高齢神経疾患のリハビリテーションによる機能回復機序に関する研究

文献情報

文献番号
199800175A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢神経疾患のリハビリテーションによる機能回復機序に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
宮井 一郎(国立療養所刀根山病院)
研究分担者(所属機関)
  • 鈴木恒彦(ボバース記念病院)
  • 久保田競(日本福祉大学)
  • 中山博文(国立大阪病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
-
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
脳卒中や神経変性疾患患者で、病変部位、麻痺肢の運動によるfunctional MRI (fMRI)所見、前頭葉機能とリハビリテーション(リハ)による機能回復との関連を検討することにより、ヒトの脳損傷後の機能回復機序を解析し、最適なリハのストラテジーと環境の構築に寄与することを目的とした。
研究方法
1. 中大脳動脈領域の初回脳梗塞31例を、基底核とPMCを含む脳梗塞(PMC+)12例と基底核とPMC以外の大脳皮質を含む脳梗塞(PMC-)19例の2群に分けてリハ予後を比較した。2. 脳卒中による片麻痺患者5例とコントロールとして健常者5例(全例右利き)でfMRIを島津製1.0 tesla超伝導装置を用いて、flow compensationによるgradient echo法で撮像した。タスクは麻痺側手指の把握運動を用いた。3. 画像上、前頭連合野に病変を有し、非麻痺側の上肢の運動機能には障害が認められない発症後5ヶ月以上の脳卒中による片麻痺患者14例と健常者27名で、コンピューター制御の下で行う、タッチスクリーン上の視覚刺激表示を用いた遅延反応-DRテストと、その準備操作としてのプレテスト-MGテストを行った。4. 頭部外傷により両側前頭葉吻側に病変を生じ、神経学的所見や一般的な知能検査が正常であったにもかかわらず、持続性の社会的行為の障害を呈した20才右利き男性での、症状の改善と前頭葉機能の関連の検討した。5. 脳卒中地域研究The Copenhagen Stroke Studyのデータベース(人口24万人の地域で1991年9月から25ヶ月間に発症した急性脳卒中患者、連続1197名を対象とした予後調査)を用いて、入院期間別に重症度別患者構成の変化を入院時のScandinavian Stroke Scale (SSS)スコアによって、最重症(SSS 0-14)、重症(SSS 15-29)、中等症(SSS 30-44)、軽症(SSS 45-58)に分け、入院患者に占める、最重症、重症、中等症、軽症患者の比率を入院期間別に調べた。
結果と考察
1. Disability (Functional Independence Measure)は、歩行、階段、移乗動作の改善がPMC-の方がPMC+より有意に良好であった。(Wilcoxon's ranked sum test, p<0.05)Impairment (Stroke Impairment Assessment Set)は、上肢には差はなかったが、下肢の近位筋麻痺の改善がPMC-の方が有意に良好であった。(p<0.05)運動前野病変を有する場合、歩行、移乗などの運動機能予後が不良であり下肢近位筋力低下との関連が示唆された。2. 麻痺が軽度(手指SIAS4)の右内包梗塞2例では病変側運動感覚野、非病変側運動野と帯状回の賦活、中等度(手指SIAS 2)の右放線冠梗塞1例、高度(手指SIAS 1A)の右被殻出血1例と左皮質出血1例では病変側運動感覚野、運動前野,非病変側運動感覚野、運動前野、補足運動野、帯状回と広範に賦活が認められた。麻痺の程度,病変部位により手指運動により賦活される大脳皮質部位が異なった。手指麻痺の程度が強い程、広範囲に賦活が及ぶことは、より多くの代償機構が働いている可能性を示す。3. 健常者群はMGテスト、DRテストとも正答率100%、試行毎の偏差値は小さかった。全反応時間(反応時間+運動時間)は700~1200 msec、平均反応時間は300msec、平均運動時間は500 msecで60才以上でやや延長傾向が見られた。脳卒中患者では、個々の症例により正答率15%~100%までばらつき、正答率の低い例では平均反応時間、運動時間とも遅い傾向があり、試行毎の偏差値も大きかった。全反応時間は900~2500 msecと健常者群より動作遂行が常に遅かった。平均反応時間は300~1750 msec、平均運動時間500~1300 msecと個人差が著明であり、試行毎の偏差値も大きかった。また患者群では二つの行動戦略、すなわち全動作の手順を完全に納得してから動作開始に至るパターン
と始めの動作手順の理解の途中から動作を開始し、その後は修正しつつ運動の実行を続けるパターンが存在することが示唆された。4. 患者は食事以外、会話や歩行を自発的に開始することはなく、更衣や目玉焼きを作る際の系列動作が困難であった。見当識は保たれ、病歴を述べることができたが、事故(高校)時から中学時までの逆行性健忘を認めた。頭部MRIでは両側前頭葉の広範な低吸収域(Brodmann9, 11野吻側部及び10野の一部)と側脳室拡大を認めた。記銘力と失語症検査は正常、WAISはtotal/ verbal/performance=108/124/82、Wisconsin Card Sorting Testはカテゴリー数5、誤謬数0、保続による誤謬数3であった。前述の前頭前野機能検査は、MG課題は正常範囲で、DR課題では、運動時間に遅延があるものの、反応時間は正常で前頭前野機能の一部は保たれていた。作業療法開始後、約2週間で、患者の日常行為は改善し、自発的に勉強するようになり、木のブロックから筆箱を作る課題を6ヶ月で完了した。3週間でキーボードのブラインドタッチを修得するなど、新しい行為の学習が可能になった。患者は、発症後3年で行動異常の改善と新しい行動の学習がみられたが、患者の臨床的な改善と前頭前野機能の温存との関連が示唆された。5. 平均入院期間は37(SD41)日で、入院中の死亡率は21%であった。入院期間により重症度別構成比率は異なり、入院時4割を占めた軽症は徐々に比率が低下して入院3週後には3割、12週後には約14%まで低下した。中等症は入院時1/4、入院3週後までには1/3に増加し、その後この比率はほぼ一定であった。重症・最重症は入院時1/3、その後徐々に比率は増加し、入院3週後には約4割、12週後には6割弱に達した。入院リハを必要とする脳卒中患者は入院期間が長くなるにつれて、軽症が減少し、重症が増加するというバイアスが生じることが明かになった。軽症患者は回復が早いため、入院期間が長くなるにつれて徐々に比率が減少し、重症・最重症患者はより多く死亡するものの、回復が遅いために比率が大きくなってきていると思われる。このようにMRIで病変部位と機能予後の関係をみる間接的な方法、fMRIで麻痺肢運動時の脳の賦活部位をみるより直接的な方法、およびADLの中で、動作の手順や効率的行動部分に大きく影響する空間位置のワーキングメモリーの評価を併用することは、ヒトの脳損傷後の機能回復の神経科学的な解明とリハビリテーション医療、とりわけ理学療法や作業療法の効果の詳細な客観的評価、治療法の工夫に寄与し、効率的なリハのゴール設定に利用可能である。以上のような成果をふまえて、リハの最適な環境設定を多施設間で比較検討する場合の問題点として入院期間が長くなるにつれて、軽症が減少し、重症が増加するというバイアスが生じることには留意すべきである。
結論
1. 基底核と運動前野病変を有する脳梗塞は,同サイズの基底核と運動前野以外の大脳皮質病変を有する脳梗塞より,歩行,階段,移乗動作の改善が不良であり、下肢の近位筋力の回復不良との関連が示唆された。2. 脳卒中において麻痺側手指の把握運動時のでは麻痺の程度が強い程、病変側運動感覚野以外に、運動前野,非病変側運動感覚野、運動前野、補足運動野、帯状回と広範に賦活が及ぶ傾向がfMRIにより明らかになった。3. CT、MR画像上前頭前野損傷を有する脳卒中患者の空間位置のワーキングメモリー障害の特性について、コンピューター制御システムを用いて検討した。健常者群に比較して脳卒中の前頭連合野機能の障害では反応時間、運動時間の両方とも延長が見られ、試行毎の偏差値の幅が大きく、正答率も低下する傾向が見られた。4. 両側前頭極損傷があり、神経学的な異常や、知能検査で測定できる高次脳機能に異常がないにも関わらず、重度の行動異常を呈した患者で、リハによるの臨床的な改善と前頭前野機能の温存との関連が示唆された。5. 最適なリハの環境設定を多施設間での縦断的な比較検討をする場合、リハ病院においては、転院時期が遅くなればなるほど軽症患者の比率低下と重症・最重症患者の比率増加というバイアスが生じる。

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