高齢者の自立に向けた介護技術・プログラムの開発に関する研究

文献情報

文献番号
199800169A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者の自立に向けた介護技術・プログラムの開発に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
大川 弥生(国立長寿医療研究センター)
研究分担者(所属機関)
  • 石川誠(近森会)
  • 安藤徳彦(横浜市立大学)
  • 斉藤正身(霞ヶ関南病院)
  • 生田宗博(金沢大学医学部)
  • 伊藤隆夫(たいとう診療所)
  • 木村伸也(東京大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
28,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
今まさに公的介護保険がスタートしようとしている時であるが、介護保険の実体である新介護システムが十分な効果をあげるためには、システムがより良く機能するような技術体系が不可欠である。そのためには個々の被介護者にとって最良の介護を提供できるよう、既存のプログラムと技術を再検討し、新らしいプログラムと技術を開発すること、すなわち介護の質の向上が必要である。
このような視点から、本研究は被介護者及び介護者・家族のできる限り高いQOL獲得を目的とした「自立に向けた介護」の視点から、高齢者の介護の具体的な技術・プログラムを再検討し、最良の方法の開発をめざす。同時に、現在行なわれている介護法の誤っている点も明らかにし、正しい介護技術を啓蒙する。なお、この場合の自立で最も重要なのは自己決定権を正当に行使できることであり、それを支えるものとしてADLやASL(activities of social life)等の自立性を重視するものである。
初年度である本年は介護の具体的技術の現状についての全国調査を行うとともに、具体的技術についての基礎的研究の基盤作りと、現在のわが国のケアにおいて重要な課題である「廃用症候群の悪循環」の予防・改善の要(かなめ)であるとともに「QOL向上にむけたADL重視」の視点から特に重視すべき「どこででもおこなえるADL」において重要な“歩行"及び“立位姿勢でのADL"に重点をおいて検討した。
研究方法
1.「自立をめざすケア」の視点からの総合的ケアの現状についての調査:
介護技術の再検討のための全国調査を、介護を必要とする人が多い介護療養型医療施設及びリハビリテーション施設のある計104病院に入院中の16,651人について行った。
2.「できるADL」と「しているADL 」についての研究
ある時点での要介護度・自立度の評価・訓練において、“評価・訓練時の能力"である「できるADL」と介護の場における“実際の生活の中で実行されている"「しているADL」とはしばしば大きく解離している。被介護者の自立度や介護必要性をみるにはこの両者を明確にすることが不可欠である。また真の「自立にむけた介護」のためには、本人・家族の高いQOLの具体像を明確にして、その実現に向けた「目標指向的介護」が重要であり、その前提としてもこの視点は不可欠である。この両者の解離の実体と原因について、上記1の全国調査においても起居、移動動作を中心として調査するとともに、入院患者172名、在宅障害者204名、老健施設入所者84名を対象として日常生活行為12行為(屋内歩行、屋外歩行、装具着脱、食事、日中・夜間排泄、洗面、歯みがき、更衣、入浴時更衣・移動・洗体)を詳しく具体的な手順を含め検討した。なお、自宅生活患者については、家族への「聞き取り」によるADLの自立度・介護度の調査もあわせて行なった。
3. ADL・介護動作および介護の身体的負荷の解析
被介護者本人及び介護者にとってより負担の少ない介護技術を開発するには、介護の運動学的解析及び負荷の測定が重要である。しかしながらこれまでの測定は検査室内の極めて限定された検査条件においてのみ可能という制約があった。血圧の変動は循環器系への負荷をみる指標として重要であるが、これにも同様の制約があった。そのため今回はPenazの動脈の Volume clamp法に基づき心臓と測定部間の高さ補正を伴なうbeat to beatでの非拘束的連続血圧測定装置(ポータプレス)について、介護における負荷の測定法として有益な測定法であるかどうかの検討をおこなうとともに、それを用いて実際の介護手段の適応・効果についての検証を行なった。また非拘束的足底測定装置の開発やラボ以外の実際の生活の場の動作解析によって介護の動作解析についての基礎的研究を行った。
4. 具体的介護技術の、特に歩行および立位でのADLについての検討。
今年は介護動作のうち歩行能力向上と立位姿勢でのADL能力向上の視点から、各種装具・歩行補助具の適応及び留意点について検討した。この際ADLの動作解析として装具や歩行補助具の違いが血圧や足底圧に及ぼす影響についても検討した。
結果と考察
1.全国調査(16,651例)において、発症2年以降の脳卒中やその他の疾患において約2-8割がリハビリテーションを全く受けることなく介護が必要な状態(ランクA~C)になっていることが判明した。特に高齢者ほどその傾向は強かった。
2.「できるADL」と「しているADL」との解離は入院患者のみでなく在宅生活者、老健施設入所者におけるすべてのADL行為においても大きいことが判明した。
また全国調査(16,651例)においては「できるADL」への対応と「しているADL」としての対応との連携が予想以上に不十分で,「しているADL」としては過介助になっており、被介護者の能力を十分生かしきっていないという結果であった。例えば、脳卒中でリハビリテーションを施行している患者ですら、「できるADL」として訓練室内で歩行は独立しており、病棟歩行は少なくとも介助下では可能のはずの123例のうち、その機会を作らず「しているADL」としての病室内歩行非実施(病棟での歩行を全くさせていない)が 63例(51.2%)とほぼ半数であった。これは本来実生活で介助・監視下で実行すべきであるにも関わらず、その機会を作らず実施していない場合が非常に多いことを示している。
過介助は、ADLの自立度を低めるのみでなく、様々な廃用症候群の悪循環を作り、「寝たきり」の危険を大きくする。それはまた被介護者の尊厳を大きく傷つけるものである。3.ポータプレスによる血圧測定の測定部位として第2・3指の中節部が最も良好であり、手指の拘縮、中枢性麻痺の共同運動・連合反応に出現する異常波形に留意すれば介護上に重要な動作中においても信頼性は良好で、循環系への過負荷の有無の測定に有用であることを立証できた。そして実際の介護時に本測定を用いて、物的介護手段である装具装着によって立位姿勢での整容動作時の身体的負荷が軽減できることが証明できた。更に自立度が向上するとともに、血圧上昇は軽減できることも証明できた。
4.実用的歩行能力向上の視点から、歩行補助具の1つであるシルバーカーについて従来主に使われてきた屋外移動目的ではなく病院・施設の屋内移動用としての使用の適応について検討した。例えば老健施設入所後初めてシルバーカーを使用して「しているADL」として歩行自立した34名は使用開始前の移動レベルは、歩行非実施7名、歩行要介助8名、居室内のみ歩行自立8名、廊下歩行自立8名、トイレ歩行自立3名であったものが、使用後廊下歩行自立3名、トイレ歩行自立11名、施設内移動自立20名と著明に改善したものである。 また病院内及び在宅生活でも有効であり、非拘束的足圧測定装置によって歩行の安定性が向上することも立証できた。
結論
1.ケアの前提として十分なリハビリテーションが行われることが必要であるが、現状では残念ながらリハビリテーション前置が十分ではないことが判明した。
2.総合的ケアの前提となる「できるADL」と「しているADL」についてその解離が入院患者のみでなく、在宅・各種施設患者でも大きいことが判明した。
3.現状では介護における「しているADL」へのアプローチと訓練としての「できるADL」へのアプローチとの連携が不十分であり、真の意味での被介護者のための総合的ケアにおけるチームワークにむけてのプログラムの綿密化が必要である。

公開日・更新日

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