高齢者虐待の発生予防及び援助方法に関する学際的研究

文献情報

文献番号
199800185A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者虐待の発生予防及び援助方法に関する学際的研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
多々良 紀夫(淑徳大学)
研究分担者(所属機関)
  • 染谷俶子(淑徳大学)
  • 田中荘司(東海大学)
  • 副田あけみ(東京都立大学)
  • 萩原清子(関東学院大学)
  • 安梅勅江(国立身体障害者リハビリテーション研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
7,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
少子高齢社会の到来に対処するため、政府は新ゴールドプランの計画的実施や介護保険法の創設により要介護高齢者が安心して生活できる社会の建設を進めている。その中で昨今、高齢者の虐待問題が社会的に大いに注目されるようになってきている。家族変容、扶養意識の変化等に伴い、ニーズの多様化に呼応した支援に期待が高まる一方、現実に高齢者の虐待問題が生じた際の相談窓口、援助方法を含む支援システムは、わが国においてはほとんど手つかずの状況である。未だ日本における高齢者の虐待に関する詳細な実態について、ほとんど把握されていない現状であり、日本の文化背景を踏まえたその発生の予防や発生後の専門職の対応方法に関する知識・技術の蓄積は喫緊の課題である。 そこで本研究は、学際的な視点から虐待事象を把握し、虐待発生の背景(家庭・社会)的要因を分析しながらその発生メカニズムを解明し、今後必要とされる社会的対応策を策定することにより、高齢者のリハビリテーション、看護、介護支援に資することを目的とするものである。
研究方法
本研究は3つの領域からの複合的な展開を意図している。即ち、高齢者虐待の発生及び防止に関する実証調査研究(田中)、生活の自己決定意識と老人虐待に関する関連要因分析研究(安梅)、高齢者虐待が発生した家庭内における世代間ダイナミックスの研究(多々良)である。これらの複合解析により、高齢者虐待に関する全国規模の横断研究及び特定地域の縦断研究による実態及び発生機序分析、高齢者自身、家族、地域社会、専門職からの高齢者虐待に対する意識と実態の差異をはじめ、世代間比較分析による世代間転移、葛藤等のダイナミックスの構造分析を行うものである。
本年度田中は、「在宅要介護高齢者の虐待発生に関する事例調査」を全国の訪問看護ステーション 955カ所に実施し、分析を行った。虐待の事例のみを対象とする従来の調査とは異なり、過去1年間に担当した事例のうち虐待と思われる事例を1例、および、最近訪問看護を実施した要介護高齢者で虐待と思われる状況が観察されなかった事例1例、合計2例の事例を得て、この調査では「虐待あり」群と「虐待なし」群の比較分析により高齢者虐待の発生要因となる危険因子を明らかにした。
安梅は、高齢者虐待の予防のため、在宅高齢者の虐待を受けるリスクと高齢者及び介護者の特性との関連を明らかにすることを目的とし、大都市近郊農村60歳以上の要支援者78名を対象に、看護職、ケースワーカー等保健福祉領域の専門調査員からなる4人で訪問面接法による調査を実施した。
多々良は、「高齢者虐待が発生した家庭に関するアンケート」を無作為抽出による全国の老人デイサービスセンター・在宅介護支援センター各1,000、合計2,000機関へ実施した。アンケート表Aにおいては回答者の特性、高齢者虐待件数、虐待被害者や加害者の情報等を収集し、アンケート表Bでは「身体的虐待」と「世話の放任」についてのみ記述を求め、具体的な虐待事例を把握した。
結果と考察
田中は調査により高齢者虐待件数 277および、コントロールグループとしての非虐待件数 346を把握した。その分析結果は、被虐待高齢者の特性として、全体の75%が女性であり、平均年齢は81歳、寝たきり77%、痴呆80%であった。身体精神状況では「問題行動を伴う痴呆」、「精神的不安定・疾患」、「コミニュケーション障害」等が非虐待ケースの場合よりも高率で有意な差が見られた。また、介護者の虐待リスク要因では、「心身の疲労」、「もともとの嫁姑の人間関係の悪化」、「精神・身体的障害有」、「サービス不利用の傾向」等が非虐待ケースの場合よりも高率であることがわかった。主な介護者の虐待率は 85%で嫁、娘、息子が上位を占めていた。
安梅は、訪問面接調査の結果、被虐待リスクのあるものは78名中14名であり、虐待リスクは女性、痴呆、高依存度、失禁、徘徊、感覚障害のある高齢者、及び介護者が嫁の場合高かった。多重ロジスティック回帰分析の結果、徘徊、介護者の健康障害及び対象者への無理解がリスク要因として選択された。
多々良は、アンケート調査により 731の有効回答(回収率36.6%)を得て、合計1,039件の高齢者虐待を把握し分析を行った。虐待被害者の特性としては、平均年齢81.0歳(平均値・中央値共)、女性が73.8%を占めていた。虐待加害者の特性として、平均年齢は平均値で56.4歳、中央値で55.0歳で、女性が 62.5%であり、続柄では被害者の子供(主に息子)、子の配偶者(主に嫁)が多いことが分かった。
田中:今回の調査において、「虐待あり」群と「虐待なし」群の比較分析を行い、在宅要介護高齢者の虐待発生に関する要介護者側、介護者側の双方の危険因子を明らかにした。しかし、単変量解析により有意な差があった項目がそのまま虐待発生に関連しているとは言い切れないが、要介護者側の状況として性別、年齢、生活自立度、心身状況、介護者側の状況として主介護者の性別、年齢、続柄、介護者状況等の項目について詳しく調べることが重要であり、虐待を受けている可能性のあるケースかどうかを予測するには役立つと言える。しかし、これらの要因が複合的に、しかも個人的・家庭内要因、社会的要因とも重層化されて虐待が発生すると思われる。
今後、虐待防止のためには高齢者、介護者、家族の虐待に関する意識改革が必要であり、さらに保健福祉関係者自身も虐待認識を深め、要介護者及び介護者の双方へのきめ細かな援助と支援システムの構築が必要であると思われる。
安梅:本研究の対象である日本の典型的な大都市近郊農村であるT村の要支援対象者の被虐待リスクあり群の割合は10%代と他の外国の先行研究に比較して極端に相違のない可能性が示された。
高齢者の特性による被虐待リスク関連要因では75歳以上の女性・問題行動のある高齢者に被虐待リスクが高かったが、外国・日本の先行研究でも同様の結果がでている。問題行動をとりやすい痴呆高齢者の特性に関する知識や対処方法の介護者への提供が必要である。
虐待の種類の順位については、他の研究と多少異なるが、調査対象、調査方法の違いによると思われる。
主介護者は嫁が多く、虐待リスクも嫁が多かった。協力者を得られず主介護者ひとりに介護負担が集中することが多いが、介護プログラムを作る際、介護協力者が得られるような具体的工夫も必要であろう。
多々良:本研究は、他の先行研究より多い 1,039件の高齢者虐待を把握したことにより、統計的分析を可能にした。また、同じ研究方法や虐待の定義を用いて行われたものでない研究との比較は慎重を期すべきであるが、いくつかのアメリカの先行研究等との比較も可能にしたと言える。まず、虐待被害者の平均年齢は、本研究では中央値、平均値共81.0歳であったが、アメリカの老人虐待の平均年齢より高かった。被害者の性別では、アメリカにおける男性の被虐待者の割合が日本に比べて少し多いと言える。
虐待加害者の性別内訳については、本研究では女性が 62.5%を占めるのに対してアメリカでは 女性は52.4%(1994年)との報告があり、かなりの違いが見られた。また、加害者の被害者との続柄に関しても日米のデータの比較により、大きな違いが得られた。日本では「子と子の配偶者」の割合が異常に多く、さらに分析すると「息子の嫁」が「子の配偶者」の殆どを占めるという欧米にはない日本特有な現象が判明した。また、「配偶者」が加害者になる割合がアメリカより日本の方が多いということも分かった。
結論
本年度の研究において、3側面から高齢者虐待の調査を行った結果、多数の高齢者虐待を把握した。また、それぞれのデータの分析結果から、類似した虐待被害者の特性、虐待加害者の特性、虐待リスク要因等が得られた。しかし、次年度において、本年度の量的調査による統計分析では得られなかった高齢者虐待のより詳細なデータの訪問面接調査による収集および分析、特定地域での縦断研究等による、虐待発生の背景的要因を分析しながらその発生のメカニズムの解明が引き続き必要と思われる。
今後、本研究の成果を踏まえ、日本独自の高齢者虐待指標の開発、高齢者虐待の予防の視点を加味したケアマネジメントの導入を含めた地域における高齢者虐待予防のシステムの確立、介護者への支援体制の確立等が急務であると思われる。

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