心血管作動性因子と成人病及び老化に関する研究

文献情報

文献番号
199800200A
報告書区分
総括
研究課題名
心血管作動性因子と成人病及び老化に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
寒川 賢治(国立循環器病センター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 中尾一和(京都大学医学部)
  • 木村定雄(千葉大学医学部)
  • 宮本薫(群馬大学生体調節研究所生理活性物質センター)
  • 平田恭信(東京大学医学部)
  • 南野直人(国立循環器病センター研究所)
  • 中里雅光(宮崎医科大学)
  • 小室一成(東京大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
32,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
生体機能の老化を考える上で心血管系は最も重要な器官であり、その機能の低下や異常は種々の成人病や老化の進展に深く関わる。近年、心血管作動性因子、特にアンジオテンシン・、Na利尿ペプチド、エンドセリンなどのペプチド性因子とその受容体に関する生化学的、分子生物学的研究が大きく展開し、その全体像が明らかにされつつある。さらに最近我々が発見した新しい心血管作動性因子、アドレノメデュリン(AM)と関連ペプチド(PAMP)も、心疾患、高血圧や動脈硬化などの血管代謝障害に深く関与すると考えられている。本研究では、上記因子とそれらの受容体による心血管系の機能制御のメカニズムの解明と、そのバランスの乱れや異常による成人病の発症や老化進展について、分子生物学、発生工学的手法を中心に用いて解明すると共に、新しい診断、治療法開発への応用を目指したものである。
研究方法
本年度は、新しい心血管作動性因子であるアドレノメデュリン(AM)をはじめとして、アンジオテンシン・、Na利尿ペプチド、エンドセリン、グアニリン及びそれらの受容体について、発現調節、機能解析、病態生理的意義の検討を行い、成人病の病態と老化への関与を探った。また、新しい診断及び治療への応用にむけての基礎的検討も行った。
結果と考察
1) アドレノメデュリン(AM)の発現調節、機能解析及び病態生理的意義
AMは生体内の多くの細胞から分泌され、その産生及び機能の異常は成人病と深く関連すると考えられる。線維芽細胞株では活発なAM産生が確認され、その産生調節は炎症性サイトカイン、LPS、ステロイドなどで亢進した。Swiss 3T3細胞では細胞増殖を促進すること、IL-6産生をTNFなどと相乗的に亢進することが明らかになった。単球/マクロファージ系の培養細胞株や初代培養細胞もAMを産生し、分化、活性化に相関して強く促進された。その産生調節は炎症性サイトカインに類似し、また、AMはLPS刺激で亢進したRAW264.7細胞でのTNF-αやIL-6産生を最大で50%抑制した。AMは間質系、血球系細胞でも活発に産生され、炎症や動脈硬化など関連している可能性が示唆された。
AMは血管拡張に基づく著明な降圧作用を有し、心血管系の保全に役割を担う循環調節因子であり、心血管の老化の制御にも深く関与すると考えられる。AMの敗血症性ショックへの関与を明らかにするため、イヌを用いたショックモデルを作製し、AM遺伝子発現の組織分布及びその変化を詳細に検討した。敗血症において、血中AM濃度の顕著な上昇と共に、全身の主要動静脈でのAM遺伝子発現は増加しており、AMがショック時の重篤な低血圧に関与すると考えられた。また循環器系以外の臓器でもAM遺伝子発現の変化が認められ、AMが複雑な敗血症性ショックの病態において、循環動態以外の面でも関与する可能性が示唆された。
2) 脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)の臨床診断的意義の検討と治療への応用
BNPの成人病及び老化における病態生理的意義と臨床応用への可能性を明らかにするため、BNPノックアウトマウスを開発し、表現型を解析した。129/SvマウスBNP遺伝子の第1、第2エクソンをネオマイシン耐性遺伝子で置換したターゲティングベクターを用いてBNPノックアウトマウスを作製した。BNPノックアウトマウスには、明らかな高血圧や心肥大は認められなかったが、心室において巣状の線維化が観察され、ACE、TGF-β3及び・型コラーゲン遺伝子発現亢進が認められた。これらの結果は、BNPが循環調節と共に、心臓においては局所調節因子としても心筋の線維化抑制作用を有することを示唆するものである。
3) 心血管系における2種類のエンドセリン受容体発現のスイッチ機構と動脈硬化
高血圧、動脈硬化に関与するエンドセリン(ET)がET受容体拮抗薬存在下で示す多様な応答の生化学的基盤を解析した。(1)ETA・ETB受容体を共発現したCHO細胞を作製し、ET-1結合及び機能解析を行った結果、ETA/ETB共存系ではETB拮抗薬によりETBから置換遊離したET-1がETAに結合することを証明した。(2)リン酸化非依存の脱感作機構の1つとして、G蛋白質シグナル調節蛋白質の心血管系における解析を行い、RGS4、5、10が発現することを明らかにし、ET受容体の機能抑制作用を持つことを示した。
4) 動脈硬化の発症、進行における内因性血管作動物質の病態生理的役割の検討
アドレノメデュリン(AM)の病態生理的役割を明らかにするため、腎における低酸素下でのAMの動態を培養細胞系で検討した。イヌ尿細管(MDCK)、ラットメサンギウム(RMG)、ラット大動脈平滑筋(RSM)培養細胞を低酸素下に置きAM及びAM mRNAレベルを測定し、また、AM遺伝子の低酸素による転写活性とAM mRNAの安定性をMDCK細胞で検討した。低酸素刺激によりMDCK、RMG、RSMのAM mRNAと培養液中のAMは有意に増加した。ヒトAM遺伝子を導入したMDCKでは、低酸素刺激下でも転写活性の上昇を認めず、またAM mRNAの半減期は低酸素下、20%酸素下ともに約2時間であった。以上のように、低酸素下の腎では様々な細胞でAMの発現が亢進することが明らかになった。
5) 心臓リモデリングにおけるアンジオテンシン(AT)・の役割
心筋梗塞後左室リモデリングにおけるAT・の役割を知る目的で、AT・1a型受容体のノックアウトマウスに心筋梗塞を作り、左室リモデリングの程度を野性型マウスと比較検討した。心筋梗塞後1カ月間の死亡率は、野性型マウスにおいて有意に高かった。左室リモデリングに関して、心筋梗塞後1週間では両マウスで違いが認められなかったが、心筋梗塞後4週間においては、野性型マウスにおいて左室の拡大、線維化が顕著であり、右室及び肺重量の増加が認められた。遺伝子発現レベルでも、野性型マウスの心室においてコラーゲン遺伝子の発現が有意に上昇していた。梗塞後左室リモデリングにおいて、特に1週間から4週間の後期においてAT・が必須であることが明らかとなった。
6) 水・電解質代謝におけるグアニリンファミリーの基礎的、臨床的研究
心不全、腎疾患におけるウログアニリンの病態生理的意義を明らかにするために、塩負荷による血漿ウログアニリン濃度、心不全や腎疾患での血漿ウログアニリン濃度、心カテによる心臓からのウログアニリン分泌を検討した。尿中ウログアニリン排泄量は Na+、K+、Cl-、cGMP排泄量と有意な正の相関を示し、また血漿ウログアニリン濃度はネフローゼ症候群で非ネフローゼ症候群より有意に高かった。血漿ウログアニリンは心不全の重症度と相関し、心不全患者では心臓から分泌されること、ウログアニリンは心不全患者の心機能を評価するマーカーの1つであり、体液量調節に密接に関与することが示唆された。
7) コレステロール代謝関連受容体の発現調節に関する研究
老化に伴い増加する動脈硬化、心筋梗塞などの疾患には、血管平滑筋細胞へのコレステロールの取り込みが深く関与している。 本研究では、最近HDL受容体として注目を集めるSR-BIの遺伝子発現調節の解析を行った。その結果SR-BI遺伝子上流には、TATA like sequenceが存在し、さらに4カ所のSp1結合部位と思われる配列が存在し、最も下流に存在するSp1結合部位にはNGFI-A/WT-1結合部位と重複した配列が存在すること、また、ルシフェラーゼアッセイの結果から、SR-BI遺伝子発現はcAMPの影響下に有ることを明らかにした。
結論
心血管作動性ペプチドとその受容体について、これらの関与するの機能制御機序の解析を行ない、心血管系の調節、保護、再構築などの病態生理的意義を明らかにした。さらに、BNPの心筋の線維化抑制作用、ウログアニリンの心不全における心機能マーカーとしての可能性及びHDL受容体;SR-BIの遺伝子発現調節を明らかにした。

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