老化に伴う免疫不全症の分子機構の解析

文献情報

文献番号
199800206A
報告書区分
総括
研究課題名
老化に伴う免疫不全症の分子機構の解析
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
広川 勝昱(東京医科歯科大学教授)
研究分担者(所属機関)
  • 成内秀雄(東京大学医科研教授)
  • 斉藤隆(千葉大学医学部教授)
  • 安保徹(新潟大学医学部教授)
  • 林良夫(徳島大学歯学部教授)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成8(1996)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
6,600,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
老化に伴う免疫不全症は外来抗原に対する反応性の低下と、それとは逆に自己抗原に対する反応性の異常亢進からなる。前者は老年者における易感染性の増大となり、老年者の直接死因の第一となっている。また、後者は成人から老年に向かって徐々に増加する自己免疫疾患の発症の背景となっている。この様な免疫不全が老化と共に起こる理由として、免疫系を構成する細胞の数や構成比が老化と共に変化し、さらに細胞間および細胞内のシグナル伝達に異常が起こることを明らかにしてきた。本研究では従来の成果を更に進めて、老化と共に機能低下するT細胞系について、その第一の原因となる胸腺機能の制御機構から始めて、T細胞受容体とその下流にあるシグナル伝達、サイトカイン受容体、副刺激などの発現とそれらの機能的変化を明らかにする。又、ヒトにおける解析として百歳老人における免疫機能及びその老化過程を明らかにする。更に、加齢に伴い増加する自己免疫現象の解析に有用な自己免疫疾患自然発症マウスを樹立する。
研究方法
サブテーマごとに説明する。1)「T細胞におけるシグナル伝達機構とその加齢変化」:マウス脾臓T細胞を用いたT細胞受容体、サイトカイン受容体、副刺激受容体とそれらの下流にあるシグナル伝達物質の解析を進めた。また、ラットを用いて視床下部と胸腺機能の関連性を解析した。(広川勝昱)
2)「老化によるT細胞活性化不全の分子機構」:若令及び老令のマウスより複数のTh1型のT細胞クローンを樹立し、T細胞受容体の下流にあるのチロシンキナーゼを介するシグナル伝達の加齢変化について解析した。(成内秀雄)
3)「老化に伴うT細胞レセプター複合体の構造及び機能変化」:酸化ストレスによるT細胞レセプター複合体の構造と機能に及ぼす効果を解析した。(斉藤隆)
4)「老化で増加する胸腺外分化T細胞の生理機能と分子機構の解析」:沖縄在住の百歳以上の高齢者の末梢リンパ球について、胸腺と直接関係しない胸腺外分化T細胞、NK細胞、好中球の動態を解析した。(安保徹)
5)「老化に伴う自己免疫病変の分子病理学的解析」:シェーグレン症候群疾患モデルマウスNFS/sldをを樹立し、老化に伴う唾液腺炎及び腺外性自己免疫病変の発症機構について分子病理学的な解析を行った。(林良夫)
結果と考察
1)「T細胞におけるシグナル伝達機構とその加齢変化」:免疫系の中で加齢と共に顕著に機能低下するはT細胞系であり、それは「数の減少」、「サブセットの構成の変化」、及び「シグナル伝達の異常」である。シグナル伝達の異常はT細胞受容体、サイトカイン受容体、副刺激受容体などの発現不全、およびそれらの下流にあるシグナル伝達物質の活性化不全として見られる。こうしたT細胞の異常はサイトカインの産生異常につながり、これらが免疫応答反応全体の加齢変化の原因となっている。このようなT細胞機能異常は胸腺の生後早くから起こる機能低下に起因する。胸腺は新生児期の成長ホルモン(GH)分泌の高い時に盛んに活動し、新生児期を過ぎてGH分泌が低下すると共に、急激に機能低下する。GH分泌の低下は視床下部からの抑制シグナルの増強によるもので、その抑制中枢を破壊すると、老齢動物でもGH分泌が増加し、胸腺が肥大することが分かった。即ち、T細胞免疫系の機能の発達と加齢変化は、視床下部のコントロール下にあることが強く示唆された。これらの結果は、免疫機能の加齢変化がホルモン療法によりコントロール可能であることを示唆している。
2)「老化によるT細胞活性化不全の分子機構」: 複数の老化マウス由来Th1クローンを用いて、抗原受容体下流のシグナル伝達分子を調べた。その結果、Fynの活性が損なわれ、その下流にあるイノシトールリン酸の代謝などのシグナル伝達系の機能が低下していることが分かった。さらにその原因として、fynが会合するCD3ζ鎖の発現低下があることがわかった。本研究班の斉藤らによればζ鎖の発現低下は酸化ストレスにより起こるので、老化による免疫機能の低下の遠因は酸化ストレスであることが示唆された。
3)「老化に伴うT細胞レセプター複合体の構造及び機能変化」:T細胞レセプター複合体のCD3ζ鎖は刺激されたマクロファージ由来の酸化物質により消失することが分かった。そのメカニズムを解析したところ、正常な抗原刺激ではCD3ζ鎖は活性化されて細胞骨格と会合するのに対し、酸化ストレスではリン酸化されても細胞骨格と会合せず分解されることが示された。酸化ストレスに暴露されたT細胞でも、mRNAレベルで見ると十分な発現があるので、これは蛋白レベルでの傷害であることが分かった。酸化ストレスはDNA、蛋白、細胞膜など、いろいろなレベルでの細胞傷害の原因となっており、T細胞の傷害もその一つと考えられる。そうであれば、免疫機能の加齢変化を制御する目的で、抗酸化物質を投与することの有用性がこれらの研究で示唆された。
4)「老化で増加する胸腺外分化T細胞の生理機能と分子機構の解析」:高齢者の末梢血液では、胸腺外分化T細胞と共に好中球が増加していた。胸腺外T細胞ではIFNγ産生能が亢進していた。好中球機能では、貪食能、IL-1β及びTNFα産生能が亢進していた。従って、高齢者の免疫能は系統的に古いリンパ球や炎症性サイトカインによって維持されていることが分かってきた。これらの細胞は単に代償的に働くだけでなく、加齢により出現する異常自己細胞の処理において、何らかの役割を果たしているものと考えられた。
5)「老化に伴う自己免疫病変の分子病理学的解析」:シェーグレン症候群疾患モデルとなるNFS/sldマウスを樹立した。生後3日目に胸腺摘出を行うと、8~20週齢に自己免疫性唾液腺炎や涙腺炎が自然発症する。さらに、マウスの月齢が進み、生後12~18カ月になると、肺、肝、膵、腎などの臓器にも、細胞浸潤を伴った自己免疫性病変が高頻度に認められた。これらの自己免疫を起こす自己抗原として、120KDのαフォドリンが同定され、病変のあるマウスの血清中にはαフォドリンに対する自己抗体が増加していた。αフォドリンはマウスだけでなく、ヒトのシェーグレン症候群にも共通する自己抗原であることが分かった。これらのことから、このマウスが老化に伴い増強する自己免疫現象の解析に有用なモデルとなることが分かった。このαフォドリンは細胞膜内の前駆物質が壊れて出現するので、この出現過程の解析により、自己免疫発症の抑制方法の開発が期待できる。
結論
免疫系は多様な細胞から構成され、その免疫機能が正常に働くには、細胞間・細胞内の円滑なシグナル伝達が必須である。老化に伴う免疫機能不全の一因は、これらのシグナル伝達の異常に起因する。これらのシグナル伝達異常の一因はT細胞の亜集団の変化に起因し、その遠因は胸腺の生後早くから始まる機能低下である。この胸腺機能の発達と加齢変化は、神経系や内分泌系と緊密に関連している。即ち、視床下部は胸腺を通して、T細胞系の発達と加齢変化をコントロールしているといえる。生体の細胞は酸素呼吸により生ずる酸化ストレスに晒され、免疫系の細胞もその例外ではない。T細胞では抗原の受容体であるTCRが酸化ストレスにより傷害されることが分かった。老化T細胞では、傷害された後のTCRの再生が素早く起こらない為に、T細胞機能不全が起こりやすい状態になっている。その結果起こるT細胞免疫不全は、感染症の増加及び自己免疫現象の増加につながる。その老化に伴い増加する自己免疫現象の原因となる自己抗原の一つαフォドリンが同定された。この自己抗原はマウスばかりでなくヒトにおけるシェーグレンなどの自己免疫病の原因であり、加齢と共に増加する自己免疫現象の解析の糸口となるものと期待している。

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