老年病分野に関する研究

文献情報

文献番号
199800165A
報告書区分
総括
研究課題名
老年病分野に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
牧田 善二(北海道大学医学部附属病院第二内科)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
14,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は、糖尿病治療で問題となっている合併症、特に糖尿病性腎症による血液透析患者数増加を阻止する新しい治療薬の開発を目指している。過去、約20年間の基礎的研究から、糖尿病で特徴的な「持続する高血糖状態」より形成される終末糖化産物(AGE)が合併症の重要な原因であることが解明されている。AGE形成を阻害する薬剤、アミノグアニジンは既に欧米で大規模臨床治験が開始されているが、我が国では、AGE臨床応用研究はほとんど行われていない。主任研究者は、すでに、我が国で開発された新しいAGE阻害剤、OPB-9195が平均血糖値270mg/mlの高血糖が持続する糖尿病ラットにおいて、糖尿病性腎症を確実に阻止することを示した。OPB-9195はアミノグアニジンを凌ぐ合併症治療薬として臨床応用が期待されるが、その薬理作用機序は不明である。本研究の主目的は2点。一つは、本剤がAGE構造体の中で主にlipid peroxidationで形成されるCMLを阻止するのか、CML以外のAGEを阻止するのかを2種のAGE抗体を用いて確認し、AGE阻害剤による腎基底膜に存在するチャージバリアーへの影響を評価すること。第2点は、増殖因子に対する作用である。糖尿病性腎症の病理学的特徴は、腎基底膜の肥厚とメサンジウム領域の拡大である。この2つの変化は、コラーゲンを始めとする各種細胞外基質の増生が原因であり、特に細胞増殖因子、TGF-βが最も重要な調節因子とされている。AGEの刺激により細胞外基質成分を増生させるTGF-βや、蛋白の血管透過性を高めるVEGFが亢進することが証明されている。以上の過去の研究成果から、本研究においては「AGE阻害剤は糖尿病状態において過剰に発現するTGF-β、VEGFを抑えることにより糖尿病性腎症の発症、進展を阻止する」という作業仮説をin vivoの実験により証明することを目的とする。
研究方法
新しいAGE阻害剤OPB-9195の糖尿病性腎症改善効果の作用機序を2つの観点から解明する。第1点は、このAGE阻害剤が阻止するのは、CMLかCML以外のAGE構造体かを解明する。前述の如く、過去に作成されたAGE抗体は主にCMLを認識することが明らかにされている。しかし、CMLは糖化反応からではなく脂質の過酸化反応の過程で主に形成されると考えられており酸化のマーカーとして重要とされている。したがってAGE阻害剤がCMLを阻止するのかCML以外のAGE構造体を阻止するのかはその作用機序の上で重要な問題である。この点を主任研究者が作成したCMLおよびnon-CML AGE抗体を用い解明する。さらに腎症で認められるタンパク尿に関し、腎基底膜に存在するチャージバリアーが基底膜の糖化、AGE形成にて障害され増悪する可能性が考えられる。AGEの基底膜蓄積とチャージバリアーの破壊を比較検討する。第2点は、AGE阻害剤が具体的にどのような機序を介して腎症を改善するのかを解明する目的で行う。糖尿病性腎症の特徴的病理学的変化は、腎基底膜の肥厚とメサンジウム領域の拡大である。この2つの変化は、コラーゲンを始めとする各種細胞外基質の増生が原因であり、特に細胞増殖因子、TGF-βが最も重要な調節因子とされている。AGEの刺激により細胞外基質成分を増生させるTGF-βや、蛋白の血管透過性を高めるVEGFが亢進することが証明されている。以上、過去の研究成果を総合し、AGE阻害剤は糖尿病状態において過剰に発現するTGF-β、VEGFの抑制を介し糖尿病性腎症の発症、進展を阻止する機序が考えられる。この作業仮説を動物実験により証明することを目的とする。平成10年度には、我が国の95%以上を占めるインスリン非依存性糖尿病のモデルラットであるOLETFを用い、新しいAGE阻害剤OPB-9195の糖尿病性腎症に及ぼす効果を、1)腎の病理学的変化、2)チャージバリアーへの影響、3)腎症に伴う
機能的変化におよぼす影響(尿タンパクへの影響)、4)腎細胞外基質増生に関与する増殖因子(TGF-β、VEGF)に及ぼす効果を検討する 。具体的研究計画・方法として、生後24週から糖尿病発症を確認して、OPB-9195を含んだ薬餌投与を開始。投与直前(0)、投与後4ヵ月、投与6ヵ月、投与10ヵ月、の各時点で、OLETFラット薬剤投与群(n=6)を、非投与群(n=6)および非糖尿病コントロールラット(LETOラット、n=6)と比較する。検討項目は、PAS染色による光学顕微鏡による糖尿病性腎症の病理組織学的変化(PAS染色)に対する効果、CMLおよびnon-CML AGE抗体を用いた蛍光免疫組織学的検討により腎組織でのAGE蓄積阻害の程度を比較検討。電子顕微鏡を用いpolyethleneimine法にて腎基底膜のanionic siteへの影響(チャージバリアーへの検討)、尿タンパクに対する効果の検討。AGE阻害剤OPB-9195投与の有無による糖尿病性腎症におけるTGF-β、VEGF、collagen type IVに及ぼす効果を分離した腎糸球体中のmRNA量でそれぞれ比較検討。方法はnorthern blot法、定量的PCR法などで行う。さらにTGF-β、VEGF、collagen type IVに対する特異的抗体を用い腎組織を免疫組織染色により比較する。
結果と考察
平成10年度の本研究の遂行により、インスリン非依存性糖尿病のモデルラットであるOLETFを用い、新しいAGE阻害剤OPB-9195の糖尿病性腎症に及ぼす効果を検討し、以下の研究結果を得た。
1)TGF-β、VEGFのmRNAおよび蛋白レベルの腎での発現は、OLETFラットにおいて有意に上昇していたが、AGE阻害剤OPB-9195により有意に低下した。
2)OLETFラット腎におけるVEGFの発現上昇は、糖尿病発症の早期に認められ、TGF-βの発現上昇は糖尿病発症後、糖尿病性腎症が病理学的に確認された時期以降に認められた。
3)collagen type IVのmRNAおよび蛋白レベルの腎での発現は、OLETFラットにおいて有意に上昇していたが、AGE阻害剤OPB-9195により有意に低下した。
4)腎組織におけるCMLおよびnon-CML AGE抗体を用いた蛍光免疫組織学的検討で、両抗体ともOLETFラットの腎症進展とともに染色性は増加したがAGE阻害剤OPB-9195投与によりnon-CML AGE抗体の染色性は低下を認めたのに対しCML抗体では差異を認めなかった。
5)電子顕微鏡を用いpolyethleneimine法にて腎基底膜のanionic siteへの影響(チャージバリアーへの検討)を観察したがAGE阻害剤OPB-9195治療の有無で差異を認めなかった。
6)尿蛋白はAGE阻害剤OPB-9195治療にて投与後4ヵ月、投与6ヵ月では有意さを認めず投与10ヵ月では約40%の有意な低下を認めた。これらの研究成果の一部はDiabetologia誌に印刷中となっている。平成10年度の研究成果から、インスリン非依存性糖尿病のモデルラットであるOLETFにおける糖尿病性腎症の発症進展にはTGF-β、およびVEGFが関与していると考えられた。特にそれぞれの発現の差異から考え、VEGFは初期腎症へ発症、またTGF-βは後期腎症の発症・進展に深く関わるものと推測される。臨床的な事実として糖尿病性早期腎症の時期には糸球体過剰濾過(hyperfiltration)が存在することが知られているが、今回の研究でOLETFラットの糖尿病発症早期にVEGF発現の上昇が認められた事実は、VEGFが強力な血管透過性亢進物質であることを考慮すると糸球体過剰濾過の一因となっている可能性が推測される。また、腎症発症後のTGF-βの上昇はcollagen type IVの上昇と平行しており、ともにAGE阻害剤OPB-9195により有意に低下したことは、この薬剤の重要な作用点が高血糖により形成されたAGE刺激によるTGF-βの上昇を阻止しcollagen type IVを始めとする細胞外基質成分増生を抑えたためと考えられる。一方、尿蛋白へのAGE阻害剤OPB-9195効果は、後期腎症では有意であったが早期腎症では、期待されたほどの効果は得られなかった。同じく腎基底膜のanionic siteへの影響(チャージバリアーへの検討)も、AGE阻害剤OPB-9195治療の有無で差異を認めなかった。特に今回の実験で、チャージバリアーへ影響を見るためには、腎症初期の段階で、検討する必要があると考えられた。これらを考慮しすでに我々は、初期腎症のステージに絞って尿蛋白やチャージバリアーへの治療の効果を検討するプロジェクトをスタートさせている。この初期腎症への糖尿病性腎症治療の有効性を比較検討する実験ではAGE阻害剤のみならず、以前から知られているACE阻害剤や最近合併症治療薬として注目されるPKC-β阻害剤なども合わせて比較し、糖尿病性初期腎症の治療の可能性を総合的に検討出来るものと期待している。
結論
AGE阻害剤OPB-9195の作用点としてTGF-β、およびVEGFが関与することが証明された。AGE阻害剤OPB-9195は初期腎症の尿蛋白改善には効果が薄い可能性が考えられた。

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