酸素依存性短寿命突然変異体を用いた細胞死と寿命解析

文献情報

文献番号
199800197A
報告書区分
総括
研究課題名
酸素依存性短寿命突然変異体を用いた細胞死と寿命解析
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
石井 直明(東海大学医学部)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
7,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
細胞の損傷や、それに伴う細胞死が組織・器官の機能低下を招き、それが個体の老化や死に反映されると考えられているが、その過程は以前明かとなっていない。ここにはさまざまな環境因子や遺伝子が複雑に関与しているものと考えられる。そこで本研究において、遺伝学的技術が確立し、細胞系統樹が完成している線虫の一種、C. elegansを用いてこれらの環境因子や遺伝子を明かにし、細胞損傷から細胞死を経て個体の死に至るまでの老化の過程を分子レベルで明かにすることを目的とする。特に最近、この細胞死や老化の過程に酸素ストレスが深く関与していることが示唆されている。そこで酸素依存的に寿命が著しく変動する短寿命突然変異体であるmev-1とrad-8を用いて、酸素ストレスが関与する細胞死や老化に至る過程を明かにする。
本研究の中で昨年、mev-1の遺伝子クローニングに成功し、これがミトコンドリア内膜に存在する電子伝達系の複合体IIを構成するシトクロームb560であることを突き止めた。これはエネルギー産生の異常が酸素高感受性や細胞死、寿命短縮を起こすことを示唆した画期的な成果である(Nature 1998)。本年度は、1)mev-1が胚発生期にランダムな細胞死を起こす過程の遺伝学的解析、2)mev-1におけるゲノムDNAの不安定性の遺伝学的解析、3)mev-1とrad-8における抗酸化物質(細胞中のグルタチオン濃度)の測定、4)酸化的ストレスに対する防御機構を解析するために、酸素で誘導される遺伝子の単離 ( J. Radiat. Res. 1999) を行い、野生株と酸素感受性突然変異体において、酸化ストレスが関与すると考えられる細胞構成成分の動態を調べた。これによりmev-1の中で酸素高感受性や細胞死、寿命短縮が起こる原因や過程が明かになると考える。さらにrad-8の遺伝子単離を試みた。
研究方法
1)胚発生中期の卵を生きたままノマルスキー型微分干渉顕微鏡で観察し、そこに存在する死細胞の数を数えた。細胞死の過程を明かにするために、プログラムされた細胞死の実行に必要な遺伝子ced-3の突然変異体とmev-1の二重変異株を作成して死細胞の数を測定し、mev-1単独の卵の死細胞の数と比較した。2)ゲノムDNA中の突然変異頻度を測定するために、mev-1fem-3の二重変異株を作成した。fem-3は温度依存的な機能獲得型の不妊突然変異体であり、突然変異により突然変異剤により染色体の一方に突然変異が生じたヘテロ遺伝子を持つ虫は卵を産むことができることを利用した。野生株、mev-1, rad-8をさまざまな酸素濃度で飼育し、突然変異の頻度を測定した。3)抗酸化物質の1つであるグルタチオンの細胞内濃度を生化学的に測定し、mev-1における抗酸化能力を調べた。4)抗酸化に関与する遺伝子を調べるために、高い酸素で誘導される遺伝子をRNA arbitrarily primed polymerase chain reaction (RAP-PCR) 法により分離した。野生株を90%酸素下で1時間、3時間、5日間培養してからmRNAを分離し、適当なprimerを用いてPCRを行った後にアガロースゲル電気泳動を行った。ゲルから大気中より高い酸素で発現が増加しているバンドを切り出し、塩基配列を決定して遺伝子の同定を行った。5)rad-8は第1染色体上のunc-40とbli-4突然変異体マーカーの間に存在するが、他に適当な突然変異体マーカーがないことから一般的な方法ではこれ以上の詳細な解析は不可能であった。そこで今回はPolymorphic Sequence-Tagged Sites (STS) 法により、さらに詳細な位置を決定した。この方法はトランスポゾンの挿入により、通常研究に使われている野生株(N2)には含まれないDNA断片を持つ野生株(BO)とrad-8との組換え体を作成し、rad-8近辺に存在するBO由来のDNA断片をマーカーとしてその存在の有無を調べることにより染色体上のrad-8の位置を決定した。遺伝子クローニングを行うために、ここに存在する野生型のDNAをrad-8に導入し、その子孫の酸素耐性復帰を調べることにより遺伝子単離を試みている。外来DNAの導入の有無を確認するためにグリーン蛍光遺伝子(GFP)を同時に導入しているが、これを確認するために今回導入した蛍光実体顕微鏡(MZFL III)を使用した。
結果と考察
1)mev-1が胚発生期に起こすランダムな細胞死の過程を遺伝学的に解析した:胚中期における細胞死を観察すると、野生株では平均3.8個であったものが、mev-1では8.4個と増加していた。この細胞死を起こす細胞の種類や数は個体によりまちまちであった。細胞死の実行に必要な遺伝子ced-3の突然変異体とmev-1の二重変異体は、細胞死がほとんど見られなくなった(0.1個以下)。その結果、mev-1で見られるランダムな細胞死はC. elegansで一般的に見ることができるプログラムされた細胞死と同じ過程が必要であり、ced-3の上流で働いていることを見い出した。2)mev-1がゲノムDNAに高い突然変異を生ずることを見い出した。この頻度は大気中でも野生株より高く、酸素濃度が高くなるにしたがって野生株でも高くなるが、mev-1ではそれが顕著に高くなった。しかしrad-8はその頻度は野生
株と同程度であった。mev-1の原因遺伝子はミトコンドリア内の電子伝達系タンパク質の1つシトクロームb560をコードしているが、ミトコンドリア内で生じた傷害がゲノムDNAを変化させることを明かにした意義は大きく、「老化の体細胞変異説」を実証する可能性を含んでいる。3)mev-1では抗酸化剤であるグルタチオン濃度が野生株の60%しかないことを見い出した。これはmev-1では酸化ストレスを受けやすい状態に陥っていることを示しており、mev-1の代謝に幅広い変化が生じていることを示唆するものである。4)STS 法による遺伝子解析により、rad-8がunc-40とstP124 マーカー遺伝子の間(約250kb)に存在することを見い出したが、遺伝子クローニングは成功していない。5)今回、野生株より酸素で誘導される遺伝子を4つ(rRNA, 2つの熱ショックタンパク質:hsp16-1, hsp16-48、vacuolar ATPase Gサブユニット)を分離した。この中でrRNAを除く他の遺伝子は3時間以内に発現が高くなっていた。rRNAは5日間の高酸素暴露で始めて発現誘導が見られたが、これは細胞に傷害が生じた結果であり、酸化ストレスに対する防御機構とは別のものであると考える。他の遺伝子には熱耐性遺伝子が含まれており、酸化ストレスに対する防御機構が、熱などのストレスに対する機構と共有していることが示唆された。またエネルギー代謝に関係がある遺伝子が単離されたことから、エネルギー産生が酸化ストレスと関係があることを示唆している。今後これらの遺伝子がmev-1やrad-8でどのような発現を行っているかを調べる必要がある。
前年度の研究において、野生と酸素感受性短寿命突然変異体であるmev-1は共に、加齢にしたがってランダムな細胞死が生じていることを明かにしたが、mev-1が野生株よりも早い時期から細胞死を生じている証拠は測定技術の難しさから今だ実証するに至っておらず、今後の課題である。 
mev-1の細胞死や寿命短縮を引き起こす原因がミトコンドリア内から生じた活性酸素の生成量の増大によるものと考えられる。しかし一方で、シトクロームb560を含む複合体II は電子伝達系のみならず、TCA回路における役割を担ったいることから、エネルギー産生の異常が細胞機能に傷害を与え、その結果、細胞が酸素傷害を受けやすい状態になっていることも考えられる。今後、この両者について調べ、原因を明かにする必要がある。
結論
線虫の一種、C. elegansの酸素依存性短寿命突然変異体mev-1は、その原因遺伝子がミトコンドリア内膜に存在する電子伝達系の複合体IIを構成するシトクロームb560である。このミトコンドリアを原因とした傷害が個体を酸素高感受性にしたり、寿命を短縮させたりするばかりか、細胞の中でもゲノムDNAに突然変異を生じたり細胞死を生ずるなど細胞内で多面的な変化を生じていることが明かとなった。これは一般的な哺乳類の細胞内で生じる老化の多面発現の現象に酷似していることから、ミトコンドリアを原因とする酸化ストレスが老化の一般的な原因になりうることを強く示唆する結果を得ることができた。
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