老化脳における神経構造可塑性制御分子の発現と機能に関する研究

文献情報

文献番号
199800193A
報告書区分
総括
研究課題名
老化脳における神経構造可塑性制御分子の発現と機能に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
森 望(国立療養所中部病院長寿医療研究センター)
研究分担者(所属機関)
  • 前川昌平(京都工芸繊維大学)
  • 氷見俊行(東京医科歯科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
4,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
老年期における記憶減退、痴呆、運動失調等の原因の少なくとも一部は、脳における神経の可塑性低下にある。神経可塑性はLTP等に代表される機能的可塑性と神経ネットワーク再編成やシナプス再生をともなう構造的可塑性に二分されるが、機能的可塑性も実際にはシナプス強化(あるいは弱化)を含むので、超微細レベルでの構造変化をともなうと考えられる。また、老化脳においては神経の退行性変性も頻繁におこるので、老化脳における構造可塑性の実態および可塑性減退のメカニズムを知ることは脳の老化を理解する上で大変重要な課題である。我々は、神経の突起伸展時に発現の大きく変動する一群の蛋白質(nGAPs)に着目し、nGAPsが神経の構造可塑性の制御に直接的あるいは間接的に関与していることを観察してきた。本研究ではnGAPsのうち特にSCG10/スタスミン群に注目し、その遺伝子発現変動と機能解析に重点をおいた。スタスミンが細胞分裂時の紡錘糸の崩壊因子であることにヒントをえて、(1)SCG10の神経突起伸展における役割が神経細胞の成長末端におけるミクロチューブルの崩壊因子となりうるか否か検証を行う。また、(2)SCG10関連分子RB3, SclipのcDNAクローンをとり、それぞれの発現分布の相違を明らかにする。さらに、(3)SCG10群と結合する新規蛋白質を同定し、SCG10によるチューブリン骨格制御の分子機構を明らかにすることを目的とする。
研究方法
SCG10群の発現分布はノーザンブロットおよびin situハイブリダイゼーション法により行った。SCG10関連分子であるRB3およびSclipのcDNAはRT-PCR法によった。結合分子の探索はRB3のリン酸化制御領域をベイトとする酵母のツーハイブリッドスクリーニングにより行った。チューブリンは牛大脳より定法により精製し、微小管の崩壊活性の測定は、遠心法および濁度比色法により行った。
結果と考察
シナプス活動の場を形成する細胞骨格系を中心とした分子群の神経機能調節機構を解明する目的で、本年度は、神経突起特異的な微小管調節分子であるSCG10ファミリー分子の脳内局在と微小管調節の分子機構を探索した。SCG10ファミリー分子はアミノ酸配列の高い相同性を持つSCG10, SCLIP, RB3の3種の神経特異的分子群と広く種々の組織に見られるstathminとで構成されている。まず、これらの脳内局在をin situ hybridization法により探索した。陽性細胞の同定の容易さからジゴギシゲニン標識リボプローブを用いて、成熟ラット脳でのmRNA発現を調べた。SCLIPやstathminの発現は一様に高く、RB3やSCG10の発現は非常に低かった。その中でも、SCG10は海馬錐体細胞層・嗅球僧帽細胞・大脳梨状葉・脊髄内側運動核などに高い発現を示した。また、RB3は嗅球僧帽細胞・大脳梨状葉並びに視床に比較的高い発現を示した。SCLIPは神経細胞一様に高い発現を示したが、上丘など一部の細胞には非常に弱い発現しか示さなかった。Stathminは、神経細胞だけではなく、白質のグリア細胞にも発現が見られ、また、海馬や脳幹部においては弱い発現しか見られなかった。この様に、SCG10ファミリー分子は成熟脳において、SCLIPを中心として様々な発現様式を示しており、この様な発現と脳各部位における神経機能との関連は今後の検討課題である。次にSCG10ファミリー分子による微小管調節機構を探索するために、SCG10タンパク質の変異体を作製し、微小管崩壊活性を光散乱法により測定した。その結果、C末のコイルドコイル領域とそれに連なるリン酸化部位が多数存在する調節ドメイン領域の一部が微小管崩壊活性に非常に重要であることが明らかになった。しかしながら、SCG10に多数存在するリン
酸化部位のリン酸化と微小管崩壊活性には相関が見いだされなかった。しかしながら、細胞を用いた系ではリン酸化と微小管崩壊活性との相関関係が報告されており、この様なリン酸化による制御はSCG10ファミリー分子結合タンパク質に依るものであることが示唆された。そこで、酵母Two Hybrid Screening法を用いて、SCG10ファミリー分子結合タンパク質を探索した。具体的には、SCG10ファミリー分子のうちLTPのような神経可塑性誘発後、発現上昇すると報告されたRB3"分子に結合する分子を探索した。まず、ヒト脳由来のcDNAライブラリーを増幅し、RB3"のリン酸化制御領域を結合の相手方とするスクリーニングを行った。2回のスクリーニングで総計3.7億個のクローンにわたる遺伝子をスクリーニングし、陽性クローンについてDNAデータベースを検索した結果、少なくとも2個の候補分子GEF-2とLC3を分離した。それぞれについて実際の結合をin vitroで確認した。ツーハイブリッド法によって得られた総計100個の候補クローンのうち34個がGEF-2を1個がLC3をコードする遺伝子であった。cDNA中の蛋白質をコードする領域のみを含む発現ベクターを作成しスクリーニング用の酵母(Y190)に再度、遺伝子導入し結合活性を確認した。GEF-2は脳内において糖脂質の発現に関与する可能性、また、LC3については微小管に結合する微小管結合蛋白MAP1Bの軽鎖サブユニットとしてしられているものである。SCG10ファミリー分子はチューブリン分子の重合体である微小管を崩壊させる活性があることがわかっているので、この結果は大変興味深い。またGEF-2とLC3は高い相同性をもち、哺乳類ばかりでなく線虫でも関連する3遺伝子の存在がまた、植物にも相同遺伝子が確認された。したがって、微小管調節に関して進化上重要なものと推察される。共同研究者の氷見(東京医科歯科大学)は、脳障害後の機能回復における加齢変化と、SCG10 および、その類縁タンパク質の発現の変動の関連を調べるため、老若動物を用いた脳虚血モデルの作製を試みた。はじめにスナネズミを用いた両側頸動脈結紮モデルを試みたが、2年齢以上の老齢動物において、安定した虚血障害を加えることが不可能であることが判明した。ついで、ラットを用いた片側中大脳動脈結紮-血流再灌流モデルを検討した。1時間の虚血-再灌流2ヶ月後の明暗箱による記憶試験の成績を検討したところ、3か月齢ラットに比べ、1年齢ラットでは成績の回復が低いことが判明した。以上の結果より、上記、ラットの片側中大脳動脈結紮-血流再灌流モデルは、脳障害後の機能回復における加齢変化を調べるのに適していると考えられた。共同研究者の前川(京都工芸繊維大学)は、大腸菌に発現させたヒトSCG10を抗原に SCG10 に対するモノクローン抗体を作製した.この抗体を用い,ラット脳の細胞分画での挙動を解析した結果, SCG10 が界面活性剤存在下においても tubulin を主成分とする高分子複合体として、特に、種々のシグナル伝達因子の集積部位として注目されているラフト画分に局在することを見い出した.この結果は SCG10 がラフトにおける情報受容とその変換過程において微小管を中心とする細胞骨格系の構造変化を通じてシナプス形成やその変換に関与する可能性を強く示唆した.RB3に結合する因子として単離したGAF-2は、従来、微小管の安定化因子として知られていたMAP1A, MAP1Bの小サブユニットであるLC3と高い相同性がある。また、これは、ごく最近あきらかになった神経伝達物質GABAの受容体の裏打ち蛋白でチューブリンとも結合しうるGABARAPとも高い相同性があることが明らかとなった。この事実から、膜受容体ーGABARAP/GEF-2/MAP1BLC3ーSCG10/RB3/Sclipー微小管という機能連関の存在が強く示唆された。今後、神経膜応答から神経突起変換という構造可塑性の分子機構へ迫ることが可能になったと考えられる。近いうちにこれらの結果をとりまとめ、得られたクローン配列はデータベースに登録し、クローンについては希望があれば分与する予定である。
結論
SCG10は神経細胞に特異的に発現されるチューブリン崩壊因子であることを明らかにした。また、SCG10に
はRB3とSclipという神経特異的類似分子があること、それらの分布が若干異なることを明らかにした。SCG10の微小管崩壊活性は蛋白分子のリン酸化により抑制されること、RB3のリン酸化領域を中心とする調節ドメインに微小管安定化因子MAP1A, MAP1Bの小サブユニットLC3の類似分子GEF-2が特異的に結合することもわかった。これらの事実から、SCG10遺伝子が微小管のダイナミックスを制御する分子機構の一端を明らかにした。

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