疫学に基づくがん予防に関する研究

文献情報

文献番号
199800144A
報告書区分
総括
研究課題名
疫学に基づくがん予防に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
富永 祐民(愛知県がんセンター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 立松正衞(愛知県がんセンター研究所)
  • 菊地正悟(順天堂大学医学部)
  • 祖父江友孝(国立がんセンター研究所)
  • 大島明(大阪府立成人病センター調査部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
21,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
これまでの疫学的研究からヒトの発がんには喫煙や食習慣などの生活習慣の寄与度が大きいことが明らかにされているので、本研究においては食生活、喫煙と密接な関係があり、かつ日本人が現在なお最もかかりやすい胃がんと近年わが国で急増しつつある肺がんを対象として、危険因子解明のための大規模な疫学的研究、1次予防に向けての研究を行う。①胃がんについては食生活などの生活習慣、Hp感染と胃がん、およびその高危険病変である萎縮性胃炎との関係を大規模なコホート研究によって調べると共に、動物実験によりHp感染と胃がんの因果関係、除菌による胃がん発生の予防効果を調べる。
②肺がんは組織型により増減傾向が異なり、喫煙との関連性にも差がみられるため、肺がんの高率地域と低率地域で大規模な患者・対照研究を実施して、組織型別に危険因子を明らかにし、きめの細かい予防対策を立てる。また、肺がんの1次予防を目指して、これまで喫煙対策が進んでいない職域での禁煙支援システムを開発し、喫煙行動に対する介入試験を実施し、その効果を評価する。
研究方法
(1)胃がんについては1985年から1989年にかけて愛知県がんセンター病院消化器内科を受診し、胃内視鏡検査を受けた患者の内、胃がんの既往、胃切除術を受けた者などを除く5,373人を追跡対象として長期間追跡し、新発生胃がん患者を把握して、ベースライン検査実施時の生活習慣、萎縮性胃炎所見などとその後の胃がんリスクの関係を統計学的に解析した。さらに、某職域の健診受診者の内、1989年と1996年に2回検診を受診し、残余血清を持ち行いて血清ペプシノゲンI(PGI)とII(PGII)、Hp抗体を測定し得た2,584人を追跡対象とし、Hp感染、喫煙、同胞数、食習慣などとPGI/PGII値の変化(萎縮性胃炎の進行度)の関係を分析した。さらに、Hpと胃がんの因果関係を解明するためにスナネズミ(Mongolian gerbilis)を用いた発がん実験を行った。MNUに加えてMNNGを用いた発がん実験を行い、Hpの胃発がん増強効果の普遍性を確認した。(2)肺がんについては死亡率が高率な大阪府と沖縄県および死亡率が低率の長野県の3地域において組織型別に肺がんの危険因子を解明するための大規模な肺がんの患者・対照研究を行った。1996年1月から1998年6月までの間に3地区で肺がん967例(男703例、女264例)、病院対照患者2,909例(男1,751例、女1,158例)を集積した。これらの症例に基づき、性別、組織型別に喫煙に対する肺がんの年齢調整オッヅ比を計算した。また、肺がんの1次予防を目指して、喫煙対策が十分進んでいない大都市の職域を対象として、分煙および禁煙支援方法の開発、喫煙行動に対する介入試験の準備を進め、ベースライン調査を終了し、介入試験を開始した。
結果と考察
(1)胃がんについては、①愛知県がんセンター病院において胃内視鏡検査を受けた者の内胃がん、胃切除患者を除く5,373人を長期間(平均9.2年)追跡し、延べ101例の新発生胃がんを把握し、萎縮性胃炎と胃がんリスクの関係を詳細に解析した。萎縮性胃炎所見「なし群」と比べた何らかの萎縮性胃炎所見「あり群」の胃がんの相対危険度(RR)は2.28(95%信頼区間=0.99-5.24)であったが、RRは1991年をピークとしてその後低下する傾向が観察された。そこでベースライン検査実施後の期間別にRRを計算したところ、RRは6年未満で大きく(RR=3.52)、6年以上では小さく(RR=1.69)なる傾向がみられた。さらに、萎縮性胃炎の程度と広がり別にみると、胃がんリスクは中等度で最も大きく、高度では低下する傾向がみられた。本年度は萎縮性胃炎所見のみに基づいて胃がんリスクを解析したが、今後はベースライン検査時の胃内視鏡検査所見とアンケート調査から得られた調査対象者の生活習慣(喫煙、飲酒習慣、食習慣など)を組み合わせて胃がんリスクを解析する予定である。②某職域の検診受診者の内、1989年と1996年の2回の残余血清を用いて血清ペプシノーゲン(PG)I,II値とHelicobacter pylori(Hp)抗体(1996のみ)を測定できた2,584人を対象として、7年間のPGI/II値の変化を調べ、1996年のPGI/II値が1989年の値より小さい(低下した)場合を萎縮性胃炎進行例とみなすと、萎縮性胃炎進行例の割合は(1)年齢:30歳以上>30歳未満、(2)Hp感染:陽性例>陰性例、(3)喫煙:喫煙者>非喫煙者、(4)同胞数:4人以上>3人以下、(5)飲食習慣:みそ汁、漬物、塩魚の頻回摂取者と紅茶をあまり飲まない者で高率であった。③スナネズミを用いた動物実験からMNUのみならず、MNNGを用いた実験においてもHp感染のpromoter作用とco-initiator作用が確認された。これはHp感染の胃がん促進作用が普遍的に成立することを示唆している。さらに、動物実験モデルでHpの除菌による胃がん発生の予防作用を調べ、予防効果を示唆する結果が得られた。(2)肺がんについては、④肺がんの高率地域の大阪と沖縄
および低率地域の長野の3地区で組織型別に肺がんの危険因子を解明するための大規模な患者・対照研究を行いつつある。1996年1月から1998年6月までに3地区で集積した肺がん患者967例と対照患者2,909例について、喫煙の肺がんに対するリスク(オッヅ比)を組織型別に計算したところ、男(女)では扁平上皮がんで30.0(7.4)、腺がんで2.5(1.2)、小細胞がんで8.1(8.7)であった。フィルターの有無と肺がんリスクの関係についても解析し、フィルター付きたばこの喫煙者では両切りたばこの喫煙者よりリスクが低くなる傾向がみられた。沖縄と長野の症例数が少ないため、さらに症例集積を行い、十分な症例数が確保されてから、地区別、組織別の解析を行う予定である。⑤肺がんの1次予防を目指して、大都市の職域(2事業所)を対象にして喫煙習慣に対する介入試験を行いつつあるが、本研究では喫煙対策に積極的に介入しない対照職域を設定する必要があり、本研究に参加する職域の募集、選定に多大の労力と時間を要した。昨年度に行った本研究の事前説明会に参加した11社の内、最終的にH社とT社の2事業所が本研究に参加した。すでに研究プロトコールを作成し、ベースライン調査を行い、この内の1事業所で介入試験を進めている。
結論
わが国で最も多い胃がんと現在急増しつつある肺がんをとりあげ、疫学、臨床病理学的立場からがん予防に向けての研究を行った。胃がんについては1病院において胃内視鏡検査を受けた約5,400人長期間追跡し、ベースライン検査時の萎縮性胃炎とその後の胃がん発生リスクの関係を解析し、萎縮性胃炎所見は胃がんの高危険病変であることを経時的観察から確認した。また、某職域で7年間隔で2回検診を受診した者約2,600人を対象にした研究から、血清PGI/II値から推計した萎縮性胃炎の進行度はHp感染者、喫煙者、多数の同胞がある者、塩辛い食品の頻回摂取者で高いことがわかった。さらに、スナネズミを用いた動物実験からMNUのみならず、MNNGを用いてもHp感染のpromoter作用とco-initiator作用が確認され、Hp感染の胃がん促進作用が普遍的に成立することが示唆された他、動物実験モデルでHpの除菌による胃がん発生の予防作用を示唆する結果が得られた。一方、肺がんについては肺がんの高率地域の大阪と沖縄および低率地域の長野の3地区で組織型別に肺がんの危険因子を解明するための大規模な患者・対照研究を行い、これまでに集積した肺がん症例967例、非がん対照例2,909例について、喫煙の肺がんに対するリスク(オッヅ比)を組織型別に計算した。その結果、男女とも扁平上皮がんと小細胞がんで喫煙者のリスクが高いこと、腺がんでも肺がんリスクが軽度に上昇していることがわかった。また、肺がんの1次予防を目指して、大都市の職域を対象にして喫煙習慣に対する介入試験を行いつつある。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-

研究報告書(紙媒体)