高齢者消化器疾患に対する新しい内視鏡的治療法の開発に関する研究

文献情報

文献番号
199800212A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者消化器疾患に対する新しい内視鏡的治療法の開発に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
千葉 勉(京都大学大学院医学研究科教授)
研究分担者(所属機関)
  • 木下芳一(島根医科大学教授)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
1,600,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
高齢者の医療において、消化管の癌は重要な位置を占める。実際、高齢者悪性腫瘍の半数以上は肝および消化管に発症する。癌の治療で最も大切なことは今なお病変の完全切除である。しかし高齢者では心疾患など重篤な基礎疾患を有している例が多いために、開腹手術のリスクが高く、手術を断念せざるを得ない例が少なくない。こうした例に対して、開腹手術をすることなく、内視鏡的に癌を切除する、内視鏡的粘膜切除術(EMR)は高齢者の癌患者にとって大きな福音となっている。しかし、現行の内視鏡的治療には、癌の広がり、深達度によってその適応の限界が存在する。近年この適応を拡大する試みがなされつつあるが、このように適応を拡大しようとすれば、その手技の安全性は低下する。そこで本研究では、高齢者の消化管早期悪性腫瘍に対する内視鏡的治療の適応を拡大する目的で、その安全性を高めるための機器や手技の工夫をおこなうことを目的とする。                                      
研究方法
1.早期食道癌 全周性の表層拡大型早期食道癌を一括切除できる新しい吸引チューブを試作した。すなわち、オーバーチューブ式の透明吸引チューブを作成し、先端から1cmの部分に通電スネアを設置し、これを用いて全周性病変の口側と肛側をカットした後病変部を切除した。さらに本法をイヌを用いて、改良改善を加えた。 2.早期胃癌 早期胃癌の吸引EMR中に、EMRの深度をモニターするために、EMRチューブの先端部にラジアル走査型の超音波ミニチュアプローブを装着したEMRチューブを試作した。これを用いて、吸引EMR中に切除の深さをモニターできるか否かを検討した。 3.早期大腸腫瘍 EMR施行前に、病変の深達度診断がより正確なものとなるように、超音波内視鏡(EUS)の改良をおこなう。また多画素内視鏡を用いてその表面構造から深達度の分類が可能かどうかを検討する。さらに小さくて深い病変、逆に浅くて広い病変を切除するための機器の開発をおこなう。 4.バーチャル内視鏡 胃病変のバーチャル画像を、実際の内視鏡的処置をおこなう際の形態により近似したものにするために、種々の量の点滴用脂肪乳剤と平滑筋弛緩剤の組み合わせを検討する。
結果と考察
1.早期食道癌 上記の吸引EMR装置を用いて、成犬の食道粘膜全周の長さ3~4cmにわたる粘膜の切除が可能であった。吸引粘膜は全周性のスネアに均等に接触し、切開の深さもほぼ均等であった。問題点としては、切除はんこんが全周性にわたるため、術後狭窄をきたす犬が存在した。しかし2~3回のバルーン拡張術によって狭窄はほぼ改善した。 2.早期胃癌 超音波ミニチュア・プローブを装着した新型EMRチューブを作成した。本チューブはその先端の外周からラジアル走査型の超音波プローブが挿入できるようになっており、イヌを用いて検討したところ、吸引された組織の内部構造がよく描出された。このことによって、吸引の強さを調節でき、粘膜下層の吸引、切除の程度を決定することが可能であった。 3.早期大腸腫瘍 超音波ミニチュア・プローブのpenetrationを調節することにより、2,3層すなわち粘膜下層への浸潤の程度をより容易に判定可能であった。さらに85万画素の拡大内視鏡によっても、粘膜下への浸潤をほぼ完全に診断しえた。
一方、小さくて深い病変に対して、EMRの範囲を1cm以内にとどめ、その後深めに焼却できる2つの電極をもつヒート・プローブを開発した。この方法を6例におこなったが、その後腫瘍の残存を認めていない。また長径2cm以上の広範囲な腫瘍に対して、スネアを工夫し一括切除できる機器を開発した。これを用いて8例中7例に一括切除が可能であった。 4.バーチャル内視鏡 胃を十分に伸展させて、内視鏡実施中と近似したバーチャル内視鏡立体画像を得るためには、40mgの臭化スコポラミン静注内投与と、600mlの点滴用脂肪乳化剤を用いることが最適であった。本法により、少なくとも胃においてはバーチャル内視鏡を用いてEMRのためのリハーサルが可能と考えられた。 高齢者の消化管の早期癌の治療については、開腹手術のリスクが、疾病そのもののリスクを上回る場合がしばしばあること、さらに癌の進展が緩徐であるために、開腹手術の意義が疑問な例があること、などから開腹手術をおこなわないで、病変の完全切除を目指す、内視鏡的治療が極めて有用である。 現在、特に内視鏡的粘膜切除術(EMR)については、その病変の広さ、深さを中心に適応が設定されているが、今回その適応を安全に拡大するために種々の工夫をおこなった。 その結果早期食道癌では、全周性のスネアを透明吸引チューブに装着することよって、長さ3~4cmの全周性の病変の切除が可能であると考えられた。一方早期胃癌においては、ラジアル走査型超音波ミニチュアプローブを吸引チューブに装置することによって、吸引切除の範囲をデュアルタイムにモニターしながら、EMRをおこなうことが可能となった。その結果、従来適応とはならなかった粘膜下浸潤のある胃癌も、より安全に切除が可能となるものと考えられた。 また早期大腸癌においては、ミニチュア超音波プローブ、多画素拡大電子内視鏡の開発、工夫によって粘膜下浸潤の程度をより正確に判定することが可能となった。その結果、粘膜下浸潤が一部ある例についても、基本的にEMRの適応になると考えられた。また一部深く浸潤している例、また浅くて広範囲な病変についても機器および手技を工夫することで切除可能例が増加すると思われた。 このように高齢者の早期の消化管の癌については、従来の適応限界とされている広さ、深達度を越えていても、今後症例によっては、EMRの適応となる例が増加するものと期待される。しかしながらこの際、不完全切除はともかくとして、穿孔など、開腹手術を余儀なくされるような合併症は絶対に回避されるべきである。この点今後、適応を拡大するのに付随してその安全性の向上についてもさらなる工夫が必要であると考えられた。
結論
1.高齢者の消化管の早期癌に対する内視鏡的治療の適応を拡大するために、種々の工夫をおこなった。 2.全周性の早期食道癌に対して、先端近くに全周性の通電スネアを装着した透明吸引チューブを開発した。これを用いて全周性病変の口側と肛側を通電によりカットした後、病変を吸引切除することが可能となった。 3.ラジアル走査型のミニチュア超音波プローブを装着した吸引チューブを開発した。これを用いて、吸引時にリアルタイムに吸引された部位の超音波画像を得ることが可能となり、粘膜下浸潤のある病変も安全に切除が可能となった。 4.ミニチュア超音波内視鏡、高画素拡大電子内視鏡を用いて早期大腸癌の特に粘膜下への深達度が的確に判定可能となった。また小さくて深い、また浅くて広い腫瘍に対して特異的な粘膜切除術を開発した。 5.上記の方法を用いることによって、高齢者の消化管の早期癌では、一部粘膜下に浸潤のある例、2cm以上の広範囲な例についても粘膜切除術の適応になり得ると考えられた。 6.バーチャル内視鏡画像を得る際に平滑筋弛緩剤と点滴用脂肪乳剤の量を工夫することによって、内視鏡的治療時により近似した像を得ることが可能であった。これを用いて今後、治療に対するリハーサルをおこないうるものと期待される。

公開日・更新日

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