老化促進ストレス刺激と生体防御反応に関する研究

文献情報

文献番号
199800195A
報告書区分
総括
研究課題名
老化促進ストレス刺激と生体防御反応に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
磯部 健一(国立療養所中部病院長寿医療研究センター部長)
研究分担者(所属機関)
  • 磯部健一(国立療養所中部病院長寿医療研究センター)
  • 長谷川忠男(国立療養所中部病院長寿医療研究センター)
  • 中島泉(名古屋大学医学部)
  • 祖父江元(名古屋大学医学部)
  • 澤田誠(藤田保健衛生大学・総合医科学研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
-
研究費
15,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
外界からの様々なストレス刺激さらには内部の代謝によって生じるラジカルがDNA, 蛋白、脂肪を傷害あるいは修飾し、その蓄積として老化が促進される。我々はストレス刺激のうち老化を引き起こすものを老化促進ストレスと呼び、生体はそれに対する防御反応を持ち、その強弱により寿命が変化すると考えた。本研究はこの仮説を実験的に検証することにある。まず、我々はストレス刺激に対するシグナル伝達系の全体像の解明とその機能を細胞レベルで明らかにすることを目指した。GADD34を中心とする新しい経路の解明に我々は酵母のTwo hybrid法を利用した。現在いくつかの役者がそろいその1つ1つが細胞にとってどの様な役割を持つか検索を開始した(長谷川、磯部)。我々は感染ストレスがSODの発現を誘導することを明らかにしてきた。SOD遺伝子は個体の寿命に関係することが、マウス、ショウジョウバエの系で明らかにされておりこの発現調節のメカニズムを明らかにすることが老化機構を解明することに重要である。本年度はMn-SODの転写制御の解明をめざした(磯部)。ストレス応答シグナルと生体防御が老化に果たす役割をより個体レベルで検索するため我々の開発したRETトランスジェニックマウスの系の研究を発展させた(中島)。我々は脳の老化に関わる刺激が加えられたときのミクログリアの反応をin vivoとin vitroで検討した(澤田)。近年、酸化ストレスにより老化脳などにおいて、 AGEsが沈着することが報告され、その病態への関連が注目されている。我々は、神経細胞とグリア細胞の培養系において、AGEsの主要成分であるcarboxymethyllysine (CML)を実験的に誘導し、その病態を明らかにすることを目的とした(祖父江)。
研究方法
1.遺伝子発現制御 ;遺伝子発現調節領域を決定するためにゲノム(p21/WAF1, Mn-SOD)の5'側プロモーターあるいはエンハンサーをルシフェラーゼ発現ベクターに組み込み、それらをもとに様々な変異遺伝子を作製した。遺伝子を細胞内移入し、ルシフェラーゼ活性を測定した。この解析により転写に必要なシスエレメントを決定し、それに結合する転写因子をゲルシフトアッセイで決定した。また、転写因子を発現ベクターに組み込み遺伝子移入した。
2. Yeast two hybrid 法;GADD34遺伝子産物と生体内で結合する蛋白質のクローニングをtwo hybrid法を用いて行った。in vitroで結合の有無を確認すると同時に培養細胞内での結合を確認するためin vivo two hybridでも解析した。
3、トランスジェニックマウス;我々らが樹立した3系統のRETがん遺伝子トランスジェニックマウスのうち良性の系統に紫外線を照射し、細胞内でのRetチロシンキナーゼの発現と活性のレベルをウエスタンブロット法または試験管内キナーゼアッセイ法により測定した。同時に、腫瘍の増殖や悪性変異への紫外線照射の影響を加齢因子との関連で調べた。
4、ミクログリア;ミクログリアは新生B6マウス脳より調製した混合グリア培養から分離精製した。昨年度株価ミクログリア細胞の性質を報告したが、今年度はそれをラット腋下動脈に注入した。注入後各臓器を摘出、OCT液中で凍結した。
5.神経細胞;ラット後根神経節を用い、コラーゲンゲル包埋法を用いたexplamt cultureを行った。培養液中にCMLを誘導するglyoxalを添加し培養後、抗CML抗体を用いて免疫組織染色とWestern blot analysisを行い、CMLの誘導を検討した。
結果と考察
1.ストレス応答の新しい経路;GADD34遺伝子産物と結合する蛋白質のクローニングで4クローンが得られた。トランスリンは切断DNAと結合することが報告されている。他に2型組織適合抗原の発現を調節する因子と相同性のある遺伝子(G34BPと命名)、キネシンファミリーに属するKIF3のC末端部分、更にヒトのHLJ1とよばれる熱ショック蛋白40ファミリー遺伝子のマウスホモログが得られ、GAHSP40と命名した。in vitroの結合、培養細胞内での結合を解析したところすべてGADD34との結合が確認された。 GADD34あるいはGA34BPはNIH3T3に移入すると細胞増殖が阻害された。GAHSP40はMMS投与のみならず熱ショックにても顕著な誘導が確認された。ストレス応答は蛋白合成の抑制に働くがGADD34はC末端のg134.5により蛋白合成を阻害を抑制する働きが想定される。GAHSP40はその働きを助けていると考えられる。
2. Mn-SOD の発現調節
線維芽細胞株NIH3T3あるいはマクロファージ細胞株RAW264を感染ストレス刺激である IL-1b, TNF-a, LPS,IFN-gで刺激するとMn-SODmRNAの発現増強がみられた。これに対応するMn-SODの転写活性を調べるため、まず転写開始点上流6Kbのルシフェラーゼ活性を測定した。GC-richi領域に非刺激のコアプロモーター活性が存在することが判明したが、刺激にはわずかな上昇が見られるのみであった。ストレス刺激に反応する領域は第2イントロンにみられ、NFkBサイトを塩基置換するとルシフェラーゼ活性は著しく低下した。隣接するC/EBPサイトの塩基置換でも活性は低下した。NFkB遺伝子を細胞内移入で発現させるとルシフェラーゼ活性は著明に増加した。活性酸素はSODやカタラーゼで消去される。細胞は活性酸素を通常の代謝過程で産生するが外部からのストレス刺激でより多く産生すると考えられる。今年度は感染ストレス刺激によりMn-SOD産生が増強するメカニズムをその転写レベルで解析し、LPS 等の刺激により活性化されるNFkBが最も重要な転写因子であることを見つけた。すなわち、Mn-SODも通常の免疫応答遺伝子と同様に活性化されることが判明した。
3、RETがん遺伝子トランスジェニックマウスと老化促進刺激
加齢によっても悪性には変異しないRETがん遺伝子トランスジェニックマウス192系に発生する良性のメラノサイト系腫瘍に、6ヶ月間にわたって合計4950kJの紫外線(UVB)を反復照射して影響を調べた。その結果、この紫外線の照射によってRETがん遺伝子の発現制御機構が破綻し、腫瘍細胞内のRETがん遺伝子が強く発現するようになることが見い出されたRETがん遺伝子産物(Rfp/Ret)の活性はプロトオンコジンc-RETの産物(c-Ret)のそれより高く、Rfp-Retの活性は紫外線照射によってさらに増加することを認めた。こうした変化に伴って良性のメラノサイト系腫瘍から転移を伴う悪性メラノーマが出現した。 UVがどの様にリン酸化に関与するか明らかにすることは一般の老化と癌化の関係を老化促進ストレス刺激から考える時非常によいモデルとなる。
5、ミクログリアとストレス応答
脳内での抑制性の作用が指摘されているIL-10がストレス応答に関わるミクログリアの炎症性サイトカイン産生、スーパーオキサイドラジカル産生、増殖、MHC class II発現などの機能を抑制するほか、今回新たにIL-2, IL-6などの炎症性サイトカイン受容体の発現も抑制し、ミクログリアの機能のdown regulationをする事がわかった。ミクログリアはサブタイプによってストレス刺激による応答性が異なり、種々のサイトカイン産生のスペクトラムや細胞表面機能分子の発現などが異なることがわかった。また、我々の樹立した複数の株化ミクログリアのいくつかはミクログリアのサブタイプに一致した性質を持っていることがわかった。さらに我々が樹立したミクログリア株細胞に外来性遺伝子を導入し、独自に開発した脳特異的バイオターゲッティング法を用いることによって、目的遺伝子を脳に特異的に発現させることに成功した。
6、脳と酸化ストレス
神経細胞、グリア細胞ともに免疫組織染色およびWestern blot analysisともに、glyoxalによってCMLが時間・濃度依存的に誘導され、これはaminoguanidineによって濃度依存的に阻害された。ミクログリアではglyoxal 0.1mMの添加によって IL-6, TNF-aの濃度の上昇が認められた。 活性酸素ラジカルは代謝で盛んに産生され、AGEs 産物を神経細胞に生じさせる。これらがミクログリアを活性化させ、神経細胞にtoxic に働くことも考えられる。
結論
1、GADD34を中心とした新しいストレス応答遺伝子群を見いだした。
2、感染ストレスで発現の上昇するMn-SOD の転写にはNFkBが最も重要な役割をもつ。
3、RETがん遺伝子トランスジェニックマウスにUVを照射し、老化と癌化のモデルができた。
4、ミクログリアに遺伝子移入し、ラット脳内に移入する実験に成功した。ストレス刺激とミクログリアの作用の分子レベルの解析と個体レベルの解析が進行している。
5、酸化ストレスにより神経細胞にAGEs産物が蓄積した。

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