所 分子腫瘍学部)
研究分担者(所属機関)
  • 中西 速夫(愛知県がんセンター研究所 腫瘍病理学部)
  • 稲垣 昌樹(愛知県がんセンター研究所 発がん制御部)
  • 瀬戸 加大(愛知県がんセンター研究所 遺伝子医療研究部)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 疾病・障害対策研究分野 第3次対がん総合戦略研究
研究開始年度
平成24(2012)年度
研究終了予定年度
平成25(2013)年度
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
悪性中皮腫において高頻度に不活性化しているNF2-Hippo細胞内シグナル伝達系について、不活性化の原因となる分子異常の詳細を明らかにし、中皮腫に対する新たな治療戦略を構築するための知見を得ることを目的とする。不死化正常中皮細胞株の樹立を試み、様々なアッセイ系を用いての解析可能な正常中皮細胞コントロール株パネルを樹立することを目的とする。正常中皮細胞株に悪性中皮腫に関わるがん関連遺伝子を導入またはノックダウンし、増殖様式や形態変化を検討すると共に、マウスへの移植実験によりこれらの遺伝子の発がん・進展における役割を明らかにすることを目的とする。さらに、サイトカイン刺激等による中皮細胞の上皮間葉移行(EMT)に関する誘導能を検討し、中皮腫において見られる病理組織型の多様性・分化異常の本体を明らかにすることを目的とする。これらの解析により悪性中皮腫の分化、不死化、腫瘍化に関わる分子機構を解明し、新規治療法への開発に応用・展開することを目的とする。
研究方法
愛知県がんセンターで樹立した18株を含む24株の悪性中皮腫細胞株を使用した。培養細胞よりRNAおよび蛋白を抽出し各種の遺伝子に関する発現解析を行った。
胃がん患者の切除大網組織および腹水より中皮細胞の初代培養を行い、ヒトパピローマウイルス-E6, E7およびhTERT遺伝子を導入し不死化中皮細胞株を作成した。樹立した細胞株の核型解析や遺伝子発現を行いその性状を解析した。さらにサイトカインを投与し、上皮間葉移行(EMT)について形態学的、マーカー発現による検討を行った。
不死化正常中皮細胞株に、野生型YAP1あるいは活性型YAP1(S127A)遺伝子、あるいは細胞周期に関わる遺伝子群(サイクリンD1等)を導入し細胞増殖能に与える影響を検討した。遺伝子導入した細胞株をヌードマウスに移植し、造腫瘍能について検討した。
中皮腫細胞株にルシフェラーゼ遺伝子を導入しin vivo観察モデルの作成を試みた。
結果と考察
悪性中皮腫において、Hippoシグナル伝達系に関して検討した結果、Ajubaが腫瘍抑制性に機能する一方、他のファミリー分子であるLIMD1、WTIP1は腫瘍促進性の機能を有することが示唆された。
HOMC-B1株(上皮型)、HOMC-D4株(中間型)、およびHOMC-A4 (肉腫型)の3種類の不死化中皮細胞株の樹立に成功した。これらの細胞株を用い、サイトカイン刺激による上皮間葉移行に関する機構の詳細が明らかになった。さらに、不死化正常中皮細胞株に野生型YAP1あるいは活性型YAP1(S127A)遺伝子を導入し、細胞増殖能における役割を検討した結果、YAP1導入によるin vitroにおける増殖促進効果およびヌードマウスへの造腫瘍能が極めて強力であることが明らかとなった。一方、サイクリンD1単独導入での造腫瘍効果は極めて弱いことが示された。またルシフェラーゼ発光による高感度でin vivoイメージングが可能な悪性中皮腫の胸腔播種モデルを確立した。
結論
悪性中皮腫細胞においてAjubaが腫瘍抑制遺伝子であることが明らかとなった。さらにファミリー分子であるLIMD1、WTIP1は逆に腫瘍促進性に機能することが示唆された。本研究によりAjubaファミリーを制御することが中皮腫に対する新たな分子治療戦略となり得ることが強く示唆された。
上皮型、中間型、肉腫型の形態・性状を示す、不死化正常中皮細胞株3株を樹立することに成功した。それらを用いてTGF-betaなどのサイトカイン投与によりEMTが誘導されることを明らかにした。またこのEMT誘導にはTGF-beta/CTGF経路が関与し、この経路をブロックすることにより肉腫型への悪性進展を抑制できる可能性を明らかにした。
不死化正常中皮細胞にYAPを導入した結果、in vitroおよびin vivoで著明な細胞増殖効果が観察され、YAPが極めて強力ながん遺伝子であることが明らかとなった。
本課題研究により、AJUBAファミリー、YAPおよびEMT表現型に着目した、悪性中皮腫の治療に対する新たな分子標的戦略を提示することができた。

公開日・更新日

公開日
2015-09-02
更新日
-

行政効果報告

文献番号
201313048C

成果

専門的・学術的観点からの成果
悪性中皮腫において高頻度に不活性化しているNF2-Hippo細胞内増殖抑制シグナル伝達系についてその原因となる分子異常を明らかにし、中皮腫に対する新たな治療戦略を構築するための知見を得ることができた。さらに、不死化正常中皮細胞株の樹立、及びそれらを用いて正常中皮の腫瘍形成や分化に関わる原因遺伝子の本体に迫ることができたことは極めて有意義と考えられる。
臨床的観点からの成果
悪性中皮腫の病理組織学的分類は、上皮型、肉腫型、2相型と分けられているが、その病理組織型および組織分化がどのような原因に基づくものか明らかではない。さらに、肉腫型は中皮腫の中でも患者予後が不良であるとともに診断が困難な場合も多い。本研究成果により、これらの3種の主要な病理組織学的な特徴の分子病因の関与の一端が明らかとなり、診断および治療に対する新たな知見が集積した。
ガイドライン等の開発
日本肺癌学会の中皮腫ガイドライン小委員会に参加し委員会が作成した悪性胸膜中皮腫病理診断の手引き(第1版 2013年10月1日)の準備段階において、本研究を踏まえた成果内容をフィードバックすることにより、手引きの学問的な裏付けに貢献した。さらにガイドライン改定においても貢献し、2016年版「EBM手法による肺癌診療ガイドライン:悪性胸膜中皮腫・胸腺腫瘍含む」が出版された。
その他行政的観点からの成果
現在、他の腫瘍で著効が確認されている新規分子標的薬は悪性中皮腫に対する有効性は極めて限定的である。新規分子標的薬を開発する上で、現在、標的となる分子をいかに同定し、開発の戦略を練るかが重要と考えられるが、その観点から本研究成果は大いに貢献できるものと考えられる。
その他のインパクト
本研究課題の内容は、海外の著明な中皮腫研究グループからも大きな注目を浴びている。発表した英語原著論文や英語総説が引用され、悪性中皮腫の今後の前臨床的・臨床的研究な立案における学問的な背景として活用されている。

発表件数

原著論文(和文)
0件
原著論文(英文等)
7件
補助金は明記されていないが、さらに、Cancer Letter 2016, Oncogene 2017 の2編を本課題の発展として論文発表した。
その他論文(和文)
2件
その他論文(英文等)
2件
学会発表(国内学会)
20件
学会発表(国際学会等)
10件
その他成果(特許の出願)
0件
その他成果(特許の取得)
0件
その他成果(施策への反映)
0件
その他成果(普及・啓発活動)
0件

特許

主な原著論文20編(論文に厚生労働科学研究費の補助を受けたことが明記された論文に限る)

論文に厚生労働科学研究費の補助を受けたことが明記された論文に限ります。

原著論文1
Mizuno T, Murakami H, Fujii M 他
YAP induces malignant mesothelioma cell proliferation by upregulating transcription of cell cycle promoting genes.
Oncogene , 31 (49) , 5117-5122  (2012)
10.1038/onc.2012.5.
原著論文2
Ishiguro F, Murakami H, Mizuno T 他
Activated leukocyte cell adhesion molecule (ALCAM) promotes malignant phenotypes of malignant mesothelioma.
J Thorac Oncol , 7 (1) , 890-899  (2012)
10.1016/j.jss.2012.08.044.
原著論文3
Fujii M, Toyoda T, Nakanishi H 他
TGF-beta synergizes with defects in the Hippo pathway to stimulate human malignant mesothelioma growth.
J Exp Med , 209 (3) , 479-494  (2012)
10.1084/jem.20111653.
原著論文4
Tanaka I, Osada H, Fujii M 他
LIM-domain protein AJUBA suppresses malignant mesothelioma cell proliferation via Hippo signaling cascade.
Oncogene , 34 (1) , 73-83  (2015)
10.1038/onc.2013.5.28.
原著論文5
Hakiri S, Osada H, Ishiguro F 他
Functional differences between wild-type and mutant-type BRCA1-associated protein 1 tumor suppressor against malignant mesothelioma cells.
Cancer Sci , 106 (8) , 990-999  (2015)
10.1111/cas.12698.

公開日・更新日

公開日
2015-04-28
更新日
2018-06-15

収支報告書

文献番号
201313048Z
報告年月日

収入

(1)補助金交付額
17,400,000円
(2)補助金確定額
17,400,000円
差引額 [(1)-(2)]
0円

支出

研究費 (内訳) 直接研究費 物品費 10,916,454円
人件費・謝金 1,874,815円
旅費 47,080円
その他 546,651円
間接経費 4,015,000円
合計 17,400,000円

備考

備考
-

公開日・更新日

公開日
2015-10-14
更新日
-