ヒトがんの浸潤・転移性増殖の基盤となる分子・細胞機構の総合的把握に関する研究

文献情報

文献番号
199800140A
報告書区分
総括
研究課題名
ヒトがんの浸潤・転移性増殖の基盤となる分子・細胞機構の総合的把握に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
広橋 説雄(国立がんセンター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 今井浩三(札幌医科大学)
  • 野澤志朗(慶應義塾大学)
  • 木全弘治(愛知医科大学分子医科学研究所)
  • 北島政樹(慶應義塾大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
124,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
がん研究の中でも最も重要な課題の1つであるがんの浸潤・転移の機構を分子・細胞レベルで明らかにするために、実際の臨床がんにおける浸潤・転移、そしてそれを良く模倣するin vivo、in vitroモデルを対象に最新の分子細胞生物学的手法を用いて解析し、転移・浸潤能の正確な診断を可能とすると同時に、今後の新たな治療法開発のための治療標的を明らかにすることを目的とする。特にがん細胞間接着の不活化機構が浸潤・転移性増殖に関わると予想される他の分子細胞機構といかに連携しているのか、シグナル伝達ならびに転写のレベルで解明すべく研究を進める。またがん遺伝子・がん抑制遺伝子の変異がいかに悪性形質を直接担う機能分子の異常につながるかを明らかにする必要がある。これらの基礎的研究に加え、分子・細胞レベルでの変化とがん浸潤・転移性増殖の臨床像との対応を直接明らかにするとともに、新しいがん治療の標的になると考えられるがん浸潤・転移に関わる分子細胞機構の阻害剤などの検討を重点的に行う。
研究方法
1.新規転移関連遺伝子Dysadherinの同定と機能解析:肝細胞がんLi-7細胞を免疫し、モノクローナル抗体NCC-3G10を作製し、それにより認識される全長のcDNA(L3)を単離した。凝集能はCa++存在下で1分間80回転で30分間培養し判定した。SCIDマウスの脾臓にトランスフェクタント群と親株を1x106/50μl注入し、2週間後肝臓への転移の有無を調べた。2.若年性胃がんにおけるEカドヘリン遺伝子変異:35歳以下の進行胃がん9例のメタノ-ル固定標本から、マイクロダイセクション法にてがん細胞と非がん細胞とを別個に採取しDNAを抽出した。Eカドヘリン遺伝子およびβカテニン遺伝子の変異をPCR-SSCP法ならびにdirect sequence法にて検討した。3.大腸がんにおけるWntシグナル伝達系の変化:31種のヒト大腸がん培養株のAPC腫瘍抑制遺伝子およびβカテニン遺伝子の第3エクソンの塩基配列を決定した。これら大腸がん細胞株のSCIDマウス皮下移植腫瘍ならびにヒト大腸がん96症例の原発巣におけるβカテニンの組織内分布を検討した。4.子宮内膜がんにおけるβカテニン遺伝子変化:子宮内膜がん手術材料からDNAを抽出しβカテニン遺伝子のexon3の遺伝子変異を検索した。同時に蛋白レベルの発現異常を免疫組織化学的に評価した。5.消化器がんの浸潤・転移に関わるアポトーシス関連分子の解析:ヒト胃がん細胞にPKCaを過剰発現させ、アノイキスに与える影響をみた。PKCaの活性化は、特異的基質のリン酸化レベルで評価した。細胞運動能の評価は、金コロイドおよびトランスウェルアッセイを用いて行った。6.がん浸潤・転移におけるヒアルロン酸の意義の解明:ヒト大腸がん組織を用い、リアルタイムRT-PCR法により、ヒアルロン酸合成酵素HAS遺伝子3種の発現量を定量した。また免疫組織化学による発現も検討した。変異酵素遺伝子導入によるドミナントネガティブ効果による合成酵素の活性阻害の有無を検討した。7.子宮内膜がんにおける1型糖鎖の発現:各種子宮内膜病変(正常内膜、子宮内膜増殖症、子宮内膜がん)における各種の1型糖鎖および2型糖鎖の発現について免疫組織化学的に検討した。8.MMP阻害剤、COX-2阻害剤による転移抑制:ヒト胃がん株をヌードマウス5週齢に腹腔内播種し、marimastat(18あるいは28 mg/kg/day)を計4週間持続的に皮下投与後,腹膜播種結節の重量および体重を測定した。ヒト大腸がん株におけるCOX-2 mRNA発現をRT-PCR法にて検討した。HT-29を用いたSCIDマウス肝転移モデルを作製し、アスピリン投与による肝転
移抑制効果を検討した。
結果と考察
1.新規転移関連遺伝子Dysadherinの同定と機能解析:NCC-3G10抗体の認識する新規の50Kdの蛋白を、その分子の機能からDysadherinと命名した。Dysadherinの導入により、Eカドヘリンが蛋白レベルで可溶分画、不溶分画ともに低下し、細胞接着能も低下する事が示された。一方、mRNAレベルには変化が無く、post-translationalな変化であることが推定された。SCIDマウスの転移の実験での結果もEカドヘリンの低下とよく相関していた。乳がん患者では同分子を発現亢進する症例の予後が不良であった。がん細胞におけるEカドヘリン不活化の新たな機構として、Dysadherinの発現亢進の関与が示された。2.若年性胃がんにおけるEカドヘリン遺伝子変異:若年発症の胃がんの78%にEカドヘリンの体細胞性遺伝子変異を確認した。また背景粘膜には高率にHp感染がみられ、若年発症の胃がんの発生には遺伝的素因よりもむしろ環境要因の関与が強いものと考えられた。3.大腸がんにおけるWntシグナル伝達系の変化:大腸がん細胞株でもAPC遺伝子の変異位置とβカテニンの細胞内発現量は良い相関を示した。しかし大細胞株のSCIDマウス皮下移植腫瘍ならびにヒト大腸がん原発巣内におけるβカテニンの組織内分布は一定しておらず、細胞内βカテニンの発現量は原則的にこれら遺伝子変異により規定されているものの、それ以外におそらく間質からの増殖因子による制御が存在すると考えられた。4.子宮内膜がんにおけるβカテニン遺伝子変化:子宮内膜がん組織においてβカテニン遺伝子変異が確認された。いずれもβカテニンの 蛋白分解に関与するGSK-3βリン酸化標的部位の変異であり、これら症例では有意にβカテニン染色性の増強が認められたが、同時に遺伝子変異を伴わずに染色性が増強している症例が26%に認められ、遺伝子変異に起因しないβカテニンsignaling pathwayの活性化も示唆された。5.消化器がんの浸潤・転移に関わるアポトーシス関連分子の解析:胃がん細胞においてPKCaの活性化によってアノイキスが増強されることが明らかとなり、PKCaの活性化を誘導することによって胃がん細胞の浸潤や転移を抑制できる可能性が示唆された。また,BAG-1の過剰発現による運動能の亢進という、アポトーシス関連分子の新しい機能が判明した。6.がん浸潤・転移におけるヒアルロン酸の意義の解明:HAS1は大腸がんの中でリンパ節転移を示した群に有意な発現上昇が見られた。ドミナントネガティブ遺伝子の発現によるヒアルロン酸合成酵素の活性低下の結果が得られ、遺伝子治療の可能性が示唆された。7.子宮内膜がんにおける1型糖鎖の発現:子宮内膜のがん化に伴う糖鎖変化のなかで、Lewisb型糖鎖の発現が最も特異的であること、また1型糖鎖の合成を規定するβ1,3ガラクト-ス転移酵素の活性は、2型糖鎖の合成を規定するβ1,4ガラクト-ス転移酵素活性に比べ高値であることを示した。8.MMP阻害剤、COX-2阻害剤による転移抑制:合成MMP阻害剤であるMarimastatを用い、ヌードマウス胃がん腹膜播種モデルでの実験で単独投与にて腫瘍抑制効果を認めた。大腸がん肝転移機構へのCOX-2の関与が示唆され、また,COX-2選択的阻害剤(JTE-522)の肝転移治療に対する有用性が示唆された。
結論
本年度は、新規転移関連遺伝子Dysadherinの同定と機能解析、若年性胃がんにおけるEカドヘリン遺伝子変異、大腸がんにおけるWntシグナル伝達系の変化、子宮内膜がんにおけるβカテニン遺伝子変化、胃がんにおけるアポトーシス関連分子の機能解析、大腸がんにおけるヒアルロン酸合成酵素の発現などの検討を行い、動物実験モデルや実際の臨床がんに於いて、これら分子の浸潤・転移への関与を明らかにした。またMMP阻害剤やCOX-2阻害剤を用いた転移抑制の検討を動物モデルを用いて行った。今後、分子・細胞レベルでの変化とがん浸潤・転移性増殖の臨床像との対応を直接明らかにするとともに、新しいがん治療の標的になると考えられるがん浸潤・転移に関わるこれらの分子機構の研究を重点的に行う予定である。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-