ウイルスを標的とした発がん予防に関する研究

文献情報

文献番号
199800145A
報告書区分
総括
研究課題名
ウイルスを標的とした発がん予防に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
吉倉 廣(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 神田忠仁(国立感染症研究所)
  • 宮村達男(国立感染症研究所)
  • 井廻道夫(自治医科大学)
  • 田島和雄(愛知がんセンター)
  • 十字猛夫(日本赤十字社中央血液センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
46,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ウイルスによるがんの予防は、そのウイルスの感染予防と治療により達成される。因って、他の原因によるがんに比較し、確実な予防が可能となる。この班研究は、肝臓がんに関わるC型肝炎(HCV)、子宮がんに関わるパピローマウイルス(HPV)、成人性白血病の原因であるHTLVー1につき、感染予防と治療を目的とした分子生物学的、疫学的研究を行う事を目的とする。
肝臓がんは我が国のがん発症の中でも高い割合を占め、且つ、それに移行する可能性のある感染者は人口の1ー2%に及ぶ。子宮がんは女性のみのがんであるが、検診などの活動にも関わらず、その重要性は変わらない。HTLV-1は、母子感染が主な感染ルートと理解されるに至ったが、それ以外の感染経路もある。このような状況の中で、伝搬の全体像を捕らえる必要がある。又、将来、がんを起こすウイルスが新たに出現する可能性がある。近年発見されたHGVは病原性は明確になっていないが、HCVと共に社会に拡がっており、このようなウイルスの研究も必要である。
この研究班で取り扱うウイルスはHPVを除き、血液感染をする。従って、これらのウイルス伝搬を常にモニターする事が重要で、その意味で血液センターに於ける調査を行う。
研究方法
ヒト子宮がんに関わるHPVに関する研究:(1)HPVのがん遺伝子産物であるE6とhMCM7が結合する事ががん化ステップの一つである事が分かったので、hMCMとE6との相互作用を解析出来る酵母の系を作る(神田)。(2)L1、L2から成る人工合成HPVカプシドへのDNAの組み込みを試み、遺伝子導入ベクターとしての可能性を探る。同時に、このような粒子にマーカー遺伝子を組み込ませ中和抗体の測定も行う(神田)。
ヒト肝臓がんに関わるHCVに関する研究:(1)HCVの培養系確立の為、種々のヒトリンパ球樹立細胞でのウイルス増殖についての研究を継続する。又、HCV感染細胞では、+ー鎖がほぼ同じ位あり、これがPCRによる検出を妨げている可能性がある。その為のPCRによらない高感度鎖特異的遺伝子検出系を開発する(吉倉)。(2)他の遺伝子発現或を制御しがん化に関与している可能性のあるHCVコア蛋白の機能につきトランスジェニック動物を作成し検討する(宮村)。(3)HCV予防治療の為のDNAワクチンの開発を継続する(井廻)。(4)G型肝炎ウイルスは最近発見されたHCVに似たウイルスであるが、その性質は不明であるので、このウイルスの培養実験系としての確立を目指す(吉倉)。
HTLVー1の母子感染予防:母子感染予防介入試験とHTKLV-1コホート調査を継続する(田島)。
輸血におけるヒトがんウイルス感染のルックバックによる調査:日本でのヒトがんウイルス(HCV、HBV、HTLVー1など)の流行の現状を知る為、又、新たなヒトがんウイルスの出現に備え、調査を継続する(十字)。
結果と考察
1)ヒトパピローマウイルス(HPV)の研究:ヒト子宮がんに関与するHPV16、18の偽ウイルス粒子を作成し、これにマーカーゲノムを取り込ませin vitro感染系を作る事に成功した。これを用い血清の中和活性測定が可能となった。HPV16、18のがん遺伝子E6が宿主のDNA複製ライセンシング因子hMCM7と結合する事を発見し、酵母のhMCM7ホモローグを単離し、酵母を用いた解析が可能となった。2)C型肝炎ウイルス(HCV)の研究:新しい原理による遺伝子検出系を開発し、これを用い、HCV感染患者の血清には泳動度の異なる2種のゲノムの存在する事を確認した。HCVコア抗原遺伝子を組み込んだトランスジェニックマウス2系統を作成した処、3カ月で脂肪肝が出現し、16カ月で肝がんが発生した。雌よりも雄の方が発がん率が有意に高かった(0-14%対26ー40%)。これにより、コア抗原の肝がんへの関与が示唆された。HCVのCTLエピトープ検索を継続し、DNAワクチン開発を続行した。3)輸血血液調査:スクリーニングで検出されない血液による輸血後肝炎の発生が少数ながら持続している。HIVも含め、社会的問題であるので、大量の検体からのゲノム検出の為に新規に開発されたTMA-RPH法の評価を行った。アンプリコアを用いたPCR同等の精度を確認した。4)対馬におけるATL(成人T細胞白血病)の調査で、3ヶ月以内の短期授乳により、長期授乳18%に対し7%迄下げられる事が分かった。又、30歳以上の集団での陽転者の存在が明らかとなり、調査対象者1000人に1人の割合であった。
本年度の研究で、HPV偽ウイルスの作成の成功、新しいウイルスゲノム検出系の発見、がんを作るHCVコア遺伝子トランスジェニックマウスの作出など幾つかの成果があがった。以下それぞれについて考察を加える。
HPVについては、偽ウイルス粒子を用い中和抗体を調べる事が出来るようになった。これ迄の研究で、患者血液には結合抗体のある事は分かっていたが、どのような性質のものか不明であった。この系を用いれば中和抗体があるか、又、そのエピトープは何か等の解析が可能になった、と考えらる。HPVがん遺伝子E6が結合する宿主蛋白としてhMCM7が発見された。その後、hMCMは、細胞サイクルを制御するCDC45に結合し、CDC45はDNA合成酵素アルファのp68に結合する事が明らかになりつつある。これらの細胞因子の相互作用を明らかにする為、酵母の系の確立を開始した。本年度研究では、CDC45の酵母ホモログをクローンし、これとp68とが結合することを確認した。hMCMC末には、E6とRbが競合的に結合する事が分かっており、E6がRbのがん抑制効果を抑えていると考えられる。
HCVのコア遺伝子のトランスジェニックマウスで肝がんを発生に関与する系統が得られた。これは、将来、HCVによる発がん研究に有用である可能性がある。来年度は、宿主遺伝子の同定、並びに、コア遺伝子導入の宿主遺伝子発現への影響の解析を行うこととしたい。
HCVのCTL誘導を目標としたDNAワクチンの開発は、井廻が継続し、本年度は組織プラスミノーゲンアクテイベーターの分泌シグナル配列にコア抗原をつなぎ分泌コア蛋白の作出を試みたが、成功しなかった。このプロジェクトは重要であるので来年度も継続したい。
新しいゲノム検出系は、+鎖、ー鎖を非常に特異的に検出し、通常PCRに近い感度をしめす。これを改良し、出来れば企業ベースでの販売が可能になるまで持っていきたい。差し当たり、これを用いた感染リンパ球培養系に於けるHCV発現解析を行う。同時に、更にウイルス産生量の多い培養系の検索を継続する。 
輸血血液調査と対馬におけるATLコホートは、地道ながら、毎年データの蓄積があるので。これは継続したい。ATLについては、高ウイルス血症妊婦への特別な予防介入の導入の試行を開始したい。
結論
HPVの偽ウイルス粒子を作る事に成功し、これが中和抗体を検出するのに使用出来ることが分かった。又、HPVがん遺伝子E6が結合する宿主遺伝子MCM7はCDC45と結合し、そのCDC45はDNAポリメラーズのサブユニットと結合する事が分かった。これは、HPV発がんに関する新しい知見である。
HCVコア遺伝子のトランスジェニックマウスに肝がんが出来ることが分かり、HCV発がんにおけるコア遺伝子の重要性が明らかとなった。
新しい高感度のゲノム検出系を考案し、これにより血液中のHCVゲノムを調べた処、分子量の異なる2つのRNA分子種のあることが分かった。
HTLV-1母子感染介入試験により、6カ月以内の授乳で、満期授乳(1年以上)に対し、HTLV-1感染率を1/2に下げ得る事が明らかとなった。

公開日・更新日

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