老年者の手術療法における術後精神障害に関する研究

文献情報

文献番号
199800163A
報告書区分
総括
研究課題名
老年者の手術療法における術後精神障害に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
安井 章裕(国立療養所中部病院)
研究分担者(所属機関)
  • 宮地正彦(愛知医科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
-
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
老年者の手術療法における術後合併症としては、呼吸器系および循環器系合併症のほか老年者に特有な術後精神障害があげられる。特に"術後せん妄"はいったん発生すれば錯乱そして生命ラインの自己抜去と、患者の生命は危機にさらされる。私どもは日内リズムホルモンであるメラトニンの血中濃度の測定、術前術後の脳 SPECT による脳局所血流の変化と術後精神症状発生との関係、また、臨床心理士による術前の性格判定と術後精神障害発生との関連の観察などを行い、本症の病態を集学的に研究した。また、本症発生の予防を期待して術前 ICU訪問を試行し、術後の精神状態を対照群と比較検討した。
研究方法
対象は、国立療養所中部病院外科,愛知以下大学第2外科および名古屋大学第一外科において待機的に全身麻酔下の開腹手術を施行された25名であり、全員に術前にインフォームドコンセントに基ずく同意書を文書で得たうえで研究を遂行した。年齢は、33歳から90歳にわたり男性17名、女性8名である。うち7例に術後せん妄が発生した。血中メラトニン濃度測定は、術前および術後第2病日に2時間おきに24時間採血した後、血清を分離保存し、セパック抽出した後に三菱化成提供のラジオイムノアッセイ法により測定した。25例中10例(73ー90歳)において術前術後に、123 I-IMPを用いたARG 法による安静時の脳血流と Diamox(750mg) 負荷時の循環予備能を評価した脳血流 SPECT 検査を施行し、脳 MRI 所見や術後精神症状との 関連を検討した。またこれらの患者の性格および精神状態を客観的に評価するため、同時に術前または術後に臨床心理士による心理面接(インタビュー)と心理性格テストを術後せん妄5例、非せん妄7例に施行した.心理検査は MMPI ( Minessota Multiphasic Personality Inventory ) と STAI ( State-Trait Anxiety Inventory ) により、検討にあたっては特にK(妥当性尺度)、Hy (ヒステリー)、Pt (精神衰弱),Pa ( パラノイア)の4尺度を抽出し、検討を加えた。上記のデータと術後せん妄などの精神症状について、統計学的処理を加えて評価した。一方,食道癌に対して食道切除を施行され術後に ICU入室をした27例施行中9例について術前ICU訪問を行い,訪問をしなかった18例と術後の精神状態について精神スコアを用いて比較検討した。
結果と考察
原疾患、手術時間、麻酔時間、出血量、合併症については、術後せん妄7例、非せん妄18例において差はみられなかった。血中メラトニン濃度は非せん妄18例を80歳以上(8例)と未満(10例)の分けて検討した結果、両群とも、術前および術後のメラトニン分泌は午前2時をピークとしほぼ再現性をもった。しかし、80歳以上(8例)では、80歳未満(10例)に比べその分泌量は有意に低下していた。一方術後せん妄7例では、分泌パターンは、術前より低値を示す3例と高値を示す4例に大きく2通りに分類された。このうち低値を示す3例は、すべて80歳以上であり非せん妄群のうちの80歳以上(8例)とほぼ同様の分泌パターンを呈したが、術後におけるメラトニン分泌は有意の低値を示した.このことは,従来までの報告と同様に,術後せん妄が睡眠障害に起因することとの関連を示した。一方,術前より高値を示す4例では全例に合併症が発生し、うち3例は在院死亡した.後者については、これらのストレスによるノルアドレナリン分泌が、松果体における N アセチル転換酵素活性を増加することにより、セロトニンからのメラトニン転換を増加させた可能性を示唆し,前者におけるようなメラトニン分泌の低下をストレスによる増加でマスクした可能性もあり得ると思われた。脳血流 SPECT 検査を施行し、脳 MRI 所見や術後精神症状との 関連を検討した10例は、全例で術後せん妄の発症はみ
られなかった。しかしながら脳循環動態は多彩で、術前のMMSE ( Mini Mental State Examination ) は6例で低下を認めたが、術後のMMSE に変化は見られなかった。心理性格テスト MMPI ( Minnesota Multiphasic Personality Inventory ) を施行した術後せん妄5例、非せん妄7例に妥当性尺度、ヒステリー、精神衰弱、パラノイアの4尺度を抽出し比較検討した結果、両群間では、妥当性尺度でp=0.251、ヒステリーでp=0.806、精神衰弱でp=0.651、パラノイアでp=0.465をもって有意差はみられなかった。これらについては,今後の症例の積み重ねが必要と思われたが,検査法の工夫の必然性も感じられた.また,術前ICU訪問を行った9例と,訪問をしなかった18例とを術後の精神状態について精神スコアを用いて比較検討した結果,術前ICU訪問群では重度の精神障害の発生が予防でき,術前ICU訪問は術後せん妄発症予防に有用であることが期待された。
結論
老年外科患者の術後せん妄の病態解明の一助として,メラトニンの血中濃度の測定、術前術後の脳 SPECT 検査、臨床心理士による術前の性格判定を行い,本症の病態を集学的に研究するとともに,患者の術前 ICU 訪問を試行し,術後 ICU在室中の精神状態を検討した.その結果,血中メラトニン濃度は術後せん妄では、非せん妄群と同様の再現性がありその分泌が低下する群と術前に比べ極めて高値を示す群の2通りが存在し,前者は術後せん妄が従来の報告のごとく睡眠障害に起因することとの関連を示した。後者については、全例重篤な合併症が発生しており、これらのストレスによりセロトニンからのメラトニン転換が増加し、前者におけるようなメラトニン低下をストレスによる増加でマスクした可能性があると思われた。脳血流 SPECT 検査と心理性格テストでは、術後せん妄発症例と非発生例とでは有意な差はみられず、今後の症例の積み重ねが必要と思われた。 一方,術前 ICU 訪問を試行した例では重度の精神障害の発生はみられず,術前 ICU 訪問は術後せん妄発生において何らかの効果があるものと思われた。

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