沖縄における長寿要因-生活習慣病と食生活との関連-

文献情報

文献番号
199800182A
報告書区分
総括
研究課題名
沖縄における長寿要因-生活習慣病と食生活との関連-
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
柊山 幸志郎(琉球大学医学部教授)
研究分担者(所属機関)
  • 井関邦敏(琉球大学医学部助教授)
  • 等々力英美(琉球大学医学部助教授)
  • 川崎晃一(九州大学健康科学センター教授)
  • 山村卓(国立循環器病センター研究所室長)
  • 緒方絢(国立循環器病センター部長)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
8,400,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
なぜ沖縄に長寿者が多いかその理由については不明な点が多く、遺伝、環境、疾病の発症率など多方面からの研究が必要である。食生活は重要な環境要因である。沖縄に特徴的な因子があるか否か、食生活により影響される血清脂質や食塩摂取量と生活習慣病の関連を調べる。外国において血清コレステロールは既に確立された危険因子であるが、我が国ではこの面の疫学的研究が少なく、あっても一定の成績は得られていない。本研究班では(1)沖縄住民の血清コレステロール値と生活習慣病である心筋梗塞、脳卒中発症率との関連を調べる。(2)血清コレステロール値や血清アルブミン値と末期腎不全の発症率との関連を調べる。(3)沖縄に特徴的な食事を解析するために食品について分析し基礎的調査表を作成する。(4)高血圧に影響する沖縄住民の食塩摂取量とカリウム摂取量を尿分析により推定し検討する。(5)沖縄県住民の血清脂質やリポ蛋白(a)を調査し、さらに遺伝的因子であるアポE表現型を測定し地域による違いを調べ、沖縄住民の特徴を調べる。(6)脳出血の病理学的分析と血清コレステロールおよび血清アルブミンとの関連を検討する。以上のように多方面からの調査により沖縄地域住民の食生活、脂質、血圧、尿中電解質を分析し、生活習慣病との関連を明らかにして沖縄の長寿要因を調べることを目的とする。
研究方法
(1)沖縄地域住民の脳卒中、心筋梗塞と食生活との関係:1988年4月から3年間に沖縄で発症した脳卒中・心筋梗塞の登録データを利用して発症者を抽出する。1983年住民検診の血清コレステロール値により4群(≦167、168-191、192-217、≧218 mg/dl)に分け、年齢、性、脳卒中発症率、心筋梗塞発症率を多変量解析により検討し低コレステロール群(≦167)に対する脳卒中・心筋梗塞発症のオッズ比を算出する。さらに肥満度をBody mass index(BMI)で6群に分けて発症率を比較する。(2)沖縄地域住民の末期腎不全発症率と予後決定因子:1983年度の沖縄住民検診で血清コレステロール値を有する者を対象とし、慢性透析患者を登録している沖縄透析研究のデータと合わせて性、年齢、BMI、検尿、血圧、血清コレステロール値や血清アルブミン値を調べ、末期腎不全の進展に及ぼす影響を多変量解析で検討する(3)沖縄に特徴的な食生活:沖縄で平均的な健康水準をもつ久米島の住民70世帯140人を対象として栄養士が点検を行いながら7日間の食物摂取を調査し個人内変動と個人間変動を調べる。(4)住民の地域別食塩摂取量と血圧値:沖縄県総合保険協会人間ドック受診者の男女1302名(男性886名、女性416名)を対象に性、年齢、血圧、BMI、血液生化学の結果及び尿電解質、尿クレアチニンを測定し、食塩摂取量、カリウム摂取量、尿中Na/K比、Ca/Mg比を算出し関連を検討する。(5)沖縄における血清脂質と動脈硬化の関連:沖縄県住民を対象に採血を行い、性別、年齢別の血清総コレステロール、中性脂肪、HDLコレステロールと血清Lp(a)を測定する。さらにアポE表現型を等電点電気泳動によるイムノブロット法を用いて同定し、大阪地区住民と比較する。(6)脳内出血の原因と血清コレステロール値との関連:脳出血剖検151例で高血圧や止血異常などの臨床像を病理組織学的検索結果と合わせて原因を分析する。さらに高血圧性脳出血例と脳アミロイドアンギオパチーによる脳内出血82例について発症6ヶ月以内の血清総コレステロールと血清アルブミン値を調べ脳出血発症との関連を見る。
結果と考察
(1)心筋梗塞は血清コレステロール値の上昇ととも
に発症率が増加したが、脳出血と脳梗塞を含めた全脳卒中例と血清コレステロール値には有意な関係は見られなかった。しかし男性では血清コレステロールが低いほど脳出血の発症が高くなった。BMIでみると男女とも脳卒中、心筋梗塞の発症率とは一定の関係は見られなかった。心筋梗塞は欧米と同様に血清コレステロール値の上昇とともに発症率は高くなることが示された。また脳卒中では脳出血の男性のみで血清コレステロール値が低いほどの発症率が増加した。(2)腎不全の予測因子として有意であったものは男性、蛋白尿、血尿、拡張期血圧、血清クレアチニン値の軽度上昇(男≧1.4mg/dl、女≧1.2 mg/dl)であった。年令、血清コレステロール、収縮期血圧は有意ではなく、BMIは女性のみで有意であった。末期腎不全にて慢性透析療法施行中の患者の生命予後を規定する因子として低血清アルブミン血症が有意であることが判明した。高コレステロール値は腎不全進行の独立した危険因子ではなかった。これは沖縄県では300mg/dl以上の著明な高脂血症を呈することが少なかったことも影響していると考えられる。血清アルブミン値は低いほど生命予後が悪かった。これは腎不全進行防止のための蛋白制限がむしろ低栄養を惹起することになり予後を悪化させる可能性を示唆している。(3)食事調査における各栄養素の個人間、個人内変動の変動係数を求めたところ、両変動係数ともに男が高値を示した。レチノール、ビタミンB1、食物繊維は個人内変動係数が小さかった。沖縄ではこれまでの報告と比較してレチノール摂取の変動が小さく地域的な特徴が示された。個人間、個人内変動は地域固有の食物摂取構造に反映するため食事調査票の開発には地域的特性を十分に考慮する必要がある。(4)沖縄県住民の食塩摂取量推定値は約10.5g/日、カリウムは約2.0g/日で、両推定値は正規分布を示していた。女性では血圧値が高いほど食塩摂取量が多かった。BMIと血圧には有意な正相関があり沖縄県住民でも肥満度と血圧には関わりが強かった。尿中Ca/Mgは女性で血圧が高いほど高値を示していた。日本人の平均食塩摂取量(全国13.0g)より沖縄県住民の食塩摂取量は少なく、K摂取量も日本人の平均摂取量より低い傾向であった。沖縄県民調査での血圧レベルと食塩、K摂取量との関連では高血圧者に食塩摂取量が多い傾向はあるものの、明らかな関与は認めなかった。(5) 血清脂質は他地域と同様に中性脂肪(TG)が男性で高値をHDL-Cは女性で高値を示した。、大阪地区住民と比較して総コレステロール値は沖縄住民でいずれの群もやや低値傾向にあった。またTG値は沖縄県男性で高値傾向を示したが、女性では差は認めなかった。HDL-Cは沖縄県住民が低値であった。Lp(a)は両地区で大差なかった。アポE遺伝子頻度は大阪地区と比較するとE3の高頻度傾向、E4とE2の低頻度傾向にあった。これまでわが国で、地域住民の多数例についてLp(a)を測定した成績はあまりない。血清Lp(a)濃度は沖縄地区の500例の解析ではやや変動が大きく一定の傾向はみられず、沖縄と大阪地区で大きな違いはなかった。これまで我々はアポ蛋白EアイソフォームのE4がその促進因子で、E2は防御的に作用することを示しており、今回の沖縄住民でもE4はコレステロール、LDL-Cを上昇させ、Lp(a)も高値傾向となることが示された。E2もTG、レムナントリポ蛋白を上昇させ、動脈硬化のリスクとなる可能性もあり、E4, E2の少ない沖縄住民は遺伝的に動脈硬化に対し防御的に作用しているのかも知れない。(6) 脳出血例では血清総コレステロール値が低い程脳内出血が起こりやすいことが確認された。また高血圧性脳内出血例で粥状硬化性疾患の合併例では血清総コレステロール値と脳内出血の発症に関連はなかった。疫学調査の報告では低コレステロール血症が脳内出血発症と関連しているとされているが病理剖検所見を基にしたものではない。今回、病理学的研究でも血清総コレステロール値が低値を示す症例に高血圧性脳内出血および脳アミロイド・アンギオパチーによる脳内出血が起こり易いことが判った。血清総コレステロール低値を示す症例は動脈壁が脆弱になるこ
とが原因として考えられる。血清アルブミン値は脳出血例で比較的低値を示していたが特徴的な関連は見られなかった。
結論
沖縄の長寿の要因を食生活、血清脂質、高血圧、生活習慣病の立場から解析を行った。血清コレステロールの高値は心筋梗塞と、低値は男性の脳出血と関連している。腎疾患との関係は明らかでなくむしろ低アルブミン血症と関連が強かった。沖縄住民での尿中Na排泄量は他地域や日本人平均値より低値であり、K排泄量もやや低い傾向であった。沖縄地区住民の血清脂質やLp(a)では大阪地区住民と大きな違いはなく、むしろ遺伝的なアポE表現型のE4, E2が少なかった。このことは動脈硬化に防御的に働いているのかも知れない。脳出血は低コレステロール値と関連しているが、低アルブミン血症とは関連が見出せなかった。生活習慣病と食生活は今回解析を行った血清脂質、食塩摂取、カリウム摂取、低栄養状態と密接に関連しており、沖縄における生活習慣病との関連や長寿の要因を調べる上で重要である。これらの結果をもとにさらに研究を進める必要がある。

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