日本人に高頻度に見られる血栓性遺伝子変異をもつ疾患モデルマウスの開発

文献情報

文献番号
201307001A
報告書区分
総括
研究課題名
日本人に高頻度に見られる血栓性遺伝子変異をもつ疾患モデルマウスの開発
課題番号
H23-創薬総合-一般-001
研究年度
平成25(2013)年度
研究代表者(所属機関)
宮田 敏行(独立行政法人 国立循環器病研究センター 分子病態部)
研究分担者(所属機関)
  • 小亀 浩市(独立行政法人 国立循環器病研究センター 分子病態部)
  • 坂野 史明(独立行政法人 国立循環器病研究センター 分子病態部)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 厚生科学基盤研究分野 創薬基盤推進研究
研究開始年度
平成23(2011)年度
研究終了予定年度
平成25(2013)年度
研究費
6,480,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
私達は、プロテインSの機能低下を伴うK196E変異が静脈血栓塞栓症の遺伝的リスクであることを明らかにした。また、日本人には線溶因子プラスミノーゲンのA620T変異(マウスではA622T変異)がアレル頻度2%(約25人に1人がヘテロ接合体)と高頻度に認められることを報告した。本研究では、日本人に見られるこれら2つの遺伝子変異を有するマウスを作製し、その血栓形成能を評価することにより、日本人に特異的な血栓性遺伝子変異がどのように血栓症に関与するか明らかにすることを目的とする。
研究方法
野生型マウス、プロテインS-K196E変異ヘテロ接合体マウス(自ら作製)、プロテインS-K196E変異ホモ接合体マウス(自ら作製)、プロテインS遺伝子欠損ヘテロ接合体マウス(自ら作製)、プラスミノーゲン-A622T変異ホモ接合体マウス(自ら作製)および凝固第V因子-R504Q変異ホモ接合体マウス(Jackson 研究所から購入)の合計6系統を解析対象とした。

深部静脈血栓症モデル:プロテインS遺伝子改変マウスおよび凝固第V因子-R504Q変異マウスでは、下大静脈にステンレス電極を挿入して200 µA・10分間通電した。電極の電気分解の結果生じるフリーラジカルにより、血管内皮細胞が活性化し、血栓形成が誘発される。生じる血栓が最大となる処置2日目に採血して末梢血血小板数を測定後、実体顕微鏡下に下大静脈内血栓を取り出し、その重量を測定した。また、血漿中の凝固活性化マーカーとしてトロンビン-アンチトロンビン複合体(TAT)濃度、炎症マーカーとしてインターロイキン-6(IL-6)濃度を測定した。プラスミノーゲン-A622T変異マウスでは250 µA・15分間通電し、処置2日後および7日後に血栓重量および未梢血血小板数を測定した。

肺塞栓モデル:プラスミノーゲン-A622T変異マウスに組織因子を下大静脈から投与することで肺塞栓を惹起し、呼吸停止までの時間を20分間測定して生存率をもとめた。また、呼吸停止2分後に右心室からEvans blueを注入し、肺全体の染色像から肺血管閉塞スコアを判定した。

結果と考察
プロテインS-K196E変異マウス、プロテインS遺伝子欠損マウスおよび凝固第V因子-R504Q変異マウスの深部静脈血栓症モデル
 深部静脈血栓症誘発後に形成された血栓重量は、野生型マウスに比べて、プロテインS-K196Eホモ変異マウス、プロテインSヘテロ欠損マウス、凝固第V因子-R504Qホモ変異マウスで増加した。これらのマウスでは、消耗性と考えられる血小板減少も野生型マウスに比べて重篤化した。プロテインS-K196Eヘテロ変異マウスの血栓重量は野生型マウスと有意差はみられなかったが、血小板数は減少した。プロテインS-K196Eホモ変異マウス、プロテインSヘテロ欠損マウス、凝固第V因子-R504Qホモ変異マウスでは、血漿TATおよびIL-6濃度が野生型マウスに比べて上昇しており、凝固反応や炎症反応の活性化に伴って静脈血栓形成が亢進したと考えられた。

プラスミノーゲン-A622T変異ホモ接合体マウスの深部静脈血栓症モデルと肺塞栓モデル
 深部静脈血栓症モデル実験において、血栓重量は野生型マウスとプラスミノーゲン-A622Tホモ変異マウスの間に有意差は認められなかったことから、プラスミノーゲン-A620T変異は深部静脈血栓症の増悪要因ではないと考えられた。肺塞栓モデル実験でも、野生型マウスとプラスミノーゲン-A622Tホモ変異マウスの間に違いは認められなかった。したがって、プラスミノーゲン-A620T変異はこれらの静脈血栓塞栓症状悪化の原因とはならないと考えられた。

医薬基盤研究所への遺伝子改変マウスの登録
 本研究で樹立したプロテインS遺伝子改変マウスおよびプラスミノーゲン-A622T変異マウスを国内外の研究者に譲渡するため、(独)医薬基盤研究所メディカル・バイオリソース・データベースに登録した。


結論
プロテインS-K196E変異ヘテロ接合体マウス、プロテインS-K196E変異ホモ接合体マウス、プロテインS遺伝子欠損ヘテロ接合体マウス、プラスミノーゲン-A622T変異ホモ接合体マウスの静脈血栓形成能を評価し、日本人の血栓症の特性を明らかにした。

公開日・更新日

公開日
2015-03-03
更新日
-

研究報告書(PDF)

公開日・更新日

公開日
2015-06-16
更新日
-

文献情報

文献番号
201307001B
報告書区分
総合
研究課題名
日本人に高頻度に見られる血栓性遺伝子変異をもつ疾患モデルマウスの開発
課題番号
H23-創薬総合-一般-001
研究年度
平成25(2013)年度
研究代表者(所属機関)
宮田 敏行(独立行政法人 国立循環器病研究センター 分子病態部)
研究分担者(所属機関)
  • 小亀 浩市(独立行政法人 国立循環器病研究センター 分子病態部)
  • 坂野 史明(独立行政法人 国立循環器病研究センター 分子病態部)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 厚生科学基盤研究分野 創薬基盤推進研究
研究開始年度
平成23(2011)年度
研究終了予定年度
平成25(2013)年度
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
私達は、プロテインSの機能低下を伴うK196E変異が日本人約55人に1人に見られ、静脈血栓塞栓症の遺伝的リスク(オッズ比、5程度)であることを報告した。また、日本人には線溶因子プラスミノーゲンのA620T変異(マウスではA622T変異)がアレル頻度2%(約25人に1人がヘテロ接合体)と高頻度に認められることを報告した。本研究では、日本人に見られるこれら2つの遺伝子変異を有するマウスを作製し、それらの血栓形成能を評価することにより、日本人に特異的な血栓性遺伝子変異がどのように血栓症発症に関与するか明らかにすることを目的とする。
研究方法
プロテインS-K196E変異ヘテロ接合体マウス、プロテインS-K196E変異ホモ接合体マウス、プロテインS遺伝子欠損ヘテロ接合体マウス、プラスミノーゲン-A622T変異ホモ接合体マウスを自ら作製した。白人に見られる血栓性素因の凝固第V因子-R504Q変異を有するホモ接合体マウスはJackson 研究所から購入した。
 はじめに、これらの遺伝子改変マウスの血液学的性状を解析した。次いで、これらの遺伝子改変マウスの血栓形成能を、1)組織因子誘発肺梗塞モデル、2)ポリリン酸誘発肺梗塞モデル、3)深部静脈血栓症モデル、4)三血管閉塞法による局所脳虚血再灌流モデルなどを用いて評価した。

結果と考察
プロテインS-K196E変異ホモ接合体マウスは、野生型マウスと比較して、プロテインS活性67%、プロテインS抗原量96%を示した。プロテインS遺伝子改変マウスの血栓形成能を、上記1)~4)の血栓モデルを用いて評価した。プロテインS-K196E変異マウスおよびプロテインS遺伝子欠損マウスは、凝固第V因子-R504Q変異マウスと同様に、野生型マウスに比べ、組織因子およびポリリン酸の静脈投与後の肺血管閉塞が進行し、高い死亡率を示した。また、深部静脈血栓症モデルにおいても、プロテインS-K196E変異マウス、プロテインS遺伝子欠損マウスおよび凝固第V因子-R504Q変異マウスは、野生型マウスに比べて重篤な症状を呈した。したがって、プロテインS-K196E変異は静脈血栓症重症化の要因になることが明らかになった。しかし、凝固第V因子-R504Q変異マウスとは異なり、脳虚血再灌流モデルでは野生型との差異は見られなかった。
 プラスミノーゲン-A622T変異ホモ接合体マウスは、血漿プラスミノーゲン活性8%、抗原量48%を示した。本マウスの血栓傾向を、1)~4)のモデルを用いて評価した。プラスミノーゲン-A622T変異ホモ接合体マウスは、肺塞栓モデル、深部静脈血栓症モデル、局所脳虚血再灌流モデルのいずれの血栓モデルでも野生型マウスと比較して症状の悪化を認めなかった。したがって、マウスではプラスミノーゲン-A622T変異は血栓性疾患の一次的なリスクとはならないと考えられた。
 本研究により、多くの日本人が保有するプロテインS-K196E変異およびプラスミノーゲン-A620T変異の血栓症における役割を、変異保有マウスを用いて実験的に明らかにできた。マウスでは血栓症発症のmodifierとなる環境因子を負荷した場合の研究を行えるので、遺伝子変異を保有するマウスの作製は日本人の血栓症の理解に大きく貢献する。本研究により日本人の血栓症の特異性を解明する基盤を整備することができた意義は大きいと考える。
 本研究で樹立したプロテインS遺伝子改変マウスおよびプラスミノーゲン-A622T変異マウスを国内外の研究者に譲渡するため、(独)医薬基盤研究所メディカル・バイオリソース・データベースに登録した。今後、医薬基盤研究所を通して、私達が作製した遺伝子改変マウスが広く研究に使われることを期待している
結論
プロテインS-K196E変異ヘテロ接合体マウス、プロテインS-K196E変異ホモ接合体マウス、プロテインS遺伝子欠損ヘテロ接合体マウス、プラスミノーゲン-A622T変異ホモ接合体マウスを樹立した。プロテインS-K196E変異は静脈血栓症を促進する要因であった。

公開日・更新日

公開日
2015-03-03
更新日
-

研究報告書(PDF)

公開日・更新日

公開日
2015-06-16
更新日
-

行政効果報告

文献番号
201307001C

成果

専門的・学術的観点からの成果
プロテインS-K196E変異は日本人約55名に1名の頻度で認められ、約1万人がホモ接合体と推定される静脈血栓塞栓症の遺伝的背景である。線溶因子プラスミノーゲンの活性の低下を伴うA620T変異は、日本人の約25名に1名の頻度で認められ、約5万人がホモ接合体であると推定される。本研究では、これらの変異を有するマウスを作製し、その血栓能を評価した。プロテインS-K196E変異保有マウスは明らかな血栓能の亢進を認めた。プラスミノーゲンA620T変異保有マウスの血栓能は亢進していなかった。
臨床的観点からの成果
プロテインS-K196E変異保有マウスは、肺梗塞モデルと深部静脈血栓症モデルで血栓能の亢進を認めたが、局所脳虚血再灌流モデルでは野生型との差を認めなかった。本研究から、多くの日本人は本変異を保有することにより静脈血栓症のリスクに晒されていることが判明した。静脈血栓症は80歳台では約100人年に1回の発症が見られるように、高齢者で発症数が急上昇する。静脈血栓症は妊娠時でも大きな問題になっている。変異保有者は静脈血栓症の発症を促す環境因子への暴露を避けるべきである。
ガイドライン等の開発
なし
その他行政的観点からの成果
なし
その他のインパクト
日本人の血栓症の遺伝的背景を解明した本成果を、国内外での講演などで積極的に情報の発信を行った(3年間で18回)。

発表件数

原著論文(和文)
0件
原著論文(英文等)
59件
その他論文(和文)
32件
その他論文(英文等)
10件
総説、コメンタリーを含む
学会発表(国内学会)
58件
学会発表(国際学会等)
35件
ドイツXXVI ISTH Meeting 2017のState-of-the-Art講演など
その他成果(特許の出願)
0件
その他成果(特許の取得)
0件
その他成果(施策への反映)
0件
その他成果(普及・啓発活動)
0件

特許

主な原著論文20編(論文に厚生労働科学研究費の補助を受けたことが明記された論文に限る)

論文に厚生労働科学研究費の補助を受けたことが明記された論文に限ります。

原著論文1
Kokame K, Sakata T, Kokubo Y, et al.
von Willebrand factor-to-ADAMTS13 ratio increases with age in a Japanese population.
J Thromb Haemost , 9 (7) , 1426-1428  (2011)
10.1111/j.1538-7836.2011.04333.x
原著論文2
Yamamoto H, Kokame K, Okuda T, et al.
NDRG4 protein-deficient mice exhibit spatial learning deficits and vulnerabilities to cerebral ischemia.
J Biol Chem , 286 (29) , 26158-26165  (2011)
10.1074/jbc.M111.256446
原著論文3
Neki R, Fujita T, Kokame K, et al.
Genetic analysis of patients with deep vein thrombosis during pregnancy and postpartum.
Int J Hematol , 94 (2) , 150-155  (2011)
10.1007/s12185-011-0902-z
原著論文4
Kokame K, Kokubo Y, Miyata T
Polymorphisms and mutations of ADAMTS13 in the Japanese population and estimation of the number of patients with Upshaw-Schulman syndrome.
J Thromb Haemost , 9 (8) , 1654-1656  (2011)
10.1111/j.1538-7836.2011.04399.x
原著論文5
Miyata T, Hamasaki N, Wada H, et al.
More on: racial differences in venous thromboembolism.
J Thromb Haemost , 10 (2) , 319-320  (2012)
10.1007/s12185-012-1052-7
原著論文6
Tashima Y, Banno F, Kita T, et al.
Plasminogen Tochigi mice exhibit phenotypes similar to wild-type mice under experimental thrombotic conditions
PLoS One , 12 (7) , e0180981-  (2017)
10.1371/journal.pone.0180981
原著論文7
Eura Y, Yanamoto H, Arai Y, et al.
Derlin-1 deficiency is embryonic lethal, Derlin-3 deficiency appears normal, and Herp deficiency is intolerant to glucose load and ischemia in mice.
PLoS ONE , 7 (3) , e34298-  (2012)
10.1371/journal.pone.0034298
原著論文8
Kita T, Banno F, Yanamoto H, et al.
Large infarct and high mortality by cerebral ischemia in mice carrying the factor V Leiden mutation.
J Thromb Haemost , 10 (7) , 1453-1455  (2012)
10.1111/j.1538-7836.2012.04776.x
原著論文9
Shin Y, Akiyama M, Kokame K, et al.
Binding of von Willebrand factor cleaving protease ADAMTS13 to Lys-plasmin(ogen).
J Biochem , 152 (3) , 251-258  (2012)
10.1093/jb/mvs066
原著論文10
Miyata T, Kokame K, Matsumoto M, et al.
ADAMTS13 activity and genetic mutations in Japan.
Hamostaseologie , 33 (2) , 131-137  (2013)
10.5482/HAMO-12-11-0017
原著論文11
Fan X, Yoshida Y, Honda S, et al.
Analysis of genetic and predisposing factors in Japanese patients with atypical hemolytic uremic syndrome.
Mol Immunol , 54 (2) , 238-246  (2013)
10.1016/j.molimm.2012.12.006
原著論文12
Akiyama M, Nakayama D, Takeda S, et al.
Crystal structure and enzymatic activity of an ADAMTS-13 mutant with the East Asian-specific P475S polymorphism.
J Thromb Haemost , 11 (7) , 1399-1406  (2013)
10.1111/jth.12279
原著論文13
Liu W, Yin T, Okuda H, et al.
Protein S K196E mutation, a genetic risk factor venous thromboembolism, is limited to Japanese.
Thromb Res , 132 (2) , 314-315  (2013)
10.1016/j.thromres.2013.05.008
原著論文14
Honda S, Shirotani-Ikejima H, Tadokoro S, et al.
The integrin-linked kinase-PINCH-parvin complex supports integrin αIIbβ3 activation.
PLoS ONE , 8 (12) , e85498-  (2013)
10.1371/journal.pone.0085498
原著論文15
Yin T, Miyata T
Dysfunction of protein C anticoagulant system, main genetic risk factor for venous thromboembolism in Northeast Asians.
J Thromb Thrombolysis , 37 (1) , 56-65  (2014)
10.1007/s11239-013-1005-x
原著論文16
Eura Y, Kokame K, Takafuta T, et al.
Candidate gene analysis using genomic quantitative PCR: identification of ADAMTS13 large deletions in two patients with Upshaw-Schulman syndrome.
Mol Genet Genomic Med , 2 (3) , 240-244  (2014)
10.1002/mgg3.64
原著論文17
Matsui H, Takeda M, Soejima K, et al.
Contribution of ADAMTS13 to the better cell engraftment efficacy in mouse model of bone marrow transplantation.
Haematologica , 99 (10) , e211-e213  (2014)
10.3324/haematol.2014.109512
原著論文18
Tashima Y, Banno F, Akiyama M, et al.
Influence of ADAMTS13 deficiency on venous thrombosis in mice.
Thromb Haemost , 114 (1) , 206-207  (2015)
10.1160/TH14-08-0656
原著論文19
Banno F, Kita T, Fernandez JA, et al.
Exacerbated venous thromboembolism in mice carrying a protein S K196E mutation.
Blood , 126 (19) , 2247-2253  (2015)
10.1182/blood-2015-06-653162
原著論文20
Maruyama K, Akiyama M, Kokame K, et al.
ELISA-based detection system for protein S K196E mutation, a genetic risk factor for venous thromboembolism.
PLoS ONE , 10 (7) , e0133196-  (2015)
10.1371/journal.pone.0133196

公開日・更新日

公開日
2015-05-26
更新日
2018-05-21

収支報告書

文献番号
201307001Z