高齢者の運動処方ガイドライン作成に関する研究

文献情報

文献番号
199800194A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者の運動処方ガイドライン作成に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
佐藤 祐造(名古屋大学総合保健体育科学センター)
研究分担者(所属機関)
  • 佐藤徳太郎(東北大学大学院医学研究科)
  • 竹島伸生(名古屋市立大学自然科学研究教育センター)
  • 野原隆司(京都大学大学院医学研究科)
  • 樋口満(国立健康・栄養研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
15,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
末梢組織におけるインスリン抵抗性が、糖尿病患者、原発性肥満者および高
齢者の病態生理学的特徴の一つであり、随伴する高インスリン血症が高血圧症、高脂血
症、動脈硬化性疾患を発症・進展させることは、近年特に注目されている。一方、加齢
に伴い、身体活動が低下し、除脂肪体重の減少とも相まってQOLが低下することも周知
の事実であり、高血圧症、高脂血症、糖尿病、動脈硬化性疾患などいわゆる生活習慣病
は加齢及び身体活動の低下と密接に関連している。そこで、本研究では、健常高齢者お
よび糖尿病、肥満、高脂血症および虚血性心疾患を有する高齢者に有酸素運動、レジス
タンス運動を長期にわたり実施させ、内分泌・代謝系、呼吸・循環器系および全身持久
力で代表される体力に及ぼす影響について検討を加え、最終的には高齢者における生活
習慣病の発症、進展の防止、およびQOL向上のための運動処方ガイドライン作成を目指
すものである。
研究方法
佐藤祐は、健常高齢者男性8名を対象に、週3日以上、1日30分以上の歩行
を中心とした軽度の有酸素運動トレーニングを1年間指導した。うち3名にはさらに6
カ月継続させた。トレーニング開始前、1カ月、4カ月および12カ月後に、インスリン
注入率(mU/m2/分)40(low-dose)および400(high-dose)の多段階インスリンクランプ法
を実施し、glucose disposal rate(GDR)を算出、インスリン作用の指標とした。また、
高齢健常者8名を対象に、分担研究者竹島の協力で、PACEラインを用い、well-rounded
exercise programを1回30分(準備・整理運動を含めれば合計60分)、週3日、12週
間にわたり実施させた。その前後に、前述の多段階インスリンクランプ法を行い、glucose
disposal rate(GDR)を求めた。さらに、トレーニング前後で体脂肪率、血中レプチン、
血中TNF-αを測定した。佐藤徳は、耐糖能正常者310名(50歳以上55名)、耐糖能異常
者117名(50歳以上39名)を対象に、自転車エルゴメーターによる運動負荷試験を実施、
心拍数170回/分に相当する運動負荷強度(PWC170)を求め、運動耐糖能や血清HDL-コレ
ステロールとの関連性を重回帰分析を用い解析を行った。さらに、脳卒中患者20名に
ついて、リハビリテーション効果をBarthel index、糖負荷後のインスリン反応の変化
により検索した。竹島は、健常高齢者を週3回、12週間、PACEラインを用い、サーキ
ット形式で有酸素運動+レジスタンス運動のいわゆるwell-rounded exercise program
を30分間(準備・整理運動を含め60分)実施させた群(18名)と安静群(17名)に分け、
トレーニング開始前後に体組成、VO2LT、VO2peak、筋力、血清脂質を測定した。野原は、
虚血性心疾患患者を運動療法群、対照群に分け、201TIシンチおよび左室造影を用い、
拡張終期容量、収縮期容量、駆出率(ejection fraction, EF)を算出し、運動療法およ
びACE阻害剤の効果について検討を加えた。樋口らは閉経前後女性を水泳トレーニング
群と非トレーニング群に分け、持久性体力(Peak VO2)、血清脂質、リポ蛋白濃度の変動
について横断的検討を行った。また、水泳トレーニング2年間の縦断的検討も行った。
結果と考察
1年間、歩行を中心とした軽度有酸素運動トレーニングを行った8名の成
績は、昨年度に報告した如く、insulin responsiveness、%FAT、血清中性脂肪、HDL-コ
レステロールにトレーニング効果を認めた。1年6カ月間継続した3名の low-dose clamp
法で得られたGDRは、トレーニング前5.31±1.23mg/kg/分、トレーニング1カ月後6.34
±1.29mg/kg/分、4カ月後6.57±1.41mg/kg/分となり、有意の増大(p<0.05)がみられた
が、12カ月後6.44±1.28mg/kg/分とやや低下し、18カ月後には5.28±1.21mg/kg/分と
トレーニング前値と同一レベルになった。high-dose clamp法のGDRでは、トレーニン
グ前が7.69±0.88mg/kg/分であり、1カ月後10.15±0.82mg/kg/分、4カ月後10.17±
1.10mg/kg/分、12カ月後10.92±1.53mg/kg/分と、8名の成績と同様に、有意の増加
(p<0.05)が認められた。また、18カ月後にも10.79±1.24/kg/分と、プラトー状態を維
持していた。日常生活活動度とPWC170に関して、耐糖能正常群および異常群ともに有
意の正の相関を認めた(r=0.307、p<0.001; r=0.495、p<0.001)。50歳以上の群におい
ても同様の相関関係が成立した。耐糖能正常群において、日常生活活動度と血清HDLコ
レステロールとの間に有意の相関関係があった(r=0.230、p<0.01)。次に脳卒中患者の
リハビリテーション効果について、日常生活動作(ADL)の指標であるBarthel indexは
63/100から76/100と有意に改善していた(p<0.01)。リハビリテーション訓練前後の75g
経口ブドウ糖負荷試験の結果、sigma IRI、peakIRIの改善がみられた。血清HDLコレ
ステロールもリハビリテーション治療後に増加する傾向を示した。特に、リハビリテー
ション開始前に歩行が自立していない例では、48.6±2.5から51.7±2.5mg/dlへと有
意の増加を示した(p<0.05)。
また、EF<40%の虚血性心疾患由来の心不全患者に有酸素運動トレーニングの継続の結
果、EFが20%改善した。
閉経前後女性における水泳トレーニング群と非トレーニング群の血清脂質・リポ蛋白
プロフィール、動脈硬化指数には有意差を認めなかった。水泳トレーニングの長期間(2
年)の継続では血清脂質・リポ蛋白プロフィールに著変を及ぼさなかったが、peakVO2は
有意に増大した。
以上の成績は、加齢や虚血性心疾患、脳卒中などの動脈硬化性疾患によりもたらされ
たインスリン抵抗性、HDL-コレステロールの低下、心機能の減弱、全身持久力の低下に
対して、歩行やマイペースの水泳で代表される軽度の有酸素運動トレーニングは3?4
カ月の短期的観点からみれば、いずれも改善を示した。また、1?2年の長期縦断的検
討では、トレーニングの短期効果を減弱させることなく、プラトー状態に維持・継続す
るのに極めて有用であることを示唆している。
一方、レジスタンス運動を併用したwell-rounded exercise programの効果に関して、
low-dose clamp法のGDRでは、トレーニング前6.2±0.7mg/kg/分がトレーニング後7.2
±0.2mg/kg/分と有意に上昇(p<0.01)した。high-dose法のGDRは、トレーニング前10.4
±0.5mg/kg/分がトレーニング後12.6±0.7mg/kg/分と有意に増大した(p<0.01)。また、
体重、%FAT、血中レプチン値においては有意な変動がなかったが、血中TNF-α濃度は3.67
±1.81pg/mlから2.32±1.39pg/mlへと有意に減少した(p<0.01)。peakVO2max、HDL-コ
レステロール、脚伸展パワーにも有意な増大がみられた。
さらに、ACE阻害剤投与により、非トレーニング群のEF改善率が17%にとどまったの
に対して、トレーニング群では52%のEF改善率が得られた。
したがって、PACEトレーニングで代表されるレジスタンス運動の併用やACE阻害薬
の併用は、有酸素運動単独療法による効果を一層増大させる可能性を示しているものと
思われる。その上、これまで重症心不全患者には回避・禁忌とされてきた運動療法が臨
床的には極めて有用であることも明らかになった。
そこで、次年度は高齢者に対するレジスタンス運動トレーニングの詳細な検討を行い、
さらに疾患重症度別運動療法の適応、効果、限界を検索し、最終的に高齢者のための具
体的運動処方ガイドラインを作成する。 
結論
本年度に得られた研究成績は、加齢に伴ったインスリン抵抗性、血清脂質異常、
全身持久力や筋力の低下および加齢とともに発症した耐糖能低下、虚血性心疾患に対し
て運動療法の有効性を示唆しており、次年度以降の高齢者のための具体的運動処方ガイ
ドライン作成に極めて有用な資料を提供した。

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