老化個体に蓄積する突然変異の質的特異性の解析

文献情報

文献番号
199800189A
報告書区分
総括
研究課題名
老化個体に蓄積する突然変異の質的特異性の解析
研究課題名(英字)
-
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
小野 哲也(東北大学)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
6,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
老化及び老化個体に多発するさまざまな疾患の原因として、突然変異の重要性が指摘されている。事実、自然突然変異頻度は老化に伴って増加すること、癌の発生と悪性化には一つの細胞内に突然変異が重なることが重要であることなどが示されている。そこで、次のステップとして、これらの突然変異生成の原因が何かという課題が出てくる。この原因が分かれば、老化に伴う変異蓄積を抑制するにはどうしたらよいかを考える糸口が得られるであろう。
突然変異の原因を探るためにはいくつかのアプローチが考えられるが、最も直接的なものは、老化に伴って蓄積する突然変異の分子形を明らかにすることである。このような観点から、突然変異検出用に開発されたMutaマウスを用い、脳、皮膚、睾丸での自然突然変異体を分離し、そのDNA塩基配列を決定し、変異の形とそれぞれの頻度を明らかにすると同時に老若の違いを明らかにしようとするのが目的である。
研究方法
脳と皮膚については出生直後と老化期(23カ月令)のMutaマウス各3匹から臓器を取り出した。皮膚は背中を除毛後3~4・切り出した。睾丸については出生直後では、まだ分化が始まっていないので2カ月令のものと23カ月令のマウス各3匹からサンプリングし、seminiferous tubulesを分離して用いた。各臓器からフェノール法を用いてDNAを抽出し、パッケージングによるファージの作成、ファージのE. coli C株(lacZ-、galE-)への感染を経て、lacZ遺伝子の変異体を含んだファージを分離した。変異体はP-gal存在下で増殖すること、X-galを分解しないことの2点から同定した。変異体の独立したプラーク1つからDNAを抽出し、lacZ部分を500~700bpづつの6つのDNA断片としてPCR増幅、各断片についてdideoxy法により塩基配列を決定した。用いたkitはBig-Dye Sequencing Kit (ABI)、用いたシーケンサーはPRISM377(ABI)であった。塩基配列はlacZ遺伝子の-168から3116までを決めた。
得られた塩基配列をGenBankに登録された野性型lacZ遺伝子の塩基配列と比較することにより変異を同定した。ただしMutaマウスから得られた2つの野性型lacZ遺伝子とすべての変異体で588番目の塩基がCでありGenBankのもの(T)とは異なっていた。したがって、この変化はもともと存在したものと考え変異としては数えなかった。因みにこの変異はsynonymous変異であった。
見出された変異は1塩基置換(transition、transversion)、欠失、喪失などに区別して、それぞれの出現頻度を比較した。また変異がlacZ内のどの位置で起こっているかについても比較検討した。
結果と考察
3つの臓器について各エイジで37~47個の変異体を分離し、それぞれの塩基配列を決めた結果、以下のことが分かった。
a.老化した脳では、変異生成後の細胞分裂によって生じると考えられる同一の変異体の頻度が新生仔のものより低くなっていた。これは出生後の脳では細胞分裂頻度が低いことを反映しているものと思われる。因みに皮膚と睾丸ではそのようなことは見られなかった。
b.最も高頻度でみられたのは1塩基置換であり、全体の80%以上を占めた。これは他の遺伝子で見出されている自然突然変異と類似した結果である。
c.1塩基置換の中で高い頻度を示したものはCpG配列でのG:C→A:T変異であった(全体の50~85%)。これも他の遺伝子でみられる自然突然変異と類似した結果である。
d.少数ではあるが、欠失と挿入も見られた。それらはいずれも断端に1塩基以上の繰り返し配列をもっており、DNA合成の際のslippage modelによって説明し得るものであった。
e.変異の質、それぞれの出現頻度、遺伝子内での分布などについて比較したが、老若による差及び臓器による差はほとんど見られなかった。ただし、老化した脳では活性酸素によるDNA損傷である8ヒドロキシグアニンに由来すると考えられるG:C→T:A変異(transversion)の頻度が高い傾向を示した(新生仔期で0例、老化したもので5例)。また1例ではあるが老化した皮膚では隣り合った2塩基が同時に変化するタンデム変異GC→TTがみられた。
以上の結果から、自然突然変異頻度は老化に伴って増加するものの、その質はほとんど変わらないことが分かった。これは変異の原因が類似していることを示唆するものである。しかもそれは細胞分裂頻度の高い皮膚と睾丸でも、分裂の少ない脳でも変わらないことから細胞分裂に伴うDNA複製とは余り関係していないのではないかと推測される。もしそうであれば、DNAの損傷と修復がより重要ではないかと考えられる。
変異の中で最も頻度の高かったCpG配列でのG:C→A:T transition変異は、いくつかの状況証拠から以下のようなメカニズムで生じると考えられている。すなわち、Cの5の位置でのメチル化による5メチルシトシンの生成、4位のアミノ基の脱落(deamination)による5メチルシトシンのチミンへの変化、チミンとアデニンの対合によるG:CからA:Tへの変化である。確かにMutaマウス内でのlacZ遺伝子のCpG配列はほとんどメチル化されていることを我々自身確かめているし、多くの遺伝子のCpG配列もメチル化されたCを持っていることが報告されている。しかし生体内ではチミンが生じた時点でできるG:Tに対し、ミスマッチ修復が働くことが分かっている。従って老化に伴うCpG配列でのG:C→A:T変異の増加はこのミスマッチ修復活性の低下としても説明できるものである。さらにミスマッチ修復はいくつかのタイプが分かっているが、その中でもこの変異に特異的なものとしてG-Tミスマッチ修復酵素が注目される。
結論
老化したMutaマウスの脳、皮膚、睾丸で見出される自然突然変異の質は若年期のものと類似したものであり、このことは突然変異生成のメカニズムが老若で変わらないことを示唆している。今後は、見出された変異の中で最も高頻度に現れるCpG配列でのG:C→A:T変異がどのようにして生じるかを明らかにすることが老化個体での突然変異蓄積の原因を解明するのに重要である。なお、活性酸素によるDNA損傷に特異的な変化とされるG:C→T:A変異の頻度は低く、またもう1つの特異的変異であるCC→TTのタンデム変異はまったく見出されなかったことから、活性酸素による損傷はそれ程重要でない可能性が示唆された。

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