発がんの抑制に関する実験的研究

文献情報

文献番号
199800143A
報告書区分
総括
研究課題名
発がんの抑制に関する実験的研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
津田 洋幸(国立がんセンター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 若林啓二(国立がんセンター)
  • 田中卓二(金沢医科大学)
  • 白井智之(名古屋市立大学)
  • 西野輔翼(京都府立医科大学)
  • 小西陽一(奈良県立医科大学)
  • 渡辺昌(東京農業大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
33,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
がんは死亡原因の第1位を占めており、がん化学予防に直結する物質を見出すことは重要な課題である。本研究の目的は、毒性の低い新しいがん予防物質をラット及びマウスを用いた実験系で見出し、見出された予防効果の顕著な物質は全臓器的な見地にて副作用の検討を十分に行い、臨床試験の実施に即した知見を得ることにある。本研究により、ラクトフェリン、フラボノイド、カロテノイド、フィトエストロゲンさらに抗炎症剤のCOX-2阻害剤等について、がん予防に直結したデータが得られることになる。
研究方法
(1)ラクトフェリンの発がん抑制作用
牛乳成分のウシラクトフェリン(bLF)のApcMinマウス大腸発がん抑制作用、bLFとbLFペプシン分解物(bLFH)のラットの種々の臓器の発がん修飾作用を検索した。実験1:ApcMinマウスに2%と0.2%bLFを8週間投与した。実験2:F344雄ラットに3種のニトロサミンによる多臓器発がん処置後、第11週から41週まで2%、0.2%、0.02%および0.002%のbLFを混餌投与し、肺、食道、肝、腎、甲状腺の腫瘍病変を検討した。実験3:Wistarラットを用い、第1群は基礎食投与のみ、第2群は2%bLF、第3群は2%bLFH、第4群は飲水中2000ppmBHPを12週間、第5群はBHP→0.5% bLF、第6群はBHP→2%bLF、第7群はBHP→0.5%bLF H、第8群はBHP→2% bLFH、第9-12群はBHP+bLFまたはbLFH(同時投与)とした。実験開始後20週にて屠殺し、肺、食道、甲状腺、腎、肝の腫瘍発生を調べた。実験4:SD雌ラットを用い、PhIP誘発乳腺発がん修飾作用を20%高脂肪食飼育下で検索した。第1群は無処置、第2群はPhIP、第3群はPhIP+0.2% bLF、 第4群はPhIP+2%bLFとし、PhIPはbLF投与開始2週目より85mg/kgを8回胃内投与し40週にて屠殺した。
(2)cyclooxygenase-2(COX-2)選択的阻害物質ニメスリド(4-nitro-2-phenoxymethanesulphonanilide)のマウス大腸発がん抑制作用
6週令の雄ICRマウスにAOMを投与後、ニメスリドは200ppm、400ppmの用量でAOM投与の前日から実験終了まで30週間混餌投与した。
(3)モリンのラット舌、大腸発がん抑制作用
F344雄ラットを用い、実験1:舌では、4-NQO(20ppm)を8週間飲水投与し発がん処置とした。モリンはイニシエーション期(4-NQO投与1週前から10週間)またはポストイニシエーション期(4-NQO投与終了1週後から22週間)に100ppmまたは500ppm混餌投与し32週で終了した。舌上皮のPCNA標識率と肝、舌粘膜のglutathione S-transferase(GST)、quinone reductase (QR)活性も測定した。実験2:大腸では、モリン(500ppm)をイニシエーション期ではAOM(15mg/kg、s.c/w x 3)投与前後1週間の計5週間、ポストイニシエーション期ではAOM投与終了後28週間投与し、32週で終了した。大腸腫瘍の発生およびACFのPCNA標識率と肝、大腸粘膜のGST、QR活性を測定した。
(4)フィトエストロゲンのラット前立腺発がん抑制作用
大豆に含まれるフィトエストロゲンのゲニステインとダイゼインのラット前立腺腹葉発がんに対する抑制作用を検討した。実験1:F344雄ラットにDMABを20週投与後、0.1%のゲニステインまたはダイゼインを40週間混餌投与した。実験2:0.1% ゲニステインおよびダイゼインを4週間投与し、これらの血中レベルと前立腺上皮のPCNA標識率を検討した。
(5)リコピンとアスチルビンの発がん抑制作用
カロテノイドのリコピンを豊富に含むトマトジュースの大腸発がん抑制作用と、漢方薬の黄杞茶に含まれるフラボノイドのアスチルビンの肺発がん抗プロモーション作用を検討した。実験1:F344 雌ラットを用い、 MNU直腸内投与(第1-3週)後、トマトジュース(リコピン17ppm 含むように希釈調整)とリコピン(飲料水中17ppm)を投与し35週で屠殺した。実験2:ddYマウスに4-NQOにて肺発がんイニシエーション処置し、1か月後よりプロモーターのグリセロールを25週間経口投与した。アスチルビンはプロモーション期の全期間、週3回0.2mg胃内投与した。
結果と考察
(1)ラクトフェリン各種臓器における発がん抑制作用
実験1:ApcMinマウスの空腸ポリープ数は対照の68%に有意に(P<0.05)減少した。実験2:食道腫瘍(乳頭腫+がん)の数は対照0.48±0.11に対し、0.2%群で0.05±0.05、肺腫瘍(腺腫+がん)の数は対照の3.48±0.33に対し、0.02%群で1.98±0.41でそれぞれ有意に(P<0.05)減少した。実験3:BHP→bLFH投与の第7、8、11群において、食道扁平上皮がんの発生頻度はそれぞれ55、43、36%と第4群11%より有意に(P<0.05)増加した。一方、肺胞上皮過形成数/ラットは対照の第4群8.9ア3.8に対して、第6群BHP→2%bLF、10群BHP+2%bLFにおいて4.9ア2.4、5.8ア2.9と有意に(P<0.05)減少した。甲状腺、肝、腎腫瘍では有意差はなかった。実験4:触診による乳腺腫瘍発生率はPhIPのみで53.8 %、0.2%bLF+PhIPで72.0 %、2%bLF+PhIPで69.2%であり、増加傾向がみられが用量依存性はなかった。以上から、bLFは食道、肺発がんを抑制したが、bLFHは食道がんの発生を促進した。一方、用量依存性はなかったが0.2%bLFで乳腺腫瘍の発生を促進する傾向がみられた。
(2)COX-2選択的阻害物質ニメスリドのマウス大腸発がん抑制作用
大腸がん発生率は、対照群の50%(14/28)に対して、ニメスリド200ppmで32%(12/37)、400ppmで25%(10/40)であり有意(P<0.01)に減少した。大腸がん個数でも有意に減少した。ニメスリドは消化管障害が少ないことが知られており、副作用の少ない大腸発がん予防薬としての有用性が示された。
(3)モリンの舌、大腸発がん抑制作用
実験1:舌扁平上皮がんの発生頻度は対照の4-NQO単独群で56%、イニシエーション期投与群では100ppmで5%、500ppmで0%であり有意に(P<0.001)減少した。ポストイニシエーション期投与群でも100、500ppmとも5%であり有意に減少した。舌上皮のPCNA標識率はイニシエーション期、ポストイニシエーション期投与群のいずれも有意に減少した。肝GSTおよびQR活性は両期で増加傾向または有意の増加をみた。実験2:大腸がんの頻度は、対照群の75%に比べ、ポストイニシエーション期投与群で29%であり有意に(P<0.05)減少した。ACFのPCNA標識率、肝、大腸のGST活性はポストイニシエーション期投与で、大腸のGSTとQR活性はイニシエーション期投与で有意に(P<0.05)増加した。以上から、モリンの舌と大腸発がん抑制効果が分かった。その作用には細胞増殖能の抑制と解毒酵素誘導の関与が示された。
(4)フィトエストロゲンのラット前立腺発がん抑制作用
実験1:腹葉のがん発生数は対照で0.8ア1.1に対し、ゲニステイン投与群で0.1ア0.4、ダイゼイン投与群で0.1ア0.4であり有意の(P<0.05)抑制が示された。血中のテストステロンおよびエストラジオールレベルに有意差はなかった。実験2:4週間の投与ではPCNA標識率に有意差はなかった。以上から、ゲニステインおよびダイゼインはラット前立腺腹葉がんの発生を抑制したが、ホルモン活性以外の機序の関与が示された。
(5)リコピンとアスチルビンの発がん抑制作用
実験1:大腸腫瘍(腺腫+がん)の発生率は、対照群では54%に対して、リコピン17ppm調製トマトジュース群は21%であり、リコピンは30%、0.4±0.6とそれぞれ有意に(P<0.01)減少した。実験2:対照群の肺腫瘍の頻度および腫瘍個数/マウスはそれぞれ93%、3.1±2.2に対し、アスチルビンでは40%、0.9±1.3であり有意に(P<0.01)減少した。以上から、トマトジュースはリコピン単独より強い抑制効果を示し、リコピン以外の有効成分が含まれていると考えられた。アスチルビンは、発がん抗プロモーション作用を示した。
結論
bLFに、大腸に加えて新たに肺発がん抑制作用のあることが分かった。しかし、bLFHには食道発がんを促進する可能性が示唆された。COX-2選択的阻害剤ニメスリドは消化管障害の少ない大腸発がん予防薬として有用である。フラボノイドのモリンは舌と大腸発がんに対して顕著な抑制効果を示した。大豆製品に含まれるゲニステインおよびダイゼインはラット前立腺腹葉がんの発生を抑制したが、ホルモン活性以外の機序が示唆された。トマトジュース大腸発がん抑制作用を示した。フラボノイドのアスチルビンはマウス肺発がん抗プロモーション作用を示した。

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