老化関連疾患の病態形成における生体内金属イオン調節機構の役割に関する研究

文献情報

文献番号
199800196A
報告書区分
総括
研究課題名
老化関連疾患の病態形成における生体内金属イオン調節機構の役割に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
小川 紀雄(岡山大学医学部分子細胞医学研究施設神経情報学部門)
研究分担者(所属機関)
  • 淺沼幹人(岡山大学医学部分子細胞医学研究施設神経情報学部門)
  • 十川千春(岡山大学歯学部歯科薬理学講座)
  • 岩井一宏(京都大学大学院医学研究科感染・免疫学講座)
  • 難波正義(岡山大学医学部分子細胞医学研究施設細胞生物学部門)
  • 三野善央(岡山大学医学部衛生学講座)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
13,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
生体内の金属イオン調節機構とその異常機序を明らかにすることによって老化および老化関連疾患の有効な制御法を開発することを目的として、試験管内での研究に加えて、生体試料、培養細胞、ノックアウトマウスの作成などを組み入れ、生体での金属イオン代謝異常の役割をより明確にすることを目指した。具体的には、病的老化モデル動物における鉄結合タンパク質トランスフェリン、フェリチンの検討、銅イオンとドパミン (DA) 系化合物 (DA, L-DOPA, 6-ヒドロキシドパミン (6-OHDA)) とによるフリーラジカル生成・脂質過酸化・DNA傷害の検討、DAと6-OHDAによる亜鉛結合タンパク質メタロチオネイン-III (MT-III) のmRNA発現量増加の機序と防御法の検索、Parkinson病モデルにおけるMT-III mRNA発現変化とL-DOPA投与の効果の検討、鉄代謝制御タンパク質 IRP2のRNA結合活性を高める鉄イオン以外の因子の検索およびノックアウトマウス作製による機能解析、ヒト正常細胞と不死化細胞に対する鉄の傷害作用とその機序の差異の検討、本研究の各分担研究者の行っている研究テーマの妥当性と位置づけ、さらには研究分担者の有機的な連携をはかるためのデータベースの作成を行った。
研究方法
(1) 病的老化モデル動物として老化促進マウス(SAM) P-10を用い、対照動物としてR-1系マウスを用いた。これらの動物の脳切片でのトランスフェリン、フェリチン陽性細胞を免疫組織化学染色で検出した。(2) 銅イオンおよびDA系化合物の水酸化ラジカル (HO・) 生成系と脂質過酸化系への影響を電子スピン共鳴装置と過酸化脂質の定量により検討した。(3) 神経芽細胞腫株Neuro2Aを、各種金属イオン存在下で培養し、IRP2のRNA結合活性をgel shift assayで、また、IRP2より発現が制御されるトランスフェリン受容体、フェリチンの産生量を免疫沈降法で検索した。また、精製IRP2を用いて、その酸化変化を解析した。さらに、常法に従い、IRP1およびIRP2ノックアウトマウスを作製した。(4) グリア細胞株に各種薬剤を添加して培養後、RNAを抽出してRT-PCRを用いてMT-III mRNA発現誘導の変化を調べた。また、6-OHDAを片側黒質-線条体路に注入したhemi-parkinsonismラットにL-DOPAを腹腔内投与し、黒質および線条体のMT-III mRNA発現変化を調べた。(5) 正常ヒト線維芽細胞と、コバルト60γ-線照射で不死化した細胞を用い、鉄の影響を細胞増殖率とコロニー形成率で調べた。(6) 各分担研究者を対象として「物質」、「方法・部位」、「病態」の3項目に関してキーワードを記入する質問紙調査を行った。 次に、それらのキーワードを含む過去の医学論文を「Medline」で検索し、得られた情報をもとにして本研究領域に関するデータベースを作成した。
結果と考察
(1) 脳内のトランスフェリン陽性細胞は、加齢に伴って病的老化モデルSAM P-10の大脳皮質と海馬のCA1領域では著明に検出されたのが特徴的であった。また、フェリチン陽性細胞は、SAM P-10の海馬CA3領域では6, 12カ月齢で特に出現した。大脳皮質においては、対照R-1系マウスの12カ月齢でトランスフェリンよりもフェリチンの優位な増加であるのに対して、SAM P-10では逆にトランスフェリン陽性細胞の優位な増加が認められ、SAM P-10の大脳皮質では鉄の取り込みが貯蔵よりも亢進し、遊離鉄が増加しており、神経細胞傷害性が強まっていると考えられる。(2)
Cu(II)で著明なHO・の生成がみられ、その生成量は、Fe(II), Fe(III)の場合に比べて10倍以上高かった。銅イオンによるHO・生成は DA, L-DOPA添加によって著明に、6-OHDAによって軽度に抑制された。また、Cu(II)を脳ホモジネートに添加しても過酸化脂質に変化はなかった。脳ホモジネートにCu(II)とDA系化合物を加えた場合には脂質過酸化は著明に抑制された。銅イオンはFenton様反応を含む連鎖的なラジカル生成機構を介して鉄イオンよりも強いHO・生成能を示した。銅イオンによるHO・生成はDA系化合物の添加により抑制されたが、これは銅イオンがこれらのDA系化合物と配位したためと考えられる。このHO・生成抑制により、銅イオンとDA系化合物の結合体が、脳ホモジネートの脂質過酸化に対して抑制効果を発揮した。 (3) 神経芽細胞腫株Neuro 2Aではアルミニウムの添加によりIRP2のRNA結合活性、タンパク量ともに増加し、それ伴ってトランスフェリン受容体の産生増強とフェリチンの産生低下が認められた。また、鉄イオンによる精製IRP2の酸化修飾がアルミニウムの共存により抑制された。鉄代謝に関して、アルミニウムが IRP2のIRE結合活性増強因子であることを示したが、これは脳内での鉄代謝とアルミニウム代謝との密接な共役を示すものである。また、作製したIRP1ノックアウトマウスは少なくとも15カ月齢まで異常が認められず、同マウスの胎児線維芽細胞では鉄代謝異常は認められなかった。これに対して、IRP2ノックアウトマウスは、加齢により十二指腸上皮での鉄の蓄積が認められるのに加えて、歩行異常を来たし、消化器系と神経系での異常が示唆された。これは、消化器系と神経系におけるIRP2の重要性を示唆するものであり、IRP2欠如と沈着鉄の消化管のがん化への関与に関する検討が重要な研究課題となった。(4) MT-III mRNAはDAと6-OHDAによって著しく発現量が増加したが、この増加は抗酸化剤によって抑えられた。DAアゴニストやアンタゴニストでは変化しなかった。また、 parkinsonismモデルラットの線条体では、MT-III mRNA発現レベルは有意に減少しており、正常でみられるL-DOPA投与による増加反応はみられなかった。亜鉛代謝調節タンパク質で脳に特異的に発現しているMT-IIIは、培養グリア細胞においてDAや6-OHDAによる mRNA発現誘導の増加がみられるが、これはDAレセプターを介するものではなく、フリーラジカル・活性酸素種によってもたらされていることを明確にした。このことから、DA系化合物のラジカル産生や消去、細胞傷害性といった二面性に対して、脳内MT-IIIは加齢に伴う金属代謝異常とDA低下による神経細胞死に深く関与しているといえる。Parkinson病の病態モデルでは線条体のMT-III mRNA発現レベルは有意に減少しており、正常でみられるL-DOPA投与による増加反応はみられなかった。したがって、Parkinson病脳ではMT-IIIなどによる生体側のラジカル消去能が低下しており、L-DOPA投与によって正常であれば生じるはずの生体反応の増加がみられないために病態が進行するという可能性が示唆された。(5) 正常細胞に比べ不死化細胞のほうが鉄に対する感受性が高く、強い細胞傷害を示した。また、鉄の添加では、正常細胞と不死化細胞とで有意なLDHの遊出は認められなかった。ヒト正常線維芽細胞は不死化細胞に比べ多くのトランスフェリンを合成しているので、鉄の細胞傷害作用は不死化細胞にくらべ正常細胞の方が軽いと考えられる。また、細胞の鉄による傷害は細胞の膜ではなく、ミトコンドリアをターゲットにしていることが判明した。不死化細胞は著しい染色体の変化を示し、長期にわたって培養されると腫瘍性になる場合が多いことを考え合わせると、トランスフェリンの減少している不死化細胞は、正常細胞に比べて酸化ストレスに過敏になっていると考えられる。(6) 班員の挙げたキーワードを含む論文数は、「物質」ではDNA、鉄、亜鉛、グルタチオン、ラジカル、銅、過酸化水素、脂質過酸化、SOD、トランスフェリン、アルミニウム、カタラーゼの順に多かった。「方法・部位」では、RNA、神経細胞、大脳皮質、ネクローシス、ドパミン、海馬
、アポトーシスの順で、さらに、「病態」では、がんに関する論文数が圧倒的に多く、次いで神経細胞死、老化、Alzheimer病、Parkinson病の順であった。本研究班のように様々な背景と研究領域を持つ班員で構成された研究班においては、情報の共有化によって新たな研究の進展が期待できる。それを促進するためにも各分担研究者が興味を持ち、しかも精力的に研究している領域のデータベースの作成は重要である。検討の結果、われわれが行い、かつ目指している方向は重要で今後の研究の発展が予想されることが確認できた。
結論
昨年の基礎的検討に続いて、老化および老化関連疾患制御の端緒を拓くことを目的として生体での金属イオン調節機構の異常の役割をより明確にするとの方針で研究した。その結果、金属イオンの側面から本年度の研究成果をみると、老化に関連した疾患のモデルにおいて、鉄、銅、アルミニウム、亜鉛の調節機構の異常が関与している可能性が高いこと、しかも、個々の金属イオン調節の重要性もさることながら、各金属イオンの調節機構が相互に密接に関連していることを明らかにできた。

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