老化防止のためのホルモン療法に関する研究

文献情報

文献番号
199800210A
報告書区分
総括
研究課題名
老化防止のためのホルモン療法に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
名和田 新(九州大学第三内科)
研究分担者(所属機関)
  • 大澤仲昭(大阪医科大学第一内科)
  • 宮地幸隆(東邦大学第一内科)
  • 関原久彦(横浜市立大学第三内科)
  • 安田圭吾(岐阜大学第三内科)
  • 高柳涼一(九州大学第三内科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
6,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
副腎アンドロゲンのひとつであるdehydroepiandrosterone ( DHEA ) とその硫酸塩であるDHEA-S の血中レベルは加齢とともに直線的に著減する。近年、主に動物実験において、DHEA には坑自己免疫、坑糖尿、坑動脈硬化、坑肥満、坑腫瘍効果及び抗自己免疫などの種々の有益な生理作用が報告されており、老化制御並びに老化予防の治療戦略の観点から、DHEAのヒトにおける生理学的意義並びにその作用機構を解明することは、極めて重要な課題と言える。本研究班では、DHEA の坑糖尿病作用の観点から1)糖尿病患者および糖尿病モデル動物における糖代謝異常並びに治療経過が血中DHEAレベルに及ぼす影響並びに 2)DHEAS経静脈投与による補充療法がインスリン感受性に及ぼす影響を検討し,また,耐糖能異常例におけるインスリン感受性と血中DHEA/Sとその他の因子の関連を多変量解析にて検討した.3)DHEAの坑糖尿病作用機序ををin vitroの系で検討した。一方、筋緊張性ジストロフィーではDHEA-Sの投与によりミオトニアや筋力低下をはじめとするDMの諸症状が改善するが、その作用機序は明らかでない。今回の研究では1)DHEA-Sにより骨格筋細胞に誘導される遺伝子の検索、2)骨格筋細胞にありDHEA-Sと直接結合蛋白(受容体・エフェクター候補)の探索、3)DM遺伝子変異がDHEA(-S)代謝に与える影響、の3つの方向で研究を行った。
研究方法
1.1) 臨床的検討では血糖コントロール不良(HbA1c10%以上)のNIDDM患者男性96人、女性75人を対象として、糖尿病治療により血糖が改善すると,血中DHEA及びDHEA-Sがどのように変動するか検討を行った。同時に血中インスリン値(IRI)も測定した。治療は食事療法単独又はSU剤で行った。対象患者の年齢は30-70歳代で、10歳ごとの年代に分けて、それぞれに正常コントロール群を設定した。2) 基礎的検討では雄性モルモット(体重400-600g)5匹にストレプトゾトシン(STZ)200mg/kgを腹腔内注射し,高血糖状態を作り,その後DHEA-S(200mg/kg)を週3回腹腔内注射し、経時的に血糖,血中DHEA及びDHEA-Sを測定し、それらの変動をコントロール群と比較した。2.1) DHEAS補充療法:平均年齢63.3歳の糖尿病症例18男性例にて200mgDHEAS経静脈投与連続7日間の前後でインスリン感受性を評価した.2)多変量解析:インスリン感受性を評価した耐糖能異常男性例42例にて血中DHEA/Sとインスリン感受性指数Siの関連を偏相関,多重回帰分析により解析した.インスリン感受性は経静脈ブドウ糖負荷試験のMinemal Model解析により評価した.3.インスリン抵抗性を示す糖尿病マウスdb/dbにおけるDHEA, androstenedione(A), troglitazone の作用を糖代謝酵素活性変化より検討した。16週雄マウスの肝と筋の解糖系酵素hexokinase+glucokinase (HK+GK), phosphofructokinase(PFK). pyruvate kinase(PK)と糖新生系酵素glucose6 phophatase(G6Pase), fructose-1, 6-bisphosphatase(FBPase), phosphoenol pyruvate carboxykinase(PEPCK)活性を測定した。4.生後16週のOLETFラットに0.4%DHEAを2週間経口摂取させ、体重、血糖、レプチン濃度、傍睾丸脂肪重量を検討、また、in vitroでPI3-kinase阻害剤、wortmannin(WM), PLC阻害剤LY379196(LY), RO32-0432(RO)を使用してDHEAによる[3H]2-deoxyglucose uptake(GU)への効果を検討した。5.1) マウス骨格筋由来の細胞株C2C12は筋芽細胞(Dulbecco's modified Eagle's medium; DMEM with 20% fatal bovine serumで培養)および筋管細胞(DMEM with 5% horse serumで分化誘導)を用い differential display 法により、DHEA-Sにより誘導され
る複数の遺伝子(未知の遺伝子を含む)を検索した。また、これまで報告されているDHEA(-S)の作用等からエフェクター候補遺伝子を選び、RT-PCRにてDHEA-Sによる発現誘導の有無を調べた。2) 筋緊張性ジストロフィー(DM) 患者由来の19 染色体のhemizygoteであるsomatic cell hybridを用いてCTGリピートが隣接遺伝子のDHEA sulfotransferase遺伝子の発現に影響を与えるかをRT-PCRで調べた。
結果と考察
1.1) 臨床的検討ではNIDDM男女とも各年代で、血糖コントロール不良時(HbA1c10%以上)には血中DHEA及びDHEA-Sは正常群と比べて有意に低値を示した。治療により血糖値が改善するとともに血中DHEA及びDHEA-Sも上昇がみられた。血中IRIは経過とともに低下傾向がみられたが,有意な変動ではなかった。2)基礎的検討ではSTZモルモット群で、血糖値は2ヶ月で平均189mg/dlと有意に上昇がみられ、血中DHEA及びDHEA-Sは3ヶ月過ぎより低下傾向がみられた。DHEA-S腹腔内投与により12週後には血糖値平均162mg/dlと低下傾向がみられた。血糖とDHEAおよびDHEA-Sの間には、負の相関があると考えられ、高血糖状態が一定期間持続すると、DHEAが低下を示し、血糖が正常化してくると逆にDHEAは上昇すると考えられた。これらの変化は急性の変化よりも、月単位の慢性的な変化であることが示唆された。2.1)DHEAS補充療法:DHEAS投与により血中DHEA/Sはともに,ほぼ20~30歳代のレベルに回復し,インスリン感受性指数(Si) は1.72min-1xμ U/ml-1 から2.28に改善した(P<0.05)。また、DHEAS投与により血中IGF-Iの上昇(P<0.05)が観察され、DHEASの効果の一部はIGF-Iが関与している可能性が示唆された。2) 多変量解析:インスリン感受性指数Siを従属変数とした場合、単相関分析でSiはBMI,Insulin,leptin,Cortisol,中性脂肪と有意の相関を示したが、DHEA/Sとの関連は有意ではなかった。また、偏相関、多重回帰分析でもDHEA/SはSiの有意の独立した決定因子ではなく、年齢の影響が強いことが示された。これらの結果から高齢糖尿病症例のインスリン感受性の改善にDHEAS補充は有効であったが、多変量解析から血中DHEA/Sは耐糖能異常例でのインスリン感受性を決定する主要な因子ではないことが示唆された。3.非糖尿病マウスdb/+mと比べ、db/dbは高インスリン血症を示すにも関わらず、肝G6Pase, FBPase活性の上昇がみられた。DHEAとtroglitazone投与により肝G6Pase, FBPase活性は低下し、高血糖は改善された。一方、A投与では同様の所見はみられなかった。我々は糖尿病モデルの動物の検討からDHEA投与によりdb/db糖尿病マウスにおいて耐糖能とインスリン抵抗性の改善が認められ、加齢肥満ラットにおいてもインスリン抵抗性の進展が阻止されること、これらの機序の一部として、脂肪細胞におけるインスリン刺激情報伝達系に関わる分子、IRS-1レベルでのリン酸化改善と細胞内糖輸送担体GLUT4の増加による糖輸送活性の亢進に伴い末梢組織での糖利用が亢進していること、また糖新生の抑制による肝糖放出の抑制に寄与していることを過去2年度の報告で明らかにした。本年度はDHEAの血糖改善機序について肝糖代謝関連酵素に及ぼす影響を検討したが、糖尿病マウスdb/dbにおいてDHEAとインスリン抵抗性改善薬のtroglitazoneは、上昇した肝G6Pase, FBPase活性を抑制することにより高血糖改善をすることが示された。DHEAは新しいタイプの血糖降下剤であると考えられる。4. DHEA経口投与により、OLETFラットの体重は変化せず、血糖、血清レプチン濃度は低下した。測定し得た傍睾丸脂肪重量は減少していた。又、脂肪細胞でのインスリンによりGUは改善されたが、ヒラメ筋でのGUは改善されなかった。一方、脂肪細胞でのDHEAによるGUはWM, ROにより完全に抑制されたが、LYでは抑制されなかった。また、我々は過去2年の研究成果として糖尿病モデル動物OLETFラットにおいてもDHEA投与により血糖改善作用を認めること、その機序として脂肪細胞のDG-PKC signaling および IRS-1-PI3-kinase signaling の増強によることを報告した。さらにPKCβ,ε,ζの発現の増加とインスリンによる細胞膜への移行の増加もあわせて報告した。今回
、OLETFラットへのDHEA投与による改善は筋肉細胞にも認められるか否か、またインスリン感受性改善効果はPI3-kinase-PKCζ signal か diacylglycerol (DG)-PKC signalのいずれの改善によるのかをさらに検討したが、骨格筋に対する影響はほとんど認められず、DHEAは脂肪組織の増殖を抑制し、脂肪重量を減少させ、PI3-kinase-PKCζ signalを改善し、インスリン感受性を改善すると推察された。5.1)differential display法により、DHEA-Sにより誘導される複数の遺伝子(未知の遺伝子を含む)を同定した。この中には細胞内情報伝達に関する分子、細胞骨格に関する分子などが含まれていた。また、これまで報告されているDHEA(-S)の作用等からエフェクター候補遺伝子を選び、RT-PCRにてDHEA-Sによる発現誘導の有無を調べたが、insulin-like growth factor-I およびcarnitine palmytoiltransferase-Iに関しては発現量の変化を見いだせなかった。 2) 筋緊張性ジストロフィー(DM)遺伝子変異である染色体19q13.3のCTGリピートの延長により、変異をもつ遺伝子(DM protein kinase)だけでなく、隣接する遺伝子(群)の遺伝子も存在し、DM遺伝子変異が指摘されている。同部位にはDHEA sulfotransferase遺伝子も存在し、DM遺伝子変異がDHEA(-S)代謝に直接影響している可能性がある。DM患者由来の19染色体のhemizygoteであるsomatic cell hybridを用いてCTGリピートが隣接遺伝子発現に影響を与えるかをRT-PCRで調べたところ、CTGリピートの延長によりDHEA sulfotransferase遺伝子の軽度の発現が抑制されていた。DHEA-Sの投与により筋緊張性ジストロフィー(DM)の諸症状が改善する可能性があるが、そのメカニズムは不明である。DMは早老症のモデルのひとつであり、また、精神発達地帯や性格変化などの中枢神経症状を伴うため、DMに対するDHEA-Sの作用機序の解明は老人性痴呆に対する副腎性男性ホルモン療法を考える上で重要なヒントになりうると考えられた。
結論
1.糖尿病患者並びに糖尿病モデル動物におけるDHEA(-S) 分泌異常を示した。またDHEA の抗糖尿病作用機序の一端として、新たに肝G6Pase, FBPase 活性の抑制による機序を示した。2.高齢者糖尿病の症例のインスリン感受性の改善にDHEA-Sの投与が有効であった。3.differential display法によりDHEA-Sにより誘導される複数の遺伝子の同定を試みた。現在、その解析中である。

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