発がん感受性・抵抗性ならびに高発がん家系に関する研究

文献情報

文献番号
199800141A
報告書区分
総括
研究課題名
発がん感受性・抵抗性ならびに高発がん家系に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
横田 淳(国立がんセンター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 吉村公雄(国立がんセンター研究所)
  • 宇都宮譲二(順心会津名病院)
  • 牛島俊和(国立がんセンター研究所)
  • 鎌滝哲也(北海道大学薬学部)
  • 佐藤昇志(札幌医科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
-
研究費
93,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
遺伝性腫瘍や高発がん家系の要因に関する研究はこの十余年の間にがん抑制遺伝子研究を中心に急速に進み、最近ではDNA損傷の修復異常との関連性もわかってきた。その結果、遺伝性腫瘍の原因遺伝子は現在までにほとんどすべてが同定され、がん遺伝子、がん抑制遺伝子、DNA修復酵素遺伝子が発がん感受性に重要な役割を担っていることがわかっている。しかし、これらの遺伝子異常によって「がんになり易い体質」と診断できる人は全がん患者の5%にも満たない。特に、我が国で最も多い胃がんや世界的にも増加傾向にある肺がんに関しては、その遺伝的要因に関する研究が遅れており、発がん感受性を規定する遺伝子はほとんどわかっていない。そこで、本研究では、胃がん・肺がんを中心に、発がん感受性を規定する新しい遺伝子の単離・同定を目指す。また、新たながん抑制遺伝子、動物の発がん感受性遺伝子、DNA修復酵素遺伝子、発がん物質代謝酵素遺伝子、がん抗原遺伝子などを単離・同定し、それらの遺伝子異常あるいは多型と発がん感受性の関連性も追及する。一方、我が国では原因遺伝子の同定されている高発がん家系についてもその実態把握が難しく、診断法や支援体制も確立していない。そこで、本研究ではがん情報のデータベース化によって我が国における高発がん家系の特徴を整理する。できる限り遺伝子診断も行い、遺伝子異常と発がんの関連性を明確にしたい。以下、個々の研究に関する今年度の成果を列記する。
研究方法
(1) がん情報のデータベース化及び家系調査による高発がん家系の把握
胃がん患者の診療録から胃がん患者家系図データベースを構築し、発端者の組織型別に記述統計解析を行った。胃がん患者が3名以上みられる家系を分離比分析し、遺伝形式を統計学的に推定した。肺がん患者の家族歴から家族性肺がんの症例を探索した。
(2) 高発がん家系における遺伝的な遺伝子異常の把握
家族性大腸ポリポーシスにおけるAPCの遺伝子診断をPTT(Protein Trancation Test)法で行った。胃がん患者から家族性胃がんの家系を探索し、E-カドヘリンあるいはp53の変異、遺伝子不安定性があるか検討した。
(3) 実験動物モデルを利用した発がん感受性遺伝子の探索
117頭のACI x (ACIxBUF)F1ラットにMNNGを投与し、胃の組織学的検索を行った。また、242座位について遺伝子型を決定し、連鎖解析を行った。次に、ラットの遺伝子座位に相当するヒト染色体領域を同定し、データベースで候補遺伝子を検索した。
(4) DNA損傷修復酵素の活性と発がん感受性に関する研究
8-ヒドロキシグアニンによって誘発される遺伝子変異を抑制するhOGG1遺伝子のゲノム構造を決定し、PCR-SSCP法を用いて多型・変異を検索した。
(5) 発がん物質代謝酵素の活性と発がん感受性に関する研究
CYP2A6のヘテロ接合体を有するヒトの頻度を正確に求める新型判定法を開発した。この判定法を用いて、日本人健常者445名、肺がん患者288名を分析し、肺がん感受性とCYP2A6遺伝子変異の関連性を検討した。
(6) がん細胞の抗原性及び生体の防御機構と発がん感受性に関する研究
F4.2と命名した10ヶのアミノ酸よりなる胃がん抗原の一次構造をもとにオリゴヌクレオチドを作成し、F4.2をコードすると思われるC98遺伝子クローニングした。また、F4.2を用いてHLA-A31(+)の胃がん患者よりCTLの誘導を試みた。
結果と考察
(1) がん情報のデータベース化及び家系調査による高発がん家系の把握
胃がん患者877名中家系内に3名以上胃がんが認められた54家系(6.2%)に対して分離比分析を行い、発端者の組織型がintestinal typeの家系において常染色体優性遺伝が最も適合度が高いことを示した。diffuse typeでは遺伝形式ははっきりしなかった。患者検体からDNAが採取できた13例中1例にE-カドヘリンの胚細胞変異が、3例にマイクロサテライトの遺伝子不安定性が検出され、p53変異は全く検出されなかった。E-カドヘリン遺伝子の胚細胞変異による胃がんの病理組織像はdiffuse typeだが、今回、intestinal typeにおいてのみ優性遺伝の可能性が示されたことは、E-カドヘリン遺伝子が原因ではない遺伝性胃がんが我が国に存在する可能性を示す。実際に家系の解析でも既知の遺伝子の異常はほとんど検出できなかった。したがって、遺伝的要因の解明には連鎖解析などの手法を導入する必要がある。
肺がんの家族集積性は1068名の肺がん患者で全く認められず、我が国には家族性肺がんの家系はほとんどないことが示唆された。肺がんに関しては、煙草など環境要因が重要視されているが、発がん物質代謝酵素活性やDNA修復酵素活性の違いによって肺発がん感受性も異なることが予測されるので、今後は肺がん患者群と健常人の遺伝子多型について比較解析を進めたい。
(2) 高発がん家系における遺伝的な遺伝子異常の把握
家族性大腸ポリポーシスにおけるAPCの遺伝子診断をPTTで行い、33家系中24 家系に変異を検出し、うち13家系の20人では保因者5名、非保因者15名であった。今後はさらに遺伝子診断からカウンセリングまで含めた支援システムを充実させたい。
大腸癌研究会と協力して我が国のHNPCC症例を調査し、ミスマッチ修復酵素遺伝子の胚細胞変異に関するスクリーニングを開始した。しかし、検体が思ったほど集まらず、より積極的な収集法を検討している。
(3) 実験動物モデルを利用した発がん感受性遺伝子の探索
連鎖解析の結果、BUF alleleが優性の胃癌抵抗性を与える座位として4番染色体Ampp近傍(Gcr1)、D3Rat55近傍(Gcr2)、優性の胃癌感受性を与える座位としてD15Rat10近傍(Gcs1)、BUF alleleが優性に胃癌の大きさを抑制する座位としてD16Rat17近傍(Gcr3)を同定した。Ampp領域はヒト2p12-13に相当し、D3Rat55領域はヒト9q34または2q23-24に相当した。Gcr1の候補としてMsh2遺伝子を考えたが、ラットMsh2遺伝子は6番染色体にマップされた。Gcr2の候補としてCox1が考えられたが、Cox1はGcr2のtelomere寄り4cMにマップされ、Cox1がGcr2である可能性は低いと考えられた。
(4) DNA損傷修復酵素の活性と発がん感受性に関する研究
8-ヒドロキシグアニン修復酵素遺伝子hOGG1の遺伝子多型を見出した。そのひとつは326番目のアミノ酸配列に相違があり、この2種の蛋白質は自然突然変異抑制能が約7倍異なっていた。さらに、統計学的に有意な差は検出されなかったものの、肺がん患者・胃がん患者の方が修復活性が低い人が多いことがわかった。また、胃がん細胞株と肺がん細胞株のそれぞれ1例でhOGG1遺伝子の変異を検出した。8-ヒドロキシグアニンの修復にはhOGG1だけでなく他の修復酵素も関与しているので、今後は他の酵素遺伝子についても多型の有無、活性の個体差を検索し、hOGG1との相互作用について検討していきたい。
(5) 発がん物質代謝酵素の活性と発がん感受性に関する研究
欠損型遺伝子ヘテロ接合体を有するヒトの頻度を正確に求められる新型判定法を開発し、日本人健常者と肺がん患者に適用した結果、 c2値12.17、危険率 0.029で、肺がん罹患率と欠損型変異の頻度との間には関連性ありと判断された。オッズ比は、ヘテロ欠損者で0.66 (0.47-0.93)、ホモ欠損者で0.27 ( 0.10-0.72)で、欠損型変異を持つアレルの数の増加に伴って肺がんリスクが低下することが示唆された。今後は、これが生体内でのCYP2A6の酵素活性を反映しているか否かを明確にする必要がある。
(6) がん細胞の抗原性及び生体の防御機構と発がん感受性に関する研究
HLA-A31拘束性の胃がん抗原ペプチドとして同定したF4.2 wild (YSWMDISCWI) の合成ペプチドはHLA-A31(+)胃癌患者の約1/3でCTLを誘導した。また、F4.2をプローブとしてHST-2 cDNAライブラリーより遺伝子をクローニングし、C98と命名した。C98はTcHST-2をHLA-A31拘束性に活性化したが、F4.2後半のSCWIはITICとなっていた。C98が何故N末7番目よりITICに換っているかゲノム解析で確認している。
結論
がん家系の登録システムが改良され、胃がんの家族集積性の解析、HNPCCの登録が始まった。今後、登録の範囲を拡大して我が国におけるがん家系の実態把握を目指したい。発がん感受性を規定する遺伝子に関しては、DNA修復酵素遺伝子の多型や発がん物質代謝酵素活性の個体差が同定され、候補胃がん抗原遺伝子も単離された。ヒトおよびラット胃がん感受性遺伝子に関しても新しい情報が得られた。これらの情報を基にして発がん感受性を評価する新しい手法の開発が期待される。

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