新しいがん外科手術法の開発

文献情報

文献番号
199800149A
報告書区分
総括
研究課題名
新しいがん外科手術法の開発
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
森谷 宜皓(国立がんセンター)
研究分担者(所属機関)
  • 成毛韶夫(国立がんセンター)
  • 笹子充(国立がんセンター)
  • 渡邊昌彦(慶応義塾大学)
  • 杉原健一(東京医科歯科大学)
  • 藤元博行(国立がんセンター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
27,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
病巣の完全切除が固型がんに対する外科治療のrationaleである。しかし臓器廃絶や機能欠損を回避できない侵襲的な治療法でもある。従って腫瘍学的効果、合併症や機能障害の評価を科学的に行い、適切な術式を確立することは極めて重要である。common cancerを対象とし、1)局所根治性の高い進行がんに対する新しい術式の確立、2) 鏡下手術における器具の開発、適応の拡大、安全性や教育システムの確立、3) 既存の手術法を科学的に検証し、evidence-based surgeryの確立を計ることにある。同時に、オランダでの胃がん、直腸がんに対する臨床試験の追跡調査を行い最終的結論を出す。
研究方法
1.胃がん:標準手術(D2)と縮少手術(D1)の比較試験が'89年から'93年にかけてオランダ人胃がん患者を対象に行われた。治癒切除適格例711例(D1=380例、D2=331例)の最終生存率が出た。この結果を踏まえてイタリアとフランスで同様の比較試験が開始あるいは検討されている。
噴門に位置する早期胃がんでEMRの適応から外れる病変を噴門側胃切除の適応としている。本術式を受けた42症例を対象に、臨床症状に加え、残胃貯溜排泄能、体重の変化、胃内残渣鬱滞所見と間置空腸長、幽門形成の有無、残胃の大きさ、自律神経温存の有無との相互関係を検討し合理的術式を考察した。
2.鏡下手術:肺がん、大腸がんに対する鏡下手術の適応は拡大するものと推察される。肺がんの基本術式である肺葉切除+縦隔郭清を安全かつ確実に遂行するために必要な各種手術器具の開発を行った。普及状況の全国アンケート調査も行った。鏡下腸手術238例の解析を行い手術適応を検討した。低侵襲、長期予後の評価目的に開腹術との比較試験を'98年6月から開始した。またmp以浅の下部直腸がんに対し、腹腔鏡下に直腸を剥離し肛門吻合を行う新しい術式を開発した。
3.前立腺がん:pT2及びT3、135例の切除断端を病理学的に検討したところ術者間で断端陽性率に高い相違を認め、局所根治性の高い手術法の開発が急務である。恥骨直腸筋を合併切除する新しい術式を開発した。導尿型代用膀胱は導尿管の構造とその機能の如何がQOLを決定する。小腸のみを用いた導尿型代用膀胱に改良を重ね新しい導尿管を作成した。
4.直腸がん:prospectiveに組織学的に検討し適切な肛門側切離距離を検討した。組織学的進展距離(HDS)に術中と固定後AWから得られる収縮率Rを計算しHDS x 1/Rを術中進展距離と推定した。自律神経温存術式を受けたオランダ人47例の排尿・性機能に関する機能的予後は欧米からのどの報告よりも良好であった。今年度は術後24ヶ月での長期排尿機能と、術後48ヶ月時点での遠隔成績を調査した。オランダでの手術経験や共同研究を通して、手術法、特にリンパ節郭清に関する考え方は欧米と大きな相違があることが判明した。そこで郭清効果を検証する目的で神経温存術D3対直腸間膜切除(TME)の比較試験を是非実施すべきであると考えた。今年度はプロトコ-ルの草案を作り、2度全体会議(参加25施設)を開き問題点を明らかにした。これを受けて最終的なアンケート調査も行った。局所再発がんに対する治療法は未だ確立していない。再発巣が高位の場合、骨盤璧の合併切除を行うと手術侵襲は過大となり術後のQOLにも問題が残る。そこで浸潤仙骨の表層のみを切除する新しい術式を試みた。
結果と考察
1.胃がん:比較試験の最終解析は5年でD2群:48%、D1群:46%でその後も差が開くことはなかった。D2群で術死率が10%であったことが主な原因であった。D2郭清効果の証明は出来なかったが外科史上初めて持たれた国際的な共同研究体制は多くの貴重な経験と成果を残した。この結果を踏まえてイタリアとフランスで同様な比較試験が開始されようとしている。笹子班員はアドバイザーとして協議に参画する。 残胃の大きさと体重は全胃の3/5以上(30例)の群では平均体重が術前の88%、残胃がこれより小さい群(10例)では90%で差を認めなかった。同様にアルブミン値と残胃の大きさにも相関を認めなかった。自律神経温存、幽門非形成の噴門側胃切除術は機能温存をある程度達成しているが十分とは言えない。多施設共同で評価法の再検討を行う。電気メスの功罪など温存手技自体も検討する。
2.鏡下手術:新たに把持鉗子を考案した。把持吊り上げが容易で腫瘍の生検、楔状切除が非常に容易となった。この過程で、新たに開発した器具を用い比較的早期の末梢型肺がんを対象に胸腔鏡下肺切除を87例に行い安全な肺葉切除術を確立した。全大腸において切除可能であったが横行結腸は腹腔鏡下のリンパ節郭清は技術的に困難であり、Raで漿膜側に露出しているものでは鉗子が腫瘍に接し、がん細胞を散布する危険があると考えられた。またRbのmp以深は側方郭清が必要なので適応から除外すべきと考えられた。進行がんに対する鏡下腸切除と開腹術の比較試験が'98年6月より開始された。目標数は各群60例で3年間の登録と5年間の追跡調査を行う。鏡下腸切除は新しい概念の手術法で多数の外科医が離れた場所でも手術見学ができるため遠隔治療や教育が可能でありテレサージェリーの可能性も検討する必要がある。
3.前立腺がん:逆行性前立腺全摘術は切除断端確保には熟練を要し、前立腺尖部の簡便確実な剥離法の確立が急務であった。そこで肛門挙筋を切開し尖部に至る新しい全摘術を開発した。恥骨直腸筋を目印にすることで前立腺被膜を露出することなく尿道が確認でき、束化を尿道直上で行うことができる。つまり尿道側後面の切除断端を確実に陰性にできる。7例に臨床応用した。断端陽性は1例のみであった。尿禁制は従来法と同程度であったが2例に狭窄を認め、恥骨直腸筋の切除に伴う瘢痕に起因していた。最近登場した超高感度PSA値による評価では手術のみでは50%以上が不完全切除であったと報告され放射線治療など非切除療法が採用される傾向にある。従ってこの術式の有効性が確立されれば切除に対する評価は一変する。機能面では尿失禁の発生率は従来法と同じであったが吻合部狭窄が28%に見られた。従って瘢痕回避目的で神経血管束面からの新しいアプローチを試みたい。
4.直腸がん:肛門側進展は26%に認めた。進展様式はリンパ管浸潤2例、リンパ節転移2例、粘膜内直接進展1例であった。HDSとR値から算定した進展距離はRSがんで30mm、Ra、Rbがんで20mmと設定できる。
オランダ人直腸がん47例の多くは下部がんであった。2年目でも排尿機能を全く認めなった。他病死5例を除く42例全例の予後が判明した。局所再発を3例、遠隔再発は9例に認めた。死亡は全て遠隔再発で、生存率は70%であった。欧米ではリンパ節郭清効果は懐疑的である。高度動脈硬化や肥満が骨盤内郭清の遂行するにあたり負の要因になっていることがオランダでの手術経験から推測された。自律神経温存術の欧米人患者に対する適格性が合併症と排尿・性機能障害の面から検討され論文として発表された意義は大きく本術式が欧米においても普及する可能性がある。
次に直腸がんに対するD3 vs TMEの比較試験の開始に向けて2度全体会議が開かれた。方法論から手術の質の管理などの問題に至るまで激論が交わされた。全体としてはD3 vs TMEの比較試験の必要性を認めるとの意見が多数を占めた。そこで意見の一致を見なかった課題に対しアンケート調査を実施した。その結果予防的側方郭清効果を検証し、有効とする生存率の差を10%にするとの提案を行った。手術法をテーマとした臨床試験では手術の質の管理が正否の鍵を握る。この点を十分認識し開始したい。仙骨表層切除を再発がん例に試みた。直腸、再発巣及び第一、第二仙骨表層を鑿で一塊として切除した。仙骨表層からの出血は予想よりも少なく約200ml程度であった。仙骨切断は強度疼痛が術後持続し、自然肛門の温存が可能な病変であっても仙骨を切断すれば術後ヘルニアや排便機能の面から肛門括約筋温存術は回避される。本術式は仙骨切断に代わる新しい手術法を言える。
結論
1)胃がん比較試験はD2の有効性を証明できなかったが貴重な成果を生んだ。
2)噴切42例の分析を行い術式上の問題 点を明らかにした。
3)恥骨直腸筋を切除する前立腺全摘は局所根治性を向上させた。
4)進行大腸がんに対する鏡下手術と開腹術の比較試験を開始した。
5)準早期下部直腸がんに対し鏡下切除と経肛門吻合を組み合わせた術式を開発した。
6)肺がんに対し葉切+縦隔郭清を胸腔鏡下に遂行するためにの多数の器具開発を行った。
7)直腸がんの肛門側腫瘍進展の結果、至適切離距離はRsで3cm、Ra,Rbで2cmと設定できた。
8)オランダ人直腸がん47例の48カ月時点での成績は遠隔再発9例、局所 再発3例で生存率は70%であった。
9)直腸がんを対象としたD3対 TMEの比較試験の基盤となる全体会議を2度開き問題点を明らかとした。
10)局所再発がんに対し自然肛門温存、仙骨表層切除を試みた。

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