骨粗鬆症モデルマウスを用いた骨量遺伝子の解析

文献情報

文献番号
199800168A
報告書区分
総括
研究課題名
骨粗鬆症モデルマウスを用いた骨量遺伝子の解析
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
樋口 京一(信州大学医学部加齢適応研究センター)
研究分担者(所属機関)
  • 細川昌則(京都大学再生医科学研究所・再生誘導研究分野)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
-
研究費
10,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
老人性骨粗鬆症の予防、治療は健康で活動的な高齢生活を送るために緊急に解決すべき課題である。老人性骨粗鬆症は本来遺伝的要因の大きな老化病態であるが、複雑な遺伝形式のため、原因遺伝子を明らかにすることは不可能であり、詳細な遺伝解析の可能なモデルマウスを用いた解析が必要不可欠であった。老人性骨粗鬆症のモデルマウスであるSAMP6系統マウスの低骨量の最大原因は成長期における低いpeak bone massにあることがこれまでの我々の研究によって明らかにされている。交配実験による連鎖地図作成によりSAMP6の低骨量状態を決定している遺伝子座を同定しようとしてきたこれまでの研究をさらに推し進め、原因遺伝子そのものを同定を目指すことが本研究の目的である。
研究方法
1. 動物:SAMP6 (低骨量系)、SAMP2(高骨量系)マウスは京都大学再生医科学研究所で兄妹交配によって維持され、conventional conditionで飼育された。QTL解析には488匹のF2交雑子を用いた。染色体DNAは切断した尾から、RNAは大腿骨の骨髄より分離した。骨量の測定は生後4ヶ月で屠殺したマウスの大腿骨の軟X線写真から骨皮質幅比(CTI)を求めた。2. 候補遺伝子の塩基配列決定:Dye terminator cycle sequence 法で塩基配列を決定した. すなわちABI Big Dye Sequencingキットを用いてプロトコールにのっとり9600型遺伝子増幅装置で反応を行い、ABI PRISM 310型ジェネティックアナライザのLarge Capillaryを用いて塩基配列を決定した。3. 候補領域のcongenic mouse系統の作成:同定された3つの候補染色体領域(11, 13, X 染色体)の機能を解析し、さらに将来、positional cloning法によって骨量規定遺伝子を同定するために、SAMP2の遺伝的backgroundにそれぞれの当該染色体領域のみSAMP6の対立遺伝子を持つcongenic strain 3系統およびその逆にSAMP6の遺伝的backgroundに当該染色体領域のみSAMP6の対立遺伝子を持つcongenic strain 3系統を作成した。back-cross第5世代より各染色体あたり2つ以上のマーカー(全46マーカー)を用いて、交雑仔マウスの全ゲノムスキャンニングを行い、congenic mouseの完成のスピードアップを計った。4. ゲノムマッピング:Research Genetics社(Huntsville Ala, USA)より購入したマイクロサテライトマーカーを用いて行い、解析はMAPMAKERを用いて行った。
結果と考察
1. 候補遺伝子の塩基配列決定:SAMP6とSAMP2系マウスとの交配実験が完了し、SAMP6において最大骨量を減少させる遺伝子の染色体上の位置を最終的に決定した。第11染色体上に最も強い連鎖のピークが明らかにされ、そのLOD値はセントロメアーより51.3 CMでピークを示し最大値は10.8であった。multiple regression解析によりさらに絞りこまれた候補領域には、骨量に関与すると考えられる既知の候補遺伝子が10個以上認められている。これらの候補遺伝子の塩基配列を決定してSAMP6とSAMP2との相違が存在するかを調べた。Glanurocyte colony stimulation facter (顆粒球コロニー形成刺激因子:Csfg or GCSF)は第11染色体の56.8 cMに存在する遺伝子で、Csfgを過剰発現させたトランスジェニックマウスでは血清中の顆粒球が増大するのと同時に骨吸収が亢進し骨粗鬆症が誘導されることが報告されている。SAMP6でもCsfgの発現量の増大と顆粒球の増加が報告されているのでまず最初の候補遺伝子としてCsfg遺伝子の解析を行った。2ヶ月齢のSAMP6とSAMP2マウス大腿骨より骨髄細胞を採取しtotal RNAを分離した。両系統における骨髄でのCsfgの発現量をRT-PCR法で比較したが、顕著な相違は観察されなかった。次にSAMP6とSAMP2の肝臓よりDNAを分離した。Csfg遺伝子は5つのエクソンと4つの
イントロンよりなる約3000塩基の遺伝子であるが、第1エクソンの開始メチオニンコドンより、第5エクソン内の終始コドンまでを含む部分を PCR法で増幅した。PCR産物を精製した後、塩基配列を決定したが残念ながらSAMP6とSAMP2のCsfgのエキソンの遺伝子配列は完全に一致した。これらの結果よりCsfgが原因遺伝子とは考えにくい。コンドロアドヘリン(chondroadroadherin)は第11染色体上の53 cMに位置する遺伝子(Chad)で骨芽細胞の骨マトリックスへの接着を促進する作用を持つ。4つのエクソンをPCRで増幅しその塩基配列を決定したがSAMP6とSAMP2系統間には違いは発見できなかった。46 cM 付近には骨髄中でのマクロファージの活性を調節するbeta-chemokineのsuperfamilyが存在する。その中でsmall inducible cytokine A2 (Scya2)遺伝子の発現量と塩基配列を比較したが両系統で相違は観察されなかった。現在は他の候補遺伝子であるNOS2 (inducible NO synthase), Cola1(collagen type1 α1)、Rara (retinoic acid receptor alpha), Nog (noggin), Stat (signal transducer and activator of transcription)や他のbeta-chemokineのsuperfamily遺伝子について塩基配列決定の準備を進めているがまだ変異は発見されていない。2. 候補領域のcongenic mouse系統の作成:第11染色体はD11Mit242からD11Mit59までの約30 cM, 第13染色体はD13Mit174からD13Mit177までの約12 cM、 X染色体はDXMit113からDXMit97までの約12 cM を導入したcongenic mouseの作成を進めており、残りの染色体領域がすべてrecipient系統に置換したヘテロマウスの作成、さらにこれらのマウスの交配によって導入領域をホモに持つマウスの作成に成功している。
SAMP6は生後4ヶ月で達する最大骨量(peak bone mass)が有意に低い老年性骨粗鬆症のモデル動物とされている。現在までSAMP6が低骨量をきたす原因の一側面として、骨内膜側の骨量低下、骨髄間質細胞から骨芽細胞への分化抑制と脂肪細胞への分化亢進、骨髄造血環境の老化促進が認められ、分子生物学的レベルでは骨髄間質細胞のInterleukin 11の発現量低下等が報告されているが本質的な原因は不明である。ヒトにおいては骨量はpolygeneの遺伝形式をとり、peak bone massがその遺伝的因子として注目されている。現在までVitamine D receptor等、種々の候補遺伝子の遺伝的多形を用いた association studyが行われているが統一的な見解は得られていない。骨粗鬆症等の退行性疾患では家系分析を用いた全染色体レベルでの量的形質遺伝子座(QTL)解析は表現型値に影響を及ぼす因子が多すぎるため困難であり、positional cloning の手法は未だ行われていない。こういった点から自然発症モデル動物を用いた研究は有効であると考えられる。本研究でSAMPの低骨量を規定する染色体が明らかになり、この領域に存在する既知遺伝子の変異解析を行ったが原因遺伝子の解明には至らなかった。今後はさらに可能な限り多数の遺伝子の解析を行う。未知の遺伝子が原因である可能性も大きいため、スピードcongenicマウス作成法に基づき、戻し交配6世代でこれらの領域のcongenic mouse作成に成功した。この貴重なcongenicマウスを利用して、1) 導入染色体領域の骨形成に及ぼす効果を解析し、原因遺伝子の機能を明らかにする。2) 新たな交配解析を行い単一遺伝子による支配となった骨量遺伝子のpositional cloningを目指す。単一遺伝子が原因となる遺伝疾患に比べると多遺伝子による遺伝疾患の解析は格段に困難である。しかし高齢者社会において重要なのはこのような遺伝疾患である。SAMP6を用いた遺伝解析がさらに発展し、最終的に原因遺伝子群のhuman homologueが明らかにされ、その遺伝的多形と骨量との相関がヒトでも認められれば骨粗鬆症の診断、予防、治療への活用が期待される。
結論
老人性骨粗鬆症のモデルマウスであるSAMP系統マウスを用いた遺伝的解析により骨量を規定する3つの染色体領域が同定された。この領域に存在する候補遺伝子に変異は発見されなかった。これらの領域のcongenic マウスが作成され、今後の原因遺伝子の解明のための有力なモデルマウスになると期待される。

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