自家産米摂取によってカドミウム曝露を受けた農家に対する砒素と鉛の複合曝露とその健康影響

文献情報

文献番号
201234011A
報告書区分
総括
研究課題名
自家産米摂取によってカドミウム曝露を受けた農家に対する砒素と鉛の複合曝露とその健康影響
課題番号
H22-食品-一般-014
研究年度
平成24(2012)年度
研究代表者(所属機関)
香山 不二雄(自治医科大学 医学部環境予防医学講座)
研究分担者(所属機関)
  • 堀口 兵剛(秋田大学大学院医学系研究科医学専攻環境保健学講座)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究 食品の安全確保推進研究
研究開始年度
平成22(2010)年度
研究終了予定年度
平成24(2012)年度
研究費
13,940,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
砒素は環境中に広く存在している金属類であり、種々の食品中に検出されるが、その化学形態により食品中への分布や人体への健康影響が大きく異なる。無機砒素の毒性は非常に強く、皮膚障害作用や発癌性などの強い毒性を持つ。特に米中総砒素のうち80%前後を無機砒素が占めるため、日本人の米からの総砒素摂取量は全体の数%と少ないものの、無機砒素の摂取源としては非常に大きい。一方、有機砒素の毒性はかなり低く、特に魚介類に多く含まれるアルセノベタイン、海藻類に多く含まれるアルセノシュガーなどはほとんど無毒と言われている。従って、米や海産物を多食する日本人におけるこれらの砒素摂取のレベルとその健康への影響について調査・検討する必要性は非常に高い。
 平成22年度から23年度にかけて、過去の鉱山の影響により土壌中カドミウム(Cd)濃度が高いために米中Cd濃度を低減する目的で近年湛水管理が行われている秋田県の農村地域において、自家産米摂取によりCdと砒素の複合曝露を受けている可能性のある農家を対象に健康診断を実施し、それらの曝露程度とその健康影響について検討した。その結果、受診者の自家産米からは湛水管理の徹底により基準値以上のCd濃度のものは見られなくなっていること、米中総砒素濃度はこれまでに報告されている日本の一般的な地域における米の砒素濃度とほぼ同等のレベルであったためにこの地域では湛水管理によって米中砒素濃度が過剰に上昇する心配はほとんどないこと、そしてこのレベルでの砒素のCdとの複合曝露による変異原性などの健康影響はほとんどないこと、などが考えられた。そこで平成24年度は、上記の地域と比較する目的で、海産物の多量摂食により高度の砒素曝露を受けていることが予想される同じ秋田県内の男鹿半島の漁村地域における漁業従事者とその家族を対象に、砒素曝露とその健康影響などについての調査を行った。
研究方法
秋田県漁業協同組合からの情報に基づき、男鹿市の中でも最も漁業従事者の住民に占める割合の多い、男鹿半島の先端部に位置する二つの集落を選択した。そして、40歳以上の漁業従事者及びその家族の男女を対象とし、漁業協同組合や集落の代表者の御協力により、説明会やチラシなどで健康診断の受診への勧誘を行った。そして、受診希望者を対象に平成24年6月―7月に各集落の公民館などで健康診断を実施した。健康診断の事前あるいは当日に受診希望者からインフォームド・コンセントを得た。健康診断では身長・体重・握力測定、採血・採尿、骨密度の測定、質問票の記入内容の確認と回収、米の提供依頼を行った。健康診断終了後は、受診結果を受診者全員に個人結果報告書として発送した。Cd曝露の指標として全血中・尿中Cd濃度の測定を、砒素曝露の指標として尿中総砒素濃度の測定を行った。砒素の変異原性の指標として尿中の8-hydroxydeoxyquanosine (8-OHdG)濃度の測定を行った。当該研究は、秋田大学大学院医学系研究科・医学部倫理委員会から承認を得て行われた(受付番号:761;課題名:自家産米摂取によってカドミウムの経口曝露を受けた農家の集団における疫学研究;研究責任者:堀口兵剛)。
結果と考察
得られた受診者は129人(男性53名、女性76名)であり、その平均年齢は男性で71.9歳(54歳-93歳)、女性で67.4歳(44歳-84歳)であった。尿中総砒素濃度は上記の農家よりも2倍以上の値であったため、魚介類や海藻類の摂取による砒素(但し、おそらくは有機砒素)の曝露レベルは平均的な日本人のそれよりも高いことが示唆された。しかし、尿中の8-OHdG濃度については、漁業従事者の方が農家よりも若干高い値であったが有意ではなかったため、当該漁業従事者で見られた程度の砒素の過剰摂取による健康影響は、まだ対象人数が少ないことや対照地域での結果がないことのために確定的ではないが、大きなものではない可能性が推測された。
結論
海産物の多食により高いレベルの砒素(おそらくは有機砒素)を摂食していると考えられ、実際に平均的な日本人よりも2倍以上の尿中砒素濃度を示した漁業従事者とその家族において、その変異原性については大きな影響は認められなかった。

公開日・更新日

公開日
2013-06-24
更新日
-

研究報告書(PDF)

文献情報

文献番号
201234011B
報告書区分
総合
研究課題名
自家産米摂取によってカドミウム曝露を受けた農家に対する砒素と鉛の複合曝露とその健康影響
課題番号
H22-食品-一般-014
研究年度
平成24(2012)年度
研究代表者(所属機関)
香山 不二雄(自治医科大学 医学部環境予防医学講座)
研究分担者(所属機関)
  • 堀口 兵剛(秋田大学大学院医学系研究科医学専攻環境保健学講座)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究 食品の安全確保推進研究
研究開始年度
平成22(2010)年度
研究終了予定年度
平成24(2012)年度
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
カドミウム(Cd)は米などの食品摂取により腎臓に蓄積して多発性近位尿細管障害を引き起こし(カドミウム腎症)、それに続発して骨軟化症を発症する(イタイイタイ病)。砒素は化学形態により毒性と食品分布が大きく異なる。無機砒素は発癌性などの強い毒性を持ち、米中に比較的高い割合で含まれる。一方、有機砒素は海産物に多く含まれるが、毒性はかなり低い。
 ところで、秋田県は過去の鉱山などによりCdに係る農用地土壌汚染対策地域に指定された地域の面積・件数がともに全国一であり、Cd濃度の高い自家産米を摂取している農家の健康影響が危惧される。しかも、このような地域では近年米中Cd濃度を低減するための湛水管理(8月中に田に水をはる)が実施されており、それにより米中砒素濃度は逆に高くなる可能性が指摘されていため、農家の砒素曝露量の増加とその健康影響も懸念される。
 そこで、平成22―23年度に、近年湛水管理が行われている土壌中Cd濃度の高い秋田県の農村地域において40歳以上の農家の男女を対象に健康診断を実施した。さらに、平成24年度には比較のために海産物の多食により高度の砒素曝露の予想される秋田県内の男鹿半島の漁業従事者とその家族を対象に同様に健康診断を実施した。
研究方法
地元のJAからの情報に基づき、鉱山との位置関係及び水系の異なる12の集落を選択した。男鹿半島では漁協からの情報に基づき、最も漁業従事者が多く、海産物の摂取量も多いと推測される2つの集落を選択した。健康診断の事前・当日に受診希望者からインフォームド・コンセントを得た。それぞれの集落の自治会館で健康診断の説明会を開催し、更に戸別訪問による受診の勧誘を行った。健康診断では身長・体重・握力測定、採血・採尿、骨密度の測定、質問票の記入内容の確認と回収、自家産米の提供依頼を行った。一般的な血液・尿検査に加え、血中Cd・鉛濃度、尿中Cd・総砒素濃度、自家産米中のCd・砒素濃度を測定した。腎機能の指標として尿中α1-ミクログロブリン(α1MG)・β2-ミクログロブリン(β2MG)濃度を、砒素の変異原性の指標として尿中8-hydroxydeoxyquanosine (8-OHdG)濃度を測定した。健康診断終了後に受診結果を受診者全員に個人結果報告書として発送し、集落毎に全体の報告会を開催した。異常所見のあった受診者には個人面談による健康相談、保健指導などを行い、さらに精密検査や治療が必要な人は近くの病院・医院へ紹介した。当該研究は、秋田大学大学院医学系研究科・医学部倫理委員会から承認を得て行われた(受付番号:761;課題名:自家産米摂取によってカドミウムの経口曝露を受けた農家の集団における疫学研究;研究責任者:堀口兵剛)。
結果と考察
平成21年度の厚生労働科学研究による受診者を含めると、農村地域での対象者は1,382人、そのうち受診者は975人となった(受診率70.5%)。基準値以上のCd濃度の自家産米は見られず、湛水管理の徹底による近年の当該地域の農家のCd曝露量の低下が示唆された。また、米中総砒素濃度も日本の一般的な地域の米の砒素濃度と同等であったため、この地域では湛水管理によって米中砒素濃度が過剰に上昇する心配はほとんどないものと推測された。一方、血中・尿中Cd濃度及び尿中α1MG・β2MG濃度は、鉱山近くに位置する水系の集落の方がそうでない集落よりも高値を示し、特に高齢者ではその傾向が強く、70歳以上ではカドミウム腎症が疑われる人も数人見つかった。しかし、米中砒素濃度や尿中砒素濃度は日本の過去の報告例と比較して高い値ではなく、変異原性などにおける複合影響も認められなかった。また、血中鉛濃度も健康影響の現れる程の高いものではなかった。
 漁村地域での受診者は129人であった。尿中総砒素濃度は上記の農家よりも2倍以上の値であったため、海産物の摂取による砒素(おそらくは有機砒素)の曝露レベルは平均的な日本人のそれよりも高いことが示唆された。しかし、尿中8-OHdG濃度は漁業従事者の方が農家よりも若干高い値であったが有意ではなかったため、この程度の砒素の過剰摂取による健康影響は、まだ対象人数が少なく、対照地域での結果もないために確定的ではないが、大きなものではない可能性が推測された。
結論
秋田県の土壌中Cd濃度の高い地域の農家は自家産米摂取により比較的高いレベルのCd曝露を受けており、それによる腎臓への影響も認められた。しかし、湛水管理による砒素の過剰曝露の心配はないと考えられた。また、漁業従事者とその家族は平均的な日本人よりも2倍以上の尿中砒素濃度を示したが、その変異原性については大きな影響は認められなかった。

公開日・更新日

公開日
2013-06-24
更新日
-

研究報告書(PDF)

行政効果報告

文献番号
201234011C

成果

専門的・学術的観点からの成果
海産物からの砒素曝露の高い漁業従事者とその家族129人および土壌Cd濃度の高い地域の農業従事者とその家族975人を調査した。漁民の尿中総砒素濃度は農民よりも2倍以上の高値であった。しかし、尿中の8-OHDG濃度(変異原性の指標)は、漁民と農民とを比較しても有意な差は示されなかった。Cd生体負荷量は高齢者に高く、Cd腎症を疑わせる被験者も数名いた。農民の血中砒素および鉛濃度は低く、腎尿細管機能、骨密度、変異原性へのCd毒性と砒素および鉛とによる複合的な影響は見られなかった。
臨床的観点からの成果
土壌中Cd濃度が高い地域の農家住民の健康影響調査において、平成21-22年度の調査地域対象住民70.5%の975人が受診した。結果は、血中・尿中Cd濃度及び尿中α1MG・β2MG濃度は、旧鉱山近傍の水系の集落の住民の方が、他の集落の住民よりも高値を示し、特に高齢者ではその傾向が強く、70歳以上ではカドミウム腎症が疑われる人も数人見つかった。しかし、米作の湛水管理によりCd曝露は低減されているが、住民の追跡調査は必要である。
ガイドライン等の開発
2013年6月にローマで開催されたThe 77th JECFAにて、小児における特定食品からのカドミウムの摂取量評価が行われた。香山は、この会議に参加し、評価を行った。これまでの本調査結果が直接使用された訳ではないが、これまでの日本での調査結果を踏まえて、国際基準策定に尽力した。また、香山は食品安全委員会 化学物質汚染物質専門調査会委員として、砒素および鉛の「自ら評価」に参加している。
その他行政的観点からの成果
土壌中Cd濃度の高い地域の調査対象者の70.5%、975人が提出した自家産米中のCd濃度は、0.4ppm以下であった。以前の調査結果と比較して、湛水管理によって米中Cd濃度が低下した。一方、米中総砒素濃度の上昇が危惧されたが、米の砒素濃度は高くなく、この地域では湛水管理によって米中砒素濃度が上昇して問題となることはないと推定された。
その他のインパクト
2012年3月26日(月)15:40~17:40 日本衛生学会第82回学術総会 シンポジウム 京都大学
カドミウム研究の現状と今後の展望 -疫学研究から分子機構まで-座長:堀口 兵剛
2013年3月24日 (日) 15:00~18:00日本衛生学会 第83回学術総会 若手研究者企画 シンポジウム・交流会 金沢大学
「カドミウム&イタイイタイ病のシンポジウム」座長 堀口兵剛

発表件数

原著論文(和文)
3件
原著論文(英文等)
1件
その他論文(和文)
0件
その他論文(英文等)
0件
学会発表(国内学会)
10件
学会発表(国際学会等)
1件
その他成果(特許の出願)
0件
その他成果(特許の取得)
0件
その他成果(施策への反映)
0件
その他成果(普及・啓発活動)
0件

特許

主な原著論文20編(論文に厚生労働科学研究費の補助を受けたことが明記された論文に限る)

論文に厚生労働科学研究費の補助を受けたことが明記された論文に限ります。

原著論文1
堀口 兵剛
【カドミウム研究の現状と今後の展望-疫学研究から分子機構まで】 日本人のカドミウム曝露の現状 特に米中カドミウム濃度の基準値及び農家の自家産米摂取による曝露とその近位尿細管機能への影響
日本衛生学雑誌 , 67 (4) , 447-454  (2012)
2013066941
原著論文2
堀口 兵剛
【β2-ミクログロブリン その多様な病因,病態と検査アプローチ】 <病態疾患と動態解析> カドミウム中毒の疫学・臨床研究における尿中β2-ミクログロブリン測定の意義
臨床検査 , 55 (1) , 59-65  (2011)
2011064397
原著論文3
Horiguchi H, Oguma E, Sasaki S, Okubo H, Murakami K, Miyamoto K, Hosoi Y, Murata K, Kayama F.
Age-relevant renal effects of cadmium exposure through consumption of home-harvested rice in female Japanese farmers.
Environmental International , 56 (1) , 1-10  (2013)
23542681
原著論文4
香山 不二雄
微量元素をめぐる動向 カドミウム JECFAでのカドミウム耐容摂取量の改定をめぐって
食品衛生研究 , 60 (11) , 35-40  (2010)
2011070385
原著論文5
Ilmiawati C, Yoshida T, Itoh T et. al.
Biomonitoring of mercury, cadmium, and lead exposure in Japanese children: a cross-sectional study.
Environ Health Prev Med , 20 (1) , 18-27  (2015)
10.1007/s12199-014-0416-4

公開日・更新日

公開日
2014-06-02
更新日
2016-10-03

収支報告書

文献番号
201234011Z