老化及び老化に伴って生じる疾病での情報伝達変異

文献情報

文献番号
199800204A
報告書区分
総括
研究課題名
老化及び老化に伴って生じる疾病での情報伝達変異
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
竹縄 忠臣(東京大学医科学研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 下濱俊(京都大学)
  • 安藤進(東京都老人総合研究所)
  • 宮本篤(札幌医科大学)
  • 野村靖幸(北海道大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成8(1996)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
7,700,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
すべての細胞は細胞内情報伝達によって機能を調節され、正常な活動を営んでいる。細胞内情報伝達の乱れは細胞の機能を狂わせ、各種疾病の原因となる。チロシンキナーゼ情報伝達系は、細胞の増殖、分化や神経の高次機能など複雑な生命現象の情報伝達を司る。我々は7年前にチロシンキナーゼの下流にあるアダプター蛋白質としてAsh/Grb2を見つけた。Ash/Grb2はチロシンキナーゼの下流にあり、チロシンリン酸化部位にSH2ドメインを介して結合し、更にSH3ドメインを介してプロリンに富む配列を持つ蛋白質と結合してシグナルを下流へ伝える。我々はAsh/Grb2に結合してシグナルを下流へ伝える蛋白質を採るため、Ash/Grb2のアフィニティクロマトグラフィーを用いて、牛脳より結合蛋白を採った。するとSos(180KDa)、Synaptojanin(150 KDa)、Dynamin(100KDa)及びN-WASP (65KDa)が採れてきた。N-WASPは構造的にWisskott-Aldrich syndorome Protein(WASP)と良く似ていた。本蛋白質は神経系に多く発現していたので、Neural WASP、N-WASPと名づけた。そこでN-WASPの生理作用と神経機能への関与を調べることにした。
研究方法
1.WAVEの生理作用を明らかにするため、WAVEの各種変異体を作成し、Cos7細胞へ発現させた。又、各種GST融合蛋白質を作り、大腸菌に発現させ、蛋白質を採った。2.6ケ月齢と25ケ月齢の雄Wistarラットの大脳皮質からFicoll密度勾配遠心法によりシナプトソームを調製した。このシナプトソームを1mMリン酸緩衝液(PH 7.4)による低調処理を行った後、遠心により粗膜分画を得た。更に、ショ糖密度勾配遠心法によりシナップス膜を得たL型チャネルブロッカーとして[3H]PN200/110、N型チャネルにはw-conotoxin GVIA、P/Q型チャネルにはw-conotoxin MVIICを用いた。
3.年齢及び死後剖検までの時間に差のない13例のアルツハイマー病(AD)群と12例の対照群とした。特に抗体を用いたイムノブロット解析及び免疫組織化学解析を行った。
4.7~9ケ月齢のSAMP10(老化促進マウスP系10)とコントロールのSAMRIを用いた。情動機能の測定は強制水泳実験法で行った。ドーパミン受容体、セロトニン受容体に対する結合実験は[3H]quinpirol、[3H]hydroxy DPATを用いて行った。6週齢SAMP8およびRIにおいての発現量の異なる遺伝子の単離はディファレンシャル・ディスプレイ法を用いて行った。発現量に差のある遺伝子をPCRを用いて増幅させ、その後シークエンスを行い、同定した。
結果と考察
結果
1.WASPと相同性の高いWAVEを採り、機能解析を行った。WAVEをCos 7細胞へ発現させるとアクチンのクラスター化を引き起こした。一方、内在性のWAVEの細胞内局在をNIE細胞を用いて調べた。WAVEは細胞質内にドット状に、また膜ラッフリング部位に濃縮していた。活性型Racを発現させるとNIE細胞は膜ラッフリングを形成するが、その時、細胞質中のWAVEは減少し、膜ラッフルに存在するWAVEが増加した。WAVEのVCA領域に変異を入れたドミナントネガティブWAVEは活性型Racによるラッフリング形成を阻害し、野性型WAVEによるラッフル形成は不活性型Racで阻害されないことから、WAVEはRacの下流にあって、アクチン重合を促進し、膜ラッフル形成を生じると考えられた。一方、WAVEはRacと直接結合しなかったものの、WAVEとRacを共発現した細胞のlysateをWAVEの抗体で免沈したところ、Racも共沈してきたので、WAVEはRacと複合体を作っていることが予想された。
2.25ケ月齢の老齢シナプス膜では、L型、N型、P/Q型チャネルのB max値、すなわち最大結合数が6ケ月齢に比べ、それぞれ50%、35%、52%と著明に減少していた。このことから、老齢ラットの大脳皮質シナプスにおいてVDCCの数が減少していることが明らかとなった。リガントに対する親和性はL型チャネルで増大が老齢シナプスで認められたが、N型、P/Q型への親和性は変わらなかった。
3.AD群では対照群に比べ、膜分画でBcl-2、Bcl-X、Bak、Bad、caspase-2、caspasse-3の蛋白質レベルがまた、細胞質分画でcaspasse-3の蛋白質レベルが有意に増大していた。AD脳海馬CA3領域ニューロンのBcl-2免疫反応性が対照脳に比べ、増大していた。
4.SAMP10では対照群に比べ、強制水泳実験開始後1~3分間での浮遊時間が有意に増大していた。両者の間での自発運動量や運動機能に変化が認められないことから、P10が情動障害を有すると考えられた。次に、神経化学的解析を行った。P10の中脳領域や大脳皮質では、D2とD3受容体に結合する[3H]quinpirolの結合量が増加していた。この増加は最大結合量の増加によるものと考えられた。ディファレンシャル・ディスプレイ法によってSAMP10で有意に上昇している遺伝子を解析し、数種の遺伝子を単離した。一つは、グルタミンシンチターゼであった。他のクローンは未知遺伝子であった。
考察
1.アクチン線維の構築パターン、及びその制御機序は3種に分けられている低分子量G蛋白質がその制御にかかわり、Rhoはアクチンのストレスファイバーの構築を、Racはアクチンの膜ラッフル化を、Cdc42はアクチンのマイクロスパイク形成を司ることが明らかになっている。我々はN-WASPがCdc42によって活性化され、マイクロスパイクの形成を、WAVEがRacによって活性化され、膜ラッフル形成を引き起こすことを証明した。N-WASPとWAVEは両者ともアクチン結合領域VCAドメインを持つ。これらのことから、N-WASPがCdc42の下流にあって、アクチンの重合を促す機序とWAVEがRacの下流にあってアクチン重合を促す機序は同じであろうと考えられた。しかし一方は、マイクロスパイク形成を生じ、一方は膜ラッフルを生じる。この違いはどこから来ているのであろうか? アクチンを重合させる機序は同じであるが、その部位と重合にかかわる下流分子を変えることにより、形を変えているのであろうと想像される。
2.Bmax値の著明な減少が老齢シナプスのL型、N型、P/Q型チャネルに認められたが、これは老齢シナプスにおいてカルシウムチャネル数の減少を示している。これがCa2+流入の低下とそれに続くアセチルコリン放出の低下の要因となっていると思われる。一方、神経終末に存在するVDCC密度も加齢によって減少することから、VDCC蛋白質発現に加齢変化があると考えられる。
3.膜分画において細胞死を抑制するBcl-2およびBcl-X量がAD群で増加していた。一方、細胞死を促進するBakおよびBad量も増加していた。一方、アポトーシス実行分子と考えられるcaspase-3およびcaspase-2がそれぞれ膜分画および細胞質分画において増加していた。免疫組織化学的にAD脳海馬CA3領域ニューロンのBcl-2免疫反応性が対照脳脳に比べ増大しており、AD脳において細胞死誘因ストレスを回避するためにBcl-2およびBcl-Xの発現が高まっている可能性が考えられる。
4.SAMP10ではD2とD3受容体の[3H]quinpirol結合量が増加していたが、これは最大結合量の増加によるものと考えられた。しかし、D1受容体への[3H]SCH23390の結合は変化なかった。
結論

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