高齢女性の健康増進のためのホルモン補充療法に関する総合的研究

文献情報

文献番号
199800159A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢女性の健康増進のためのホルモン補充療法に関する総合的研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
大内 尉義(東京大学)
研究分担者(所属機関)
  • 大藏健義(獨協医科大学越谷病院)
  • 佐久間一郎(北海道大学)
  • 佐藤貴一郎(国際医療福祉大学)
  • 武谷雄二(東京大学)
  • 細井孝之(東京都老人医療センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
24,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ホルモン補充療法 (hormone replacement therapy: HRT) は老年疾患を予防し、高齢女性の健康を保持、増進するための方法として注目されている。しかしHRTはわが国ではあまり一般化しておらず、高齢女性におけるHRTの適応の決定、有害事象を最小に抑え最大の効果をあげる方法についてもよくわかっていない。そこで、本研究は老年科医、内科医、婦人科医、医療経済学者がチームを形成し、(1)老年疾患の発症予防、治療効果とQOLに対する効果、臨床上の問題点と対策、HRTの対費用効果を検証すること、(2)高齢女性におけるHRT適応基準の設定、具体的な実施法に関するエビデンスに基づいたガイドラインを作成することを目的としている。
研究方法
1. HRTに対する医師の意識調査
全国基幹病院から無作為に抽出した5000名の医師を対象としてHRTに対する意識を調査し、HRTの一般化を妨げている医師側の要因を分析した。5000人の対象者を内科2000人、整形外科1500人、産婦人科1500人に振り分けた。アンケートの内容は、主たる診療科 (内科、老年科、産婦人科、整形外科)、医療機関の形態などの基本情報と、HRT実施の有無とその方法、情報源、患者からのHRT依頼の有無、HRTに期待する効果、有害事象を勘案した上でのHRTへの考え方などの16項目とした。
2. 血管機能に対するHRTの影響
閉経後1年以上経過し、骨粗鬆症のためHRTを開始した8名の女性 (平均年齢54.8±1.3歳)を対象とし、超音波法を用いてHRTが血管内皮機能に及ぼす作用を経時的に測定した。右上腕動脈の反応性充血時の血管径増加率(%FMD)を血管内皮機能とした。内皮非依存性血管拡張能としてニトログリセリン投与後の血管径増加率 (%NTG) を計測した。
3.HRTに対する骨量の反応性と遺伝子多型性との関係
エストロゲン受容体(ER)遺伝子の多型性と骨量の経年変化、HRTに対する反応性との関連を検討した。閉経後骨粗鬆症患者を対照群60名、HRT群26名の2群にわけ、1年間の観察前後で腰椎2-4の骨密度を測定した。ER遺伝子の第1イントロンにある制限酵素切断片長多型性を解析しPvu IIで切断されない場合をP、切断される場合をpとし、遺伝子型はPP、Pp、ppと分類、Xba Iでの場合も同様にXX、Xx、xxと分類した。
4. 高齢女性の精神的健康に対するHRTの効果
14名の閉経後女性を対象として結合型エストロゲン(CEE) 0.625mg/日または1.25mg/日を21日間投与し、後半の8~12日間、酢酸メドロキシプロゲステロン(MPA)を併用した後の脳血流を前後で測定した。さらに、6名の閉経後女性においてはHRTの連続同時投与法を21日間行った時の脳血流の変化も測定した。さらに、6名中4名でHRT連続投与法施行5.5ヶ月後の脳血流を測定した。また、6名のBinswanger型脳血管性痴呆 (VD) 患者にエストロゲン補充(ERT)を行い、Mini-Mental State Examination (MMS) 、長谷川式簡易知能評価スケールを用いて認知機能を経時的に測定した。
5. 有害事象からみた本邦高齢女性におけるHRTの至適投与量に関する検討
閉経後女性を、CEE 0.625mg+MPA連続同時投与法、CEE0.3125mg+MPA連続同時投与法、貼付型エストラジオール2mg/2日+MPA同時投与とエストリオール(E3) 2mg連続投与法を各3カ月間行い、凝固線溶系の指標を観察した。また、閉経後一年以上経過した50歳以上の子宮を有する婦人でHRTの適応のある患者を4群に無作為に分けた (CEE 0.3125mg/日+MPA2.5mg/2日の低用量HRT群、通常量のHRT群、E3 2mg/日群、E3 4mg/日群) 。HRT開始後、子宮内超音波による子宮内膜の観察、子宮内膜細胞診・組織診、血中ホルモンレベルの測定を3ヶ月毎に行った。
6. HRTの対費用効果に関する検討
HRTの対費用効果を計算するために必要な臨床研究データ、疫学データ、文献データの資料を収集した。
結果と考察
1. HRTに対する医師の意識調査
アンケートの回収率は20%であり、各科別では内科+老年科14.4%、産婦人科30.5%、整形外科14.7%であり、産婦人科医からの回答が多かった。
HRT施行率は内科18%、産婦人科96%、整形外科11%であり産婦人科が他科を上回っていた。HRTの内容については、エストラジオール(E2)製剤と黄体ホルモン併用72%、エストリオール単独65%、E2製剤単独53%と多かった。患者からのHRT要望経験は産婦人科で88%と高かった。HRTに期待する効果としては、更年期障害の改善、骨粗鬆症の予防・治療がもっとも高く、生殖器症状、脂質代謝、皮膚症状の改善が続き、泌尿器症状の改善と痴呆の予防は40%弱と低かった。HRTによる有害事象としては性器出血がもっとも多く、乳癌は4.7%、子宮癌は4.3%であった。これらの結果から、閉経後女性におけるHRTは産婦人科において活発に行われ、効果に対する期待も大きいことが判明した。しかし、他科においては更年期障害や骨粗鬆症以外に対する効果に関していまだ知識が普及しておらず、系統的な情報伝達が必要と考えられた。
2. 血管機能に対するHRTの影響
HRT開始後の各時期で、肥満度、血圧、血中脂質、空腹時血糖、HbA1cに有意な変動はなかった。HRT開始後の血清E2濃度は増加したが、プロゲステロン濃度には明らかな上昇はなかった。%FMDはHRT開始後経時的に増加し、1年でプラトーに達したが2年目においても効果は持続していた。%NTGには各時期で有意な変動はなかった。本研究から、HRTによる血管内皮機能改善は長期 (少なくとも2年) にわたり保たれることが示された。
3. HRTに対する骨量の反応性と遺伝子多型性との関係
対照群における骨密度の年間変化率では、pp群でもっとも減少速度が大きかった。またxx群における骨量減少がXx群に比して有意に大であった。一方、HRT群では、骨密度の年間変化率はPP群 3.58±2.05 %/年、Pp群 6.77±1.67、pp群 3.86±2.22であり、各遺伝子型ごとに対照群とHRT群の骨密度変化率を比較するとPp群とpp群で有意差が認められた。すなわち、HRTによる骨量増加作用はエストロゲン受容体の遺伝子型によって差があり、HRT の治療効果に遺伝的背景が関与することが示唆された。
4. 高齢女性の精神的健康に対するHRTの効果
HRT開始3週間後の大脳血流量 (CBF) と小脳血流量 (CblBF) はいずれも有意に増加した。すなわち、E2に短期間MPAを併用してもその脳血流増加作用は減弱されなかった。しかし、HRT開始5.5ヶ月後のCblBFは有意に増加したが、CBFは変化しなかった。Binswanger型脳血管性痴呆患者にERTを行った結果では、20、24週でHDSスコアが有意に上昇した。対照群では認知機能は有意に低下した。以上より、E2は脳血流を増加させるが、MPAが大脳血流増加作用を打ち消す可能性が示唆された。またE2がVD患者の認知機能を改善させる可能性が示された。
5. 本邦高齢女性におけるHRTの至適投与量に関する検討
通常量のHRTは血中D-Dダイマーを増加させる傾向があったが、CEE 0.3125mg (+MPA) およびエストリオール2mgでは変化はなかった。線溶系の指標としてのPAI-1には変化がなかった。以上より、閉経後女性にCEEを用いる通常のHRTを行うと凝固系が亢進する可能性が示唆された。
HRT開始前に施行した超音波では子宮内膜は薄く、組織診でも萎縮を示し、血中E2値の低下と黄体刺激ホルモン値の上昇が認められた。HRTの継続に支障をきたす程度の性器出血は経験されず、更年期症状等の自覚症状は改善し、超音波画像上も子宮内膜が軽度厚くなる傾向が認められた。
6. HRTの対費用効果に関する検討については現在解析中である。
結論
1) わが国においてHRTを普及させるためには、内科医、整形外科医に対する情報の提供システムを整備することが必要である。
2) HRTには血管内皮機能の長期にわたる改善作用、脳血流増加作用による認知機能改善作用のあることが示された。
3) HRTの骨量増加作用はエストロゲン受容体の遺伝子型によって差があり、HRTの治療効果に遺伝的背景の関与することが示唆された。
4) 通常量のHRTにより血栓形成傾向、子宮内膜肥厚作用のあることが示され、有害事象を抑制するためにはHRTの用量を勘案する必要のあることが示唆された。

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